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222話 ジャイロ

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「ドラクロワ様、蠱毒(こどく)部隊というものに聞き覚えはございませんか?」
 騒然となるホールの貴賓席にて、ロマノが囁(ささや)くように問う。

「ウム、全然知らん」
 再度着席したドラクロワだったが、いつも通り、またなんともすげなく返すだけ。

 その隣のカミラーも、ドラクロワ越しにロマノを見据えながら、主君が席に沈む気配を確認してから、自分もやっと着席をする。

「な、なんだ今のは!? 隊長は無事か!?」
 普段は豪胆(ごうたん)紳士で通っているカゲロウも流石に動揺し、左の肘掛けに立て掛けたステッキを倒してしまう。

 さて、ロマノが言及した
 「蠱毒部隊」とは──

 今、幅広いランウェイにて物々しく構えるトーネを女頭目とする、少数精鋭で構成された、''超・戦闘特化型''の一党のことであり、人間族、ドワーフ、またエルフ等の亜人種間において極々稀にだが、突発的・突然変異的に誕生しては、華々しくも活躍''し過ぎる''、強力無比なる''英雄的冒険者''の駆除──

 ならびに、高位神聖魔法を除く、ほぼすべての魔法を無効化するという、星の彼方の邪神のお留守番役である、その配下の"邪神軍団達"への数少ない有効なる対抗手段として調(ととの)えられており、ゆえに、主として''肉弾格闘''を究極に高めるべく、超絶的高純度に精錬、また練磨された、所謂(いわゆる)魔王軍の懐刀である。

 だが──

 その実、"自称"「蠱毒部隊筆頭」を公言するトーネ本来の身分とは、七大女神達を頂点に戴(いただ)く"天部"の下位組織、その修羅一族の女頭目であった。

「へえ。揃いも揃って、気前よく素(す)っ破(ぱ)抜いてくれたもんだねえ。
 ん? ちょいとお待ちよ。元来、番兵ってなあ古今東西、槍か刺又(さすまた)あたりってえのがお決まりじゃあないのかい?
 ふふふ……。ま、そりゃあさておき、そのナマクラ刀でアタシをどうしょってえ了見(ハラ)だい?」

 例えまかり間違ったとて、競美会参加者の柔肌を傷つけることのないよう、あえて長柄の武器が実装されていないのを知らぬトーネ。

 その眼前に迫るような、鍛え抜かれた衛兵達の掲げる、まさしく剣呑極まりない切っ先群を蔑視(べっし)するように眺め、まるで他人事のように言ってのけた。

「ほう、この我々全員の抜刀にも少しも怯んでいないとは、また随分と豪胆な不審者だ。
 なるほど、その佇(たたず)まいからして、今、隊長を一撃で破壊したのも、そうそうまぐれでもないと見える。
 さてさて、今更言っても無駄かも知れんが、一応通告はしておく──
 無駄な抵抗は直(ただ)ちに止めにして、素直に捕縛に応じてはくれないか?」
 高姿勢を崩さぬ副隊長とおぼしき巨漢が、冷徹に投降を要請した。

「そ、そうだ女っ! 文官寄りの隊長を倒した程度で図に乗るんじゃない!」
 並みいる衛兵らの中でも一際若い声音の者が、一種物狂いのごとく喚(わめ)いた。

「けっ! ナあンでもいいから、束になってさっさとかかってきなあ!」
 トーネは至近距離にて蜂起(ほうき)する二十余名の猛者らにも毛ほども揺るがず、むしろ軽く手招きなどしつつ、きっぷのよい啖呵を吐くのだった。

「あ、あのー……」

 と、そこに差し込まれたるは、この修羅場には場違いな程に愛らしいユリア。その遠慮がちな声である。

「えと、本っ当に失礼だとは思いますが、そこの女の人、多分ですけどー、皆さん全員でもきっと手に負えないかと思います。
 ハッ! す、すみません!!」
 ユリアはトーネの保有する驚異的な戦闘力を加味して、無駄な血が流れるのを回避すべく衛兵らに進言した。

