217 / 244
216話 人間五千年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり
しおりを挟む
「っと! どうしたどうした!? アンタよ、その殺気はただごとじゃねえな……」
ジビエは本能的に身構え、ついドラクロワから距離を取ってしまう。
そのドラクロワは、ゆったりとした所作で腕を解き、それらを脱力させつつ下に提(さ)げた。
「んお、あくまでお茶っ葉を出す気はねぇって、そういうハラかい。
いや参ったな。こっちとしちゃあ、ひとりくらいは残して、肝心のお茶の葉が何処(どこ)にあるのか訊かねえと、と思ってたんだが……。
ま、そこはそれ、ちょいと面倒だが、全員の持ち物検査と、店の席でも探しゃ出てくるって話か……」
常に人を食ったような態度を崩さないジビエだったが、先ほどから妙な冷や汗が止まらない。
「ウム、そういえば──」
ドラクロワが、ふいになにかを思い出したように顔を上げた。
「っん? な、なんだい? ヤッパリお茶の葉を出す気になったのか、ええ? ンハハハ……」
その挙動に一瞬、ギクリとして、思わず身じろいでしまったのを誤魔化すように破顔する魔人。
「先ほどお前に憑依した者が言っておったことが少し気になる。
ウム。直接、あの"番頭(ばんとう)"に訊くとするか……」
唐突に不可解なことを宣(のたま)い出したドラクロワは、なにかの指揮者のごとく、暗黒色のマントを翻(ひるがえ)しながら、右の腕を遠くの空間めがけて振るった。
「……お、おい!?」
急に凄絶なる殺気を雲散霧消させては、勝手気儘に振る舞うドラクロワに、ジビエが中っ腹になって野次るように言った。
すると突然、そのドラクロワのガントレットの差す先の廃墟に、眼が痛いほどの真紅の四角が現れた。
縦横五間(約9メートル)ほどのそれは、なにか空間に貼られた、単なる平面的な赤の四角ではなく、どう見ても宮廷・城郭などにある、あのいかめしい廊下としか思えぬような、謎の大通路の入り口であり、よくよく見れば、その大蛇の腹のような奥に、また真紅の扉らしきものが見えるではないか。
「んおっ!!? なんだありゃ!? ア、アンタ、一体なにをしようってんだ!?」
無論、ただただ面食らうしかないジビエだったが、その視線の遠い先。
そこの真っ赤な扉をすり抜けたように、ひとつの緑のローブ姿が瞬時にして現れ、音もなくこちらに滑るようにして迫って来るのに、云い知れぬ無気味さを感じずにはいられなかった。
その低空を滑空するような妖しい魔術師然とした者は、深く被ったフードで顔を陰(かげ)らせたまま、遂にはドラクロワの至近距離にまで到達したかと思うと、何の前触れもなく身を屈(かが)めた。
「あれは……なんとも不可思議なり、なぜ此処(ここ)に長老が?」
と、ジビエの背後から甲高い声がして、あの木乃伊(ミイラ)じみた謎の男、クワォリーがその肩越しにおぞましき頭部を覗かせた。
「ん? ウヘェッ! ……で、なんだ、その長老ってのは?」
一瞬、己が肩上に出現した白い生首のあまりの生臭さに、つい拒絶反応を示したジビエだったが、その部分的な融合解除に伴い、わずかに額の色が尋常なる肌色に還(かえ)っていた。
その一方で、クワォリーの視線の先にうずくまる謎のグリーンローブは、ただ黙してひれ伏したままであり、果たしてそれが男か女か、その老若の具合も、はたまた人か魔かも、まったく計り知れなかった。
「……これはこれはドラクロワ様。本日はお招きに与(あずか)り、恐悦至極に存じます。
ドラクロワ様に於(お)かれましては、数千年もなんらお代わりなく──」
それは露骨に老醜を感じさせる、おそろしく錆(さ)びた声音だった。
「ウム。陳腐な前置きなど要らぬ。して長老よ、少し訊きたいことがある」
