退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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169話 スッゴい!スッゴいですー!!ななな、なんちゅう不思議な紋様なんでしょう!?ってね

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 それから二日後の酷い土砂降りの夕刻。

 ある意味、徹底した真の魔王崇拝を究めたる街ヴァイス。その街長(まちおさ)の館の広い応接室には、革張りの豪華な席にどっかりと腰かけた黒いスーツの長。そして光沢のある紫色のガウンを纏(まと)った大男が対面していた。

 それなりにがっしりとした体格の街長は、首にかけた大きな白子(アルビノ)のニシキヘビのチロチロと舌の出入りする顎を撫でながら
 「グヘヘ……いよいよ今夜のショーで、あの偽カミラー様を出すつもりだ。
 ラグナ、彼女の初戦は、お前がお手柔らかにお相手をしてやれ」
 向かいのフードをひっ被った大男に言った。

 「うふふ、いいわよ。そーそー、あたしも昨日獄舎に降りて見てきたけど、あーんなキレイな娘初めての見たわ。
 あの可愛い巻き毛のお嬢ちゃんが泣いて、喚いて、必死の命乞いをしながら、真っ赤な血だまりの中をのたうち回る姿を思い浮かべて、ちょっと興奮しちゃったー。
 うふふ、アントニオ。あなた、あの竜人サナトスと同じく、当分はあの娘で派手に稼ぐつもりね?」
 言って、フードで暗く陰った刺青だらけの顔を崩して不敵に笑った。

 「グヘヘ……そうだぁ。あの娘は只のバンパイアの子供だから、お前がちょっとその気で頭か心臓なんか小突けば、それこそ、ひとたまりもないだろうなぁ。
 だから今夜は腹でもなんでも構わないから、血に飢えた観客共が満足するまで、精々痛め付けてからノックダウンさせろ。
 あいや待てよ?耳を千切るとか鼻をもぐとかして、多少血を噴かせた方が、グッとハデで具合がいいかもなぁ?」
 脂ぎった邪悪な笑みを浮かべ、ニシキヘビにくちづけした。

 「うふふステキ。モノがバンパイアだから、多少力が入っちゃって、あのニセお姫様の可愛らしい手足が千切れちゃったり、小さい真っ赤なお目目が飛び出しても翌朝にはケロリだろうしね。
 あーん!どうやって苛(イジ)めるか、今からとっても悩ましいわぁー!」
 己の逞しい身体を抱き、こっちも悪魔のような毒笑で天井を見上げた。

 街長アントニオは窓の外のバケツをひっくり返したような土砂降りを眺めて
 「グヘヘェ。まぁそういう事だ。そうだなぁ、今夜は初披露だから多少ハデに飾ってみるのもいいかも知れんなぁ。
 ん、殺さん程度に、お前さんの好きに料理して宜しい。
 おおそうだ、お姫様が手に入ったから、使い古しの奴はハデに潰していいぞ。
 あのくたびれた出来損ないでも、前菜程度にはなるだろう」

 「ウフフ……ありがとう。そういう事なら遠慮なく、思いっきり殺(ヤ)らせてもらうわね。
 あーぁ、それにしてもイヤな雨。手首が痛むわー。
 うふふ。アントニオ、あたしそろそろ行くわ、じゃあね」

 「グヘヘ……ド派手で見応えあるショーにしておくれ」

 「はーいはい。かしこまりましてござーい!」
 ガウンの巨人は妖しい紋様のひしめく巨大な拳を胸前でかち合わせ、グラリと岩が傾くように立って、街長に後ろ手を振りつつ悠々と退出して行った。


 さて、その夜。暴風雨が巨大テントを激しく叩く中、不死王女カミラーの捕獲を号外で知らされた街の住民達は、その女魔戦将軍の恐ろしい姿を一目見ようと駆けつけ、それらは押し寄せる群衆となって、凄惨な見世物の闘技場を熱気に満ちた超満員にさせていた。

 そこにてドラクロワは、カミラーを捕らえて差し出した、お手柄の大功労者ということで、街長の座する高座の末席を頂戴していた。

 (ウム。なるほど、ここからならよく見えるな)

