上 下
102 / 244

101話 未来戦士

しおりを挟む
 ルリの栄養失調丸出しの細過ぎる腰を抱いた、旅の演劇一座の若頭みたいな、如何(いか)にも胡散臭い美青年のカサノヴァは、頭の真ん中、金色のモヒカンモドキを撫で付けて
 「うーん……。ま、たまーにだけどよ、こんなことって、あるよな?
 何かさ、女にフラてヤケんなってたり、いい感じで酒が入ってたり、それとは逆にスッゲ悩んでたりしたときとかだがよー、いわゆるひとつの心境の変化ってのか?
 何かそんな感じで、ちょっと気分が変わったときなんかがそーなんだが……。
 ゼッテー間違いなく、おんなじ人間が喚(よ)びつけてんのに、全く違う代理戦士がお出ましってことがよー」
 その刺青の手で上から蓋(ふた)をするようにして掴んでいた、淡い琥珀色の蒸留酒のグラスを一気にあおり、代理格闘遊戯盤上を睨(ね)め付けた。

 その懐のルリも、それにうなずいて、青年のレザーアーマーの胸に、乾燥気味の白い指を妖しい白蛇のごとく這(は)わせ
 「ねぇ、カサノヴァ?さっきさ、アンタもみんなと一緒んなって……オッパイ!オッパイ!って怒鳴ってたよね?
 それってまさか……もしかしてさ、このアタシみたいなのじゃ満足出来てないってことなのかい?」
 獲物を狙う蛇みたいなその目線は、嫉妬の紅蓮(ぐれん)炎を宿して、矢のごとくマリーナの深紅のブレストプレート(胴鎧)の上部へと向かいながら、今すぐ明確な否定が欲しいくせに、飽くまで声色は然(さ)り気無くを装いつつ、愛しい恋人を責めるのであった。

 カサノヴァは薄く笑って、ズズッと鼻をすすって、そこを折った指で押さえ
 「なぁに言ってんだ。さっきのアレは男同士の粋(いき)なたしなみってモンよ。
 んなの真に受けてんじゃねぇぞ」
 ルリの華奢な顎を掴み、その頬に口づけしてやる。

 さて、この仲睦(なかむつ)まじい若い二人の見つめる四角い荒野には、先のミニチュアマリーナと、それに対峙するカミラーの代理格闘戦士とが殺気の炎をぶつけ合っていた。

 先のカサノヴァ青年の指摘通り、この度(たび)カミラーの喚び出した代理格闘戦士は、あの彼女の父親の肖像(かたち)をした、冷血陰惨なる処刑執行官のごとき巨影貴公子ではなく、マリーナの小さな分身と同じ程の大きさの者であり、華美にして恐ろしく高い黒ヒールで戦場を踏みしめ、そこに屹立(きつりつ)していた。

 その新たな交代の参戦者は、ミニチュアマリーナには少し及ばない10頭身の痩身であり、ピンクの盛り髪のゴージャスな、煌(きら)めくようなスカーレットのフリルブラウスに、闇色のコルセットとスカートを纏った、陶磁器のごとき白い肌を持っており、それはそれは、怖いほどに美しい若き女であった。

 その細腰には、柄(つか)と丸い鍔(つば)に飾り装飾の美しい、その瞳と同色の真紅の刺突剣(エストック)を提(さ)げており、左の前腕から手首までは、流麗なデザインのピンクのプロテクターが装備されていた。

 つまり、装備した品を除けば、対戦席に座するカミラーを無理矢理に成熟させ、妙齢(みょうれい)な女へと急激成長させたような、この荒野にはおよそ場違いなほど、世にも美しい乙女戦士が現れたのだった。

 そして、この代理格闘戦士には、一種奇異とも映る外装の特徴があった。
 それというのは、喉元を飾る大きなリボンとフリルの壮麗なブラウスの胸を、その下から、これでもかと盛り上げているモノであった。

