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217話 ソフトポイント
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今しも、諸手(もろて)に必殺の三枚刃のケルベロスダガーを提(さ)げたシャンが、灰銀色の二つのメイド服に寄り、色濃く陰の落ちた東洋的な顏(かんばせ)を向けた。
「……アン、そしてビス。今からお前達に、我々には決して出来ないことを、ひとつ頼みたいのだが……」
その夜霧を想わせるしっとりとした声音は、隠しようもないほどに憔悴していた。
「はっ! もとより承知しております!」
「はっ! かしこまりました!」
弾かれたように即答したお澄まし顔のライカン姉妹は、それぞれに素早く涙を拭い、下方の滅びて尚美しい眠り姫のカミラーを一瞬だけ見て、ほとんど同時に自らの左腕、その袖口を取った。
それを見送るようなユリアは、その愛らしくも青白い顔の額に無数の汗の珠を浮かべている。
「じゃあ、お願いしますね、アンさん、ビスさん。
あ、マリーナさん。あの私……きっとこれを唱えたら直ぐに気を失っちゃうと思いますので、後でどうなったか話してくださいね?」
瘧(おこり)のように震えるユリアは、ここ魔界の致死的な瘴気により強奪された精神力。
その最後の一滴(しずく)を指先に集めつつ、速やかに魔法詠唱に入った。
「ウン! バッチリ任しといてっ! うひゃっ!! きたきたーッ!!」
ユリアの眼前に忽然と現れた、一抱えほどの乳白色の光体が広い背に触れたとたん、マリーナは仰け反り、暗い魔空に向けて、カッと眼を見開いた。
すると、その鍛え抜かれた半裸の身体は露骨に瞬間的な筋肥大を見せ、その面(おもて)に、なにやら角張った、煌(きら)めく白き紋様が交錯(こうさく)した。
そして、あの光の翼が背中、両の手首、足首へと目映(まばゆ)く花開き、マリーナは右の黒革眼帯を焦がすほどに双眸(そうぼう)を白く発光させつつ咆哮した。
「いやっほおーーッ!!」
そうして極限まで超強化(ブースト)されたマリーナは、左肩を極端に前へと突き出し、手にした斬馬刀じみた大剣を大きく後下方に構える。
と、その愛刀の切っ先に載るものがいた──
それは、神々しいまでに輝く銀狼へと変異を果たしたシャンであり、伝家の宝刀"獣人深化"に加え、彼女の最終究極奥義"無の乙女"もその身に下ろし始めていた。
「よぉーし!! じゃオモッきりいくよー!! でぇいやぁーーッ!!」
今、背後にてユリアが崩折れる音を聞きつつ、命の前借りという剣呑なる側面を併(あわ)せ持つ、瞬間肉体限界突破魔法の効能により、恐るべき膂力を取得したマリーナが吠え、そのルーンソードに全身全霊を込めて振るったのである。
「うん、行ってくる」
低く言ったシャンが、琥珀色の眼光の尾を引いて、親友のマリーナより猛発射された瞬間であった。
シャンは無の乙女の効果により、その身にまとわりつく空気抵抗を極限まで削ぎおとし、また厄介な魔界瘴気を軽減させつつ、必殺の双刀"ケルベロスダガー"を突きだし、螺旋に回転しながら深紫の一槍と化して、迫り来る鋼色の魔人ジビエ=マルカッサンへと翔(と)んだ。
その速度は瞬時にして音速を越え、それでいてわずかなソニックブームを発生させることもなく、ただただ真一文字に魔界を飛翔した。
「ン? なぁんだありゃ?」
再びクワォリーと奇怪な人魔合体を果たした片角の魔人は、凄まじい"きりもみ回転"をしながら肉薄してくる謎の飛翔体に気付いて、ツイと小首を傾げた。
「アハッ、シャン……あとは、頼んだよぉ」
超絶的強制ブーストの余波により、一瞬で持てる力の総(すべ)てを乱費したマリーナは、今や聖なるなる翼も枯れ果て、糸の切れた操り人形のように前のめりに崩れた。
「…………」
ユリア、そして親友のマリーナから、まさしく全身全霊を託されたシャンだったが、自らをただただ必殺の突貫彈へと特化させたゆえ、既に人らしい思考などなかったという。
それが仲間の最後の力を一身に受け、遂に魔人へと着弾しようとした──
だが悲しいかな、対するジビエ=マルカッサンという怪人、是(これ)決して凡愚(ぼんぐ)に非(あら)ず。
今凄まじい速度で己へと肉薄する紫のつむじ、その致命的威力を半瞬で見抜いていた。
「ふむ、先ほどキミが完膚なきまでに打ち負かしたはずの麗しのお嬢さん達だが。はて、今さらナニをしようというのかな?
