退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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113話 日進月歩

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 この伝説の"ブラキオシリーズ"の楽器の超自然的な効果とは、それが卓越した奏者の手により奏(かな)でられた場合に限定されるが、世にも恐ろしい超作用を発動させるのであった。

 それというのは、この楽器の魔音は聴く者の今現在の肉体を共鳴させるだけに止(とど)まらず、この多次元からなる世界と、時空階層とに幽(かす)かに漂う魂の波動、残滓(ざんし)を瞬間的に辿(たど)るのであった。

 そうして、その朧気(おぼろげ)なオーラの糸を手繰(たぐ)り、その大きな結び目を探り当てる能(ちから)があった。

 そして、その線の瘤(こぶ)ともいえる、その者の人生における最大の悔恨(かいこん)の分岐点を探り当て、その者をそこへと引っ張り込んで立ち返らせ、あまつさえ、そのやり直しをさせるという、そんな超越的な能(ちから)があった。

 しかも、そのやり直しの結果は夢幻(ゆめまぼろし)ではなく、現実の世界をさえ改変させ得る程に強力なモノであり、そういう意味では、ドラクロワが以前に使用した、時空鈴に酷似した能力を持つ、極めて強力な魔具であった。

 そして、大方(おおかた)の人間というものは、亡くした愛する家族、友、恋人の事を最も深く憂(うれ)いているものなので、このブラキオシリーズはそこに作用することが多く、それが"死人をさえ蘇らせる"と噂される所以(ゆえん)であった。

 つまり、とても平易(へいい)・簡単に言えば「今までの人生において、やり直したい!と思っている過去の事柄・出来事を、その直前に戻ってもう一度やり直せる」という凄まじい力があったのだ。

 そういう訳で、今回はエルフ族のオーズという者の悔恨と嘆きの特異的な分岐点。
 その最愛の恋人の死の直前へと回帰させることとなったのである。

 しかし、これは自動的に恋人の死の回避となるか、というと、決してそうではなく。
 飽くまでも、過去の悲劇をもたらした原因の排除が不可欠であり、もしもそれに失敗すれば、その結果が現実世界の史実として上書きされてしまうこととなるのは必定であった。

 そこに強請(きょうせい)・共生させられしユリア達は、この過去の悲劇について、80年モノの劇の主人公たるオーズから、手早くそのストーリー展開の解説、説明を受け、早速、闇に堕した冒険者達への迎撃準備に取り掛かることにした。

 このエルフの的確かつ要領を得た説明によると、これより数分後に、先ずはこの家屋に火が放たれ、程なくして毒矢にてレイラが射殺され、オーズは泣く泣く彼女の骸(むくろ)をそこに捨て置き、命辛々(いのちからがら)、悲劇の逃亡者として、この街を出るというのである。

 そして、邪なる冒険者達は、図らずともレイラを殺してしまったことによる、不可逆的な大失態により、残りの報酬金を受け取れなくなったことに頭を抱えるのだが、直ぐに平然と次の一手を打った。

 それは、居直ってレイラの父親ランバを殺害し、その勢いでこの街の住民達を皆殺しにして、然(しか)る後に金目のものを漁(あさ)って総採(そうど)りにするという、決して冒険者として、いやそれ以前に人としてやってはならない、正しく悪逆非道の大蛮行という、超暴力の弾頭をこの街に投下するのである。

 これにユリアは涙を流して義憤(ぎふん)し、直ぐに氷と水の精霊ウンディーネ、そのタチアナを召喚したのである。

 「あららぁ?ロマノ様に喚(よ)んで頂いたかと思って、おめかしして来てみれば……。
 オチビのオモチロぶちゃいくのユリアじゃなーい?」

 "おめかし"もなにも、彼女は均整のとれた女の美しき裸身、その極めて透明な型(かた)に、清涼な水をいっぱいに注ぎ込んだかのような、循環する人型液体の身体であり、この間と何ら変わらぬ、飾りひとつない柔かな硝子(ガラス)のような、滑らかなボディひとつであった。

 このタチアナ、相も変わらず、露骨にユリアを見下しており、常に不安定な低血圧の年増女のような、恐ろしく癇(かん)に障(さわ)る態度を晒(さら)していたが、レイラに訪れるであろう惨劇を聴かされると
 「ふぅん。そーんな話を聴かされたらぁ、このタチアナ、全身全霊をもってこの小さな家を防火するしかないじゃなぁい。
 ユリア、ボサッとしてないで表に出るのよぉ。
 それといい?これはあなたにひとつ貸しだからねぇ?」

 こうして、女勇者達を外へと向かわせ、奇異の目で己を見つめるレイラには、シャポシャポと波立つ顔を近付け
 「はぁ、恋って素敵よねぇ。レイラちゃんよく聞いて。
 どーんな事があっても、この家から出ちゃダメよぉ?
 お姉さんが貴女のことぉ、しっかりと守って上げるから、うんうん。
 だからねぇ、ここでー、そのハンサムちゃんと抱き合ってなさぁい。
 ちょっとユリア!モタモタしない!!」
 と、迎撃準備を仕切ってみせたのである。