ドラクロワが漫然と述べたとき、ジビエの鋼の身体。その背面が鮮烈なるオレンジの光を放ち、そこから唐突にクワォリーが飛び出したかと思うと、その場で片膝をついて頭を垂れた。
「てー、おイッ! お前、急になんで!」
瞬時にして、ただの無頼人間に戻ったジビエは、無論、解(げ)せぬとして喚いた。
「う、うるさいッ! キミは少し黙っていたまえ!」
何かに怯えきったようなクワォリーが小声で叱責した。
「──クワォリー、なぜ、お前がここに……」
言ったグリーンローブが頭をあげると、自然その素顔が見えた。
それは老人の嗄(しゃが)れ声に似ぬ、銀の白粉(おしろい)を丹念に塗ったような、ほっそりとした美しい女の顔をしていた。
だが、この長老と呼ばれた者。断じて尋常な人には非(あら)ず、その瞳は星の瞬(またた)く丸い宇宙空間であり、また麗しき緑の唇からは、そこから直下して顎下へと伝わるような、謎のエメラルド色の液体とも、煌めく煙ともつかぬ、なんとも形容しがたい物質が常に伝い垂れていた。
「ウム。長老よ、よく聴け。これより略式の査問委員会を開廷する。
ついては、お前麾下(きか)のすべての鹵獲団員の出廷を命ずる。
その審議の如何(いかん)によっては厳重なる懲罰、また暗黒鹵獲団そのものの廃絶も"十二分"にあり得る、心しておけ」
「はっ!!」
鹵獲団の長老は弾かれたように応え、すぐさま、この餓鬼、一体なにをやってくれたのだ!? と言わんばかりにクワォリーを睨んだという。
「ウム。ときに長老よ。つかぬことを訊くが、昼行灯(ひるあんどん)とはなんだ?」
明後日の方を向いたドラクロワが、あくまで飄然(ひょうぜん)と訊ねた。
これに、窮(きわ)めて重大な審議を言い渡された直後の長老は、今必死になって心当たりを模索していたが、それを即座に打ち捨てた。
「はっ! 申し上げます!! 昼行灯とはつまり……真っ昼間に灯(とも)った夜間照明のごとく、まったく点(つ)いているのかいないのかよく分からぬ、ただただ無駄にのさばっているだけの、誠どうしようもない"穀潰(ごくつぶ)し"。
或いは、真っ昼間に要らぬ灯りに火を灯(とも)し、無駄に油を浪費する、度しがたき"大うつけ"という意味にございますが、それがなにか?」
「──デ、アルカ──」
それから四半刻のち──
「ウム、では裁断を申し渡す。
先々代魔王であるアガレプトによる暗黒鹵獲団の制定を勝手に改変し、本来六名であるとするころの団員数を、現魔王になんら出願することもなく、あまつさえ、あの女神どもを連想させ得る"七名"とした由々しき廉(かど)。
また加えて、七人目の団員であるクワォリーが、鹵獲した元勇者に、現魔王は昼行灯であると発言するまでに、歪んだ、いやトチ狂った認識を授けるよう教化を施した廉。
以上二点を以(もっ)て、暗黒鹵獲団のクワォリーの除名、ならびに処刑を命ずる」
ドラクロワが厳粛に言い渡すと、長老を始めとするグリーンローブの五名達は、一斉に勁烈(けいれつ)に応えて言下に受け入れ、全員が即座に立ち上がった。
「そそそ、そんな!? わ、私はただ──」
まさしく極限の土壇場にて、みる影もなく狼狽するクワォリー。
「……ドラクロワ様。此度(こたび)の温情に満ちた御裁断、恐悦至極に存じます。
ですが、その──」
武士の情けか、折角免れた"お取り潰(つぶ)し"も恐れず、反駁(はんばく)を上申せんとする長老がいた。
「なんだ?」
「はっ、畏(おそ)れながら、この新参者のクワォリー。聴けば、あくまで鹵獲団としての務めをまっとうすべく、鹵獲したジビエ=マルカッサンに乗り込み、彼(か)の伝説の勇者団を滅さんと奮闘したとのこと。
つきましては、我等が宿敵、光の勇者団を撃ち破った、その戦功を御考慮いただき、今一度、処分の御再考をいただけないかと……こう存じます」
「──ならん」
「そそそ、そうですとも!! わ、我輩も一箇(いっこ)の武人!!