ふふん。ジビエ君よ。我々の虐殺晩餐会の前菜には真(まこと)おあつらえ向きではないかね?」
ジビエの逞(たくま)しい肩の右に頭部を露出させた、あの仄白(ほのじろ)い退路なき追放者クワォリーは、今や物狂(ものぐる)おしきサディズムに酔いしれ、あのエデンの蛇のように真っ向勝負を囁(ささや)いた。
「ん……」
だが、ジビエは即座に地面を蹴り、己の強さを過信して無駄な衝突をするよりも、無難にそれを後方へと見送ることとした。
この時点で、確かにシャンたちの目論見は完全に外れた。
この無頼にして酔狂の魔人なら、必ずや真正面から弾き落としに来るであろうと。その慢心こそを最期の頼りとしていたのである。
その時が勝負、伝説の光の勇者ら三者三様の特異なる能(ちから)の合成により、比類なき神聖の槍と化したシャンに、今や貫けない魔族などない筈だった。
だが、今やそれすらも、瞬間的にとは云え、あの真正バンパイアをすら凌(しの)ぐ速さと動体視力を発揮したジビエにとっては
「フン、当たらなければどうと云うことはない」
只それに尽きた。
「ン、バァーカ」
侮蔑のタメ息などを吐きつつ身を捻り、狂おしき決死の回転槍となったシャンとすれ違おうとした、その刹那────
「ハッ?」
猟奇の魔人は戦慄した。
「フン、馬鹿はお前じゃ」
なんと、ジビエの鉛色の足首を掴んで、宙空に固定せんとする者がいたのだ。
「テ、テメエは!?」
魔人は、己の下方にて双眸(そうぼう)より赤光を放つ、世にも美しい女児にしか見えぬ者へと刮目した。
そこへ恐るべき穿孔(ドリル)がきた──
シャンの両手の先、神速の回転刃がジビエの胸の真ん中を貫き、その上半身を融合中のクワォリーもろとも爆裂させたのである。
「んな、バカな──」
驚愕するジビエは、力任せに千切られたような生首になって猛回転しつつ、その驚異の動体視力で以(もっ)て、遠くの地にて左の手首を押さえるお澄ましの双子姉妹を見届けていた。
その絵に描いたような美貌の二人が、自らの手首を喰い裂いたがために、その顎(あご)まで朱に染めて、鮮血に濡れた犬歯を剥き、ブルーグレイの瞳を陰火のごとく爛々(らんらん)と輝かせる様とは、ゾッとするほどに凄惨、かつ恐ろしいまでに官能的であったという。
「フン。あの犬姉妹めが、頼んでもおらんのに要らぬお節介をしおって……」
かくして多量に溢(こぼ)し捧げられた清らかな乙女らの鮮血により、"しとど"に濡れた喉元を白い小さな親指で押すカミラーは、迅雷となって魔人の頭部に追い付き、それを確(しか)と左の掌で捕らえ、バンパイア特有の剛力で石畳に叩きつけて破裂させ、今宵の死闘に見事な決着をつけたのである。
今や完全に滅びの淵より立ち返ったカミラーは、遠い背後の玩具の山を振り返った。
そこでは、魔界の濃密なる瘴気により阻害され、完全な無を降ろせなかったシャンが、自身を包んだ膨大なエネルギーにより、魔界の大地に激しく幾度も打ち付けられ、あたりの瓦礫の山を無茶苦茶にしながら、漸(ようや)く停止を果たしたところだった。
「フム……三色馬鹿娘らめい、いつの間にこのような技を思いついておったか……。
まぁ、それとて、このわらわらの助力あってのものじゃがの──」
カミラーは、幽(かす)かに感心したような顔になりそうになったのを即座に引き締めるや、貴人を迎えるようにして、その場に身を低くした。
「今、終わらせました」
「──ウム。カミラーよ、よく戻った」
と、いつものように無味乾燥に言った魔王の声にも、どこか感慨を抑えたような機微があった。
と、そう想いたいカミラーだった。
「……アン、そしてビス。今からお前達に、我々には決して出来ないことを、ひとつ頼みたいのだが……」
その夜霧を想わせるしっとりとした声音は、隠しようもないほどに憔悴していた。
