退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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212話 皆まで言う女

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「ウンウン。だからねー、んま、よーするにー、そのチッコイお婆ちゃんてのがまた、スンゴイコッチコチのガンコモンでさー。
 も、どーしても朝晩は"アレ"がないと生きてる気がしないーって、トシガイもなくダダこねてんだよねー。
 だからさー、アンタ達も見るからに、ご立派なトコのオジョーサマーッだから、ワザワザいわなくても分かるとは思うけどー。
 あーその、なんつーの? そ、トショーリには優しくしてあげましょーって感じでさ、今回だけは大目に見てやってくんないかなぁ?」
 幾分酔いの覚めたマリーナが、体躯の割に小さな頭の後ろを掻きながら、ここに件(くだん)の高級茶葉を持参出来ない訳を述べた。

「……はい。そ、そうなんですよー。私達も一生懸命、誠心誠意言ってきかせようと努めたんですけど、あのお婆ちゃまったら、お茶のことになると、ホンット頑固でワガママになっちゃうんですよねー。
 あっ、ワガママなのは元からかぁ……。
 だ、だからといってはなんですが、私達から代わってお詫びをします。ホンットにごめんなさいっ!」
 ユリアも、ようやくゴルゴン三姉妹らの放つ、可憐な美の七色後光(オーラ)にも慣れてきたか、ねじくれた魔法杖を前で握り、ペコリと蜂蜜色の頭を下げる。

「うん。それによくよく聞けば、この店にある茶葉とはみな粒揃いで、そのどれをとっても品質よし、味わい深し、また高貴な薫りに裏切りはなし、といった逸品ばかりが完備されているという。
 確かに、今日わざわざ来訪を果たし、そこで目当てにしていたモノが賞味できぬという無念さ、分からん訳ではない。
 だがここはひとつ、店主殿らの気持ちも鑑(かんが)みて、他の茶葉を試してみては貰えぬだろうか?」
 シャンも餓狼のごとく輝く眼で、至近距離の三姉妹等をひとり、またひとりと審美するかのように見ながらも、第一級のミント茶葉、その一点のみに固執する彼女らに、ひとまず目先を変えてみるよう促すのだった。

 だが、これら三者三様のとりなしにもゴルゴン三姉妹等は微動だにせず、ただユリア達を冷たく見据えたまま、おそろしく高圧的な沈黙を以(もっ)て不満を訴えるばかりである。

 と、そのうち、女勇者等にすがり、隠れるようにして随行していた給仕長リオックが、場の張りつめた空気に堪(た)えきれなくなった。

「あ、あの……そのぅ、こここ、こちらの方々でございますが──」
 と、究極の切り札として、居並ぶユリア達の特異な身分を明かし、その発言力を増強させそうとしたのだが──

「はぁ、もういいです……」

 それを遮(さえぎ)るようにして、長女のメデュサがタメ息混じりの一声を上げた。

「お、おおっ!?」
 と、リオックの後方の影に潜んでいた店主が、思わず喜色も露(あらわ)な声を漏らした。

 だが、キッとそれを睨み付けたメデュサは、先鋭的に整えられた眉の根を寄せる。

「はぁ、あの勘違いをしないで下さい。私が、と言ったのは、これ以上、可笑しな言い訳を列(なら)べたてるのはもう結構、という意味です。
 はっきりいって、あなた達の同席者がお年寄りだとか、それがどんなにか頑固だとか、そんなことは一切関知しません。
 私達はただ、賤(いや)しくも、その老女が独り占めにしている茶葉をほどよく醸(かも)し、速やかに、ここゴルゴンのテーブルへと提供しなさい、といっているだけなのです」

「そうですわ!! さっきから黙って聞いていれば、下賎な冒険者風情が、くだらない身勝手を並べ立てるばかり! 
 あの?リオックさん!?店主さん!? あなた方は今自分たちの置かれている状況をキチンと把握できているのですか!?」

「そうそうそうっ! ここまでゴルゴンを待たせて焦(じ)らしたとなれば、もはや大罪です! これにはそれ相応の罰が下されなければ、世にいう不条理というものですっ!」
 といった具合で、業を煮やしたゴルゴン三姉妹らの一斉掃射が火を吹いた。

「──大罪……えっ? ふ、不条理?」
 思わず己が耳を疑うユリア。

「まぁまぁまぁまぁ、そうカッカしないでよー。せーっかくのペッピンさんがダイナシだよー?
 んあ、そだ。どーみてもアンタたち、明日の競美会に出る為に、こんなとこまでハルバルやって来たってークチでしょ?
 ならさならさ、おんなじ参加者のヨシミってことでさー、あのスースーのお茶っ葉のオワビとケーキづけに、ここはアタシが一杯おごるから仲良くカンパーイ! と、いこーじゃない? んね?ねねっ?
 じゃ、そーとなれば、まずはエールだよエール!」
 マリーナは親譲りである人懐っこい笑みを輝かせるや、給仕頭のリオックへと振り返って、パキーンと指を鳴らした。

