退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

文字の大きさ
上 下
194 / 247

193話 復讐するは我にあり

しおりを挟む
 翌朝──

 光の勇者団は辺境の紡績村イヅキをあとにし、一路、''ミス・南部''の開催地であるという、王立軍事要塞''ブルカノン''へと向かっていた。

 あの赤いドラコニアンの娘、ザエサから教えられた、その地点までは、並みの馬なら一昼夜ほどの距離であるらしく、カミラー保有の化け物黒馬らの疲れを知らぬ剛脚ならば、その美人コンテストの登録受付期限までには余裕をもって到達するはず、とのことだった。

 例のごとく、まったく以(もっ)て少しも光の勇者の乗り物に似つかわしくない、まるで悪夢に出てきそうな漆黒の馬車は、ドラクロワ達を載せ、黒いミサイルのように疾駆しながらも、それでいてその内部には不可思議なほどに静かな乗り心地を提供していた。

 「しっかしさー、その、えと、あー、ミス・南部だっけ?うんうん、なんかさー、そいつが剣の腕っぷしを競おうって大会なら、少しは自信がないこともないんだけどさー。
 そうじゃなくって、この大陸南部中のベッピンさんがバァーッて集まって、そのキレイさの一等を決めるってーのに参加するのはねー、うーん……ハッキシいって気がひけるってーか、アタシャー、カン、ゼンに場違いな気がするんだけどー?」
 深紅にカラーリングした鋼鉄の戦闘靴の踝(くるぶし)を引き寄せ、長々とした足を組んだマリーナが、身体の割に小さな頭を掻きながら、向かいのシャンに言った。

 「んん?あぁそうだな……うん。まぁ我々としては、その優勝記念の贈呈品であるという、素晴らしい効果を有する、古代魔装具が目当てであるとはいえ、そこはそれ、そら恐ろしいほどに美しい娘達が挙(こぞ)って参席し、その美を競う大舞台に登る訳だからな──。
 うん、お前の気持ちも分からんでもない。
 だがなマリーナ、これは決して驕(おご)りでも慢心でもなく、ただただ客観的に見て思うのだが、我々の有する高水準なる美貌とは、それらのいかなる''村一番''らを相手取ったとて、決して見劣りするものではないと思うぞ。
 うん、少なくとも、まったく太刀打ち出来ない、ということはあるまい」
 常に現実主義で、冷徹な思考・分析を得意とするシャンが、僅かな臆面も見せずに、実にさらりと答えた。

 「は?えぇー?ちょっと待ちなよーシャン!まったくアンタって人はさー、よーくもそんなマジメ顔して、コースイジュンのビボーとか言えるもんだよー!
 ッヒャー!アタシャなんだかコソバユくなってきたよー!」
 マリーナが、よく日焼けした長い腕を背へと舞わして、照れ隠しのようにそこらを掻(か)いた。

 「フフフ……マリーナ、そんなに謙遜することもないと思うぞ。
 フフ……しかし、妙な成り行きとはなったが、まぁこれはこれで、な……。
 うん……この大陸南部の選りすぐりの美女が大挙してくる、か……フフフ……」
 呟(つぶや)くように洩らすシャンの檸檬(レモン)色の瞳は、殺意とはまた異なる、なんとも危険な光を湛(たた)えて輝いていたという。

 「ええ!その通りにございます!シャン様達なら優勝することなど容易いに違いありません!」
 推(お)して保証するようにビスが言った。

 「えー?私もマリーナさんと同じで、ハッキリいって全っ然自信ないですー。
 実際私なんか、お師匠様とか、水の精霊タチアナ達からは''面白(オモチロ)ぶちゃいく''ってアダ名されてましたし……。
 でもでも、超稀少な初代勇者、私達のご先祖様の魔装具!それを手に入れる為なら、こんな私でも頑張れそうな気がしますっ!!
 なにをどう頑張ればいいかは分かりませんけど、みんなで精一杯闘いましょう!!」
 ユリアは此度(こたび)の三人一組の仲間である、マリーナ、シャンを熱っぽく見上げ、決意も新たに、両の小さな拳を握りしめた。