何卒、温情ある御沙汰(ごさた)をッ!!」
「ならん」
ドラクロワの勅令、揺るぎがたし。
「くっ! この上はッ!」
クワォリーは自暴自棄の窮(きわ)みに達した挙げ句、真紅の床を蹴って、死に物狂いの遁走を開始したのである。
「クワォリー!!」
長老麾下の総員が、出口の赤い扉が粉々に崩壊するのを眼で追った。
「フン。放っておけい。後は外の者らに始末させる。
身のほど知らずの下郎(げろう)共々、魔界のものならぬ、単なる勇者ごときに狩られるがよいわ」
頬杖のドラクロワは、何か思うところがあるように、長老達が追走に翔び立とうとするのを制した。
「うおっ! な、なんだよ!!」
赤い扉のすぐ裏側にて待機を命じられていたジビエは、突然の扉の崩壊に、両腕で顔前を覆って喚いた。
「あぁジビエ君。真に残念至極だが、我々はもはやお仕舞いなのだ!
だが、我輩はこのまま、むざむざと処刑を待つよりは、最期に玉砕散華(ぎょくさいさんげ)の大暴れをしかけようと思う!!
どうだジビエ君!! この世の華として、ともに一花咲かせようではないか!!」
脱兎のごとく走りながら、人間界の大陸に舞い戻っての、当たるを幸いの大虐殺心中を持ちかけるクワォリーだった。
「ん、なーにがなんだかサッパリだが……オレは、まだまだ暴れたりねぇよ」
ジビエは確かに猟奇の鬼であったが、決して愚人ではなかった。
ゆえに最期の大凶行というものに、むしろ頽廃的(たいはいてき)な甘美をすら覚え、激しく血に飢えてはクワォリーと共に走ったという。
一方、いいように打ちのめされた女勇者達だったが、各々(それぞれ)はなんとか覚醒を果たし、魔界の瘴気により極限まで憔悴(しょうすい)し、また傷ついた身を引きずりながら集結していた。
「カミラー様ッ! カミラー様ッ!!」
「カミラー様ッ!! 聞こえますかカミラー様ッ!!」
アンとビスが見下ろす下方には、小さなバンパイアが仰向けに眠るように倒れていた。
「おーい、カミラー! まさか、不死のお姫様のアンタがホントに死んじまったのかい?
……んー、アレ? コレさ、アタシが頬っぺた触ってんのに、あのビリビリー!!ってのもこないよ?」
マリーナも腰を屈めて、愛くるしい眠り姫のような顔に触れて、口だけは暢気(のんき)に呼びかけるのだが、一向にカミラーの眼は開かない。
首周りを朱に染めて横たわるカミラーは、あの疾風怒濤の魔人に斬り伏せられ、斬首をさえ極(き)められて吹き飛んでいたのを、つい先ほどアン達により発見されたのである。
だが、この五千年を超えた、如何(いか)な不死身のバンパイアとて、残念ながら流石に斬首から立ち還ることはない。
事実、それを示すように、華麗なマゼンタピンクのドレスから出た小さな手足の先は、白く燃え尽きた炭のように、微細にささくれて捲(めく)れ上がっていた。
そして、それらの瓦解した末端の部位とは、今魔界の瘴気風に吹かれ、風化した石畳に火の粉混じりの灰として儚く舞い散っていた。
「カミラーさん!! カミラーさん!! 眼を、眼を開けてぐだざいよーッ!!
ド、ドラクロワざーん!! こんな時にどこに行ったんでずがー!!?」
ユリアがカミラーに覆い被さるようにして泣きわめくが、あの居丈高だった我儘(わがまま)吸血姫は、今や完全なる静物と化していた。
「──そんな、そんなバカな……あ、あまりに、あまりに呆気なさ過ぎる!