「はっ! もとより承知しております!」
「はっ! かしこまりました!」
弾かれたように即答したお澄まし顔のライカン姉妹は、それぞれに素早く涙を拭い、下方の滅びて尚美しい眠り姫のカミラーを一瞬だけ見て、ほとんど同時に自らの左腕、その袖口を取った。
それを見送るようなユリアは、その愛らしくも青白い顔の額に無数の汗の珠を浮かべている。
「じゃあ、お願いしますね、アンさん、ビスさん。
あ、マリーナさん。あの私……きっとこれを唱えたら直ぐに気を失っちゃうと思いますので、後でどうなったか話してくださいね?」
瘧(おこり)のように震えるユリアは、ここ魔界の致死的な瘴気により強奪された精神力。
その最後の一滴(しずく)を指先に集めつつ、速やかに魔法詠唱に入った。
「ウン! バッチリ任しといてっ! うひゃっ!! きたきたーッ!!」
ユリアの眼前に忽然と現れた、一抱えほどの乳白色の光体が広い背に触れたとたん、マリーナは仰け反り、暗い魔空に向けて、カッと眼を見開いた。
すると、その鍛え抜かれた半裸の身体は露骨に瞬間的な筋肥大を見せ、その面(おもて)に、なにやら角張った、煌(きら)めく白き紋様が交錯(こうさく)した。
そして、あの光の翼が背中、両の手首、足首へと目映(まばゆ)く花開き、マリーナは右の黒革眼帯を焦がすほどに双眸(そうぼう)を白く発光させつつ咆哮した。
「いやっほおーーッ!!」
そうして極限まで超強化(ブースト)されたマリーナは、左肩を極端に前へと突き出し、手にした斬馬刀じみた大剣を大きく後下方に構える。
と、その愛刀の切っ先に載るものがいた──
それは、神々しいまでに輝く銀狼へと変異を果たしたシャンであり、伝家の宝刀"獣人深化"に加え、彼女の最終究極奥義"無の乙女"もその身に下ろし始めていた。
「よぉーし!! じゃオモッきりいくよー!! でぇいやぁーーッ!!」
今、背後にてユリアが崩折れる音を聞きつつ、命の前借りという剣呑なる側面を併(あわ)せ持つ、瞬間肉体限界突破魔法の効能により、恐るべき膂力を取得したマリーナが吠え、そのルーンソードに全身全霊を込めて振るったのである。
「うん、行ってくる」
低く言ったシャンが、琥珀色の眼光の尾を引いて、親友のマリーナより猛発射された瞬間であった。
シャンは無の乙女の効果により、その身にまとわりつく空気抵抗を極限まで削ぎおとし、また厄介な魔界瘴気を軽減させつつ、必殺の双刀"ケルベロスダガー"を突きだし、螺旋に回転しながら深紫の一槍と化して、迫り来る鋼色の魔人ジビエ=マルカッサンへと翔(と)んだ。
その速度は瞬時にして音速を越え、それでいてわずかなソニックブームを発生させることもなく、ただただ真一文字に魔界を飛翔した。
「ン? なぁんだありゃ?」
再びクワォリーと奇怪な人魔合体を果たした片角の魔人は、凄まじい"きりもみ回転"をしながら肉薄してくる謎の飛翔体に気付いて、ツイと小首を傾げた。
「アハッ、シャン……あとは、頼んだよぉ」
超絶的強制ブーストの余波により、一瞬で持てる力の総(すべ)てを乱費したマリーナは、今や聖なるなる翼も枯れ果て、糸の切れた操り人形のように前のめりに崩れた。
「…………」
ユリア、そして親友のマリーナから、まさしく全身全霊を託されたシャンだったが、自らをただただ必殺の突貫彈へと特化させたゆえ、既に人らしい思考などなかったという。
それが仲間の最後の力を一身に受け、遂に魔人へと着弾しようとした──
だが悲しいかな、対するジビエ=マルカッサンという怪人、是(これ)決して凡愚(ぼんぐ)に非(あら)ず。
今凄まじい速度で己へと肉薄する紫のつむじ、その致命的威力を半瞬で見抜いていた。
「ふむ、先ほどキミが完膚なきまでに打ち負かしたはずの麗しのお嬢さん達だが。はて、今さらナニをしようというのかな?