「…………はっ?」

 無論、叩き上げの究極形を自負する衛兵達は一瞬だけ困惑したあと、全員揃って、ムッとなる。

「だよねー。悪いけどさぁ、お兄さん達じゃ、えとー、あそ!ネコジニ! うんうん、なんかそんな感じになるだけだろからさー、ここはアタシ達に任せてー、すこーしだけ後ろに下がっててくんないかニャア?
 あー、あと出来ればさ、こん中で足の早い人いたら、アタシとこのシャンの剣をとってきてくんないかな? お願いダイシキュー」
 辛辣(しんらつ)な物言いなら任せろ、とばかりに、マリーナが大きく身を乗り出し、終(しま)いに合掌を極(キ)めた。

「うん、この一見非武装の女だが、その正体は鬼神のごとき武人でな。恐らくは我々三人でも少々旗色が悪いだろう。
 うん。つまりは勇敢と無謀を履き違えるなと、まぁそういうことだ」
 シャンもタイプは違えど、まったく遠慮というもを知らない。

 これに、もっけの幸いで伝説の光の勇者の死闘が観れるとして、客席の内でも、酔狂で物見高い者達が同時に喝采を上げる。 

「なな、何を仰(おっしゃ)るっ! 我々とて、」
 と、つい、若い衛兵が猛(たけ)るように反論しようとするのだが、そのいかり肩を抑える者が居た。

「まぁ待てクバード。先程からの一連のやり取りから察するに、この不審者と勇者様方とは、なにやら浅からぬ因縁のご様子。
 ならば、ここは調停役も兼ねて、ひとつお任せしてみては、と思うのだが」

 単なる"悪即斬"の数の暴力へと雪崩(なだ)れ込むのは容易(たやす)かろうとみて、より冷静なる判断を下せるあたり、流石は副隊長といったところか。
 か、それとも、先ほど転落した隊長の安否の方が余程(よほど)気にかかるか、その視線ばかりは舞台下、その暗澹(あんたん)とした空間へと向けられている。

 これに「し、しかし……」と尚も得心のいかぬ若い衛兵だったが、その場に新風を吹き込むように、新たな二人の登場人物が馳(は)せ参じた。

 それは灰銀色のメイド服を纏った、すらりとした美貌の二人であり、手に手に、その可憐な外見には到底似合わぬ、まるで斬馬刀のような大剣、また革のベルトに繋がれた殺伐としたダガーの二振り、さらには螺(ネジ)くれた魔法杖といった武器が持参されているではないか。

「ユリア様! マリーナ様!」
「シャン様! さぁどうぞ!」

 アンとビスは息せき切って女勇者等に駆け寄り、それぞれに得物を授けた。

 これを認めたトーネは柳眉(りゅうび)の根を寄せ、フッとため息をついた。

「まあったく、本当困ったお嬢ちゃん達だねえ。
 悪いけどさ、今日のところは、そこのユリアって娘以外はお呼びじゃないんだよねえ」
 妙に気が利くライカンの姉妹らに迷惑千万とばかりに顔をしかめ、漆黒と真紅が入り雑じる頭髪の後ろを掻くトーネ。

 だがそれを余所(よそ)に、マリーナの手が速やかに動き、剣腹に大胆にルーンの刻まれた刀身。
 またシャンの交差させた腕により、薄紫の毒に濡れそぼる三枚刃の二つが公然に露出をされる。

「ユリア! もーこうなりゃ、さっきと比べりゃダンチだよ! 
 だからさ、早いとこ、そっから落ちたさっきのタイチョーさんを看(み)てあげて!」
 マリーナは左肩を大きく前へと突き出す必殺の構えへと転じながら、後方のユリアに喚いた。

「は、はい!」
 合点承知と、ユリアは階段のある舞台袖へと駆け出した。

「ちょいとっ!! そっちの都合で勝手気儘(きまま)に話を進められたんじゃ堪(たま)んないよお!」

 この予想外の展開が気に食わないトーネは、驚異の跳躍力で以(もっ)て一足跳びに宙へと舞い、見事ユリアへと着地してくれんとばかりに、わずかに身を屈めた。

 だが、そこへ眼の覚めるようなのが来た。
 
 それは、半円の銀の残像を引く猛烈なマリーナの斬撃だった。

 その恐るべき熟練に裏打ちされた、一切のブレも躊躇もない、滑るような刀さばきを見て、すべての衛兵が兜の中で目を剥いた。

 この半裸の大女、断じて只者じゃない。と──

 だが、トーネの胸元を分断せんと振るわれた、まさしく惚れ惚れするような斬撃だったが、それが斬り裂いたのはただの残像でしかなかった。

 トーネは一切の無駄な動きを省いた身交わしにて、まさしく紙一重でそれを避け、見事マリーナに大空振(おおからぶ)りをさせたのである。

(ヘェ、サッスガー。ならさ、)