 それは全体的に俯瞰(ふかん)で観たとき、この程好い痩身の美的バランスを完全に崩壊させ、そこに謎の不条理さと違和感すら感じさせるほどに実った、二房(ふたふさ)のたわわな隆起である、巨大なバストであった。

 正しく"取って付けた"という言葉は、これの為にあるかのごとき、誠、不自然にして粉飾(ふんしょく)的な、完全に蛇足なる付属物が配備されていたのである。

 だが、この巨乳戦士を発現させた女バンパイアは、それをさも満足気に見下ろし
 「うんうん。この代理戦士とやら、中々にわらわに酷似しておるなー。
 父の次は乳、いや、此度(こたび)はこのわらわを忠実に構築して見せおったかぁー。
 うぅむ、やられた!この魔具を造ったのは誰じゃー!!ここへ連れてこい!誉めて遣わすぞえ!!」
 と、一流レストランにて、席へとシェフを呼びつける美食家のごとくに、露骨に上機嫌になって暗いカウンターへと喚いたという。

 その声に、光の勇者団の各メンバーは、何かを言いたそうに口元を蠢(うごめ)かせたが、思い直してそれを取り下げ、一様に哀しい目になってうつむいた。

 だが、深紅の部分鎧の女戦士だけは、所在なさ気に、うなじ辺りを掻きながら
 「う、うん、そうだね。コレってさ……メッチャクチャアンタに瓜二つだねー。うんうん、メデタシ!メデタシ!
 んじゃま、アタシたち普段は仲間同士だけど、早速、サクーッと殺り合うとすっかねー?」

 なんと、この旅にてマリーナは、"気遣い"というクラス違いの大技を会得していたのであった。

 さて、盤上ではミニチュアマリーナのグレートソードの抜刀が済み、それに呼応するようにして、カミラーの理想形がエストックを細身の鞘(さや)から引き抜いた。

 そして、このジオラマ荒野には、かりそめの疑似生命体とはいえ、そのどちらかの死をもってでしか終結・決着としない、冷酷なる大決闘譜に相応しい、乾いた風が茫々(ぼうぼう)と吹きすさび、美しき女剣闘士達の美髪を靡(なび)かせた。

 対戦席の幼児体型のカミラーは、気の抜けたような顔でそれを見下ろして
 「この決闘。実につまらぬ展開となりそうじゃな。
 この細剣の代理格闘戦士が姿形のみならず、戦闘能力もわらわの分身であらば、正しく神速で駆け、目にも止まらぬ速度でもって剣を振るうであろう。
 そうなれば、少々腕が立つとはいえ、ひとつの魔法も使えず、至極まともな野良(のら)の介錯(かいしゃく)剣術しか能のない無駄乳の剣士は、即座に心の臓・眉間とを貫かれ、瞬く間に絶命し、それで仕舞いじゃでな」
 女児的な美貌を斜(はす)に構えて、マリーナとその分身とを文字通り見下(みくだ)した。

 これにはマリーナも眉根を寄せて困惑し
 「んー。ヤッパそうなっちゃうだろねぇ。
 こういうチャンバラ対決ならさ、アンタの本気の超スピードは無敵だろうねー。
 さぁーて、どうしたもんかねぇ?」
 伸縮性のある紐(ひも)の眼帯を引っ張って放し、ペチッと鳴らした。

 "吸われ"ではなく、純粋なバンパイアのみが保持し得意とする、まるで時間でも止めて、その中を自在に駆けるような、超絶的な瞬間加速能力への対抗策を考えあぐねている間にも、無情にも刻は進む。

 盤上のカミラーの理想形は、純白の睫(まつ)毛をはためかせ、燃えるような真紅の瞳を半眼にし、音もなくエストックを後方に引いて、八相(はっそう)構えにして、その切っ先を前へと倒し、飛び掛かるタイミングを図っていた。

 ミニチュアマリーナは、その構えから鋭い視線を離さず
 「んー?この女ってそんなに速いのかい?
 ちょっと綺麗な顔してるってだけで、そこらの金持ちンとこの箱入りお嬢様って感じしかしないンだけどー?
 ま、ちょっと速かろうが、すばしっこかろーが、結局やるこたぁ一緒でしよ?
 ならさ、テキトーにやっちまうよ?」
 甲高い声で上空の同じ顔に向けて言った。

