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29話 力のマリーナ

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 アンとビスは眼前で披露された不可思議な儀式に面食らっていた。

 が、直ぐに過去にも似たような事をした、大陸南部出身の女戦士等が居たのを思い出し、そういう一風変わった鼓舞をし合う者もいるのだな、と納得した。


 女勇者達と一緒になって遠吠えていたボインスキーは、ハタと我に返り
 「いやはや!し、失礼!つい勇者様方の熱気にあおられてしまいました。
 いやはや!今更長々としたつまらぬ前置きなど不要!
 早速、大会戦士と勇者様方!決戦をお始め下さいー!!」
 ゴング代わりに吹奏楽団の勇壮な和音が鳴り渡る。

 いよいよ特別試合の開始である。
 待ちに待った観客等の嵐のような地を揺らす歓声が轟いた。
 
 はためくグリーンの運営側テントの下、大理石の特別席で肘をつくのは領主シラー。

 彼の老獪な加齢で萎縮した脳は忙しかった。

 この特別試合、先ず間違いなくアンとビスの勝利であろう。
 だが、万が一にも有り得ないが、もし勇者達が勝った場合、その想定外を自分にとって最大限の利益になるよう、事故後の変幻自在な立ち回りを必死になって練り探って、それを想定内へと変換していた。


 舞台上のアンとビスは棍を緩やかに回しながら、左右に距離を開けた。

 彼女達は、ハッキリいって女勇者達を舐め切っている。
 勿論、初対面であるマリーナとシャンの闘いは見たことはない。だからその戦闘力などは知る由もない。
 だが、真の強者というものは、戦士の価格をその佇まいを一目見ただけで判断できる。

 この実力だけが真理の闘いの世界に、マンガのような新参者の大番狂わせなど早々あるものではないのだ。

 年齢的には人間でいう19歳の自分達とそう変わらないだろう。
 だが、女戦士と女アサシン達が全身から醸し出す風格とオーラは、どう贔屓目に見ても実戦の足りないヒヨッコそのものであり、自分達のような、必要ならば敵の命を奪うことに何ら躊躇いも見せない、戦士としての覚悟や強靭な戦魂という資質は全くといっていいほど感じられないのだ。

 だが、領主からの指示で、アンとビスは厄介なことに領民や、はるばる他国からこの日のために試合観戦に来てくれている者等を、ある程度以上に満足させねばならなかった。

 断じて、伝説の勇者達が神前組手大会であっさりコテンパンにやられたぞ!ではなく、善戦したもののあと一歩。
 正しく紙一重で、何とかアンとビスが辛くも勝利したぞ!手加減は最大の侮辱と、アンとビスは全力を出し切った!素晴らしく良い試合だった!
 あの伝説の勇者が戦った祭典をこのまま片田舎のものにしておくのは余りにもったいない!
 そうだ!これを我々の力で大陸公式のものとして、次はあの麗しの王都で見たい!!
 という所まで引き上げなくてはならないのだ。

 アンとビスにしてみれば、手加減は幾らでも出来る。
 が、それをいっぱしの評論家気取りの観客も混じる、この群衆に覚られてはならないのだった。
 
 アンとビスは試合運びの面倒さを想い、同時にタメ息を吐いた。


 そこへ雪崩のように、獅子奮迅を想わせる雄叫びを上げ、深紅のチェストアーマーの女にしては大柄な美しい戦士が、刃渡り180㎝ほどの木製のツーハンデッドソードを真横に大きく振りかぶって襲いかかってきた。

 その構えからは、長大な刃でライカン二人をいっぺんに横殴りに打とうとするのが見てとれた。
 
 アンもビスも、心中で肩をすくめて天を仰ぎ、ほとほと呆れ返った。
 今ここは、こんなみえみえの大振りが通用する舞台でも幕でもないのだ。

 マリーナの木製の両手剣は唸りを上げ、大気を千切りながら双子が立っていた空間を通過した。

 それを最小限の動きで見切り、当然のように豪剣を交わすアンとビスのミニスカートが、その刃を追って見送るようにはためく。

 その旋風剣の運動エネルギーを間近に見た2名の感想は。
 (この女戦士。力だけはそこそこあるな。だが、当たらなければどうということはない)だった。
 双子は女勇者への蔑みのギアをまた1速上げた。