 それに素直に従うマリーナとユリア、そしてライカンの姉妹は、得意の武器を手にし、木戸を開けて、外で構えたところで、丁度時間切れ。
 件(くだん)の闇に堕した冒険者達が姿を現したのである。


 その松明の数は四つであり、先(ま)ず一番目立つのが1人。
 それは松明の篝火(かがりび)に、ギラギラ黒々と鈍く輝く鋼鉄の塊のようであり、その身を覗(のぞ)かせる僅かな隙間もない、腹に牙を剥く獅子の顔が意匠化(デザイン)された、完全なるプレートメイル(ぜんしんよろい)を纏い、分厚い刃を青く塗った大きな戦斧を肩に担ぐ、三メートル越えの大巨人であった。
 
 そして、斧と同色の青いマントを夜風に靡(なび)かせて、巨大な節足動物の脚みたいなスチールブーツで、ノッシノッシと歩んでいた。

 その傍(かたわ)らの男は、加齢のせいだけではなく、極端な風呂嫌いのために薄くなった、白髪混じりの金髪を無理矢理に肩まで伸ばして、それを暖簾(のれん)のように、頭皮脂で、ヌルリと光る細面(ほそおもて)の額(ひたい)に垂らし、血管ばかりが目立つ、病弱そうな手で白い魔法杖を掴んでいた。

 また、その身には高価(たか)そうなカーキ色のローブを纏っており、松明の光に陰影を濃くされた、眉なしの肌色髑髏(ドクロ)みたいな顔、その白眼部分が黄色い目を、ギョロギョロとさせ、油断なく周囲に配っていた。

 そして、その後ろを、ヒョコッヒョコッと瞬間移動の連続を想わせる、小さな蜘蛛のように跳ね歩くのは、背の曲がった小男であったが、鼻にイボが多いというよりは、イボが密集して鼻になったような、そんな向かって左に曲がった、腐った苺(イチゴ)みたいな長い鼻と、その下の黄色い出っ歯とが印象的な、くすんだ緑のレザーアーマーとほっかむりのアサシンであった。

 その狭い、蚤(のみ)のように盛り上がった背中には、矢で一杯の矢筒を担いでおり、まるで溶けた雪ダルマのように幅のない、恐ろしく撫(な)で肩のそこには、マンホールみたいな色の大きな鉄弓を引っ掛けていた。
 
 この出立ちから容易に推察出来るが、この男こそが、レイラの命を奪う凶弾の射手であった。

 そして最後の一人は、バストもウエストもヒップもない、肥満しきった身体を、真っ黒に染めた僧服で無理矢理に覆ったような、樽(たる)のような尼僧だ。

 その頭には四角っぽい黒頭巾を被っており、フウフウと荒い息で、さも暑そうに丸ポチャの掌で団扇(うちわ)を作って、眼前で、ヒラヒラとさせて、その焼きたてパンみたいに、ツヤツヤふっくらとした、頬が黒ずんでいる膨張した顔を、しきりに黒いレースのハンカチで拭(ぬぐ)っていた。

 その黒い球のごとき尼僧が、糸のような目を僅(わず)かに開くと、目尻の一束だけが長い、紅い付け睫毛(マツゲ)が踊った。

 「あら?あのベージュの小さい家で間違いないのよね?
 確か、オーズとかいう名前の男の家。
 やっだ、何だか冒険者みたいなのが居るじゃない?
 げえ?あの金持ちエルフは、オーズの奴はとてつもなく貧乏だから、助っ人なんて居ないハズだ、とか言ってなかった?げえっ!」
 極めて不満そうに、白粉(おしろい)を叩(はた)いた巨顔の黒い紅(べに)の唇を歪(ゆが)ませた。

 アサシンらしき小男は、ヒェッヒェッ!ケタケタ!と、斑(ぶち)ハイエナのような耳障りな笑い声を上げて
 「まぁまぁ、何が起こるか分かんねぇ世の中さ、こんなこともあるかもなぁて。
 えーと、ひーふーみー……。
 何だ、たったの四人ばっかじゃねぇか。ヒェッヒェッ!それも全員女だぜ?
 俺達『薔薇(ばら)挽き肉団』も嘗(な)められたもんだよなぁ。
 ま、俺っちは、女を、それも美人を殺すのが何より大好きだからよー、こりゃ障害とゆうよりはご褒美みてーなもんだよなー。
 ヒェッヒェッ!全く、金もらって女を殺(ばら)せるとはな!サ、サイコーだぜぇ!」
 そう言って、この小男は鎧巨人に弓と鋼鉄の弦を放って投げた。

 小山のような八頭身の鋼鉄巨人は、さして力(りき)むこともなく、容易(たやす)く鉄弓をしならせ、その両端に弦を掛けながら
 「オ、オデも女コロしたい!手足を引っこ抜いて、そんでもって、は、腹を踏(ふん)ずけてコロしたいー!
 オデ、あ、あのデカイ女をコロしたいなっ!!」
 と、何故(なぜ)か片言で喚(わめ)いて、信じられないくらい太いスチールの指でマリーナを差した。