 混み合いとは一切無縁の特別席(ブース)にて、提供された一級品の葡萄酒の満たされたクリスタルグラスを優雅に傾け、悪くない気分で円形の闘技場を眺めていた。

 「ヒェッヒエッ!さーてさてさてっ!!お集まりの紳士淑女の皆さんっ!!それではお待ちかねの今夜の闘技の始まり始まりでーございまぁすっ!!
 今宵のショーは、名付けて''真夏の紅(くれない)血祭''!!
 ではでは、皆さまの今夜のお目当て、吸血姫様のご登場の前に、まずはお馴染みの男バンパイア、カランビット君のお出ましでーございまぁすっ!!
 ハイハイ出ませいっ!出ませいっ!お出(いで)ませーいっ!!」
 闘技の舞台である鉄格子の檻の中から、シルクハットに燕尾服の道化じみた小男が、熱狂的な観客等のどよめきに負けぬ、実によく通る声に妙な節回しを付けて喚いた。

 すると、剛槍を手にした全身鎧の屈強な男達に引かれて、黒い鎖でがんじ絡めに拘束された、小柄で酷く痩せた禿げ頭の男が舞台に出された。

 その死人のように青白い肌の男は、真っ赤に充血した目で狂ったように辺りを見舞わし、革の猿ぐつわを咬み破らん勢いで、そこに尖った黄色い犬歯を突き立て、食い込ませていた。

 ドラクロワは、この荒ぶる男を眺めて目を細め
 「ウム。あの者、あそこの首筋にハッキリと残りし、消滅するまで決して癒えぬ咬(か)み痕(あと)からして、正確には魔族のバンパイアではなく、只の''吸われ''ではないか」
 優雅な頬杖のまま、大歓声の直中(ただなか)に白けたように言った。

 この''吸われ''とは、読んで字のごとく、バンパイアに吸血された''人間族''のことを指すが、その哀れな被害者の中には、ごくごく稀にバンパイアに咬まれた傷口からその唾液が侵入した結果、なんとも説明のつかぬ不可思議なる相性のようなモノがピタリと合致して、幸か不幸か多量失血死を潜(くぐ)り抜け''半バンパイア化''してしまうものが居た。

 それが、この黒目がちで頬白鮫のような目となった、貧相にして狂暴なカランビット青年であり、本家吸血貴族には遠く及ばないものの、人を遥かに凌駕した俊敏さ、怪力、また超回復性能さえもを受け継いでいた。

 だが、この''突然変異体''としかいえぬ哀しき不死者(アンデッド)である、''バンパイアモドキ''とは、そういった長所とよべなくもない特性のみならず、一般に著しい思考力と知能の低下、また、まるで吸血欲求(ブラッドラスト)を抑えられないという重大な欠陥もみられ、やはりどこまでいってもバンパイアの出来損ないでしかなかった。

 さて、そのバンパイアモドキに続いて、ちょうどこの円形闘技場の反対側のゲートから現れたのは、数日前に蛮勇のサナトスを殴り倒し、また、つい先ほど街長と面談していた大男、ラグナ=タイゴンその人であった。

 煌(きら)めく紫のガウンを脱ぎ捨てたラグナは、軽いウォーミングアップで汗ばみ、色白な刺青肌が濡れ光っていた。

 そして、彼の眉の薄い奥目のふたつは、その先のバンパイアモドキをどこか蔑(べ)っするように冷たく見ていた。

 この均整のとれた筋骨隆々にしてしなやかな肉体の大キャンバスには、これでもかと奇妙な紋様のごとき刺青が描かれていたが、その膝、肘などの各所に点在する渦巻き円が、決して篝火(かがりび)の反射などではなく、ぼんやりと緑色に自発光するのを認めた観客等は、それらを指差しては、俄然(がぜん)色めき立って、その興奮は一気に沸点へと達し
 「ラグナッ!ラグナッ!」
 「鋼鉄の拳っ!チーム超越のラグナッ!」
 と、拳を突き上げて怒号のごとき声援を送った。

 この無手の拳闘勇士ラグナとは、この街の格闘三英雄の一角を担う絶対的強者であり、それなりに整った顔立ちと、全身の皮下組織に、特殊なインクで刻んだ妖しい魔法図柄を光らせつつ、ガンガンと前に出てゆく、小細工なしの頼もしくも雄々しい格闘スタイルで熟女・婦女子を中心に高い人気を博していた。

