退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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93話 なんか凄いの出た

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 「そうか、ヒマか。そりゃ大いに結構じゃねーか」
 と返したのは、男女問わず、鋲打ち(スタッズ)黒革ジャケット・アーマーと、頭髪のサイドだけを極端に刈り上げた、揃いの奇抜で珍妙なヘアスタイルという出(い)で立ちの仲間達から、"カサノヴァ"と呼ばれた、小脇に抱いたルリと、つい先ほど凄まじい口吸い(キス)を繰り広げた金髪の青年であった。

 彼は、襟の高い革鎧同様に鉄のトゲが目立つブーツでドラクロワのテーブルへと、トコトコと歩んで、ドサッと勝手かつ無遠慮にそこへ着き、隣の座席の脚を蹴って少し身体から離し、そこの背もたれに黒革の肘を置き、持参した琥珀色のグラスを刺青まみれの手指で傾けた。

 そして、まるでここの店主のごとく堂々と振る舞い、子分達に指差しで指示し、カウンター脇の暗闇になっていた所から奇妙な物体をそこへと持って来させた。

 その物体いうのは、高さ90㎝ほどのテーブルであり、その縦横150㎝の正方形の天板が変わっていて、そこには小さな荒野が拡がっていた。

 つまり、このテーブルには、この町のモンスター避(よ)けの障壁(バリケード)外の風景ような、小さな轍(わだち)、瓦礫や枯れ木、乾いた岩の点在する、今にも小さなガンマンが歩き出しそうな、誠、本物そっくりの実に精巧な作りの景色模型(ジオラマ)が形成されていたのである。

 するとカサノヴァは、その小人の世界を四角く切り取ったような、見事な芸術的テーブルに「ま、ボーッとしてねぇでこっち来なよ」と、気さくにドラクロワを招いた。

 こうしてミニチュア荒野テーブルを挟むようにして、若いモヒカンモドキと魔王がそこに着いた。

 ドラクロワはそこ、模型テーブルの最も手前の部分、その中央に、直径20㎝程の猛獣の眼球のような、ヌルリとした妖しい輝きを放つ、大きな黄色い水晶玉が、厚さ50㎝の天板に半ばめり込むようにして、丸くくりぬかれたそこに、半球のドーム状になるように埋め据えられているのに気付いた。

 そして更に見れば、ドラクロワの向こう側、カサノヴァ青年の前にも、まるで球体コントローラーみたいな、全く同様の水晶ドームが見えた。
 
 そして、待ってましたとばかりに、この二つの黄水晶玉に挟まれた不可思議な景色模型テーブルを中心に、カサノヴァの仲間達が、ワラワラとグラス片手に群がってきた。

 皆一様に痛々しいピアスにまみれ、髑髏(どくろ)、蠍(さそり)、毒蛇に薔薇、魔女、絡み合う曲線、といった色とりどりの刺青ずくしであり、一人の例外もなく、どれもこれも目の周りを黒く塗っていた。

 さて、不健康女の代表みたいなルリが肩に肘を置く、胡散(うさん)臭い美青年カサノヴァが、そのテーブルに両手をついて、タタンッと、上機嫌に指先で叩いて鳴らし
 「よしよし。これで準備は出来たぜ。
 どうだいアンタ。コリャ見れば見るほど中々によく出来てて、チョイと面白ぇだろ?
 コイツはな、随分と昔にこの町の高台に住む、錬金術師の偏屈(へんくつ)ジジィが作ったモンらしいんだがよ、この、そうそれ、ソコんとこの水晶玉に手を載せると、オット待ちなよ、まだだぜ。
 そうすっとよ、ここのちんまい荒野に水晶玉に触ってる人間の見かけとか、背とか筋肉なんかとはあんまし関係ねえ、精神力?魔力?んー、なんだかよく分かんねぇが、何かそんなのに見合った、小さな戦士なり化け物なりが現れてよ、このテーブルの上で決闘が出来るってシロモノな訳よ。
 で、今からコイツでアンタと俺とで幾らか小銭を賭けてやり合おうぜってな感じよ。
 どうだい?田舎(ださ)い首飾りと鎧のニイチャン、コイツァちょいと粋な遊びだとは思わねぇか?」
 クセなのか、カサノヴァは黄金のモヒカンモドキを撫で付けながら、魔導遊戯板を静観する魔王の顔色をうかがっているようだ。