おいカミラー!! 戻って来い!! 我々はまだ魔王を倒してはいないんだぞ! まだまだ宿命の旅は始まったばかりなんだぞ!! た、頼むからこんなところで朽ち果てないでくれ!」
いつも冷静沈着なシャンも僅(わず)かに声が震えていた。
「ねぇ、ねぇ──」
マリーナがその後ろで、どこか遠くを指差して言った。
「な、なんでずがー? ハッ!! ド、ドラクロワざんでずが!?」
ユリアが汁まみれの酷い顔を上げた。
「イヤ、アイツだよ、アイツが、来るよ。
カミラーをこんなにした、アイツが──」
顔に魔界の紫影(しえい)が落ちたマリーナは、ガリッという歯軋りと共に、面妖なる血の色廊下を疾走して迫り来る、あの鋼鉄の片角魔人へと皆を喚起した。
「──そう、ですか」
ユリアが妙に冷めた声音で応えた。
「うん。あれは、さながら不可避なる死そのものだな。
ここの風は我等の心身を酷く蝕(むしば)んで、どうしようもなく消耗させているが……」
シャンが枯れたような声で呟いた。
「アハッ! やるしかないっ! てねッ!!」
マリーナが金剛石の欠片ような涙を散らして、家宝の大剣を握りしめた。
「私、こんなに……こんなに……」
ユリアも震える手で魔法杖を握りしめる。
「──うん。では、いつかの惨敗を喫した夜、我等で共に考えた、あの三位一体の秘技を試してみるか……」
「だね! あ、でもさ? もしアレが通じなかったら、サッスガにアタシらもお仕舞いだねぇ? アッハ!!」
「な、なにを言うんですかマリーナさんっ!! 私達は……負けません!! 私達は、こ、こんな道半ばでは絶対に、絶対に、絶対に終わりませんからァッ!! 」
ユリアは最後の力を振り絞るように、丸い膝小僧を押して屹立(きつりつ)し、野獣のごとく咆哮して襲来する、暴走の宿敵ジビエ=マルカッサンを睨んだ。
ジビエは本能的に身構え、ついドラクロワから距離を取ってしまう。
そのドラクロワは、ゆったりとした所作で腕を解き、それらを脱力させつつ下に提(さ)げた。
「んお、あくまでお茶っ葉を出す気はねぇって、そういうハラかい。
いや参ったな。こっちとしちゃあ、ひとりくらいは残して、肝心のお茶の葉が何処(どこ)にあるのか訊かねえと、と思ってたんだが……。
ま、そこはそれ、ちょいと面倒だが、全員の持ち物検査と、店の席でも探しゃ出てくるって話か……」
常に人を食ったような態度を崩さないジビエだったが、先ほどから妙な冷や汗が止まらない。
「ウム、そういえば──」
ドラクロワが、ふいになにかを思い出したように顔を上げた。
「っん? な、なんだい? ヤッパリお茶の葉を出す気になったのか、ええ? ンハハハ……」
その挙動に一瞬、ギクリとして、思わず身じろいでしまったのを誤魔化すように破顔する魔人。
「先ほどお前に憑依した者が言っておったことが少し気になる。
ウム。直接、あの"番頭(ばんとう)"に訊くとするか……」
唐突に不可解なことを宣(のたま)い出したドラクロワは、なにかの指揮者のごとく、暗黒色のマントを翻(ひるがえ)しながら、右の腕を遠くの空間めがけて振るった。
「……お、おい!?」
急に凄絶なる殺気を雲散霧消させては、勝手気儘に振る舞うドラクロワに、ジビエが中っ腹になって野次るように言った。
すると突然、そのドラクロワのガントレットの差す先の廃墟に、眼が痛いほどの真紅の四角が現れた。
縦横五間(約9メートル)ほどのそれは、なにか空間に貼られた、単なる平面的な赤の四角ではなく、どう見ても宮廷・城郭などにある、あのいかめしい廊下としか思えぬような、謎の大通路の入り口であり、よくよく見れば、その大蛇の腹のような奥に、また真紅の扉らしきものが見えるではないか。
「んおっ!!? なんだありゃ!? ア、アンタ、一体なにをしようってんだ!?」