 顔色の優れない中年の魔法使いは、ギョロギョロとした目を巡らせ、オーズ宅の低い屋根の上を睨んで
 「おい。あれを見ろよ!ウンディーネだ!
こん娘ん中にゃ、生意気に精霊使いが居るみたいだぞ?
 ヒヒヒ、これは傑作!まるでワッシの得意が火炎魔法なのを知ってるみたいじゃあないかね?」
 病人みたいな枯れた腕で、頭上で水入りの硝子(ガラス)みたいな足を組む、透明な女の型を指差した。

 こうして闇に堕した冒険者達『薔薇挽(ひ)き肉団』は、マリーナ、ユリア、アンとビスのすぐ前まで歩いてきた。

 原始的な照明に輝く金髪の女戦士、マリーナは、未だ背の剛剣を抜刀せず、腕を組んで
 「ちょっと!アンタ達さ、いちおーギルドに登録してる冒険者なんだよね?
 じゃあさ、悪さをする怪物とか、魔王と戦うのが仕事ってもんだろ?
 ちょいと腕が立つみたいだけどさ、それをこんな風に金持ちに雇われて、揉め事を起こしたり、他人様の家を焼くなんてマネに使うのは止めなよ!
 アンタ達の武器と魔法が泣いてるよー?」
 ならず者達を威嚇するように、その右目の黒革の眼帯のルビーが煌(きら)めいた。

 隣のユリアも、口をへの字の険しい顔で悪党共を睨み付けていたが、それに続く
 「そうですよ!一体、どこのギルドでどういう訓練を受けたら、こんな酷いことを請け負うような、人でなしの不良冒険者になるんですか!?
 私、利己的で、故意に悪いことをするような人には、一っ切容赦しませんからー!
 飽くまで、あなた達がオーズさんを苛(いじ)める気なら、しっかりと覚悟してもらいます!!」
 ちんまりとした鼻を、フンス!の鳴らして、先に穿(うが)たれたルビーを取り囲むような、ねじくれた木製の魔法杖を地につき、小柄な身体を反らして胸を張った。

 それに凶賊の痩せた魔法使いは、ニヤニヤと笑って
 「おやおや、やっぱり同業者さんかい。
 威勢の良いのは結構だけれど、ワッシ等は善とか悪とか、そんなションベン臭い、つまらない話をする気はないよー?
 偉そぶって説教なんかするのは、およしよおよし!
 これ喰らって悲鳴でも上げて、尻尾振って消えなさーい!」
 そう言って、喉を絞(し)められたような気味の悪い声で、短い魔法語を唱えて、百日紅(サルスベリ)の材みたいな、滑(ぬめ)る骨のような白い木製杖を振って、その先から万年筆大の光輝くエネルギー弾、五条のマジックミサイルをユリアに放った。

 だが、その詠唱に対応して、ユリアも迅速に詠唱を済ませており、サフラン色のローブから右手を伸ばして、自分の身体の前に大きな姿見鏡でもあって、その四隅をつつくかのようにして、流れるような動きで、揃えた人差し指と中指とで、そこの空間を押すようにして触った。

 すると、そこへ中年魔法使いの放った光の矢みたいな物が殺到して、見えない壁にぶつかり、バババッ!バンバンッ!と蒼白い閃光を炸裂させて、ユリアの出現させた魔法障壁(バリアー)が八角形であることを証明して、そこに五つの光の波紋を画(えが)いて、瞬く間に消滅した。

 ユリアは瞬きもしないで、それ等を目の当たりにし
 「こ、この魔法は……」
 と、怪訝な顔で呟(つぶや)いた。

 「ほうほう、この程度は弾くのかい……」と呻(うめ)くように言う、中年魔法使いの薄気味悪い、か細い声を聴きながら、今度は黒い尼僧が短い神聖語を唱え、直径一メートル程の白光で構成された、目映(まばゆ)い巨大な拳を発現させ、それを一直線にビスへと飛翔させた。

 だが、これにもビスがよく似た神聖語のフレーズを唱えており、直径三メートル程の形状的には先手に酷似した拳が現れ、猛烈な螺旋運動を見せながら、闇のプリーステスの飛ばした拳に真正面からパンチ合戦を仕掛け、バシンッ!とそれを弾いて、光の粒子へと粉砕させた。

 そして、その神聖攻撃魔法のスクリューパンチはそのまま伸び、ドラム缶みたいな肥満体を殴り飛ばし、「ピギャッ!!」と尼僧を叫ばせ、その黒い球体を遥か後方へとぶっ飛ばしたのである。

 その丸い脂肪塊が、黒いハイヒールを二羽の烏(カラス)みたいに飛ばして、組石の固い街路に、さながらゴム毬(まり)のようにバウンドするのを見送った双子が、揃って拍子抜けしたような声で
 「こ、この神聖魔法は……」

 それにユリアも、コクコクとうなずいて、アンとビスと見合って声を揃え
 「古い!!」
 と、80年前の魔法攻撃に即席の感想(レビュー)を評したのである。
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