ふふん。ジビエ君よ。我々の虐殺晩餐会の前菜には真(まこと)おあつらえ向きではないかね?」
ジビエの逞(たくま)しい肩の右に頭部を露出させた、あの仄白(ほのじろ)い退路なき追放者クワォリーは、今や物狂(ものぐる)おしきサディズムに酔いしれ、あのエデンの蛇のように真っ向勝負を囁(ささや)いた。
「ん……」
だが、ジビエは即座に地面を蹴り、己の強さを過信して無駄な衝突をするよりも、無難にそれを後方へと見送ることとした。
この時点で、確かにシャンたちの目論見は完全に外れた。
この無頼にして酔狂の魔人なら、必ずや真正面から弾き落としに来るであろうと。その慢心こそを最期の頼りとしていたのである。
その時が勝負、伝説の光の勇者ら三者三様の特異なる能(ちから)の合成により、比類なき神聖の槍と化したシャンに、今や貫けない魔族などない筈だった。
だが、今やそれすらも、瞬間的にとは云え、あの真正バンパイアをすら凌(しの)ぐ速さと動体視力を発揮したジビエにとっては
「フン、当たらなければどうと云うことはない」
只それに尽きた。
「ン、バァーカ」
侮蔑のタメ息などを吐きつつ身を捻り、狂おしき決死の回転槍となったシャンとすれ違おうとした、その刹那────
「ハッ?」
猟奇の魔人は戦慄した。
「フン、馬鹿はお前じゃ」
なんと、ジビエの鉛色の足首を掴んで、宙空に固定せんとする者がいたのだ。
「テ、テメエは!?」
魔人は、己の下方にて双眸(そうぼう)より赤光を放つ、世にも美しい女児にしか見えぬ者へと刮目した。
そこへ恐るべき穿孔(ドリル)がきた──
シャンの両手の先、神速の回転刃がジビエの胸の真ん中を貫き、その上半身を融合中のクワォリーもろとも爆裂させたのである。
「んな、バカな──」
驚愕するジビエは、力任せに千切られたような生首になって猛回転しつつ、その驚異の動体視力で以(もっ)て、遠くの地にて左の手首を押さえるお澄ましの双子姉妹を見届けていた。
その絵に描いたような美貌の二人が、自らの手首を喰い裂いたがために、その顎(あご)まで朱に染めて、鮮血に濡れた犬歯を剥き、ブルーグレイの瞳を陰火のごとく爛々(らんらん)と輝かせる様とは、ゾッとするほどに凄惨、かつ恐ろしいまでに官能的であったという。
「フン。あの犬姉妹めが、頼んでもおらんのに要らぬお節介をしおって……」
かくして多量に溢(こぼ)し捧げられた清らかな乙女らの鮮血により、"しとど"に濡れた喉元を白い小さな親指で押すカミラーは、迅雷となって魔人の頭部に追い付き、それを確(しか)と左の掌で捕らえ、バンパイア特有の剛力で石畳に叩きつけて破裂させ、今宵の死闘に見事な決着をつけたのである。
今や完全に滅びの淵より立ち返ったカミラーは、遠い背後の玩具の山を振り返った。
そこでは、魔界の濃密なる瘴気により阻害され、完全な無を降ろせなかったシャンが、自身を包んだ膨大なエネルギーにより、魔界の大地に激しく幾度も打ち付けられ、あたりの瓦礫の山を無茶苦茶にしながら、漸(ようや)く停止を果たしたところだった。
「フム……三色馬鹿娘らめい、いつの間にこのような技を思いついておったか……。
まぁ、それとて、このわらわらの助力あってのものじゃがの──」
カミラーは、幽(かす)かに感心したような顔になりそうになったのを即座に引き締めるや、貴人を迎えるようにして、その場に身を低くした。
「今、終わらせました」
「──ウム。カミラーよ、よく戻った」
と、いつものように無味乾燥に言った魔王の声にも、どこか感慨を抑えたような機微があった。
と、そう想いたいカミラーだった。
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