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199話 あれ?なんだろー?この鱗だけ逆さまに生えてるよー

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 褐色の顔にも、また、だらしなく纏(まと)ったローブから剥き出しになった、痩せた肩から腕にかけても、そのおよそすべての表皮に余すとこなく真っ赤な染料で、なんとも気味の悪い紋様を画いた青年が今、静寂の薄暗い廻廊(かいろう)を往く。

 その左の肩に担ぐようにして引く縄が一本あったが、それは彼の後方の格別大仰な荷物に繋がっていた。
 
 その決して冒険者らしからぬ、奇異なる荷とは、底部の四方に小型の車輪(キャスター)の取り付けられた、どこからどう見ても、大きな''棺(ひつぎ)''にしか見えない奇怪なモノであり、この魔術師、いや呪術師らしき青年冒険者は、それを鼻唄まじりに引き、この魔戦将軍の城内を闊歩していた。

 このギークという名の大陸の外からやって来た青年は、さも物珍しげに城内を見回しつつ、少し先を行く女エルフ、また筋骨隆々の戦士に大きく離されないよう時折、足早になっては進むのだった。

 「ねぇねぇ?ここってさー、外から見た感じと違って、随分と広いんだねー。
 はっはは。それにしてもさ、この城の兵隊も全然歯ごたえなかったよねー。
 結局は、殆(ほとん)どザック一人が片付けちゃったし。
 あとさー、なーんで魔王軍団の奴等って、いざ闘うとなったら魔法一辺倒なんだろね?
 本当どいつもこいつも、この世界のあらゆる物の中で魔法こそが一番だっーて、ちょっと信頼し過ぎだよねー」
 肩をすくめ、呆れ果てたように言った青年は、キャパリソンより先に滅ぼした、この城の魔王軍団等を露骨に嘲(あざけ)っているようだった。

 「うーん、まーねー。でもねー、魔王おバカ軍団には、そー思わしておいた方が、こっちはなにかと楽だからいいのだー」
 相変わらず白く巨大な幻獣を襟巻きにした女エルフが、のんべんだらりと応えた。

 「だが、奴等の剣の筋も悪くはなかったぞ。多分、俺が強過ぎるせいもあるのだろう」
 金髪の木訥(ぼくとつ)が感情に乏しい声音で付け加えた。

 「はっはは!俺が強過ぎるってー!?ははは!本当、自分で言ってりゃ世話ないねー。
 あ、それよりさ、折角ここまで来たからにはさ、キャパリソンが貯め込んでたハズのすっごいお宝、ソレ根こそぎいただきたいよねー?
 うーん。だけど、そーいうのってさ、この広い城のどこに隠してあるんだろーね?」

 「えーい、ギークのおバカものー。そーいうのは城の一番奥、そこの王座の後ろの隠し階段の先に決まってるだろーがー。
 有りがち有りがちーの、おさだまりを知らんのかー、みたいなー。
 おー?この辺がそーじゃない?じっさいあたしらー、だいぶ歩いたしー」
 言った女エルフが指差した先、その半開きの荘厳な門扉こそが、まさしくお目当ての謁見の間の入り口であった。

 「へぇ、流石はキツタカ、本っ当博識だねー。
 よーし!じゃ、お宝はいっただきだー!」

 慣れたものなのか、ギークは女幻獣使いから、''おバカもの''と呼ばれたことなど一向に気にせず、颯爽と彼女を追い越しつつ、快活そのものに駆け出した。

 「おっ邪魔しまーす!て、誰もいないかー?」
 ギークは右手を上げて、その扉の隙間から軽やかに侵入を果した。

 「あれ?ちょっとキツタカ!ザック!誰か居るよ!?この城の兵隊かな?」
 
 「……かも知れんな。ならば、ことごとく殲滅するまで、だ」
 ザックが漫然と腰のロングソードの束に手を掛けた。

 こうして、三名の冒険者は少しの油断もなく、ふたつの篝火が燦然と輝く謁見の間の奥へと歩を進めた。

 すると、そこには確かに、彼等のお目当てのそびえ立つ異形の王座があった。
 が、そこには何者かが居丈高に腰掛けており、また、その二段下の壇にも、その側近というには些(いささ)か頼りなげな小さな影が一つ、佇んでいるのも見てとれた。

 「あれあれー?王座に誰か座ってるや。えー?ここの魔戦将軍のキャパリソンは、ついさっきやっつけたから、あそこに今座ってる人って何者なんだろ?
 あのー、すみませーん。ボク達は、この大陸の外から来た冒険者でー、ボクがギーク、あっちのがザックで、こっちがキツタカってゆーんですけど、あなた達はどーいう関係の人なんですかー?
 あのー、もしかして同業者さんですかねー?えと、そうなら悪いんだけどさー、ここの城主のキャパリソンなら、さっきボク達が倒しちゃったんだよねー。
 うん、こーいうのは早い者勝ちだからさー、悪く思わないでよねー」
 コロの付いた棺に繋がる縄を放って、一番に駆け出したギーク青年が、気さくに自己紹介を済ませた。

 だがしかし、その軽快な挨拶にも、最奥の壁の篝火の位置からして、すっかり逆光となった王座の謎の人物は、ムウっと押し黙ったままであり、その傍(かたわ)らの女児らしき影も、まったく同様にあった。