 少し前。

 試合直前、再度の魔法検知を済ませ、狭苦しい選手の控えテントで、大会規定からすると禁止である、金属のアーマーからレザーアーマーへと着替える下着姿のマリーナへ、シャンがそっと耳打ちする。

 「マリーナ。いうまでもないが、残念だが実力なら先ほどユリアが指摘した通り、現時点では我々の方がかなりの格下だ。
 だが、私には策がある。聞いてくれるか?」

 壁際で一心に祈るユリアを横目にマリーナは下着姿のまま、引き締まった二の腕の日焼けと白い肌の境目をポリポリと掻いて
 「え?あぁ、そうだね、うん。
 で、その策ってはなんだい?」 

 シャンはテント入り口の両脇立つ、銅鎧姿の女自警団員二人をチラリと窺い見て、更に声を落とし
 「相手はあのアンとビスだ。この試合の勝利条件からすると、降参させて勝つよりは、場外に落とす方が勝利は遥かに現実的であろうと思う。
 勝利条件は、降参でも脱落でもどちらか一方でよい、と二人から取らなくてもよいのだから、玉砕覚悟でアンかビスのどちらかを私が体当たりで場外に落とす。私が先に体を地につけないようにな。
 相手はハッキリいって手強い。だが、我々には利がある。
 それは、アンとビスが我々を圧倒的弱者とみて、油断していることだ。
 だからそこにつけこむ。そこでだ、マリーナには頼みがある」

 マリーナはレースの大きな尻を掻きながらも、作戦に興味津々で
 「なんだい?アンタはアタシよりいつも頭が冷えてて、賢いからさ、何でもいってよ!
 あっ!分かったよ!皆の前で二人してバッと脱ぐんだね!?
 うーん……よし!アタシも勇者だ!分かったよ!下もだね!?任しときな!!」
 長い親指を立てて前に突き出す。

 ユリアは思わずギョッとして祈りを中断し、シャンは細く遠い目をした。 

 「いや違う……。まぁ、いざとなればそれも頼むかも知れない。
 だが、私の作戦はこうだ。先ずマリーナにはスピードを全く度外視した、素人丸出しの大振りで、かつ力任せの攻撃を繰り返し放って欲しい」
 
 マリーナは魔法賢者と一瞬目を合わせ、女アサシンに戻り
 「力任せ?ふんふん。で?」

 シャンがトンファーをクルクルと回しながら
 「人は誰でも、思い込みと慣れに弱い。
 お前が当たれば只では済まん、大樹でさえも根こそぎ吹き飛ばすような強力な打撃を繰り返せば、奴等は次第に、やっぱりこいつ等はろくに技も知らん鈍重な力自慢の者達だな、と認識していく筈だ。
 それに加え、アンとビスは恐らくシラーの息のかかった運営側の人間だ。
 先ほどの戦いの陰惨な空気を払拭するためにも、この最後の戦いを必死に盛り上げにかかるだろう。
 だから序盤にて、あっけなく瞬時に勝負を決するまでにお前を攻めこむことはない、と思う。
 そこで、私が最速でその隙に飛び掛かる、という作戦だな。
 私は一槍の銛になったつもりで、命懸けのスピード攻撃を放つつもりだが、それを引き立てるのはお前のパワーだ。分かるな?」

 マリーナは口をポカンと開け、目を白青させていたが
 「はーん、なるほどね。昔、親父との組手で、速いのばっかなら段々目が慣れて来て、割といい感じにチャンバラやれるけど、それに遅いのを混ぜられると一気にやりにくくなるのと、反対だけどおんなじだね!?」

 シャンが満足そうに首肯し
 「そうだ。お前は賢い女だ。それでいこうと思う。だが……」
 美しいアサシンはマスクの下で口ごもった。

 マリーナは気丈に真っ赤な唇の口角を上げて
 「大丈夫!アタシは頭は弱いけどさ、体は頑丈に出来てるからね!!」
 日焼けした力こぶを見せ、勝負を決するまでにではないにしろ、自らがしばらくの間、あのアンとビスの攻撃の的になることを理解し、そして覚悟した。

 シャンはトパーズの眼を瞑り
 「すまん。お前には損な役回りをさせる」

 金髪を高く結った美人は着替えを済ませて 「なーにいってんだい!?アタシは伝説の勇者だよ!?アハハハハ!」
 屈託なく笑いながら深紅のブーツの口を引っ張った。

 ユリアは黙って祈ることしか出来なかった。
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