 これを離れた座席から眺め、つい吹き出しそうになるのを圧し殺したドラクロワであったが
 「ウ、ウム……まぁなんだ、まずはその人間品評会の参加登録をし、そこで実際に闘ってみねば、勝ちも、また負けもないのだから、な──。
 ウム、その意気やよし。ユリアよ、見事、相果(あいは)てよ」
 今はまだまだ泳がせておくべきと、あえて険しい顔を保ったまま、小さく首肯した。

 「はいっ!そ、そうですよねっ!ひとまずやってみなくちゃ、なんにも始まりませんよねっ!?
 よーしっ!私っ!もうメチャクチャ頑張りますよー!
 そ、そしてきっと超貴重な古代魔装具を手に入れてみせますから!
 あえっ?あのードラクロワさん?''アイハテル''ってなんですか?
 ウフフ!ドラクロワさんて、時々変なこと言いますよねー。おっかしー」
 
 鈴を鳴らすように笑うユリアに誰ひとり応えることもなく、只只、暗黒の馬車は街道をひたすら南に南に猛然と疾走するのだった。

 そうして半日ほど駆けに駆け、ドラクロワ達一行は巨大な要塞の都市へとたどり着いた。

 そこは天を衝(つ)くような、恐ろしく高大堂々としたバリケードを誇る、究めて堅固な大軍事施設を擁(よう)する街であり、観る者すべてを圧倒するような大迫力を放ちつつ、その北の大門からおびただしい数の馬車を飲み込んでいた。

 はて、なぜミス・南部を選出する大舞台が、ちっとも絢爛さも色気もない、この恐ろしく殺伐とした、黒鉄色の難攻不落な要塞砦なのか?だが。
 それは、このイベントの華やかなる性質上、どうにもいた仕方のないことだった。

 なにせ''ミスコン''であるからには、大陸南部の各地から「我こそは」と、若さ特有の可憐な美を誇る女たちが一堂に集結する訳だから、今のところは、ただの一度の前例こそないものの、この機に魔王配下の邪淫なる魔物達が攻め入ってくる危険性は多分にあり、一度にそれらが押し寄せれば、そこらの並みの町村では満足な保護は困難だからだ。
 
 その為、この特別な期間中には、はるばる王都から派遣された、王立神聖騎士団の精鋭は当然として、各地の冒険者ギルドに登録した、名うての歴戦の猛者までもが大量に駆り出され、その防衛には万全が配されていた。

 さて、そこでの入門をつつがなく済ませ、禍々しくも壮麗なる黒馬車から降り立ち、ほとんど雲を貫くような巨大な尖塔の先を見上げたドラクロワは、街の散策へと出撃する女勇者団と従者らの背を見送りつつも、小癪(こしゃく)な、とばかりに仏頂面で鼻を鳴らしていた。

 「フン、人間風情が、生意気にそれなりの防衛を堅めておるわ。
 今までは生存を赦(ゆる)してやり、ある程度の社交・行事は認めてやってはいたが……この砦からは反抗的な気炎、また戦力の誇示がありありとうかがえるな。
 フン!まぁいい。精々、今日この俺が光の勇者として此処(ここ)にあったことに感謝するがよいわ」

 「はっ!誠に分不相応で生意気な、癪(しゃく)に障(さわ)る佇まいに御座います!!」
 真魔族のカミラーも、さも不快とばかりに、そびえ立つ堅牢な塁壁(るいへき)を睨(ね)め付けて言った。
 
 と、そこへ武装した兵らしき者らの一団が押し寄せた。
 その鮮やかな青の甲冑の群れの先頭を颯爽と歩む、大柄で立派な騎士がドラクロワへと進み、そこの前で兜をとって片膝をついた。