無論、ただただ面食らうしかないジビエだったが、その視線の遠い先。
そこの真っ赤な扉をすり抜けたように、ひとつの緑のローブ姿が瞬時にして現れ、音もなくこちらに滑るようにして迫って来るのに、云い知れぬ無気味さを感じずにはいられなかった。
その低空を滑空するような妖しい魔術師然とした者は、深く被ったフードで顔を陰(かげ)らせたまま、遂にはドラクロワの至近距離にまで到達したかと思うと、何の前触れもなく身を屈(かが)めた。
「あれは……なんとも不可思議なり、なぜ此処(ここ)に長老が?」
と、ジビエの背後から甲高い声がして、あの木乃伊(ミイラ)じみた謎の男、クワォリーがその肩越しにおぞましき頭部を覗かせた。
「ん? ウヘェッ! ……で、なんだ、その長老ってのは?」
一瞬、己が肩上に出現した白い生首のあまりの生臭さに、つい拒絶反応を示したジビエだったが、その部分的な融合解除に伴い、わずかに額の色が尋常なる肌色に還(かえ)っていた。
その一方で、クワォリーの視線の先にうずくまる謎のグリーンローブは、ただ黙してひれ伏したままであり、果たしてそれが男か女か、その老若の具合も、はたまた人か魔かも、まったく計り知れなかった。
「……これはこれはドラクロワ様。本日はお招きに与(あずか)り、恐悦至極に存じます。
ドラクロワ様に於(お)かれましては、数千年もなんらお代わりなく──」
それは露骨に老醜を感じさせる、おそろしく錆(さ)びた声音だった。
「ウム。陳腐な前置きなど要らぬ。して長老よ、少し訊きたいことがある」
ドラクロワが漫然と述べたとき、ジビエの鋼の身体。その背面が鮮烈なるオレンジの光を放ち、そこから唐突にクワォリーが飛び出したかと思うと、その場で片膝をついて頭を垂れた。
「てー、おイッ! お前、急になんで!」
瞬時にして、ただの無頼人間に戻ったジビエは、無論、解(げ)せぬとして喚いた。
「う、うるさいッ! キミは少し黙っていたまえ!」
何かに怯えきったようなクワォリーが小声で叱責した。
「──クワォリー、なぜ、お前がここに……」
言ったグリーンローブが頭をあげると、自然その素顔が見えた。
それは老人の嗄(しゃが)れ声に似ぬ、銀の白粉(おしろい)を丹念に塗ったような、ほっそりとした美しい女の顔をしていた。
だが、この長老と呼ばれた者。断じて尋常な人には非(あら)ず、その瞳は星の瞬(またた)く丸い宇宙空間であり、また麗しき緑の唇からは、そこから直下して顎下へと伝わるような、謎のエメラルド色の液体とも、煌めく煙ともつかぬ、なんとも形容しがたい物質が常に伝い垂れていた。
「ウム。長老よ、よく聴け。これより略式の査問委員会を開廷する。
ついては、お前麾下(きか)のすべての鹵獲団員の出廷を命ずる。
その審議の如何(いかん)によっては厳重なる懲罰、また暗黒鹵獲団そのものの廃絶も"十二分"にあり得る、心しておけ」
「はっ!!」
鹵獲団の長老は弾かれたように応え、すぐさま、この餓鬼、一体なにをやってくれたのだ!? と言わんばかりにクワォリーを睨んだという。
「ウム。ときに長老よ。つかぬことを訊くが、昼行灯(ひるあんどん)とはなんだ?」
明後日の方を向いたドラクロワが、あくまで飄然(ひょうぜん)と訊ねた。
これに、窮(きわ)めて重大な審議を言い渡された直後の長老は、今必死になって心当たりを模索していたが、それを即座に打ち捨てた。
「はっ! 申し上げます!! 昼行灯とはつまり……真っ昼間に灯(とも)った夜間照明のごとく、まったく点(つ)いているのかいないのかよく分からぬ、ただただ無駄にのさばっているだけの、誠どうしようもない"穀潰(ごくつぶ)し"。
或いは、真っ昼間に要らぬ灯りに火を灯(とも)し、無駄に油を浪費する、度しがたき"大うつけ"という意味にございますが、それがなにか?」
