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72話 勝ってカラスの緒を締めるタイプ

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 成金趣味ここに極まれりといった、一面金色の大部屋内で対峙するのは、漁師の娘といわれれば、なるほど!とうなずけるような、痩せた色黒な黄金仮面の聖女と、黒革仮面の妖美なる暗殺者だった。

 その二人を隔てる距離、およそ10メートル。

 腰を落として構えたロマノの華奢な左手の甲の上には、真っ直ぐコーサへと伸ばした中指から、やや曲げた肘を越えるほどの長さを持つ、明らかに魔法物質である、燃える炭のように赤光に輝く光の矢が、甲から一センチほど浮いてV字型に二本、発現していた。

 それが、今、正に発射されんとした時、それを読んだ金仮面のコーサはすでに動いていた。

 この聖女は武器らしきものはおろか、その手には何もなく、完全なる無手であった。
 が、まるで見えない鞭で床を叩くような動作をし、そのまま下げた手を返し、何か太い棘(いばら)の蔦(つた)か、大樹の根っ子を引き抜くような、奇妙な一連の流れるような動きを見せた。

 すると、コーサの痩せた色黒な裸足の足元から、一直線にロマノを越えて、その背後の金色の壁まで、幅にして一メートルほどの白いラインが床へと引かれた。

 それは凍気。白き霜の道であり、シュウシュウと煙のような冷気を立ち上らせたかと思うと、突如、金色の床材を破って、自然とは逆さまに生えた、大小はあるものの、概(おおむ)ね長さ三メートルほどの無数の鋭い氷柱(つらら)が、シャリンシャリン!シャリンッ!!ドドドドドーッ!と信じられない速度で、床下から天井めがけ、斜め上へと爆発的な乱突きで飛び出して来た。

 ロマノは、連鎖爆破のごとく押し寄せ、襲い来る、無数のジャベリンの噴出に驚愕した顔のまま、その魔法の氷槍に足の甲、艶かしい太もも、二の腕、うっすらと脂肪の乗った、官能的な白い腹とを次々と貫かれた。

 コーサは腕時計を見せびらかすような、網を引いたような奇妙なポーズを解き、額の真ん中に填(は)まった、大きなマーキスカットのエメラルドを除けば、一切の装飾のない、つるりとした黄金の仮面、その二つの暗い眼穴の奥から、自らの放った氷魔法の成果を認め、満足したように黒い瞳を細め
 「身のほどを知らぬ、迷い混んだ旅烏(たびがらす)は、少々魔法が使えるかと思いましたが、この程度の者でしたか。
 流石に、これだけの氷柱(つらら)を投げて返すことは出来きなかったようですね」

 鋭い氷に全身至る所を貫かれたロマノは、顎の下からも口内へと氷柱(つらら)が侵入しており、その半開きの口からは白い冷気が漂い漏れていた。
 
 自らの愛する平穏な生活を取り戻す為に立ち上がり、大胆不敵にも大神殿最深部へと侵入した魔法隠者であったが、今は殆(ほとん)ど白眼を剥いて、頭蓋越しに金色の天井を睨んでいるように見えた。

 だが、その余りに酷(むご)たらしく、無残な有り様は、見るものにどこか違和感を持たせる不可思議さがあった。
 それというのも、彼の身体からは一滴の血も出ていなかったからである。

 確かに、ありがちな創作物とは異なり、人体とは何かが突き刺さっても、大きな血管や頸動脈でも破れない限り、即座に、ブシュー!!とか血潮が噴き出す事はない。

 だが、それにしても彼が魔法の氷槍に貫かれてから、かれこれ60秒は経過している筈だ。
 それが未だに一滴の血も流れないのはおかしい。

 聖女がそう不審に思った刹那、冷気の立ち上る槍ぶすまにより固定されたロマノの身体に、ある異変が起きた。

 なんと氷の槍に全身を貫かれつつ、天井方向へと二メートルは持ち上げられた、その身体の指先、そしてサンダルの先から急速に色を変え始めたのだ。

 そうして、即死した骸(むくろ)にしか見えないロマノの身体は、みるみる先端から金属の光沢を湛(たた)え始め、キンキン……パキパキ……と怪音・異音を放ちながら、二、三度瞬きする間に完全なヘマタイトの彫像となったのである。