 「挨拶が遅れて申し訳ございません。私、このブルカノンの司令官を務めております、ガスパリと申します。
 この度は、このブルカノンへよくぞおいでくださりました。伝説の光の勇者様のご尊顔を拝謁(はいえつ)でき、恐悦至極にございます!」

 この四十がらみの逞しい男のみせた作法とは、古式伝統儀礼に則(のっと)った、見事な平伏であった。

 だが、ドラクロワはいつもとかわらぬ、どこまでも冷たい無愛想そのものであり、組んだ腕をとくことさえなかった。

 「ウム、苦しうない。なに、この街で、なにやら酔狂な品評会をやると聞いてな。気儘(きまま)な旅の道すがら、ふらりと立ち寄ることにしたまでよ」

 「はっ?気儘……?あ、あの失礼ですが勇者様、此度のご訪問の目的とは、明後日の競美会の護衛に加わられる為ではござりませんだか?」

 「ん?貴様、この俺に護衛の陣に参加せよと、そう申すか?」

 「あ、いえ、そう解釈しておりましたが……」

 「たわけい!そんな下らん目的で参ったのではないわ!」

 ドラクロワが一喝すると、騎士団の間にどよめきが起こった。

 「で、では、なにを為されるおつもりでしょう、か?」

 「ん?そんなもの決まっておろうが。無論、その品評会への参加よ」

 司令官のガスパリは、これを聞いて大いに困惑した顔となり、ついドラクロワを睨むような眼になった。

 「は、では──光の勇者団のマリーナ様、ユリア様、シャン様が一組となり、今回の競美会にご参加なさる、と?」

 「ウム。如何(いか)にも」

 「うぬ、そうなりますと……これは少し困ったことになりました。
 ううむ、なんと申し上げればよいか……その……」

 「なんだ?なにか不都合でもあるのか?」

 「いえ、その……伝説の光の勇者様達にご参加いただけること、それ自体は、我等、運営としては誠に光栄の至りなのですが、ただ、この歴史ある競美会の唯一にして絶対の基準としましては……。
 美しさが、その参加者の美しさだけが不動の正義にござりますれば、その……」
 ガスパリは困り果てたように、しどろもどろと言葉を濁した。

 「フム。参加者の血統や立場で依怙贔屓(えこひいき)は出来ぬ、と、そう云いたいのじゃな?」
 カミラーが困惑の軍人を見上げて言った。

 「あ、はいっ!有り体に申さば、そうなります、か……」

 ドラクロワはその苦渋の顔を眺め、面白くもなさそうに
 「ウム、それよ。俺とて此度の品評会の趣旨は理解しておるつもりよ。
 なにも、元より、審査を奴等に寄せろと申す気などさらさらない。というより、出来うる限り思い切り辛口に評価された挙げ句、あいつらが悲嘆に暮れ、大いに恥じ入るとこが見たいくらいだ」
 ぬけぬけと本懐を吐露した。

 「はっ?あの?それは一体どういう……?」

 「ウム、ま、そこはそれ、色々とあってだな」

 言ったドラクロワの脳裏では、あの水と芸術の都カデンツァで飲んだ、''死ぬほど美味かった''聖酒のオーギュスト──
 
 また、只只、ひたすら虚しさを味わっただけの古代上級(ハイ)エルフの創った、魔法のキャンディのもたらした異世界転移──

 また無理に強いられて披露した芸術的手腕、といった、依然として忘れ難き、一連の「ドラクロワ赤っ恥計画」での仕打ちの数々というものらが、まるで、つい額の前に手を伸ばせば掴めそうなほどに鮮明に浮かんでは、忌まわしげに渦を巻いていたという。

 それとついでに、傍(かたわ)らに立つ忠臣カミラーも、イヅキで味わった屈辱を噛みしめ、主君によく似た顔で、丸くなった巨大なアルマジロを想わせる要塞を睨んでいた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...