 これに──

「──おん、なじ?」
「──参、加者?」
「──ヨシ、ミ?」
 ほぼ同時にゴルゴン等が声を漏らした。

「あっ! そーでしたよねっ! 私達ってー、この街には共通の目的があって集結したんでしたよねー! 
 ウフフ……えーと、そう! 所謂(いわゆる)ひとつの"好・敵・手(ライバル)"だったんですよねー!!
 あ、でもでもマリーナさん?明日はわりと朝早くからの受付でしたから、お酒の方はほどほどにしておいた方がよくないですかねー?」
 ユリアが愛らしいソバカス顔、その両端に下がった三つ編みの左を引きながら喚起した。

「うん。それに、明日に大事な審美を控え、この娘たちの細腰がエールで膨れるのもどうかと思うし、またお前ほど大のエール好きとも限らないぞ。
 そうだ、ここは彼女らの今宵の飲食代のすべてを私達がもつということで、気になる茶葉を遠慮なく存分に試してもらう。と、そういう待遇の方がまだよくはないか?」
 
「オオッ! サッスガはシャンだよー! アンタってば、いつでもアタシの足りないトコをウマイこと拾ってくれるよねー。
 ウンウンウンウン、よしきたキマリ! バッチそれでいこうじゃないっ! 
 じゃ、エライベッピンのお嬢ちゃんたちっ! も好きなお茶をヨリドリミドリで、カタッパシから頼んじゃってよ! んね!?
 てーことで、この度はホント、オジャマをばコキましたー! 
 んよしよし! となりゃさ、ササッーとテーブルに帰って飲み直し飲み直しー、だね!? アハッ!」
 快活に言ったマリーナは踵(きびす)を返し、ユリアの薄い両肩を掴んでは奥に戻ろうとした、が。

「……プッ」
「……ホホッ」
「……ウフッ」
  
 どういう訳か、唐突にゴルゴンの三姉妹らが吹き出し、手にした華美な羽扇子を顔前の盾にして、一斉に笑いだした。

「あえ?ど、どうしたんですか?なにがそんなに面白かったんですか?」
 ユリアが、やや垂れた目を白黒させ、探るように彼女らを眺め、次いで仲間の顔を見上げるが、マリーナもシャンもなんら心当たりなどなく、ただ小首を傾げるばかりである。

 そうして三姉妹等は、しばらく腰を折って笑い、いや嗤(わら)い続けた。

「……はぁ、まったく。突然何を言い出すかと思えば、少し聞いたこともないような酷い冗談……」
 メデュサが、目尻の滴を繊細な指の先で拾いながら言った。

「はい、お姉様。こんな度外れな戯言、中々に聞けるものではありませんわ!」

「本当にあなた達! なんということをしてくれたのです! 
 私達は美しい肌を保つ為、日頃から極力笑わないようにしているというのに……。
 これは万死! そう! 万死に値する嫌がらせですっ!」
 といった具合で、まったく意味不明な嘲笑と苦言とを注がれるのだが、当のマリーナ達にはなんのことやらサッパリである。

「んー。な、なーんでしょ?」
 ユリアは、このゴルゴン三姉妹らの見せる、一様の不可解なリアクションというものに、多分の揶揄(やゆ)と嘲(あざけ)りとが満ち充(み)ちているのを感じ、なんとも云えぬ不快感を覚えつつシャンを見上げた。

「──うん。なにか知らんが、我々の競美会参加にケチをつけたいようだな……」
 シャンが眼を細め、深紫色の戦闘ジャケットの高く立った襟(えり)、その右に口づけするように顔を傾け、低く唸るように言った。

「エエッ? ケチ!? ソレってどゆこと!?」
 無論マリーナには何も読めはしない。

「はぁ、どうやらあなた達。この伝統ある南部大競美会の本質というものが、少しもお分かりでないようですね……」
 メデュサが柳眉(りゅうび)をひそめ、呆れたように言った。

「あえ?明日の競美会ってー、その、え確か……」
 ユリアは人差し指で下唇を押さえ、"ミス・南部"の参加資格である、17歳から25歳までであること、かつ人間族限定という条件を脳裏に呼び覚ました。

「あーアレ?明日の競美会ってさー、もしかしてー、この大陸南部に住んでないとダメー、とかってーことなのかい!?
 アララ……コーラ参ったねぇー。なんたってさ、アタシらってば、そろいもそろって"ムシュクトセーの身"だもんねェ。 ウーン、どする?」
 マリーナは肩をすくめて勝手に困惑し、狭い額を、ペシャリと打っては天井を仰ぐ。

「違うっ!!」
 そこに吼えたのは、エウリュアレだ。

「まったく……これだから野蛮な冒険者風情は困るというのです」
 うんざりとばかりに頭(かぶり)を振るのはステンノ。

 そして、ソファに深く座り直した、三姉妹のうち一番背高(せいたか)のメデュサが語り始める。

「はぁ、では無知蒙昧のあなた方に、慈悲深い私が説明を授けてあげましょう。
 そうですね……はぁ。そう、この世界には本当に沢山の業界、社会、また集団というものがあります。
 そう、きっとあなた方の属しているであろう"冒険者ギルド"というものも、そのひとつです──」