 「ヒェッヒェッヒエーッ!!出ーました出ましたーっ!我らがチーム''超越''のひとり、人間を遥かに越えた全身是凶器(ぜんしんこれきょうき)!刺青獣ラグナの登場でーすっ!!」
 燕尾服がその堂々たる入場を指して叫んだ。

 これを間近にして見上げたバンパイアモドキは、いよいよ狂乱の度を深め、瞳孔を全開にして鉄鎖の戒めを破らんばかりに暴れだした。

 どうやら、このカランビット青年にとって彼は決して英雄などではなく、自慢の超回復力が追い付かぬほどに、血尿が零(こぼ)れ、足腰が立たなくなるまで殴り付けてくる、憎さも憎しの仇敵のお出ましであるようだった。

 さて、この中途半端に人間を越えたモドキを両側から、ガッチリと抑えていた全身板金鎧の二人は、おもむろに彼を幾重にも巻いて縛った鎖の錠前を解除し、これから繰り広げられるであろう烈(はげ)しい人外決闘へと備えさせた。

 そして、その人間以上バンパイア未満の鉤爪の鋭い裸足の足元に、唾液にまみれた猿ぐつわと鉄鎖とが落ち、遂に後退のネジの外れた吸血鬼モドキが解放されたのである。

 「ぐおぉおおぉっーー!!ラグナッ!ラグナッ!ラグナッ!俺の宿敵っラグナッ!!
 今日という今日は、お前をこの爪で刻み、その熱き血潮を思う存分飲んでくれるっ!!」

 ゴワーンッ!!

 決闘開始の合図である大きな銅鑼が打たれ、その耳を覆いたくなる轟音が鳴り響くと、全身鎧の闘奴連行者等の背後に逃げ隠れた燕尾服が慌てて場外へと退出し、その鉄の格子扉を外から封じた。

 ラグナは、そのいつもの儀式を目で追いながら
 「あははははっ!あなたね、汚(きった)ならしい吸われの分際でなーに言ってるの?
 はぁっ?宿敵っ?宿敵ですって?冗談!!あははははっ!可笑しいったらないわっ!
 今日この日まであなたが生きて来れたのは、このアタシが必死に思いっきり手加減してきたお陰なのよ?
 それをさも、常に勝負は紙一重だった、みたいに言っちゃうなんて、本当どうしようもないおバカさんねっ!!」

 そう言って、羆(ヒグマ)のような左手の甲を口に当てて嘲笑(わら)う魔法図柄の巨体に向け、目にも留まらぬ、まさに迅雷のごとき速度で矢のように駆けて肉迫し、そして跳ね、両の手の鉤爪を振り下ろそうとするバンパイアモドキだった。

 その野生動物の数段上をゆく機動力とは目を見張るものがあり、なるほど確かに、軽く人を超えていた……。

 ズドンッ!

 だが、その飛び掛かった小柄な身体のどてっ腹に、ラグナの余裕のカウンターパンチである右のスクリューブローがめり込んで、超人カランビットを遥か後方へと吹き飛ばしたのである。

 しかし、そのバンパイアモドキは空中で身体を捻って、軽やかな猫のように着地を果たした。

 「ぐぼぉっ!!」

 だが、ラグナの放った猛烈な捻(ねじ)り突きを食らい、それにより全くダメージを被らなかったかといえば、決してそうではないらしく、四つん這いで血の反吐と泡とを溢(こぼ)して落とし、赤光漲(しゃっこうみなぎ)る物凄い眼で己が宿敵を見上げたのである。

 「クッ!お、おのれラグナッ!」
 その凄絶な兇相たるや、まさに吸血悪鬼。

 だが、それを冷静に遠く見下ろす拳闘巨人は、自分の右手の拳から肘までもを隙間なく巻いた、厚手の包帯のような巻き布の甲の部分が切り裂かれ、その下の鈍い鉛色が覗いているのに気付き
 「あら。出来損ないのあなたにしてはやってくれたわね。
 まぁいいわ。冥土の土産ってことで今夜は多目にみてあ、げ、る」
 スキンヘッドで、頑健なる頬や喉に無精髭の目立つ野性的なハンサムは、片眼をつぶって気味悪く言いながら、スルスルと右手の包帯を解き、その下の凶器。素拳(ベアナックル)を露出させた。