 「こーらーギークー。そいつの雰囲気は只者じゃないぞー。早くこっちに戻れー、テメー死にたいかー、みたいなー」
 火影を揺らすドラクロワの放出する、凄まじい鬼気を感じ取ったキツタカが警告を放ったが、それもやはり、彼女特有の間の抜けた声によるものであった。

 すると、王座に腰掛けた、その闇色の貴公子が僅かに動き、脚を組み換えた。

 「ウム。お前達がキャパリソンを滅ぼしたのか……。
 で、そのキャパリソンだが、奴は何処(どこ)で何をしておったのだ?」

 そのドラクロワの声は、爆発寸前の凄まじい怒気を孕んだような、剣呑極まりない、どこまでも低く、そして暗い声音だった。

 「えー?何処で、だってー?キミって本当、変なことを知りたがるんだねー。まぁいいけどさー。
 んー、えーと、そうそう、なんだかヒンヤリとした酒蔵みたいとこでー、うんうん!確かそこでキャパリソンは、何だか葡萄酒の瓶みたいなのをいじってたかなー?」

 「ウム……。デ、アルカ。まぁキャパリソンが滅んだのは、誰あろう、純然たる奴自身の力不足が招いた末路である。まぁそこはよい……それに、奴の代わりなど幾らでもおるしな。
 それより、だ。肝心なのは、その酒蔵とやらの方だ。
 ウム、お前。そこに急ぎ、この者を案内(あない)せい」
 ドラクロワはカミラーに向け、繊細な白い顎をしゃくると、カミラーは困惑の顔から純白の眉を跳ね上げた。

 「えー?なんでそんなことするのさ?あーあー、分かった!うん、分かったよー。
 はっはは!そんなに心配しなくてもいいと思うよ!」
 腕組みしたギークが、コクコクとうなずきながら言った。

 「ん?心配、だと?」

 「そーそー、そんなに心配しなくてもさー、そこにあった怪しい魔族の酒類は、それこそたったの一つも残さず、ボク達で割るなり、ひっくり返すなりして、もう誰も飲めないように片付けておいたよー。
 うん。なんだか大事そうに飾ってあったりとかー、本当笑っちゃうんだけどさ、なぜだか宝箱みたいなのに入ってるのとかもあったねー。
 うん、なんだかそーゆーのが酒蔵一杯に結構あったんだけどねー、ガチャーン!パリーンッ!てやってるうちに段々と愉しくなってきちゃってさー、滅茶苦茶やって、なんだかスッキリしたよねー。
 うんうん、てか大体さー、魔族の造った酒なんて気味が悪いし、それになんといってもさー、穢(けが)らわしい魔族の分際で、いっちょ前に葡萄酒を嗜(たしな)もうなんて、本っ当生意気だよねー。はっはは!笑っちゃうんだけどー」
 青年魔術師は左脚を上げて、そのサンダルの裏が赤く染まっているのをドラクロワへと見せ付けた。

 「……デ、アルカ……」
 
 と言ったドラクロワの声は、すでに人を遠く離れ、獣の唸り声にも酷似していたという。

 「それよりさー、そろそろキミ達が何者なのか教えてくんないかな?
 それとさ、キミが座ってるそこ、そこの裏なんだけどさー、ちょーっと調べさせてもらっていいかなー?」

 この軽薄そうな青年の放つ無神経な言葉の数々を、今や真紅の瞳孔を全開にし、うつむいた顔を悪鬼のごとき形相にして聞いていたカミラーだったが、取り分け気位の高い魔界貴族の彼女としては、今すぐにでもこの冒険者共を引き裂き、同輩の仇を討ちたかった。

 そのドス黒い殺戮の衝動は、彼女の体内を烈(はげ)しく駆け巡って、唾液を苦くさせ、強い眩暈(めまい)すら覚えさせており、実際その小さな拳の中の鉤爪は、すべてが独りでに伸び、柔らかい掌を貫いて、甲へと抜けんばかりであった。

 だがしかし、それと同時にカミラーは、今現在は、主君である魔王ドラクロワが極秘の作戦機動中にあるのを何とか思い起こし、たった一度だけ、口惜しさに歯軋(はぎし)りを鳴らした。
 なんとカミラーは、それっきりで己の内で猛る、狂おしき破壊衝動を断腸の思いで抑え込んでみせたのである。
 あぁ、なんという精神力か、なんという忠誠心であろうか──

 「こ、これ!先ほどから聞いておれば、キミキミと気安く言いおって!無礼であろう!
 ええぃ!ひかえおろう!!この御方をなんと心得る!!この御方こそは、誉れ高き伝説の光の勇、」

 だが、あえておどけた風に、かつ無駄に芝居がかってみせたカミラーに、まさしく紫電のごとく割り込んだ者がいた──

 「んたわけぇいぃっ!!血迷うたかカミラーよっ!!
 我こそは、この星の覇者にして!悪の大凶冥王極星!ドラクロワであるっ!!
 己等!!生きてこの城を出れると思うなよぉッ!!」

 はっと息を飲んで、これを振り仰ぎ、思わず「魔王様ぁっ!!」と、つまった声で叫んだカミラーは、今日この瞬間ほど、この主君に仕えてきてよかった、と思ったことはなかったという。
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