 マリーナ達は「オッ?なんか始まったぞ?」とお互いを見合い、一斉に長女の方を向いた。

「そして、その各々の社会には、自然に独自の当たり前、様式、価値観というものが生まれ、それらはその界隈でもてはやされ、やがては不文律となります──」
    
「エッ!? ソレってさ、ツマリどーゆうこと? 
 ねね、シャーン。この人ってばさ、今、大陸の共通語をしゃべってるー?」

「黙って聴きなさいッ!!」
 またエウリュアレが一喝した。

「──はぁ、では続けましょう……。
 つまるところ、この競美会にもご多分に漏れず、独自の様式美、美意識というものがあり、はっきりいって、貴女方は甚だしくそれに適していないのです……」

「エーッ? ハナハダって……ああっ! 分かったあ! 
 この人さ、アタシらのこと、トンでもない"カンチガイブス"だっーて、そー言いたいんだねー?
 アハッ! ほーらユリア、アタシが言ったとおりじゃない。ショセン、アタシらなんて競美会なんてガラじゃないんだってーの。
 ウンウン。ま、ここまでハッキリ言ってもらえると、ギャクになんだかスッキリするよねー! アッハハッ!」

「ぅあなたッ! もううるさいッ!!」
 エウリュアレの最も嫌いなタイプがここに判明した。

「はぁ、救いようのないほどに"全然"違います」
 メデュサが心底落胆したようにマリーナを完全否定した。

「あえ?それって、どういう……」
 あくまで、エウリュアレに吠えられないよう、ユリアが控えめに漏らした。
 その傍らに立つシャンは、未だ無言のままだ。

「──代々、私共の家系は例外なく美形揃いで、私も物心ついて以来、それはそれは沢山の器量よしに囲まれて育ちました。
 ですが、その短い半生を振り返ってみても、まず貴女方のように優れた美貌を持つものは稀(まれ)です」
 メデュサは面白くもなさそうに述べ、それに賛同するように妹ふたりも首肯する。

「オォッ? もしかしてさー、今アタシらってー……誉められてる!?」
 マリーナが掌を口に添え、小声でシャンに訊く。

「──ああ、そのようだ」

「はえ?ちょ、ちょっと待ってください。貴女達、急にふきだして、散々私達を見下すように笑ったり、また逆に、その……持ち上げたり?とか……あのぅ、さっきから何を言いたいんですかー?」
 ユリアが当惑した顔で訊ねる。

「はぁ、そうですね。もう少し解りやすく話しましょう。
 確かに貴女方、その基本の造形こそは美しい。それこそ美しさを絶対的な正義とする、この私達が妬ましく思うほどの輝きです。
 はぁ、ですが、この競美会に参加する女性とは、しばしば"宝石"に例えられ、その美貌とは限りなく洗練されていなければならないのです。
 はぁ、そういう意味で、まず貴女。そう、半裸でルビーの眼帯の貴女。
 貴女を宝石として視(み)るならば……そう、余りに傷が多すぎます」
 とメデュサが言って指差すマリーナとは、あの謎多き精神魔法により飛ばされた別世界にて、名うての怪物狩人で鳴らした数年の経歴に相応しく、よく日焼けした肌の面(おもて)の至るところには、刀剣傷、爪牙創が古傷として刻まれている。

 ちなみに、この星の神聖治療魔法、その最高位のモノを駆使すれば、このマリーナの場合のように、自ずと塞がって古傷化したモノをさえキレイに癒すことも可能だ。

 だが、当人が「んま、インじゃない? なんかさ、スゴミ?とかあって。アハッ」と気に入っている分には、物々しい歴戦の勲章として刻まれたままとなる。

「はっ?アタシ? アハッ! アンタ、中々ウマイこというねぇ」

「はぁ、そして貴女。そう、煌めく黄色い瞳の黒髪の貴女──
 貴女は宝石としては、その光が余りに暗すぎ、たただだ底知れぬ"不吉さ"しか伝わってきません。
 古来、宝石とは、常に見るものの心を踊らせるような輝きで、人々の心を豊かにしてきました。それを逆に滅入(めい)らせてどうします」

「フフフ……なるほど、な」
 
「そして一番の問題であるのが、貴女。黄色いローブの貴女です」

「き、きましたっ! ってー、わわわ私が一番の問題ぃっ!?
 はえっ!? どどど、どういう意味ですかー!?」

「はぁ、宝石としての貴女の問題点は……そう」

 おそろしく可憐なメデュサに真正面から見据えられ、最後に指(さ)されたユリアは露骨に狼狽(うろた)え、ゴクリと喉を鳴らした。
 
 そして、その傍(かたわ)らのマリーナとシャンは、なんとも気の毒そうに、その蜂蜜色の頭を見下ろした。

 果たして、メデュサが重々しく鑑定を下す。

「──貴女は、余りに粒が小さすぎます」
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