 その無策この上ない、危険過ぎる安直さ・適当さ加減に、智将のシャンが思わず制止をかけようとした、が。

 「うん。多分、ちょっとワケ分かんない位に死ぬほど速いだろーけど、アタシ、いやアンタなら何とかなんでしょ?
 あっ!来るよ!」
 なんと、このベンチの監督も選手と同じノリであった。
 
 その喚起の声に牽(ひ)かれるようにして、カミラーの理想形が倒れるような前傾姿勢となって、突如、加速に入り、その美影はブレて盤上から消え失せた。

 それを認め、大剣を正面に立てて、正眼構えにしていたマリーナの分身は、なんとそのサファイアの左目を閉じたのである。

 ズガンッ!!

 突如、鋼を打つような大きな音。
 
 見れば、ミニチュアマリーナが左手でルーンブレイドを自らの左肩に担ぐようにして立っており、その鋼剣の腹(両刃の間、平たい部分)を後頭部にかざしていた。

 そこに忽然(こつぜん)と出現したピンクの盛り髪の女剣士が、神速でエストックを突き出して、ミニチュアマリーナのそこ、盆の窪(くぼ)を貫(つらぬ)かんと刺突撃を放っていたのだが、分厚い剛刀を盾とされ、それは見事に弾かれていたのである。

 なんと、ミニチュアマリーナは、超スピードの世界に消えたカミラーの理想形を肉の眼ではなく、流れる気配とその殺気の向きだけで見事、捕捉(ほそく)し、その亜光速の初弾を完璧に受けきって見せたのである。

 冷眼(れいがん)を細めてグラスを置くドラクロワ、シャン、それからアンとビス等を除くギャラリー達は唖然とし、眼前の盤上で一体何が起きたのか把握し切れてはいなかった。

 カミラーは剛胆な笑みを浮かべ
 「フフフ……やるのう!やるのう!無駄乳よー!そうでなくてはつまらんわ!!
 くほぅっ!生まれついての武士(もののふ)のわらわの血が逆(さか)流れに沸き立ちよるわ!!
 では、大いに死合おうぞ!!」
 
 マリーナもそれに莞爾(かんじ)と笑い
 「アハッ!いいね!いいねー!アタシャなんだか鳥肌が立っちまったよー。
 アッハハハ!コリャ愉(たんの)しいねぇー!
 さっ!ちっこいアタシ!そこのお嬢ちゃんはスッゴい速さで、しかも遠慮なく急所を狙って来たでしょ?
 カワイソーだけど、ここは殺(や)るしかないみたいだねぇ!?」

 ミニチュアマリーナもそっくりに笑い
 「うんうん、よく分かったよ。
 でもさー、この娘ってば、どーにもなんないほどの速さでもないねぇ?
 アッハハハッ!」

 その笑いに応えるようにして、盤上のカミラーの未来像は、またもや消失したのである。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

神々に育てられた人の子は最強です

Solar
ファンタジー
突如現れた赤ん坊は多くの神様に育てられた。 その神様たちは自分たちの力を受け継ぐようその赤ん 坊に修行をつけ、世界の常識を教えた。 何故なら神様たちは人の闇を知っていたから、この子にはその闇で死んで欲しくないと思い、普通に生きてほしいと思い育てた。 その赤ん坊はすくすく育ち地上の学校に行った。 そして十八歳になった時、高校生の修学旅行に行く際異世界に召喚された。 その世界で主人公が楽しく冒険し、異種族達と仲良くし、無双するお話です 初めてですので余り期待しないでください。 小説家になろう、にも登録しています。そちらもよろしくお願いします。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

死んだのに異世界に転生しました!

drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。 この物語は異世界テンプレ要素が多いです。 主人公最強&チートですね 主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください! 初めて書くので 読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。 それでもいいという方はどうぞ! (本編は完結しました)

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

処理中です...