退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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99話 人はそれを宝の持ち腐れという

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 その激しく明滅する黄色い光を眺めつつ、極めて美しい女児にしか見えない女バンパイアは、その閃光に小さな手を翳(かざ)し、さも煩(わずら)わしそうに目を細め
 「ドラクロワ様。あの無駄乳女めの恐ろしいまでに単純な造りの思考形体から、一体何が生まれ出(いず)ると予想なされますか?
 僭越(せんえつ)ながら、私めの見立てと致しましては、錆(さ)びをふいて欠けた蛮刀か、無骨な戦斧を引っ提(さ)げた、鼻には輪っか、知性の欠片もなく、鈍重この上ない、頭には銀蝿をまとわり付かせた、野蛮な牛頭の戦士辺りが精々かと存じまするが……」
 たっぷりと揶揄を含ませた、最もらしい予想を呈して見せた。

 ドラクロワも眩(まばゆ)い光を嫌忌するように睨み
 「フフフ……。そうだな。だが、俺の予想まで、お前と似たり寄ったりでは興も乗らんし、つまらんな。
 ウム。俺としては、ヤツとて幾許(いくばく)かは魔法を行使出来得る、一応は知性的な人間族というモノの端(はし)くれ。
 ある程度は、その叡知(えいち)とやらを持ち合わせているという、この生物の知的一面を信じ、ここは逆に張ってみるとするか……。
 そうだな、この間のオイラーだかワイラーだかで観た、あの四本腕の蜥蜴(とかげ)の女。アレの名はなんと申したか……。
 ウム。そうだ、あのヤマアラシ(正しくは"アラシヤマ")とか何かではないか?
 剣士同士、どことなく共感し合っておったようだしな。
 ウム、蛮刀を引っ提げた、あの無骨にして愚直・猪突猛進なるヤツを呼び寄せるであろうよ。
 ウム、これに違いない」

 魔王はマリーナの知的一面とやらを全く信じてはいなかった。

 さて盤上では、金髪碧眼の美女戦士の内奥(うち)を具現化せし、渦中の代理格闘戦士が姿を現した。

 その姿とは、元々の肌は色白であろうが、それをよく日焼けさせた、刀傷と野獣の爪と牙による古傷にまみれた半裸の女のようであり、スタイルとしては十二頭身ほどであった。

 そのすらりと伸びた優美な身体、手足、巨大なバストには、各々(それぞれ)深紅の部分鎧を装着し、その右目には、瞳のあろう辺りに大粒のルビーを据(す)えた黒革の眼帯、そしてその反対側の瞳は、健康的で透明感溢れる、鮮やかなサファイアカラーだった。
 そして身体の割りに小さな頭部、そこの豊かな金髪は高く結われており、その先が垂れる背には、恐ろしく長大な斬馬刀を担いでいた。

 つまり、サイズこそミニチュアレベルではあるものの、見まごうことなきマリーナ本人がそこに屹立(きつりつ)していたのである。

 これにはカミラーも、ドラクロワも異口同音に「そう来たか……」と言って唸(うな)った。

 無論、ラタトゥイユ、カサノヴァとその子分達も身を乗り出し、この魔法作用に驚き入っていた。

 この代理格闘遊戯盤をこよなく愛し、それこそ毎夜打ち興じてきた彼等にして、この事態とは未曾有(みぞう)の展開そのものであり、本人の面影を幾らか残し、少し似ている程度ならばいざ知らず、水晶球にふれた本人がそのまま、一切のアレンジもなされず、このようにど真中のストレートに投影されたことなどは、只の一例すらもなかったからである。

 マリーナ本人もブラウンの眉を上げて
 「アレアレ?これってば……もしかしてアタシー!?
 へっ!?どーいうこと!?」
 と、長い人指し指を自らのすらりとした鼻梁と、眼前の盤上の女剣士とに交互に差し、大いに困惑していた。

 その直ぐ後ろに立つ、深紫の襟(えり)高のプロテクターみたいな、細身のレザーアーマーを纏った女アサシンが、貫頭型のマスクの表面を波立たせ
 「フフフ……。流石は我が親友のマリーナだ。
 マリーナ、お前は気付いているか?
 この小さな姿はどんな宝石・財宝よりも貴(たっと)く、そして美しいという事を。
 人は心の中に、どんな純粋な精神を宿しているつもりでも、そこには必ず、身の丈に合わぬ理想、他を圧倒したいという我欲、そして境遇・環境といった、決して好んでは望まぬ、他者より焼成(しょうせい)されし暗い歪(ひず)みといった二面性が存在する。
 だが、これを見ろ!ここにお前自身があるがままに描出されたということ……。
 これはすなわち、お前という人間には裏表、二面性、隠された心の闇などといった類(たぐ)いのものは、皆無・絶無であるということの現れなのだ。
 素晴らしい!!私はお前という人間を尊敬する!」
 そう解説する、シャンの上質なトパーズみたいな瞳は、濡れるようにして潤んでいたという。

 だが、当のマリーナはそれを聴いて顔をしかめ
 「んー。シャン、何かあんがとー。
 でもさ、ソレってさー、何となく褒められてる気がしないんだけどー?
 何かさー、裏表が全然ないって、なんつーかソレ、要はなーんにも考えてないバカみたいじゃない!?アッハハハハハ!!
 ま、いっかー!?
 さーて、ちっこいアタシ!そこの翼の戦士をやっつてけておしまいなさいー!!」
 深紅のグローブの先、長い人指し指を、ビシーッと伸ばして命令した。