 その鏡面のごときガンメタルのロマノの額に突如、パキッ!と黒鉄の欠片を散らし、微細なひびが生じ、それは電流のごとく全身を伝播して駆け巡り、遂にバーン!!と氷柱までも折って吹き飛ばすようにして粉々に砕け散った。

 その小規模爆発のような破壊の衝撃に、金仮面の聖女は、思わず交差させた両腕で顔を覆うようにして後退した。

 ロマノだったものは割れた鏡のごとく、バラバラ……サラサラと細かく床に砕け散り、小山となって、未だ燻(くすぶ)る魔法炎に照らされ、欠片(かけら)のそれぞれが、クシャクシャに丸めた銀紙のように煌めき輝いた。

 コーサは「こ、これは、目眩(めくら)ましの変わり身か!?」と叫び、再び目を開けたとき、眼前に謎の赤い光が見えた。

 それは、一足飛びに距離を詰めた、生きた生身のロマノの構えた二本の魔法矢の矢尻であり、正にあっという間なく、それは同時発射され、少女の金仮面の眼穴へと突入し、両の眼球を貫いて後頭部まで抜け、少女の軽い身体をそのまま背後の壁まで吹き飛ばし、そこに正しく釘付けにしたのである。

 頭部を貫かれて、やや上を向いたコーサは、悲鳴も許さぬ一瞬で完全に絶命させられたように見えた。

 だが、烏(からす)のようなマスクのロマノは、その追撃の手を緩めなかった。

 今度も左手の甲に、光で構築されたような、やはり赤く輝く魔法の大弩(クロスボウ)を出現させ、矢尻の幅が30センチを越える、構えた自らの肩を越えるほどの一槍(いっそう)の巨大な魔法矢をそこにかけるや、一瞬の躊躇(ためら)いも、淀(よど)みもなく、それを発射した。

 その銛と呼んだほうが似つかわしい化け物矢は、壁に縫い付けられて伸びきった、ぶら下がった鶏のごとき、少女の細い頚(くび)の真ん中を貫き、無惨にも斬首を果たしたのである。
 
 赤熱の魔法矢を放ったロマノは、すでに踵(きびす)を返しており、ドサッ!とコーサの首から下が、金無垢(きんむく)の床へと崩れるのを見ることはなかった。

 そして忽(たちま)ち閂(かんぬき)の扉へと滑るように歩き、壁に固定されたコーサの頭部、その細い首の切断面から、プシーッ!バシャバシャ!ジョバワーッ!!と、直下にめり込んだ巨大な矢へと溢(こぼ)れて蒸発する赤き撒き水(スプリンクラー)も、頭蓋を貫通した赤熱の魔法矢が内部から脳を沸騰・燃焼させ、両目と鼻、そして口から、ボコボコと沸いた血液、次いで煙と炎とが立ち上るのも振り返らず、陰惨な炎と氷の刑場を後にした。
 

 薄い紫の唇を真一文字にして、ここまで聞いていた魔王ドラクロワであったが
 「ん?ロマノよ、待て待て。その話でいくと、コーサめの暗殺は見事完遂しておるではないか?」

 ドラクロワの言う通り、たとえコーサが魔族、或いは七大女神達に仕える天部族であったとしても、物質の武器でない高等魔法攻撃によってその頭部、脳の完全破壊と斬首を極(き)められては絶命するしかないのだ。

 魔王が思わず怪訝な顔で割り込んだのも当然だった。

 語り手である本日のロマノは、彼らしく銀紫の妖しい唇で艶然と微笑まず、摯実(しじつ)そのものな顔で
 「そうです。コーサは、あの日、確かに私が討ち取りました。
 二十年になります……」 

 「何よソレ!意味が分からないわ!!ムゥ……ンゴゴ……」
 机にちょんまげリボンの頭を突っ伏し、ロマノの話とは無関係な夢を見ていた、泥酔のアランの寝言は、今のこの場面には余りに的確だったという。  
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