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115話 分かっちゃいるけど止められない事もある

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 シャンは、ただ沈思黙考(ちんしもっこう)するようにして、頼もしい四名の仲間達から、ブラキオが放った魔性の音楽によって、時空を越えた過去に行き、あまつさえ成し遂げたという、壮絶な弱い者イジメの顛末(てんまつ)を聴いた。

 そして、その全てを、少しの疑いもなく受け入れ、終いには深くうなずき
 「そうか、このブラキオシリーズの異名、"死人をさえ蘇(よみがえ)らせる"とはそういうことだったのか。
 生憎(あいにく)、私は演奏に夢中で、みんなと一緒に時間旅行を堪能(たんのう)することは叶わなかった訳だが。
 ん?店主よどうした?どこか気分でも悪いのか?」
 赤く照らされた螺旋階段。
 そこの一番下に腰掛ける、時を翔(かけ)たエルフ、オーズ=ソルバルウを見下ろした。

 この「ダゴンの巣窟」の長命族の店主は、よく手入れのなされた、磨かれて光る爪の左手で、その端正な顔面を掴むようにして押さえ
 「うむむむむ……」
 と唸(うな)っており、食い縛った歯列の隙間から荒い吐息を洩(も)らしていた。
 傍(かたわ)らには、それに心配そうな顔で同席し、その顔色をうかがうレイラが在(あ)った。
 
 この運命のレールが、ガチャリッ!と切り替えられたような世界で、オーズと駆け落ちし、その妻となっていた女エルフは、ユリア達を見上げて
 「皆様は、あの八十年前に忽然(こつぜん)と現れ、そして去って行かれた、正しく神の使いのごとく私達をお救い下さった、あの魔法使い様と、棒術使い様達ですね?
 あの折は、私達とダ・リスタリトの街とをお救い下さり、いかように言葉を尽くしても、お礼のしようもございません!!
 ですが、あえて言わせて下さい!本当に、本当にありがとうございました!!
 主人はあの日より、皆様がいつの日にか必ずや、この店にお越しになられる筈(はず)だと申しておりました。
 ここで今、踞(うずくま)っておりますオーズは、未曾有(みぞう)の世界の書き換えと改変に未だ着いていけなくて、もがき苦しんでいるようです。
 ですが、じきに八十年前に分かたれた存在の隔(へだ)たりを統合させ、いつもの主人に帰るものと思われます。
 全てはこのオーズからの受け売りですが、皆様におかれましては、どうかご心配なく」
 レイラは僅かに青ざめながらも、予想範囲内であった現状況を、オーズが朧気(おぼろげ)ながらにも予見していたことを明かした。

 それに小柄なサフラン色のローブの女魔法賢者は小刻みにうなずきつつ
 「そうかそうか。私達がさっきまで居た、あの八十年前の分岐点に存在していたオーズさんにも、レイラさんが亡くなった世界、あの街から一人で脱出した、こっちのオーズさんの意識と記憶が宿ったんですね。
 で、私達のことを今日の今日まで知りもしない、ここに座っている、悲劇しか知らないオーズさんに、今、世界更新の上書きが行われている最中なんですよ。
 何だか大変そうですが、レイラさんの言われた通り、きっと直ぐに馴染(なじ)んで一つのオーズさんへと統合されるはずですよ」

 マリーナは口を半開きにし、伸縮性のある紐(ひも)の右の眼帯を引っ張って離し、ペチャッと顔で鳴らして
 「あ、あー。なるほどねー。ハッキシ言って全然分かんないけど。
 よーするにコレってさ、ほっときゃ治るってことで合ってる?」
 深紫のシャープなフォルムのプロテクターみたいなのを纏った、東洋的美女(アジアンビューティー)に訊(き)いた。

 シャンは腕を組んで、其々(それぞれ)の掌で反対側の細い二の腕を、グルリと掴んだ姿勢で、スッと目を細め
 「うん。それで間違っていない。お前は相変わらず物事の本質を見抜く、とてつもなく鋭く賢い女だな。(棒読み)
 しかし、このブラキオとはこんなにも恐ろしい能(ちから)を秘めていたのか。
 今回は図(はか)らずともこの夫婦を救ってしまったようだが、この世界を書き換えてしまう程の能(ちから)とは驚いた……。
 正しく、神の領域をも侵食する、悪魔的・冒涜的ともいえる魔導楽器、それがブラキオシリーズ、か……。
 こいつは、一体、何を引き起こすか見当もつかない危険物だ。
 となると、これは断じて、面白半分で気軽に触れてよいようなモノではないな。
 誠に残念だが、演奏するのもこれっ切りにせねばなら……ん?どうした?」
 "世界の改変"などいう、飛び切り、この上なく物騒な言葉を聴いて、神妙な面持ちでうなずいて恭順・同意するアンとビス、そしてユリアとは異なり、遠慮がちながらも、紅いグローブの手を挙げる女戦士が居た。