 と、心中にて唸ったマリーナが、すかさず二の太刀を浴びせるべく、今、水平に流れた長大な刀身を、やや斜め上へと滑空させて8の字に舞わし、再度トーネへと返そうとした、が──

「んアラ?」

 過日、あの精神世界にて数々の怪物狩りを共に成した、無二の相棒である大剣。それが単なる慣性のレベルなどを遥かに超えて、狂った利(き)かん坊のようにマリーナを引っ張るのだった。

 見れば、マリーナの右斜め後方、その至近距離に肉薄したトーネ。
 それが激しく舞うように動きつつ、まるで何かを乱打するかのように、その怪しい挙動の度に、カンカンカッカ!!と激しく火花を散らしているではないか。

 なんとトーネは、マリーナの放った最初の斬撃をなんなく交わしたあと、飛燕のごとくに滑空する刀身をただ見送るのではなく、その怪力無双のベクトル方向に拍車をかけるように刃を蹴り上げていた。

 そしてその刹那、神速にてマリーナの背後に回りつつ、それが水平に一回転をする度に追加の蹴撃を加え、それを制動、逃すまいと、必死になって束(つか)を握るマリーナを、まるで駒のように回し続けていたのである。

「な、なんだコリャ!!?」

 マリーナは、トーネにより剣を蹴られる度にオレンジの火の粉を散らす愛剣、それに働く恐るべき遠心力に驚愕していた。

 そして、不本意ながら、荒れ狂う自らの得物を一旦放棄すべきかと、半瞬だけ逡巡(しゅんじゅん)した。

 だが、それが今の暴走的な威力のまま、もしも人のいる方角へ翔んでゆくとどうなるかを想像し、その束を握る力を弱めることなど出来ないと思い定めた。

 つまり、この時点でマリーナはすでにトーネの奇想天外なる術中にはまっており、完全に無力化をされていたのである。

 だが、この怪異なる"いなし業(わざ)"の効能とは、断じて只の無力化だけにとどまらなかった。

 それの証拠に、トーネの蹴りの頻度は加速度的に増してゆき、それにただただ振り回されるマリーナの鍛え抜かれた身体は間もなく限界を向かえようとしていた。

 そう、今マリーナを狂った独楽(コマ)か錐(きり)のように回して翻弄する凄絶なる遠心力は、まず彼女の腕と上半身とに働き、それらを無茶苦茶に引きつつも捻(ねじ)っており、それに体幹・下半身などは、どうしようもなく遅れ、すでに追い付かなくなって悲鳴を上げていた。

 挙げ句、その内でも両の肩甲骨などは背中から引き剥がされんばかりになっていたという。

 それと当然、並のモンスター退治などは朝飯前と豪語するマリーナとて、一応は生身の人間の範疇である。
 つまり彼女とて、いつまでもこんなに激しい回転に耐えられるような造りにはなっていないのである。

 最早、舞台上のマリーナは、凄まじい高速回転により倒れることさえ許されず、ただただ本能に近い義務的なる何かにより、なんとか束(つか)を握りしめつつも、その強靭な四肢の筋という筋は限界以上に伸長させられていた。

 そして同時に、彼女の三半規管などというモノは、とうに蹂躙を尽くされており、今マリーナは喪失寸前の白眼になって、必死に食い縛った歯列の隙間から黄色い吐瀉物を撒き散らすだけの赤い独楽(コマ)となっていた。

 だが、この未曾有にして異様なる光景にすべての者が呆然とする中、只独り、己の法力を全解放させている者がいた。

 そう、今、満身創痍のマリーナが親友のシャンだけは、自身最大の究極奥義である、自らの存在を完全なる虚無・空とならせ、この無数なる多重構造世界の何処と言わず、それら総(すべ)ての現在、また"過去"からさえ、人の"過去"の記録である、その記憶からさえも完全に消失するという神業。

 あの"虚無の乙女"を身に降ろさんと、そっと忍ぶように目蓋を閉じていた。
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