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166 話 狂熱のヴァイス
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「なんじゃとおっ!?冗談ではないとなっ!?
ただこの街に入るだけで、一人につき金貨(百万円相当)を十枚も支払えと、そう本気で申すかっ!?
これこれ戯れ言もほどほどにせぬかっ!そーんな馬鹿げた話、聞いたこともないわいっ!!」
小さな漆黒の外套(がいとう)のフードを背に落とし、碧(あお)の月光に煌めくような美貌を晒したカミラーが、ヴァイスの通用門の詰所前で喚いた。
「あんだー?こらオラが決めたんじゃないぞォ。こんの街の長がずーっと前に決めたこったでよォ。
んなに払うのがイヤだっつんならァ、大人しく回れ右して帰ったらよかんべやァ?」
女児並みの背丈のカミラーでなくとも見上げるしかない、蛮刀を引っ提(さ)げた、殆んどオーガー(鬼人)に迫るような巨躯のいかにも鈍重そうな門番が、さも面倒臭そうに言った。
「ぐぬぬぬぬ……。だぁから!その程度の額、決して払えぬ訳ではないとゆうておろうが!!
わらわは、ほんの三日の滞在にそんな法外な価はおかしいと言うておるのじゃ!!
えぇい!お前では話にならぬっ!責任者を出せいっ!責任者を!!
お前のようなとぼけたウスノロでなく、ちゃーんと話の出来るヤツをじゃ!!」
「んー?オラがその責任者だでよォ。にしても、ピーピーピーピーと、なァんだかやっましいガキだなやァー」
ドラクロワは少し前から、この押し問答のやり取りを黙って聴いていたが
「もうよい。カミラーよ、そんなはした金などさっさと払ってやれ」
この夜の闇に溶けるような貴公子も、巨人モドキに負けず劣らず面倒臭そうに言った。
「はっ。かしこまりました!仰せの通りに!」
と、カミラーは一も二もなく折れたが、カッと牙を剥いた物凄い形相となり、頭上の岩みたいな顔の門番を睨み上げた。
さて、この門番の話によれば、このヴァイスとは燃える水、また石炭が無尽蔵に採取・採掘され、また少々の病なら、その源泉掛け流しを浴びれば、たちどころに完治させてしまう程の恐ろしく優れた効能の温泉も湧く、資源豊富にして裕福な街だという。
また街長(まちおさ)の基本概念である''いつの世も、金すらまともに稼げぬ無能な貧乏人が災いを招く''が浸透しており、かなりの富裕層以外は、ほんの短期の滞在ですら、文字通り''門前払い''という、他に類を見ない独立国家的な特異な隠れ街であった。
「んーんー……確かに二十枚だなやァ。ほい領収の証明書だァ。
まったくゥ、ちゃーんと金持ってんならよォ、初めからさっさと出せよなァ、めんどくっせェ。
あ、おーいィ、ちょっと待てェ。一応言っといてやんがよォ……」
「んー!?なんじゃ!?」
「えーとォ……。そだァ、こん街じゃなーんでも''自由''だァ。うん、それこそォ人さァ殺す以外はなぁーんでもなァ。
それとォ……」
「えぇーいっ!お前というヤツはもっとこう、シャキシャキとは話せんのかぁ!?
それとなんじゃっ!?」
小さな両手の先に、メギメギと鉤爪が伸びた。
「んー、とォ……。あぁそーそーォ。今夜はよォ、楽しい楽しい闘技の見世物ばやってるからよォ、せっかくだからァ早いとこ観に行った方がええどォ?」
ドラクロワは繊細な造りの白い顎を撫で
「闘技?なんだそれは?」
ちょっとした巨人は、ボサボサの後ろ頭を、ボリボリと掻いて、粉雪みたいにフケを落として
「あー、えーとォ……。むかーしからぁこの一帯を治めとったァ''魔戦将軍''と我らが人間族の戦士が闘うんだなァー、これがァ」
「なんじゃとおっ!?なぜに誉れ高き魔族の魔戦将軍が人間族の街で闘うんじゃ!?