 なんと、その女性の一抱えもありそうな巨大な拳は、文字通りの''鋼の拳''であり、どうやら彼の右の手首から先は、着脱可能なアタッチメント式の義肢であるらしく、今夜のモノは拳闘用の強固なる削り出しの拳骨(ゲンコツ)であった。

 これを見た観客達は、いよいよ熱狂して大歓声を炸裂させた。

 それらが鎮まるのを待たず、鉄拳のラグナが駆け出した。

 そして、その巨躯からは絶対にあり得ない、信じられないほどのスピードを軽々と生み出して突進し、標的である四つん這いのバンパイアモドキへと迫り、地面に落ちたコインを拾うような超低空の''左''アッパーを放ったのである。

 しかし、モドキといえど、そこは流石に奇跡が産んだ突然変異の化け物。目を剥いたカランビットはそれに即反応して、後方へと、まるで狐のような華麗なとんぼ返りを極(き)めて、辛くもその凶猛なる昇拳から逃れた。

 そうしてまた、トトッ!と四つ足にて着地してから、更なる追撃に備えて腰を伸ばし、宿敵を指差して
 「あっあぶねえ!やっぱり貴様はトンでもねぇ奴だ……。
 あ、れ、え?」

 なんと、その首はだらしなく伸びて、まるでフードのごとく完全に真後ろへと倒れ、ボロシャツの背中に垂れ下がっており、その頭部は尻の上の腰の辺りで柱時計の振り子のように左右に揺れながら、自らの背後の景色を逆さまに見ていた。

 つまり、ラグナの放った恐るべき豪拳とは、ただかすめただけでバンパイアモドキの頚椎(けいつい)を完全に破壊していたのである。

 そして見るも無惨、自らの生首を背に提(さ)げた半吸血鬼は、仇敵を探すように上半身と肩を左右に舞わしながら
 「んー、んぁあっあ……」
 と、垂れ下がった逆さの顔で呻(うめ)いていた。
 が、その刹那。

 ドパンッ!!

 と、凄まじい破裂音を響かせて、その生白い死人色の禿げ頭が、高所より落とした西瓜(スイカ)か、針を刺された風船のごとく弾け、その頭蓋は頬の辺りまで大きくめくれ、白い骨の花弁(はなびら)を満開にして花開いた。

 ラグナ恐るべし、その超越的な拳の破壊力は、確かにバンパイアモドキの頭部へと駆け、紛れもなくそこに籠(こ)めらていたのである。

 そして、その頭蓋内を縦横無尽・滅茶苦茶に巡り行き、そして暴れ、そこにて''やらせるものか''とばかりに必死に働く、吸血貴族ゆずりの超回復力と闘った末、今や、ようやくそのエネルギーは''爆裂''という形で一気に外部へと解き放たれたのである。

 こうして頭部を失ったカランビットは、踵(かかと)辺りの石の床に出来た、温(ぬる)い真っ赤な水溜まりの真ん中に、ドロリとこぼれ落ちた自らの灰色の脳を押し潰すようにして、力なく後方真下へと崩(くず)れた。

 ラグナは虎の頭ほどもある左の拳骨に、チュッと口づけして
 「うふふ……今日までよーく頑張って稼いでくれたあなたに、最初で最期のあたしの''利き腕''の拳をプ、レ、ゼ、ン、ト!!
 うふっ!どおもお疲れ様でしたー」
 言って、強靭過ぎる左肩を回しながら大アクビを押さえつつ、それっきり飽きて壊した玩具(オモチャ)などには目もくれず、悠然と退場して行くのだった。

 ドラクロワは、巨大な円形テント全体を震わせるような、そんな熱狂的大歓声の中を王者の風格を纏(まと)って闊歩(かっぽ)する、恐るべき怪力オネェの広大なる刺青の背を眺め
 「ウム。あ奴、なんという膂力(りょりょく)か。本当に生粋の人間族か?
 恐らく、あの膨大な破壊力は、奴の全身にくまなく彫られた、仄(ほの)かに発光する珍妙なる魔的紋様が源であろうな……。
 フフフ……だがそれも、当たらなければどうということはない、がな」 
 実に好奇に満ちた目となって、もしもこの場にあの者がおったなら、さぞや喧(やかま)しいことであろうな、と独り想っては微笑んだという。 
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