退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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148話 おそろしい子!

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 ダダダンッ!!ゴドンッ!ドズザザザァーーーッ!!

 と、次いで、この死の闘技ドームの内側より外部の皆の耳へと届いたのは、どう聴いても明らかに大質量なる者が倒れ伏し、尚且つ、それ自身が発揮した膨大なる運動エネルギーによって生じた慣性により床を滑る音だった。

 その直後。

 この無慈悲なる死闘の興行主たる、人ならざる、あやかし寄りの美を放って止まぬ、中年バラキエルが吼(ほ)えた。

 「アン様!ビス様!至急''ザバルダスト''に神聖治療魔法をお願い致しますっ!!」

 この不可思議なる救急措置の要請に、双子のライカン姉妹は一瞬困惑させられた。
 が、即座に鋼鉄のドームへと向き直り、殆(ほとん)ど反射的に神聖語を紡ぎ始めた。

 その退路も逃げ場も一切ない、完全に後退の選択肢を断たれた血闘の円形舞台を見つめていた皆は、前のめりで、うつ伏せに倒れ伏した巨体である異形の17頭身、超戦士ザバルダストの整った顔が、"ほぼ天井方向"へ向いているという、奇妙な矛盾に漸(ようや)く気付いた。

 また更に深く注視すると、彼の危険過ぎる死の鉤爪が装着・搭載された剛健な右腕。
 なんとそれが、その肘から逆関節的に"へし折られ"、その肘の辺りの骨は皮膚を突き破って外部へと露出しており、その腕の拳は殆ど右肩へと付きそうなまでに痛々しく屈折している事にも気付いた。

 つまり、この密葬の毒竜ザバルダストは、その頚骨と右腕とを完全に粉砕されてダウンしており、遠目に見ても、やけに瑞々(みずみず)しい綺麗な白眼を剥いて、天井方向の真上へと生気のない死相を晒していたのである。

 この恐ろしき無惨絵としか言えぬ有り様に目を見開いたギャラリー等は、一部の真魔族の二名を除き、この一瞬の人体破壊劇に揃って声を失って、事態の把握が出来ずにいた。

 さて、それらの焦点たるもう一人だが、それは言うまでもなく、半死半生らしき床のザバルダストとは異なり、愛らしい顔前に両腕を交差させた格好で立ち尽くすユリアだ。

 彼女は今、ゆっくりとその両腕を降ろし、自らの後方でピクリともしない憐れな巨人を振り返り
 「えっ!?あ、あれっ!?ザ、ザバルダスト……さん?
 えーっ!?ななな、なんで貴方の方が倒れてるんですかー!?
 あーっ!!わわわっ!ザバルダストさんたら変な欠伸(アクビ)してる!!
 うっひゃあっ!!こ、これは危ないですー!!」
 と、不様に床に伸びた瀕死の毒竜へと駆けた。
 そうして、即座にアンとビスらが漏らすモノとよく似た神聖語のフレーズを唱え始め、そこに長々と横たわる力なきザバルダストの緊急治療にあたったのである。

 「リョウトウ!」

 と、その成り行きを認めたバラキエルが鋭い声を飛ばすと、この部屋の奥の数名の男娼等によって、冷たい石壁に設置された、赤錆のふいた大きな武骨な鉄のハンドル、その二つが回された。

 これにより、そこに繋がる天井へと続く鋼鉄の鎖の二条等が巻き取られ、もはや用済みとなった鋼の鳥籠は徐々に天井へと上昇していったのである。

 これらの一連の流れを、ただただ突っ立ち、呆然と見つめることしか出来なかった老紳士カゲロウの顔は戦慄に彩られ
 「な、なんだ?い、今、ここで一体何が起きたのだ!?
 不意に、あの独創的な武装をした巨人が駆け出したかと思ったら、いきなり、いきなり前のめりに倒れたぞ?
 あの大男、大人しそうなユリア様に、巧く突進をかわされたとして、それにより肩透かしを喰らう形となり転倒したのなら、なぜ直ぐに起き上がらないのか!?
 それが、それが今どうして横たわり、しかも三人掛かりの緊急治療を受けているのだ!?
 わ、分からん!!だ、誰か、誰かこの独創的な事態を私に説明してくれ!
 ハッ!それより!そんなことより!
 おぉ!おぉっ!?あ、あぁ良かった!ここから見る限り、対する勇者ユリア様には、目立ったお怪我のようなモノはないようだ、が……」
 と、自らの視線の先。ぐんぐんと巻き上げられてゆく巨大ドームの直下にて、慎重にザバルダストの頭部を抱え、本来の方向である下方へとそれを回すユリアを見つめて、呻(うめ)くようにして言った。

 「ウム。この比武。思いの外、中々に楽しめたな。
 フフフ……やはり、あのユリアという女は面白い。
 一見すると好奇心旺盛な、少し抜けたところのある、単なるお惚(とぼ)け者にしか見えないながらも、その内に秘めたる性質とは、魔族も顔負けの極めて残忍にして性酷薄であるからな。
 フフフ……カミラーよ。お前は、あの様な珍妙なる戦闘術に見覚えはあるか?」
 粗い煉瓦(レンガ)壁に黒い背をもたれ、そこで美しい影となり、遠巻きに観戦をしていたドラクロワの声には、どこか愉しげな響きがあった。