「──デ、アルカ──」
それから四半刻のち──
「ウム、では裁断を申し渡す。
先々代魔王であるアガレプトによる暗黒鹵獲団の制定を勝手に改変し、本来六名であるとするころの団員数を、現魔王になんら出願することもなく、あまつさえ、あの女神どもを連想させ得る"七名"とした由々しき廉(かど)。
また加えて、七人目の団員であるクワォリーが、鹵獲した元勇者に、現魔王は昼行灯であると発言するまでに、歪んだ、いやトチ狂った認識を授けるよう教化を施した廉。
以上二点を以(もっ)て、暗黒鹵獲団のクワォリーの除名、ならびに処刑を命ずる」
ドラクロワが厳粛に言い渡すと、長老を始めとするグリーンローブの五名達は、一斉に勁烈(けいれつ)に応えて言下に受け入れ、全員が即座に立ち上がった。
「そそそ、そんな!? わ、私はただ──」
まさしく極限の土壇場にて、みる影もなく狼狽するクワォリー。
「……ドラクロワ様。此度(こたび)の温情に満ちた御裁断、恐悦至極に存じます。
ですが、その──」
武士の情けか、折角免れた"お取り潰(つぶ)し"も恐れず、反駁(はんばく)を上申せんとする長老がいた。
「なんだ?」
「はっ、畏(おそ)れながら、この新参者のクワォリー。聴けば、あくまで鹵獲団としての務めをまっとうすべく、鹵獲したジビエ=マルカッサンに乗り込み、彼(か)の伝説の勇者団を滅さんと奮闘したとのこと。
つきましては、我等が宿敵、光の勇者団を撃ち破った、その戦功を御考慮いただき、今一度、処分の御再考をいただけないかと……こう存じます」
「──ならん」
「そそそ、そうですとも!! わ、我輩も一箇(いっこ)の武人!!
何卒、温情ある御沙汰(ごさた)をッ!!」
「ならん」
ドラクロワの勅令、揺るぎがたし。
「くっ! この上はッ!」
クワォリーは自暴自棄の窮(きわ)みに達した挙げ句、真紅の床を蹴って、死に物狂いの遁走を開始したのである。
「クワォリー!!」
長老麾下の総員が、出口の赤い扉が粉々に崩壊するのを眼で追った。
「フン。放っておけい。後は外の者らに始末させる。
身のほど知らずの下郎(げろう)共々、魔界のものならぬ、単なる勇者ごときに狩られるがよいわ」
頬杖のドラクロワは、何か思うところがあるように、長老達が追走に翔び立とうとするのを制した。
「うおっ! な、なんだよ!!」
赤い扉のすぐ裏側にて待機を命じられていたジビエは、突然の扉の崩壊に、両腕で顔前を覆って喚いた。
「あぁジビエ君。真に残念至極だが、我々はもはやお仕舞いなのだ!
だが、我輩はこのまま、むざむざと処刑を待つよりは、最期に玉砕散華(ぎょくさいさんげ)の大暴れをしかけようと思う!!
どうだジビエ君!! この世の華として、ともに一花咲かせようではないか!!」
脱兎のごとく走りながら、人間界の大陸に舞い戻っての、当たるを幸いの大虐殺心中を持ちかけるクワォリーだった。
「ん、なーにがなんだかサッパリだが……オレは、まだまだ暴れたりねぇよ」
ジビエは確かに猟奇の鬼であったが、決して愚人ではなかった。
ゆえに最期の大凶行というものに、むしろ頽廃的(たいはいてき)な甘美をすら覚え、激しく血に飢えてはクワォリーと共に走ったという。
一方、いいように打ちのめされた女勇者達だったが、各々(それぞれ)はなんとか覚醒を果たし、魔界の瘴気により極限まで憔悴(しょうすい)し、また傷ついた身を引きずりながら集結していた。
「カミラー様ッ! カミラー様ッ!!」
「カミラー様ッ!! 聞こえますかカミラー様ッ!!」
アンとビスが見下ろす下方には、小さなバンパイアが仰向けに眠るように倒れていた。
「おーい、カミラー! まさか、不死のお姫様のアンタがホントに死んじまったのかい?