 「あ、あのさ、アンタがそれを弾くと、死んじまったハズの人間が、ヒョッコリ蘇ったりして、この世界が、ゴチャゴチャのグッチャグチャになるのかも知んないってーのは、何となく分かんだけどさー。
 (分かってない)
 なんか折角だから、アタシの昔の悲劇ってーのも、サクッと変えちゃって欲しいんだよねー。
 ダメかなぁ?イチオー、アタシの周りでは、特に誰も死んでないから、あんましトンでもない事になる心配は要らないと思うんだけど……」
 さも申し訳なさそうに、魔音のアンコールを希望した。

 それにユリアが厳(いか)めしい顔を作って
 「マリーナさん!?あのですねー、ちゃんと今の説明を聴いてましたか?
 このブラキオの持つ超越的な驚異の能力は"世界"を変えるんですよ!?
 この世界というものは、本当に色んな事象と、因果関係とが複雑に絡み合った結果として存在しているんです。
 ですから、私達が過去でする(した)、もうほんのちょーっとした事で、それが巡り巡って、生まれてくるはずだった罪のない人間を永遠に消滅させたり、ひいてはこの星を滅ぼしたりすることになりかねないんです!
 これは決して大袈裟(おおげさ)な話ではなくて、はぁー面白かったー!なんて、お気楽・能天気に過去から帰って来てみたら、アラ不思議、この大陸全土が蛸(タコ)みたいな生物に支配されてましたー!ってなことも充分有り得るんです!!
 そんなとんでもないことになったりしたら、マリーナさんは一体どう責任をとるつもりなんですか!?
 シャンさん!!だから、そのブラキオシリーズの使用は金輪際(こんりんざい)、あと一回くらいにしておきましょうよ!!
 ねっ!?ウフフフフ……」
 前半は、さも偉そうに、常識ぶって説教したかと思えば、珍物件好きのユリアらしく、彼女に生来取り憑(つ)いた魔物である、溢れる探求心と好奇心という、双頭の化け物が、スゥーッと鎌首をもたげたのである。

 そうして、自らの放った絶妙に好奇を誘うような説明に食らい付き、いつも通り、冷静沈着なる人間性を飲み込んだのであった。

 これにアンとビスは、ズッ転(こ)けそうになるのをなんとか堪え、よく似た愛くるしい顔を曇らせ
 「ユ、ユリア様!?何かとっても矛盾なさってはいませんか!?」
 と声を揃えて言ったが、その女魔法賢者は、早くも垂涎恍惚(すいぜんこうこつ)なる羽化登仙(うかとうせん)の境地にあり、そのユニゾンは届かなかった。

 シャンは思わずマスクの下で微笑み
 「フッ、そうだな。この伝説の馬頭琴。純粋に楽器として見ても、私が知る第一級の品を遥かに越えた、夢のように素晴らしい音色だった。
 これをもう二度と鳴らせない、とうのも甚(はなは)だ残念だ。
 フフフ……では、再演を所望されたことだし、もう一度だけ、想いのままに奏(かな)でさせてもらおうか。
 さっきは、このブラキオの馬頭琴の音の一番近くに立っていた、店主の過去に干渉した訳だから……。
 よし、マリーナ。もっと近くに来い」

 そう言われなくとも、輝くような笑顔の女戦士は
 「やった!あんがと!」
 と、ピョンと長い両脚を揃えて跳ね、親友の真ん前へと着地した。

 この一連の流れに、百歳越えのレイラは唖然としてあきれ果て、未だ眉間に縦シワで呻(うめ)くオーズの腕を、自らの華奢な肩に回して、心許(こころもと)ない足元の亭主を立たせ
 「では、私は上で主人を横にならせて来ますので、ブラキオは皆様で心行くまで、ご遠慮なくお楽しみ下さいませ」
 丁寧に一礼し、細い身体の割りに、全く危なげ無くオーズを支え、ゆっくりと螺旋階段を上っていった。

 完全なる青き若気の至りと、その利害とが一致・合致した演奏者と観客達は、ニヤリとして、マリーナの悔恨の分岐点へと飛ぶことにした。

 シャンは極めて厳(おごそ)かに、ブラキオの二本の弦に長い弓(ボウ)をあてがって、魂を籠(こ)めるようにして、それをゆっくりと引くと、即座に陶然(とうぜん)となるような、悦楽の美しき音色が響いた。

 それを認めたマリーナ達は、固く目を閉じて、景色が過去へと変わるのを待った。


 さて、マリーナの切願する過去の分岐点の直ぐ先にて待つのは、どんなやり直したい出来事なのであろうか?

 これといって、近親者の死別に憂(うれ)いた事がないという女戦士だったが、ならばそこにて待つモノとは、愛しき愛玩動物(ペット)か、はたまた初恋の少年なのか? 
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