 ドラクロワはいつもの無表情で小さな戦場を見下ろし、次いでカミラーの方を向いて白い華奢造りの顎をしゃくり、それを呼び寄せた。

 「ウム。どうやらこれは、錬金術と精神魔法との混成・融合物だな。中々に面白い。
 カミラーよ。先ずはお前からやってみろ」

 魔王は、間違いなくこの物体に興味津々でありながらも、一先(ひとま)ずはこの、世にも怪しい対戦型格闘の遊戯(ゲーム)を、葡萄酒の入ったガラス壺を手に下げた、美しい幼女にしか見えない女バンパイアにやらせてみようというのだ。

 無論、忠臣にして忠心なるカミラーにNOはなく、一も二もなく「はっ!それでは失礼致します!」と恭(うやうや)しく応え、起立して脇によけたドラクロワに替わって、フリル満載のスカートの尻を押さえて、直ぐ様そこに腰掛け、しげしげと見事な景色模型と水晶玉とを見下ろした。

 それを見たルリが、カチューシャの後ろから左右に溢れる、自らの漆黒の艶のない癖毛を無造作に掴んで、それに乱暴に手櫛(てぐし)を入れつつ
 「おい!お前!ちゃんとカサノヴァの話聴いてたか?
 こいつは精神力と魔力を汲(く)み取ってチッコイ戦士を呼び出して対決するモンなんだよ。
 だから、お前の姪(めい)だか、ガキだか知らねぇけど、こんなクソガキじゃ鼠(ねずみ)も出て来やしねぇよ!
 見苦しく逃げてねぇで、ちゃんとお前がやらねぇか!お前が!」
 手首にも上腕外側にも剃刀(カミソリ)で、ダダダダッと刻み込んだような、ひきつれた傷跡も痛々しい細い腕を伸ばし、魔女みたいな長い深紅の爪をこちらに差して、ヒステリックに喚(わめ)いた。

 だがドラクロワは、元の席に堂々たる態度で掛けたまま微動だにせず
 「ウム。その説明ならさっきも聴いた。となれば俺がやるまでもない。
 このカミラーで充分であろう。姦(かしま)しく喚いてないでさっさと始めろ」
 薮(やぶ)蚊か蠅を追っ払うように手を振る魔王。

 「なっ?テメェ!!」と言いかけるルリに手を挙げて、その口元に人差し指を立てて黙らせるカサノヴァ。

 「ま、なんでもいいわな。いいぜ、その餓鬼女が勝負するんだな。
 ルールは簡単だ。さっきも言ったが、ソコの水晶玉に手を載せっと、この小さな荒野にこーんなチッコイ戦士なり化け物なりが現れる。
 そんでその持ち駒は勝手に戦い出すって訳だ。
 で、この玩具(おもちゃ)は、こっからがよく出来てて、なんと駒同士が咬まれたり刺されたりすりゃ血を流して傷付き、後はただただ死ぬまで殺り合うようになってる。
 そんで当然、勝った方が賭け金を貰う。只そんだけだ。
 じゃあアンタ。そこのチビっ子女に幾ら、」

 不意に、チャリンッと、ドラクロワの着く普通のテーブルが鳴り、そこには無造作に放られた、ズッコケたウェイトレスが落としたお盆みたいに回り踊るプラチナ硬貨が光っていた。

 それを見て若者達がざわめく。

 カサノヴァは、剃り細めた眉の片方をピアスと共に上げ
 「おい。なんだソリャ?そんなの見たこともねぇぞ。
 あんな?そういうアンタのど田舎村だけで通用する変な金じゃダメだ。
 おいおい。アンタ、マジでそれっきゃ持ってねえのか?んじゃ、ここの払いはどーするつもりだったんだ?
 んー、なるほど。別の財布役の仲間と待ち合わせってか?
 まぁ仕方ねぇ、それじゃちっとも話が進まねぇから、ここは俺が貸しといてやる。ホレ」

 どうやら町のチンピラ頭は、新築の平屋一軒を土地ごと買える、このプラチナ硬貨などにはお目にかかった事もないらしく、タメ息を吐きつつ、革鎧の懐から数枚の銅貨を取り出して、黒革の手袋の掌の中で転がして鳴らし、少し腰を浮かせて黒い腕を伸ばし、五枚重ねにしてからカミラーの目の前に置いてやる。

 「じゃ、お嬢ちゃん。その一枚を賭けての勝負だ。
 オメーも、あの後ろの悪い伯父さんもビックリ仰天させてやるぜ、へっ」
 そう言いつつ不敵に笑い、自分の前の黄色い水晶玉に、おもむろに手を置くカサノヴァ。

 すると球の中心核らしき部分から外側に飛び出さんばかりに小さな稲光が煌(きら)めき、水晶の外壁越しにカサノヴァの刺青まみれの手、その掌に接吻(くちづけ)した。

 そうすると、卓上の荒野には、突然に小さな黄色い火柱が、ボウッ!と立ち上がり、直ぐに螺旋を描いて消え、そこには掌サイズの全身が真っ黒い、豹(ひょう)頭の鎧戦士が現れ、手にハルバード(槍の先が斧になった物)を持って立っていた。

 この男、散々とドラクロワの装いを、田舎い田舎いと罵(ののし)っていたが、当のカサノヴァの代理戦士も確(しか)りと漆黒の甲冑姿であった。

 齢(よわい)五千年の女バンパイアの目にも、流石にこれは摩訶不思議に映り、確かな好奇をあおられる魔具にあるらしく、カミラーは「ほぅ」と、小さく唸(うな)って深紅の目を凝らして、その驚くべき魔法作用に驚き入っていた。

 後方のドラクロワも同様であり、少し愉しそうに目を細め、手酌で葡萄酒をグラスへ注ぎ、口へと持って行く。

 ルリから新たな蒸留酒のグラスを頬に付けられ、それに唇を真横に寄せて、ズズッ吸い、少し味わったカサノヴァは、ジオラマのブラックジャガーファイターへと顎をしゃくり
 「美味い。ま、こんな感じよ。この水晶球は触れた人間の特性・人となり、その精神力の強さなんかを如実(にょじつ)に現(あらわ)したモノをバッチシ描いて、まるで生きてるみてーにここに立たせるっつう訳さ。
 見ろよコイツ、ちゃーんと息する度に胸が動いてんだろ?
 どうだ?中々にスゲーモンだろー?
 俺はこのゲームが得意中の得意でな。仲間内じゃ二番手で通ってる。
 ま、殆ど負け知らずってーヤツよ。
 さーてお嬢ちゃんの番だぜ?別に痛くも痒くもねーから、遠慮なくそこの水晶球にそのかわいらしい手を置いてみな。
 へっ、さてさて、ネズミか仔犬か、はたまた蝶々か、へへへ……何が出るかお楽しみだな?」

 カミラーは小さな右手を挙げて、その先、袖口のフリルを捲(まく)り上げ
 「ではドラクロワ様。このカミラーめが見事、お戯れの露(つゆ)払い役を務めさせて頂きまする!」
 と魔王を振り仰いで一礼し、ゆっくりと水晶玉に右の手を置いた。

 するとその黄色い球からは、先ほど向かいでカサノヴァが見せたような、内部から小さな雷光が踊り、カミラーの真珠色の爪の手に電流のごとき指を伸ばして、それを赤く透けさせながら、眩(まばゆ)く輝いた。

 カサノヴァの後ろのガラの悪いギャラリー達は、その橙(だいだい)色の光に照らされ、下卑た笑いを浮かべる。

 彼等の毎夜のお楽しみ、この摩訶不思議な手に汗握る、かつてのローマコロッセオの残酷な見せ物であった、血煙舞う剣闘士対決のごとく、加虐(サド)的にして刺激的な代理決闘遊戯は、今彼等一番のお気に入りであった。

 これに酒を飲みつつ、仕事嫌いな店主が早上がり・休みの時を見計らい、大人達に隠れては朝まで打ち興じ、こうして時折、どう見ても魔法使いではなさそうな部外者を選(よ)っては絡み、その小銭を巻き上げていたのである。


 さて、ミニチュア荒野には先程と同じような火柱が立ち上がったかと思うと、鶏ガラ女のルリがその吊り上がった目を丸くした。

 「な、なんだいコイツは……で、デタラメなデカさだ、よ……」
 その火柱の太さとは、カサノヴァの黒豹戦士登場時の比ではなく、その炎が螺旋に噴き上がって消えた跡には、恐ろしい立像(スタチュー)が立っていた。

 先(ま)ず、その大きさは黒豹戦士の縦横の三倍はあり、酷く筋張った痩身かつ、身体にピッタリと沿うような黒いスーツを着込んでおり、内側が真紅の黒いマントで顔を覆って屹立(きつりつ)していた。

 その壮麗な飾り縫いの闇色ジャケットの下に着た、青白いフリルブラウスから出た手は生白くも屍人を想わせ、その先端には猛禽類のごとき恐ろしい鉤爪が搭載されており、黒マントを掴んだ、金の指環の輝く右手の人差し指は、何の意思表示か、死神の死刑宣告のごとき不気味さをもって、明らかに黒豹戦士の顔を指差していた。

 その皆の度肝を抜く、何ともいえない異様で不気味な佇(たたず)まいに、ドラクロワを除く皆が喉を鳴らして戦慄した。
 彼等にとり、こんな異様・怪異な恐ろしげな肖像を出現させる者は初めてだった。

 常日頃、彼等が額にシワを入れつつ、渾身の集中力でもって出現させ得るものは、その大概が痩せ細って腹ばかりが出た、半裸の小鬼(ゴブリン)か豚顔の戦士(オーク)などが精々で、稀に虎や獅子が出て来ては、ほろ酔いの皆の喝采を浴びていた程度である。

 実際、毎回カサノヴァの呼び出す、先の黒豹頭の逞(たくま)しい勇士は猛者中の猛者、連戦連勝の白星製造機であり、殆ど無敵といってよい程の桁違いの強さを誇り、正しく皆の憧れであり、これによりカサノヴァは愚連隊のリーダーとなったといっても過言ではなかったのである。

 そんな彼等の眼前に、こんな巨人(実際には30㎝に満たない)が出て来るとは……。
 しかも、このピンクのゴージャスな巻き毛の何処かのご令嬢みたいな、ほんの4、5歳の美しい幼女にしか見えない者が、こんな世にも禍々しい戦士を呼び出すとは意外も意外、皆であっと口を開け、揃って恟然(きょうぜん)となり、戦慄する他なかった。

 さて、小さな荒野では、カミラーの黒マントの戦士が徐々にその手を下ろしてゆき、その頭部が段階的に露(あらわ)になってゆく。

 先ず見えたのは、身体の割りに小さな頭部であり、そこは撫で付けた様な見事な黒髪の紳士的なオールバックと映った。
 そして死人のごとき毛細血管の走る白い額に、グッと眉山の高い黒々とした凛々しき眉、それから、もしこれが実物大なら、爪楊枝でも載っかりそうな程に長い睫毛(まつげ)の美しい、赤熱する石炭のごとき爛々と輝く真紅の半眼。
 続いて、すらりとした鼻梁(びりょう)であった。

 その不思議と匂い立つような野性味を感じさせる、タメ息の出るような誘惑・蠱惑(こわく)的な美男子の顔に、ウットリとする女達のみならず、全てのギャラリーは釘付けとなった。
 そう、こんな美しい代理戦士も初めてだったのである。

 しかし、その刹那。ゴロツキの内の女達が小さく悲鳴を上げた。

 それというのも、いよいよその小さなマントの腕が下がり切り、芸術的端正な顔の全貌が見えたと思うと……。
 なんと、その口はバックリと耳まで裂けており、そこから頬白鮫のごとき恐ろしき歯列が現れたのである。

 そこからは観るも恐ろしい牙、牙、牙がゾロリとのぞき、それを包む口唇は端までピンクに捲(めくれ)れ上がっており、その口内と周辺とは、文字通り人を喰ったような、末期の労咳(ろうがい)患者が今まさに大量喀血(かっけつ)したかのように、ダラダラとした粘る真っ赤な鮮血にまみれていたのである。

 その姿は観る者の背筋にゾーッと怖気を立たせる、余りに不気味、かつ奇怪な姿であり、同時に何故か心と瞳を惹き付けられて止まぬ、どうにも目を逸らせ得ぬような、そんな何ともいえない不可思議な求心力・魅力があった。

 魔王は、それを何気なく見下ろしていたが、思わず
 「カミラーよ。そいつは只の」
 と、言葉を溢(こぼ)した。

 カミラーは振り返って、恭しく頭を垂れてピンクの発条(バネ)みたいな巻き毛を揺らし
 「はっ。確かに、私の父に相違なきように見受けられまする」 
 と応えたのであった。  
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