 これにカミラーは小さな顎の先を摘まんで小首をかしげて記憶を手繰り
 「はっ、いえ。私の知る限り……あの様に無気味な人体破壊の術は初見にござりまする。
 ムウ、あの低知能娘とは、一体、何処(どこ)であれほどの格闘体系を会得したのでしょうか?」
 と、実に神妙な顔付きで過去五千年の半生を振り返って、今しがたユリアの振るった技に類似したものを探った。
 が、残念ながらその片鱗も、またその起源にあたるようなモノすらも一向に出ては来なかった。

 その同列にて観戦していたマリーナも、左のサファイアブルーの瞳を剥いていたが、フッとそれを伏せ、左側に立つ者へと流し
 「ねぇシャン。あのさ、今の……見たかい?」

 と、がらにもなく真剣な顔つきになって、絞り出すような声を送った。

 「あぁ、しかと見た。うーん、今ユリアの放ったあの技とは、恐らく……。
 恐らくだが……言うなれば、あれは赤子、いや寝ている者の四肢を折るのに近いかな?
 うん、流石にこれだけでは解りにくいか……。

 そうだな、通常、およそ格闘と名のつくモノは、それがどんな種類の斬撃、刺突撃、殴打、或いは蹴りの類いのモノであれ、皆一様に対峙する敵目掛けて、その攻めの為、いずれかの四肢が伸びる訳だ。

 そうして、その攻撃の軌道は様々であったとしても、それらの攻め手が敵を捕捉出来なかった場合。
 つまり、必殺の攻撃が相手にかわされたその時、その攻め手の腕なり脚なりは空を切って伸び切り、直ぐさま元の構え、或いは次の攻めへと移行しようとする。

 先ほどのユリアが捕らえたのは、そこなのだ。
 その正しく四半瞬ほどではあろうが、理論上、そこにはどうしようもなく全く力の抜けた時間が生まれる訳だ。

 恐らくユリアは、その針の先程の完全に無力となった敵の瞬間脱力状態を捕らえ、その最も無力で脆弱となった四肢のある箇所を見定めるや、そこを最も危険な方向へと圧迫し、捻り、或いはへし折るのだろう。

 これが、あの極めて残忍なる超悪魔的戦闘術のカラクリだと思われる。

 うん。このように今の闘いを見て、冷静な分析とやらをすれば、その仕組み・理論が意外に単純であることは推察出来る。

 だが、あれをさっきのユリアのようにやってのけるには、人体、その関節の造りに詳しいとか、また単純な目のよさや、ある程度の腕力などだけではなく、死を微塵も怖れず、自分に向かい来る攻め手に飛び付く気概(きがい)……。

 そして、今から破壊する相手へ一瞬の憐れみも躊躇(ちゅうちょ)も抱かぬという、そんな一点の曇りもない残虐なる性情。
 そしてなにより、とても陳腐な言い方にはなるが、やはり所謂(いわゆる)、"天賦(てんぷ)の才"とやらが必要なのだろうと思う。

 つまり、先ほど披露された、あの完璧なる人体破壊術とは、あそこに立っているユリア以外には誰にも真似は出来ない、ということになるだろうな。 

 うん。それでも飛び道具・魔法を除いた数ある戦術を駆使して、何とかあれに打ち勝とうとするなら……。
 そうだな、にじりよるようにして迫る、それこそ速さを全く伴わぬ掴み技の類い、くらいか……。
 うん、本当に恐ろしい戦闘術だと思う」
 そう解説したシャンの東洋的顔とは、僅かに血の気が退いており、幾分、青ざめているようにも見えたが、この体育訓練の間(ま)とは、部屋の隅々までもを煌々(こうこう)と照すに充分な、無数の獣脂灯火(ランプ)はあるものの、真昼の陽の下には決して及ばない為、流石に影が強く、ただ何となくそう見えただけかな?と、マリーナはそう思うことにした。

 さて、高等治療魔法により、今、漸(ようや)く息を吹き返したザバルダストは、雄牛のごとき剛健なる首の後ろへと手をやってそこを押さえ、重く沈痛なる顔をして
 「うむむ、ん……。う、うぅう……。
 あぁ、ど、どうやら私は敗れたのですね?
 ゆ、勇者様、満足にお相手が出来ないばかりか不様に倒れ、その上、こうして回復のお手間までお掛けしたようですね……。
 クッ、このザバルダスト、お詫びのしようもございません」
 と、己の無力さを床に両手をついて詫びた。

 それにどう答えてよいものかと、あたふたとするユリアへと慇懃に頭を垂れたバラキエルは、まるで勿体をつけるような、そんな実にゆっくりとした動作で白い顔を上げ
 「ね?拳聖様には、中途半端な助言など、なんら不要でございましたでしょう?」
 と、なんとも謹み深い笑みを見せたという。
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