 この直後。モヒカンモドキ達は再度、度肝を抜かれ、驚愕することとなるのである。

 何故なら、盤上でラタトゥイユの猫目戦士と対峙(たいじ)する、斬馬刀のごとき剛刀を担いだ美しい立像(スタチュー)が、なんとマリーナに横顔を見せて、小さな深紅のグローブの親指を立て
 「うん!任しときな!!コイツは下手に攻撃しても、その傷がアタシにまんま返って来ちまうんだったよね!?
 フン!それならそれでやりようってモンがあるさ!」
 と本人より1オクターブほど高い声で返事をして、あまつさえ意志疎通をして見せたのである。

 ラタトゥイユはそれに心底、吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)し、腫れぼったい目を精一杯見開いて
 「えーー!!?しゃしゃしゃ、喋ったぁー!?ウソウソウソウソッ!!
 い、今まで代理格闘戦士が、格別に盤の外の事象に反応したことなんて一度もないよー!?
 コレ一体、何がどーなってんの!?代理戦士がたまたま話した言葉が、格別に会話として成り立っているだけなのかなぁ!?」
 突き出た丸い顎を押さえて、オロオロと狼狽(うろた)えた。

 カサノヴァも開いた口が塞(ふさ)がらず
 「おいおいおいおい!!なんだぁコイツ!?マジで生きてるみてーじゃねーか!?
 おいラタトゥイユ!コイツァ断じてたまたまなんかじゃねえぞ!?
 このちっこいのと、この女、しっかりハッキリと会話しやがったぜ!!?
 マジかよ!?ったく、信じらんねぇぜぇ!!
 ん!?と、なるとよー!コリャかなりヤベェんじゃねーか!?
 コイツは間違いなく、お前の代理戦士の弱点、"一発即死"を狙ってくるに違ぇねぇぜ!?」
 言ってから口を押さえたが、既に遅かったようだ。

 170㎝の方のマリーナは勝ち誇ったように、ニヤリとし
 「アッハハハハハッ!!そこの翼の生えた、キンキンキラッキラのヤツは、まともに斬れば斬るほど、こっちがヤバくなるってのはさっきも聴いたよー!
 となればさ、ちっこいアタシ!やれることは一つだよね!?
 アッハハハハハ!よーし!よーし!そいつで一気に決めちまいなー!!」
 眼前の小規模(ミニマム)な分身戦士へと、再び戦闘指示を与えたのである。

 それを開戦合図(ゴング)にするようにして、荒野を模した四角い盤上では、遂に代理決闘が始まった。

 ミニチュアマリーナは、おもむろに背(せな)へと手をやり、クンッ!ザジャーッと鞘走りを鳴らしつつ、真の剣豪だけが放つという、熱さのない燐の炎のごとき鬼気・オーラを全身に纏い始め、実に優雅・典雅とさえいえる動きで抜刀した。

 そしてそのルーンブレイドを中段構えとして、真正面に立てたかと思うと、グーッと下方へと降ろして、そこで、ピタリと静止させ、油断なく構えたのである。

 対するプラチナ一色、猫目の代理格闘戦士は、左右のガントレットの腕を大きく開き、その先の鉤爪を掲げて構えた。

 この猫目戦士の能力の性質上、開始直後にして、正しく一触即発の最終局面であり、見守るギャラリー達も、その張り詰めた空気に思わず固唾を飲んだ。

 流石のチャンピオン、KINGラタトゥイユも滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な渋面となり
 「うわっ!何コイツ!?格別に絶対強いよー!
 わわわわわー!コレは格別本気でやられちゃうかもー!?」

 青年の戦慄もやむ無し。
 何故なら、彼の猫目戦士は、ダメージ反射能力の他には、特筆するほどに突出した、所謂(いわゆる)、白兵戦闘能力には乏しく、この異様な殺気を放つ、一足跳びに迫り来て、一瞬で斬首を極(き)めそうな、そんな剣聖然とした者には、到底太刀打ち出来そうもなかったからである。

 マリーナの剣さばき、その人外の腕前を知る女勇者達が、その美しい代理格闘戦士も、本人ゆずりで同様にあろうと思い、勝利を確信した、その刹那。
 ミニチュアマリーナの大剣が、正しく神速で跳ね上がった。
 
 それは見事な斬撃となり、皆の予想通りに天馬のごとく天へと駆け上り、猫目闘士を即死せしめたかと想われた、が。

 ドッゴンッ!!!

 なんと、それは凄まじい轟音を放って、柄(つか)を握る持ち主である、ミニチュアマリーナの額を、そのルーン文字の刻まれた大剣の腹(真ん中の平らな面)にて、強(したた)かに打ち据えたのである。
 
 皆は、この余りに予想外の行動、強烈な自傷的行為に目を剥いた。

 「マリーナ……。確かにあの代理格闘戦士は受けた損傷を鏡のようにはね返す……。
 が、だからと言って、自らを打てば、それが向こうに返るということではないと思うぞ?
 まぁ、その発想と気持ち、分からんでもない……いや、すまん。ちょっと私に分からない……」
 親友のシャンは、哀しげな遠い目になってうつむいた。

 「えっ!?弱点って、コレの事じゃなかったのかいー!?」
 それに振り向いたマリーナが喚(わめ)くのと、盤上にてミニチュアマリーナが後ろに、ドオッ!と倒れるのとは、ほぼ同時だったという。

 女勇者達とアンとビスは頭を抱え、奥のカミラーは、ニコリともしない、極めて生真面目な顔で
 「ドラクロワ様。この決闘、やはりダメかも知れません」

 世にも美しい、魔界の完全芸術の立像のごとく固まったドラクロワは、ただ
 「ウム。能力とは、最低限の頭脳あってのモノであるな……」
 としかコメント出来なかった。  
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