はて、この辺りを任されておった将軍といえば……。
んー……確か、タナ……いやサナトス!?そうじゃそうじゃっ!''蛮勇のサナトス''にあろう!?」
「んおォー?おめぇチビガキのクセに物知りだでなァー。
そうそゥ、そのサナトスがこん街にャ飼われてんだーよォ。
おう、そらァ、もう始まるだでェ、早よォ早よォ」
歪(いびつ)で、爪の先に黒い垢が詰まった太い指で門の内側を指した。
ドラクロワは、フッと柳眉の根を寄せて
「蛮勇のサナトス。ウム、確かそのサナトスとは……武骨な若き''竜人の王''であったな。
解らぬな、その歴(れっき)とした魔族がなぜ人間ごときに囚われ、しかも見世物になっておるのだ?
ウム。大方、そこらのリザードマンかなにかを捕らえて、これぞ魔戦将軍にあり、と悦に入っておるのであろうが、万が一ということもある。確と検分してみるか」
カミラーも種族は異なるとはいえ、どこか魔族を地に堕(お)とされた気になって
「はっ!それが事実としたら、断じて容認出来ませぬっ!!」
と言下に応えて主君の闇色の背を追った。
確かに門番の男が言った通り、ヴァイスに入って直ぐ目に入って来た、''満員御礼''のサーカスを想わせるような、色褪(いろあ)せた緋色の巨大な円形テントは、見世物の興行に熱く沸き、まるで雷鳴のごとくにどよめいていた。
ドラクロワ達はそれを丸く囲う、どぎつい安物酒の香りと、正体不明のなにかの肉が焼ける匂いとが充満する、煌々(こうこう)とした屋台群の間を抜け、その内部へと分け入った。
すると、その熱気と活気に満ちた喧騒渦巻くテントの中央には、四方を高い鋼鉄の柵に囲まれた闘技の舞台があった。
その一辺が二十メートルほどの外部から隔絶された檻の戦場では、すでになにやら二つの生き物が激しい死闘を繰り広げているようだった。
その一方は、先ほどの門番が子供に想えるような尻尾の生えた大巨人で、ボロの革鎧と擦りきれたズボン履きであり、篝火(かがりび)に照らされたその表皮は滑らかな鱗肌で、まるで油を塗ったように艶(つや)やかな黄色だった。
そして、その頭部はドラコニアンとはまた異なる、実にシャープな造りの''竜''そのものであり、なぜか鉄製の管とも筒ともいえぬモノを猿ぐつわに咬まされ、また血に汚れた包帯らしき物で両目を覆われ、その眼球にあたる部分には、無惨にも鈍い鋼鉄の釘みたいな黒々とした杭(くい)が、ボロ布の目隠しを貫いて三本づつ刺されていた。
更にその隆々と盛り上がった筋肉の背中には、背後の柵から伸びた極太の鎖が束頭(つかがしら)に繋がる直刀が、その革鎧を貫いて深々と六本も刺さっていた。
また、その剣らにはご丁寧にも''神聖魔法の付与''が為されているようで、篝火のオレンジとは異なる、ぼんやりとした青白い光に包まれていた。
この二足歩行のドラゴンを想わせる彼こそが、魔王よりこの一帯を拝領されし魔戦将軍、蛮勇のサナトスであった。
さて、これに立ち向かう生物とは、明らかに人間族ではあるが、体高五メートルあまりの竜人を見上げるかなりの巨体だった。
その者の頭髪は全て剃り落とされており、その脂ぎった色白な頭皮も、背中も胸も、およそ目玉以外は禍々しい色とりどりの刺青に満ちていた。
この男の滝のような汗に濡れ光る、逞し過ぎる半裸の巨体は躍動感に満ちており、まるで獰猛な猫科の大型肉食獣を想わせた。
そして、囚われの盲目竜人が鋭い爪の手を振るうのを紙一重でかい潜(くぐ)り、すかさず包帯を固く巻いたような、信じられないほど大きな拳をサナトスの下顎に振るって突き上げ、物凄い打撃音を響かせてその顎を無理やりかち合わせていた。
憐れ、神聖魔法の突剣六本を背負う盲目のサナトスは、グアキャッ!!と大口を鳴らし、破砕させられた牙の欠片を散らして上向いた。
この残虐な興行を夢中になって観戦する、四角い檻を何重にも囲む無数の者達は、刺青男の鋼を仕込んだ拳がサナトスに叩き込まれる度に熱狂して、割れんばかりの拍手と怒号じみた声援とを送っていた。
ドラクロワはそれらを遠巻きに眺め
「ウム。無論、魔王たる俺は小身なる魔戦将軍の一人一人と一々面識などはない。
が、あれなる黄色に黒の虎縞(とらじま)とは断じてリザードマンに非ず、魔族にして竜人の王に相違なし。
サナトスめ……ヤツはなぜ軍務をほっぽりだして、こんな場所で見世物になっておるのだ?」
己の重大な役割を完全に放棄して、実に気儘(きまま)な旅を楽しむ魔王が、極めて遺憾の表情で呟(つぶや)いた。
「はっ、魔王様がご関知ないとなれば、何かの極秘作戦機動中ではないとなり、これは全く以(もっ)て謎にござりまする。
うん?あれに見えるサナトス。よくよく見れば酷く傷付き、かなり弱っておる様子にございます。
ふぅむ。ヤツめ、何か人間共の汚い策にはまって囚われ身となっておるようです……しかし……」
爪先立ちで精一杯の背伸びをして、小さな首を懸命に伸ばしたカミラーは、その所見の最後で顔を曇らせた。
「しかし、とはなんだ?」
「いえ、その……このヴァイスとは七大女神共に弓引く、魔王様を崇める模範的な街のはず、その街でなぜ魔族を嬲(なぶ)るような見世物が横行しておるのか甚だ疑問にござりまして……」
遂に、ドオッともんどり打ってノックダウンした魔戦将軍仲間を見て言った。
「ウム。ヤツめ、どうやらああして何度も闘わされているようだな。
となればカミラーよ。お前はこの下らん見世物が終わるのを待って、ヤツの塒(ねぐら)へと忍び込み、魔戦将軍ともあろうものが、なぜに無様な闘奴にまで身を窶(やつ)しておるのか尋ねて来い。
俺は近くの酒場にて待つ」
言って、サッと踵を返して、狂熱・亢奮(こうふん)に荒れ狂う人の波から背を向けた。
ただこの街に入るだけで、一人につき金貨(百万円相当)を十枚も支払えと、そう本気で申すかっ!?
これこれ戯れ言もほどほどにせぬかっ!そーんな馬鹿げた話、聞いたこともないわいっ!!」
小さな漆黒の外套(がいとう)のフードを背に落とし、碧(あお)の月光に煌めくような美貌を晒したカミラーが、ヴァイスの通用門の詰所前で喚いた。
「あんだー?こらオラが決めたんじゃないぞォ。こんの街の長がずーっと前に決めたこったでよォ。
んなに払うのがイヤだっつんならァ、大人しく回れ右して帰ったらよかんべやァ?」
女児並みの背丈のカミラーでなくとも見上げるしかない、蛮刀を引っ提(さ)げた、殆んどオーガー(鬼人)に迫るような巨躯のいかにも鈍重そうな門番が、さも面倒臭そうに言った。
「ぐぬぬぬぬ……。だぁから!その程度の額、決して払えぬ訳ではないとゆうておろうが!!
わらわは、ほんの三日の滞在にそんな法外な価はおかしいと言うておるのじゃ!!
えぇい!お前では話にならぬっ!責任者を出せいっ!責任者を!!
お前のようなとぼけたウスノロでなく、ちゃーんと話の出来るヤツをじゃ!!」
「んー?オラがその責任者だでよォ。にしても、ピーピーピーピーと、なァんだかやっましいガキだなやァー」
ドラクロワは少し前から、この押し問答のやり取りを黙って聴いていたが
「もうよい。カミラーよ、そんなはした金などさっさと払ってやれ」
この夜の闇に溶けるような貴公子も、巨人モドキに負けず劣らず面倒臭そうに言った。
「はっ。かしこまりました!仰せの通りに!」
と、カミラーは一も二もなく折れたが、カッと牙を剥いた物凄い形相となり、頭上の岩みたいな顔の門番を睨み上げた。
さて、この門番の話によれば、このヴァイスとは燃える水、また石炭が無尽蔵に採取・採掘され、また少々の病なら、その源泉掛け流しを浴びれば、たちどころに完治させてしまう程の恐ろしく優れた効能の温泉も湧く、資源豊富にして裕福な街だという。
また街長(まちおさ)の基本概念である''いつの世も、金すらまともに稼げぬ無能な貧乏人が災いを招く''が浸透しており、かなりの富裕層以外は、ほんの短期の滞在ですら、文字通り''門前払い''という、他に類を見ない独立国家的な特異な隠れ街であった。
「んーんー……確かに二十枚だなやァ。ほい領収の証明書だァ。
まったくゥ、ちゃーんと金持ってんならよォ、初めからさっさと出せよなァ、めんどくっせェ。
あ、おーいィ、ちょっと待てェ。一応言っといてやんがよォ……」
「んー!?なんじゃ!?」
「えーとォ……。そだァ、こん街じゃなーんでも''自由''だァ。うん、それこそォ人さァ殺す以外はなぁーんでもなァ。
それとォ……」
「えぇーいっ!お前というヤツはもっとこう、シャキシャキとは話せんのかぁ!?
それとなんじゃっ!?」
小さな両手の先に、メギメギと鉤爪が伸びた。
「んー、とォ……。あぁそーそーォ。今夜はよォ、楽しい楽しい闘技の見世物ばやってるからよォ、せっかくだからァ早いとこ観に行った方がええどォ?」
ドラクロワは繊細な造りの白い顎を撫で
「闘技?なんだそれは?」
ちょっとした巨人は、ボサボサの後ろ頭を、ボリボリと掻いて、粉雪みたいにフケを落として
「あー、えーとォ……。むかーしからぁこの一帯を治めとったァ''魔戦将軍''と我らが人間族の戦士が闘うんだなァー、これがァ」
「なんじゃとおっ!?なぜに誉れ高き魔族の魔戦将軍が人間族の街で闘うんじゃ!?
はて、この辺りを任されておった将軍といえば……。
んー……確か、タナ……いやサナトス!?そうじゃそうじゃっ!''蛮勇のサナトス''にあろう!?」
「んおォー?おめぇチビガキのクセに物知りだでなァー。
そうそゥ、そのサナトスがこん街にャ飼われてんだーよォ。
おう、そらァ、もう始まるだでェ、早よォ早よォ」
歪(いびつ)で、爪の先に黒い垢が詰まった太い指で門の内側を指した。
ドラクロワは、フッと柳眉の根を寄せて
「蛮勇のサナトス。ウム、確かそのサナトスとは……武骨な若き''竜人の王''であったな。
解らぬな、その歴(れっき)とした魔族がなぜ人間ごときに囚われ、しかも見世物になっておるのだ?
ウム。大方、そこらのリザードマンかなにかを捕らえて、これぞ魔戦将軍にあり、と悦に入っておるのであろうが、万が一ということもある。確と検分してみるか」
カミラーも種族は異なるとはいえ、どこか魔族を地に堕(お)とされた気になって
「はっ!それが事実としたら、断じて容認出来ませぬっ!!」
と言下に応えて主君の闇色の背を追った。
確かに門番の男が言った通り、ヴァイスに入って直ぐ目に入って来た、''満員御礼''のサーカスを想わせるような、色褪(いろあ)せた緋色の巨大な円形テントは、見世物の興行に熱く沸き、まるで雷鳴のごとくにどよめいていた。
ドラクロワ達はそれを丸く囲う、どぎつい安物酒の香りと、正体不明のなにかの肉が焼ける匂いとが充満する、煌々(こうこう)とした屋台群の間を抜け、その内部へと分け入った。
すると、その熱気と活気に満ちた喧騒渦巻くテントの中央には、四方を高い鋼鉄の柵に囲まれた闘技の舞台があった。
その一辺が二十メートルほどの外部から隔絶された檻の戦場では、すでになにやら二つの生き物が激しい死闘を繰り広げているようだった。
その一方は、先ほどの門番が子供に想えるような尻尾の生えた大巨人で、ボロの革鎧と擦りきれたズボン履きであり、篝火(かがりび)に照らされたその表皮は滑らかな鱗肌で、まるで油を塗ったように艶(つや)やかな黄色だった。
そして、その頭部はドラコニアンとはまた異なる、実にシャープな造りの''竜''そのものであり、なぜか鉄製の管とも筒ともいえぬモノを猿ぐつわに咬まされ、また血に汚れた包帯らしき物で両目を覆われ、その眼球にあたる部分には、無惨にも鈍い鋼鉄の釘みたいな黒々とした杭(くい)が、ボロ布の目隠しを貫いて三本づつ刺されていた。
更にその隆々と盛り上がった筋肉の背中には、背後の柵から伸びた極太の鎖が束頭(つかがしら)に繋がる直刀が、その革鎧を貫いて深々と六本も刺さっていた。
また、その剣らにはご丁寧にも''神聖魔法の付与''が為されているようで、篝火のオレンジとは異なる、ぼんやりとした青白い光に包まれていた。
この二足歩行のドラゴンを想わせる彼こそが、魔王よりこの一帯を拝領されし魔戦将軍、蛮勇のサナトスであった。
さて、これに立ち向かう生物とは、明らかに人間族ではあるが、体高五メートルあまりの竜人を見上げるかなりの巨体だった。
その者の頭髪は全て剃り落とされており、その脂ぎった色白な頭皮も、背中も胸も、およそ目玉以外は禍々しい色とりどりの刺青に満ちていた。
この男の滝のような汗に濡れ光る、逞し過ぎる半裸の巨体は躍動感に満ちており、まるで獰猛な猫科の大型肉食獣を想わせた。
そして、囚われの盲目竜人が鋭い爪の手を振るうのを紙一重でかい潜(くぐ)り、すかさず包帯を固く巻いたような、信じられないほど大きな拳をサナトスの下顎に振るって突き上げ、物凄い打撃音を響かせてその顎を無理やりかち合わせていた。
憐れ、神聖魔法の突剣六本を背負う盲目のサナトスは、グアキャッ!!と大口を鳴らし、破砕させられた牙の欠片を散らして上向いた。
この残虐な興行を夢中になって観戦する、四角い檻を何重にも囲む無数の者達は、刺青男の鋼を仕込んだ拳がサナトスに叩き込まれる度に熱狂して、割れんばかりの拍手と怒号じみた声援とを送っていた。
ドラクロワはそれらを遠巻きに眺め
「ウム。無論、魔王たる俺は小身なる魔戦将軍の一人一人と一々面識などはない。
が、あれなる黄色に黒の虎縞(とらじま)とは断じてリザードマンに非ず、魔族にして竜人の王に相違なし。
サナトスめ……ヤツはなぜ軍務をほっぽりだして、こんな場所で見世物になっておるのだ?」
己の重大な役割を完全に放棄して、実に気儘(きまま)な旅を楽しむ魔王が、極めて遺憾の表情で呟(つぶや)いた。
「はっ、魔王様がご関知ないとなれば、何かの極秘作戦機動中ではないとなり、これは全く以(もっ)て謎にござりまする。
うん?あれに見えるサナトス。よくよく見れば酷く傷付き、かなり弱っておる様子にございます。
ふぅむ。ヤツめ、何か人間共の汚い策にはまって囚われ身となっておるようです……しかし……」
爪先立ちで精一杯の背伸びをして、小さな首を懸命に伸ばしたカミラーは、その所見の最後で顔を曇らせた。
「しかし、とはなんだ?」
「いえ、その……このヴァイスとは七大女神共に弓引く、魔王様を崇める模範的な街のはず、その街でなぜ魔族を嬲(なぶ)るような見世物が横行しておるのか甚だ疑問にござりまして……」
遂に、ドオッともんどり打ってノックダウンした魔戦将軍仲間を見て言った。
「ウム。ヤツめ、どうやらああして何度も闘わされているようだな。
となればカミラーよ。お前はこの下らん見世物が終わるのを待って、ヤツの塒(ねぐら)へと忍び込み、魔戦将軍ともあろうものが、なぜに無様な闘奴にまで身を窶(やつ)しておるのか尋ねて来い。
俺は近くの酒場にて待つ」
言って、サッと踵を返して、狂熱・亢奮(こうふん)に荒れ狂う人の波から背を向けた。
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