……んー、アレ? コレさ、アタシが頬っぺた触ってんのに、あのビリビリー!!ってのもこないよ?」
マリーナも腰を屈めて、愛くるしい眠り姫のような顔に触れて、口だけは暢気(のんき)に呼びかけるのだが、一向にカミラーの眼は開かない。
首周りを朱に染めて横たわるカミラーは、あの疾風怒濤の魔人に斬り伏せられ、斬首をさえ極(き)められて吹き飛んでいたのを、つい先ほどアン達により発見されたのである。
だが、この五千年を超えた、如何(いか)な不死身のバンパイアとて、残念ながら流石に斬首から立ち還ることはない。
事実、それを示すように、華麗なマゼンタピンクのドレスから出た小さな手足の先は、白く燃え尽きた炭のように、微細にささくれて捲(めく)れ上がっていた。
そして、それらの瓦解した末端の部位とは、今魔界の瘴気風に吹かれ、風化した石畳に火の粉混じりの灰として儚く舞い散っていた。
「カミラーさん!! カミラーさん!! 眼を、眼を開けてぐだざいよーッ!!
ド、ドラクロワざーん!! こんな時にどこに行ったんでずがー!!?」
ユリアがカミラーに覆い被さるようにして泣きわめくが、あの居丈高だった我儘(わがまま)吸血姫は、今や完全なる静物と化していた。
「──そんな、そんなバカな……あ、あまりに、あまりに呆気なさ過ぎる!
おいカミラー!! 戻って来い!! 我々はまだ魔王を倒してはいないんだぞ! まだまだ宿命の旅は始まったばかりなんだぞ!! た、頼むからこんなところで朽ち果てないでくれ!」
いつも冷静沈着なシャンも僅(わず)かに声が震えていた。
「ねぇ、ねぇ──」
マリーナがその後ろで、どこか遠くを指差して言った。
「な、なんでずがー? ハッ!! ド、ドラクロワざんでずが!?」
ユリアが汁まみれの酷い顔を上げた。
「イヤ、アイツだよ、アイツが、来るよ。
カミラーをこんなにした、アイツが──」
顔に魔界の紫影(しえい)が落ちたマリーナは、ガリッという歯軋りと共に、面妖なる血の色廊下を疾走して迫り来る、あの鋼鉄の片角魔人へと皆を喚起した。
「──そう、ですか」
ユリアが妙に冷めた声音で応えた。
「うん。あれは、さながら不可避なる死そのものだな。
ここの風は我等の心身を酷く蝕(むしば)んで、どうしようもなく消耗させているが……」
シャンが枯れたような声で呟いた。
「アハッ! やるしかないっ! てねッ!!」
マリーナが金剛石の欠片ような涙を散らして、家宝の大剣を握りしめた。
「私、こんなに……こんなに……」
ユリアも震える手で魔法杖を握りしめる。
「──うん。では、いつかの惨敗を喫した夜、我等で共に考えた、あの三位一体の秘技を試してみるか……」
「だね! あ、でもさ? もしアレが通じなかったら、サッスガにアタシらもお仕舞いだねぇ? アッハ!!」
「な、なにを言うんですかマリーナさんっ!! 私達は……負けません!! 私達は、こ、こんな道半ばでは絶対に、絶対に、絶対に終わりませんからァッ!! 」
ユリアは最後の力を振り絞るように、丸い膝小僧を押して屹立(きつりつ)し、野獣のごとく咆哮して襲来する、暴走の宿敵ジビエ=マルカッサンを睨んだ。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
神々に育てられた人の子は最強です
Solar
ファンタジー
突如現れた赤ん坊は多くの神様に育てられた。
その神様たちは自分たちの力を受け継ぐようその赤ん
坊に修行をつけ、世界の常識を教えた。
何故なら神様たちは人の闇を知っていたから、この子にはその闇で死んで欲しくないと思い、普通に生きてほしいと思い育てた。
その赤ん坊はすくすく育ち地上の学校に行った。
そして十八歳になった時、高校生の修学旅行に行く際異世界に召喚された。
その世界で主人公が楽しく冒険し、異種族達と仲良くし、無双するお話です
初めてですので余り期待しないでください。
小説家になろう、にも登録しています。そちらもよろしくお願いします。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる