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37話 時空鈴
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なんと帽子の男達は命のない骸、生首であった。
彼等は高い草の間に落ち、その弾みで口が開き、月を睨んでいる。
二人が転がり出てきた大樹から、今度は光沢の黒い塊が出てきた。
それは二メートルを越す巨人で、絞(し)まった身体に、貼り付くような黒いマントコートを羽織っており、そのコートの表面は滑(ぬめ)るように艶やかな漆黒の魚鱗のごとき陰影を輝かせていた。
その首から上は、ねずみ色の肌、毛の類いはなにも生えていなく、全てが黒の眼球、鼻から下は十字に裂けており、そこから烏賊(いか)か蛸のような大人の指ほどの触手が這い出て、左右の一際長い一対が森の香りを探るように蠢いていた。
そしてその肩には、大理石より白い、材質不明の両手斧らしき物を軽々と担いでおり、その四角い刃に当たる部分にはベッタリと赤黒い血糊が付着しており、そこに森の羽虫が舞っていた。
ライカンの若い夫婦は声を失って、呆然と黒いマントコートを見上げた。
ねずみ色の頭の巨人は、口元のおぞましい感覚器官をゴワゴワさせ、焚き火を囲む家族を見下ろしていたが
「コキュー、ルロールルル……」
と無気味な小さな音声を上げた。
戦慄してそれを見詰めるライカンの夫は
「な、なんだ?あんたがこの……これをやったのか!?」
激しく狼狽えながら、帽子の後ろがボサボサ髪の首二つと闖入者を代わる代わる見る。
斧を担ぐ巨人は不可思議な音声を、何やら調律、調整するよう、丸で試すように響かせていたが
「あー。フゥホォ!アアアア……ヒュヒュヒュ……ん、これか。この帯域か。聞こえるか?理解か?分かるか?」
大陸の共通語をたどたどしく喋った。
四人家族は不可解な光景に、お互いの顔を見合わせる。
マントコートの巨人は、男の高い裏声と地を這うような低い声を行ったり来たりするような、音程目まぐるしい奇妙な音声で
「これなら、分かるようだ、な。
我は神の旅の守番にある。お前たちは我の狩りを遇なる遭遇により見てしまったようだ。
主は我に言った。忍びて待てと。
ゆえに弱い命のお前達を、これよりつまらなく、面倒だが刈ることにする。
言って伝えしも無駄にあろうが、抵抗をするな。それは甚だつまらなく、そして面倒なのだ」
おぞましくも不思議な声で死刑宣告をしながら、肩の白戦斧を下ろして両手で握った。
その動きに感応するかのごとく、四角い刃の白い斧らしきものの表面に彫り巡らされた、裏表に縦横無尽に延びた血管のようなものが、仄かに緑の淡い燐光を放った。
若いライカンの父親が家族を守るように前に立ち
「あ、あんたが何者かは知らないが、家族に危害を加えないでくれ!
俺達は戦闘型のライカンスロープではないし、争う気もない!
ただ新天地を求めるうちに、この森に出逢い、あまりの美しさに立ち寄っただけなんだ!
今見たことも誰にも他言する気はないし、出て行けというなら直ぐにも出て行く!
だからお願いだ!乱暴は止めてくれ!!」
染め土でカーキに仕上げたシャツの胸に手を置き、誓うように嘆願する。
ここで、アンとビスの脳裏に十数年前の思い出したくもない悲劇の光景である、朝日に照らされた父親の首なしの姿、母親の頭頂から真っ二つに断ち割られた亡骸がまざまざと喚び興された。
ビスが一匹の狂おしき復讐鬼と化し、斧の巨人へ迅雷のごとくに駆け出した。
「アン!!深化!」
アンは父親の足元の樫の杖をひっ掴んで
「分かってる!!」
ビスは火掻きの枝を手にグングンと神の留守番へと迫った。
謎の殺戮者は白い斧らしきものを横に構えたままだ。
ビスの放った枝がその顔面、真っ黒い左目に唸りを上げ、錐のように高速回転しながら飛来する。
木の棒か、と軽く首を捻って交わした醜悪な殺戮者は、直後に顔の左側に一陣の風を感じた。
左頬に痒いような軽い痛み。
褐色の美しい女児ビスは、枝を目眩ましの囮にし、疾風のごとくそこを駆け抜け、すれ違い様に、その脚の爪で灰色の顔を掻き裂いたのである。
森の夜風に蛍光緑の飛沫が乗る。
眼を斬られたかと錯覚し、斧を手放して左手で左の眼を覆って、前のめりにバランスを崩した殺戮者のその十字口に、稲妻のごとく樫の杖が、ズゴッ!と飛び込んだ。
アンが下から槍投げに投擲したのである。
白い斧の殺戮者は、その杖の方向ベクトルに従順に、ねずみ色の頭を後ろへ倒した。
僅かに遅れて黒いコートの体が追随する。
双子の女児らしからぬ、見事な連繋攻撃に殺戮者は、ドザン!と草を潰して仰向けに倒れた。
そこへ双子が、死骸を見つけたハゲ鷹のごとく舞い降りる。
「こいつだ!!パパとママをあんなにしたのは!!
こいつだ!!こいつだったんだ!!」
「許さない!!絶対に許さない!!」
アンとビスは、遠い過去、家族の為に薪を探しに消えた父親の最後の後ろ姿と、その帰りが余りに遅いので、シチューで腹が膨れ、まどろんでしまった自分達を焚き火の近くに置いて、夫を探しに立った朧気な母親の姿を思い出していた。
小さな歯列を、ピキッ!と欠けるほどに喰い縛り、眼から滴を溢しながら、狼犬の顔で夢中になって四肢の爪を剥き出し、引っ掻き、踏みつけ、抉りと、手加減なしの攻撃をを加えた。
「痛っ!!」
突然、アンが叫んだ。
押さえた左手の中指と薬指の爪が根元から折れている。
直ぐに、そこからジワジワと鮮血が溢れてきた。
どういう仕組みか、殺戮者は手もつかず、ブーツの踵だけを大地に付けて、そのまま全身を真っ直ぐに伸ばした姿勢で、フワリと起き上がり、一瞬で直立の姿勢に戻った。
見れば、そのロングコートの漆黒の濡れたような魚鱗が、さざ波のように蠢き、胸に立った、折れた半透明の二つの白い爪を生き物のようにプッと吐き出すように地面に落とした。
殺戮者は十字口にくわえた樫の杖をガリボリと奥の歯で噛み砕き、その破片と木屑を触手でボトボトと口外へ落としながら、顔に刻まれた浅い擦過傷をねずみ色の手の甲で拭い
「なんだ?お前達嬰児(みどりご)は?そんな撫でるがごとき攻撃は、我の致命傷に決して達するに及ばず、ただ無力なのだから止めておけ。一晩やっても二晩やっても我の思うことは、あぁ空なり空なり、ただただつまらぬである」
ボボウッ!!
あれだけ攻めに攻めて擦り傷だけとは、と呆然とする双子の間を、何か大きな物が空を裂いて飛翔し、ダンッ!!と後ろの樹へ刺さった。
そしてボボウッ!と、また空気を千切りながら、その白い飛翔体は手を前に伸ばした眼前の巨人の元へ吸い込まれるように、バシッ!と音を立てて帰還した。
それは投擲された直方体の刃、あの白い斧らしき武器であった。
アンとビスの後方から
「うわあぁー!!」
と、男の叫び声が上がった。
続いて絹を裂くような女の悲鳴。
「あなた!あなたー!?」
双子が振り向くと、左手を上腕から切断された父親が、鮮血を撒きながらスローモーションで仰向けに倒れてゆくところだった。
その肩の下の切断面からは、ビュービューと血液が溢れ漏れ、草の大地を黒く染めていた。
仰向けの顔は夜目にもハッキリと、みるみる蒼白くなっていくのが分かった。
アンとビスは翔ぶように駆けて
「パパ!パパー!」
と四つの掌で切断面を必死に押さえるが、それは血の流出の何の妨げにもならず、ただその小さな指の間から温かい血潮が溢れるばかりである。
痙攣する父親の命が、急速にそこから抜け出ていくのを感じた。
「パパが!パパが死んじゃう!!」
双子とその母親は錯乱し、温(ぬる)い赤い水溜まりで、ベシャベシャともがく父親の血にまみれてゆくばかりだ。
その時。森の奥から
「愚か者!肩口を縛らんか!」
突如、マントの影が暗黒色の電光の如く駆け寄り、その陶磁器のように白い顔の口が天鵞絨のマントを噛み、ザザー!と裂いて、手早く即席の止血帯を作った。
その男は痙攣しながら呻く怪我人を抱き起こし、その肩口を手際よく縛り上げ、見事応急措置を施したのである。
まだ幾分か血液は流れていたが、その止血は上々である。
その男は残りのマントを更に裂いて黒い包帯とし、切断面を覆い包んだ。
アンとビスは、ただそれらを返り血の跳ねた顔で、ハァハァと息を荒げて見守る事しか出来なかった。
幼い双子とその母親は、血走った目と絶望寸前の蒼白い泣き顔で、暗黒色の禍々しい鎧、その黒い炎が逆巻くような流麗なデザインのブーツの上を、何者かと見上げた。
その白い顔は月明かりを浴び、正しく血も凍るような美しさだった。
「俺が只の精神攻撃で終わると思ったか?
あの鈴は魔界伝来の時戻しの時空鈴。
これは夢、幻ではない。過去ではあるが現実だ」
アンとビスはその声を聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃が白と黒のおかっぱ頭を貫くのを感じ、瞬時に、それこそ天啓を得たがごとく、神前組手大会を、自分達がその試合中であることを鮮烈に思い出した。
「で、伝説の勇者……さま?」
二人は瞳孔を一杯に拡げて同時に言った。
ドラクロワは破れかぶれのマントをなびかせ、すっくと立ち上がり
「お前達。俺に永遠の忠誠を誓い、命の日の有る限り、いや、子々孫々未来永劫に俺の偉大さを誉め称え、それを語り継ぐと誓うなら、あの不細工な軟体生物をこの世から欠片すら残さず消してやる。どうだ?」
「は、はい!!!ち、誓います!!」
双子は父と母が助かるのならば、生まれてくる弟か妹が、柔かで暖かな陽の中を笑顔で父と母へと歩けるのなら、今ここで小さな胸をかっ捌(さば)き、その拍動する心臓をすら捧げても構わないと、力の限りに誓った。
「あぁ!!七大女神様!私達の元に光の勇者様をお遣わし下さり感謝します!!
で、伝説の勇者様!貴方の、貴方のお名前は!?」
ビスが全身を粟立てて叫んだ。
魔王は森の青い風に薄紫の髪をなびかせ、恐ろしく不機嫌な顔でこう答えた。
「お前達を救う者。伝説の勇者ドラクロワ、だ」
彼等は高い草の間に落ち、その弾みで口が開き、月を睨んでいる。
二人が転がり出てきた大樹から、今度は光沢の黒い塊が出てきた。
それは二メートルを越す巨人で、絞(し)まった身体に、貼り付くような黒いマントコートを羽織っており、そのコートの表面は滑(ぬめ)るように艶やかな漆黒の魚鱗のごとき陰影を輝かせていた。
その首から上は、ねずみ色の肌、毛の類いはなにも生えていなく、全てが黒の眼球、鼻から下は十字に裂けており、そこから烏賊(いか)か蛸のような大人の指ほどの触手が這い出て、左右の一際長い一対が森の香りを探るように蠢いていた。
そしてその肩には、大理石より白い、材質不明の両手斧らしき物を軽々と担いでおり、その四角い刃に当たる部分にはベッタリと赤黒い血糊が付着しており、そこに森の羽虫が舞っていた。
ライカンの若い夫婦は声を失って、呆然と黒いマントコートを見上げた。
ねずみ色の頭の巨人は、口元のおぞましい感覚器官をゴワゴワさせ、焚き火を囲む家族を見下ろしていたが
「コキュー、ルロールルル……」
と無気味な小さな音声を上げた。
戦慄してそれを見詰めるライカンの夫は
「な、なんだ?あんたがこの……これをやったのか!?」
激しく狼狽えながら、帽子の後ろがボサボサ髪の首二つと闖入者を代わる代わる見る。
斧を担ぐ巨人は不可思議な音声を、何やら調律、調整するよう、丸で試すように響かせていたが
「あー。フゥホォ!アアアア……ヒュヒュヒュ……ん、これか。この帯域か。聞こえるか?理解か?分かるか?」
大陸の共通語をたどたどしく喋った。
四人家族は不可解な光景に、お互いの顔を見合わせる。
マントコートの巨人は、男の高い裏声と地を這うような低い声を行ったり来たりするような、音程目まぐるしい奇妙な音声で
「これなら、分かるようだ、な。
我は神の旅の守番にある。お前たちは我の狩りを遇なる遭遇により見てしまったようだ。
主は我に言った。忍びて待てと。
ゆえに弱い命のお前達を、これよりつまらなく、面倒だが刈ることにする。
言って伝えしも無駄にあろうが、抵抗をするな。それは甚だつまらなく、そして面倒なのだ」
おぞましくも不思議な声で死刑宣告をしながら、肩の白戦斧を下ろして両手で握った。
その動きに感応するかのごとく、四角い刃の白い斧らしきものの表面に彫り巡らされた、裏表に縦横無尽に延びた血管のようなものが、仄かに緑の淡い燐光を放った。
若いライカンの父親が家族を守るように前に立ち
「あ、あんたが何者かは知らないが、家族に危害を加えないでくれ!
俺達は戦闘型のライカンスロープではないし、争う気もない!
ただ新天地を求めるうちに、この森に出逢い、あまりの美しさに立ち寄っただけなんだ!
今見たことも誰にも他言する気はないし、出て行けというなら直ぐにも出て行く!
だからお願いだ!乱暴は止めてくれ!!」
染め土でカーキに仕上げたシャツの胸に手を置き、誓うように嘆願する。
ここで、アンとビスの脳裏に十数年前の思い出したくもない悲劇の光景である、朝日に照らされた父親の首なしの姿、母親の頭頂から真っ二つに断ち割られた亡骸がまざまざと喚び興された。
ビスが一匹の狂おしき復讐鬼と化し、斧の巨人へ迅雷のごとくに駆け出した。
「アン!!深化!」
アンは父親の足元の樫の杖をひっ掴んで
「分かってる!!」
ビスは火掻きの枝を手にグングンと神の留守番へと迫った。
謎の殺戮者は白い斧らしきものを横に構えたままだ。
ビスの放った枝がその顔面、真っ黒い左目に唸りを上げ、錐のように高速回転しながら飛来する。
木の棒か、と軽く首を捻って交わした醜悪な殺戮者は、直後に顔の左側に一陣の風を感じた。
左頬に痒いような軽い痛み。
褐色の美しい女児ビスは、枝を目眩ましの囮にし、疾風のごとくそこを駆け抜け、すれ違い様に、その脚の爪で灰色の顔を掻き裂いたのである。
森の夜風に蛍光緑の飛沫が乗る。
眼を斬られたかと錯覚し、斧を手放して左手で左の眼を覆って、前のめりにバランスを崩した殺戮者のその十字口に、稲妻のごとく樫の杖が、ズゴッ!と飛び込んだ。
アンが下から槍投げに投擲したのである。
白い斧の殺戮者は、その杖の方向ベクトルに従順に、ねずみ色の頭を後ろへ倒した。
僅かに遅れて黒いコートの体が追随する。
双子の女児らしからぬ、見事な連繋攻撃に殺戮者は、ドザン!と草を潰して仰向けに倒れた。
そこへ双子が、死骸を見つけたハゲ鷹のごとく舞い降りる。
「こいつだ!!パパとママをあんなにしたのは!!
こいつだ!!こいつだったんだ!!」
「許さない!!絶対に許さない!!」
アンとビスは、遠い過去、家族の為に薪を探しに消えた父親の最後の後ろ姿と、その帰りが余りに遅いので、シチューで腹が膨れ、まどろんでしまった自分達を焚き火の近くに置いて、夫を探しに立った朧気な母親の姿を思い出していた。
小さな歯列を、ピキッ!と欠けるほどに喰い縛り、眼から滴を溢しながら、狼犬の顔で夢中になって四肢の爪を剥き出し、引っ掻き、踏みつけ、抉りと、手加減なしの攻撃をを加えた。
「痛っ!!」
突然、アンが叫んだ。
押さえた左手の中指と薬指の爪が根元から折れている。
直ぐに、そこからジワジワと鮮血が溢れてきた。
どういう仕組みか、殺戮者は手もつかず、ブーツの踵だけを大地に付けて、そのまま全身を真っ直ぐに伸ばした姿勢で、フワリと起き上がり、一瞬で直立の姿勢に戻った。
見れば、そのロングコートの漆黒の濡れたような魚鱗が、さざ波のように蠢き、胸に立った、折れた半透明の二つの白い爪を生き物のようにプッと吐き出すように地面に落とした。
殺戮者は十字口にくわえた樫の杖をガリボリと奥の歯で噛み砕き、その破片と木屑を触手でボトボトと口外へ落としながら、顔に刻まれた浅い擦過傷をねずみ色の手の甲で拭い
「なんだ?お前達嬰児(みどりご)は?そんな撫でるがごとき攻撃は、我の致命傷に決して達するに及ばず、ただ無力なのだから止めておけ。一晩やっても二晩やっても我の思うことは、あぁ空なり空なり、ただただつまらぬである」
ボボウッ!!
あれだけ攻めに攻めて擦り傷だけとは、と呆然とする双子の間を、何か大きな物が空を裂いて飛翔し、ダンッ!!と後ろの樹へ刺さった。
そしてボボウッ!と、また空気を千切りながら、その白い飛翔体は手を前に伸ばした眼前の巨人の元へ吸い込まれるように、バシッ!と音を立てて帰還した。
それは投擲された直方体の刃、あの白い斧らしき武器であった。
アンとビスの後方から
「うわあぁー!!」
と、男の叫び声が上がった。
続いて絹を裂くような女の悲鳴。
「あなた!あなたー!?」
双子が振り向くと、左手を上腕から切断された父親が、鮮血を撒きながらスローモーションで仰向けに倒れてゆくところだった。
その肩の下の切断面からは、ビュービューと血液が溢れ漏れ、草の大地を黒く染めていた。
仰向けの顔は夜目にもハッキリと、みるみる蒼白くなっていくのが分かった。
アンとビスは翔ぶように駆けて
「パパ!パパー!」
と四つの掌で切断面を必死に押さえるが、それは血の流出の何の妨げにもならず、ただその小さな指の間から温かい血潮が溢れるばかりである。
痙攣する父親の命が、急速にそこから抜け出ていくのを感じた。
「パパが!パパが死んじゃう!!」
双子とその母親は錯乱し、温(ぬる)い赤い水溜まりで、ベシャベシャともがく父親の血にまみれてゆくばかりだ。
その時。森の奥から
「愚か者!肩口を縛らんか!」
突如、マントの影が暗黒色の電光の如く駆け寄り、その陶磁器のように白い顔の口が天鵞絨のマントを噛み、ザザー!と裂いて、手早く即席の止血帯を作った。
その男は痙攣しながら呻く怪我人を抱き起こし、その肩口を手際よく縛り上げ、見事応急措置を施したのである。
まだ幾分か血液は流れていたが、その止血は上々である。
その男は残りのマントを更に裂いて黒い包帯とし、切断面を覆い包んだ。
アンとビスは、ただそれらを返り血の跳ねた顔で、ハァハァと息を荒げて見守る事しか出来なかった。
幼い双子とその母親は、血走った目と絶望寸前の蒼白い泣き顔で、暗黒色の禍々しい鎧、その黒い炎が逆巻くような流麗なデザインのブーツの上を、何者かと見上げた。
その白い顔は月明かりを浴び、正しく血も凍るような美しさだった。
「俺が只の精神攻撃で終わると思ったか?
あの鈴は魔界伝来の時戻しの時空鈴。
これは夢、幻ではない。過去ではあるが現実だ」
アンとビスはその声を聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃が白と黒のおかっぱ頭を貫くのを感じ、瞬時に、それこそ天啓を得たがごとく、神前組手大会を、自分達がその試合中であることを鮮烈に思い出した。
「で、伝説の勇者……さま?」
二人は瞳孔を一杯に拡げて同時に言った。
ドラクロワは破れかぶれのマントをなびかせ、すっくと立ち上がり
「お前達。俺に永遠の忠誠を誓い、命の日の有る限り、いや、子々孫々未来永劫に俺の偉大さを誉め称え、それを語り継ぐと誓うなら、あの不細工な軟体生物をこの世から欠片すら残さず消してやる。どうだ?」
「は、はい!!!ち、誓います!!」
双子は父と母が助かるのならば、生まれてくる弟か妹が、柔かで暖かな陽の中を笑顔で父と母へと歩けるのなら、今ここで小さな胸をかっ捌(さば)き、その拍動する心臓をすら捧げても構わないと、力の限りに誓った。
「あぁ!!七大女神様!私達の元に光の勇者様をお遣わし下さり感謝します!!
で、伝説の勇者様!貴方の、貴方のお名前は!?」
ビスが全身を粟立てて叫んだ。
魔王は森の青い風に薄紫の髪をなびかせ、恐ろしく不機嫌な顔でこう答えた。
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