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第19話 幻影
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おれは自分の耳を疑った。
「え、オリフィスさん今なんて?」
「ん? ああ、おれの加護で潜入するって」
「加護って……精霊の加護?」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
もしかして、この人も精霊の加護を持ってる感じ?
「いや、他にも加護持ちがいたんだってびっくりしてる」
「ああ、そういうことか。でもそれで言ったら、ナナ以外うちは全員加護持ちだぞ」
「……マジで?」
なんだそれ。精霊なんてそんじょそこらにいるわけじゃなくて、貴重な存在のはずなのに。
そんな加護持ちが集まってるなんて、うちの組織って実はトンデモ集団なんじゃ……。
「いいか、手短にいろいろ説明するから聞いてくれ」
「はい」
「まずあの建物、アールズ不動産のビルについてだが、下の2階とか3階は普通の従業員たちが働く一般的なオフィスとなっている。何階からか知らないが、上層階はボスと幹部クラスしか上がれないっていう社内での決まりらしい」
「となると、やっぱり怪しいのはその上層階ってことか」
「ああそうだ。そして、おれに与えられた精霊の加護……力の名を"幻影"という」
幻影……。まぼろしってことだよな。
「自分の思い描いたものを幻として作り上げることができる。実体はないから触っても透けるだけだけどな」
「そんな加護があるんだ」
それって使い方次第で相当強力な武器になるんじゃ……。
「ということでおれの幻影を使って、まずはアールズ不動産の社員に変装する。こうなることも予想して、事前に何人かの社員の顔や体型を覚えてきたからな」
用意周到。なんて手際がいい先輩なんだろ。
「ぼーっとすんな、行くぞ」
「え、ちょ、まっ……え?」
『まだ変装してねぇじゃん』って言おうと思ったら、そこにいたのは見知らぬ人だった。
まさか、もう一瞬でアールズ不動産の社員に化けたのか?
オリフィスさん……と思われる人に腕を引かれ歩みだすと、おれは自分が着ている服が変わっていることに気づいた。
「オリフィス……さん……?」
「その名で呼ぶな。とりあえず"先輩"って呼んでくれ」
「先輩、もしかしておれ、いま顔……変わってる?」
「ああ、しっかり別人に仕立て上げた。ビルに入ったら社員になりきるんだ。特別なことはしなくていい。動揺せずに歩いてればそれでいいから」
落ち着く暇もなく、アールズ不動産のビルの前にやってきた。
「行こう」
「うっす」
変装したおれたちは、当たり前のように正面からビルに入った。
受付の社員さんに『お疲れ様です』なんて、それっぽく挨拶して、とりあえず階段で2階に上がることに。
階段を上がる最中に、オリフィスさんはおれも含めてまた顔を変えた。今度は実在しない人物の顔にしたようだ。
「化けた本人に出会ったらおしまいだからな。とりあえずこのまま上の階まで行ってみようか」
ひたすら階段を登っていき、4階から5階に向かおうとした時だった。このフロアにいた社員の人に声をかけられた。
「ちょっと君ら、上に何のようだ。幹部の人間以外、上がったらダメだろうが」
オリフィスさんが言ってたとおりだ。
「ああ、すみません。まだ入社したばっかでそういうの知らなくて。気をつけます」
オリフィスさんがすかさず返答してくれた。見られていては上がることができないので、一旦トイレに避難することに。
ちょっと緊張して尿意も出てきたとこだったから、ついでに用を足した。
それからずっとトイレにいるのも他の社員が入ってきたら怪しまれるから、少し待ってから再び階段へ向かった。
「よし、誰もいない。行くぞ」
音を立てずに走って階段を駆け上がった。
──5階。下までとは打って変わって、空き家のようにがらんとしていた。
細心の注意を払ってフロア全体を調べたけど、基本物置ばかりで人は誰もいなかった。
──6階。階段を登って6階に上がる手前の踊り場で、おれたちは足を止めた。人の声がしたからだ。
「兄貴もなかなか酷《ひで》ぇことしますね。立ち退きさせるのに娘を攫ってくるなんて」
「金積んでも動かねぇやつは大事なもん壊すしかねぇんだよ。あの娘、逃がすんじゃねえぞ」
「へい」
心臓が跳ね上がった。
推測でこのビルにやってきたけど、間違いなくリンちゃんがここにいることがわかった。
「オリフィスさん、あいつら押さえますか?」
「いや、それでリンちゃんの居場所を吐く保証はない。ここはおれに任せてくれ」
今の2人の男はエレベーターへ向かった。兄貴分の方だけがエレベーターに乗り、どうやらさらに上の階へ行ったようだ。
それをまたオリフィスさんは精霊の力を使い、今度はさっきの兄貴分の姿へ変身した。
さすがにここで出ていくわけにはいかないので、しばらくしてオリフィスさんは部屋に入った子分のもとへ向かった。
あの部屋は幹部たちのオフィスってとこか? おれは隠れて出来るだけ部屋の方へ近づき、声を聞いていた。
「あれ、兄貴、上に用があったんじゃないんすか?」
「ああ悪い、例の娘、どこに連れてったんだっけ?」
「それなら10階の物置部屋っすよ。おれらが見ておくから大丈夫っすよ」
10階にいる……! そうと分かれば急いで上まで……!
振り返った途端、何者かに顔面を殴られた。殴ってきたやつは、他の奴らと同じように黒スーツを着たガタイのいい男だった。
「誰だお前、ここで何をしている」
……完全にしくじったわ、これ。
「え、オリフィスさん今なんて?」
「ん? ああ、おれの加護で潜入するって」
「加護って……精霊の加護?」
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
もしかして、この人も精霊の加護を持ってる感じ?
「いや、他にも加護持ちがいたんだってびっくりしてる」
「ああ、そういうことか。でもそれで言ったら、ナナ以外うちは全員加護持ちだぞ」
「……マジで?」
なんだそれ。精霊なんてそんじょそこらにいるわけじゃなくて、貴重な存在のはずなのに。
そんな加護持ちが集まってるなんて、うちの組織って実はトンデモ集団なんじゃ……。
「いいか、手短にいろいろ説明するから聞いてくれ」
「はい」
「まずあの建物、アールズ不動産のビルについてだが、下の2階とか3階は普通の従業員たちが働く一般的なオフィスとなっている。何階からか知らないが、上層階はボスと幹部クラスしか上がれないっていう社内での決まりらしい」
「となると、やっぱり怪しいのはその上層階ってことか」
「ああそうだ。そして、おれに与えられた精霊の加護……力の名を"幻影"という」
幻影……。まぼろしってことだよな。
「自分の思い描いたものを幻として作り上げることができる。実体はないから触っても透けるだけだけどな」
「そんな加護があるんだ」
それって使い方次第で相当強力な武器になるんじゃ……。
「ということでおれの幻影を使って、まずはアールズ不動産の社員に変装する。こうなることも予想して、事前に何人かの社員の顔や体型を覚えてきたからな」
用意周到。なんて手際がいい先輩なんだろ。
「ぼーっとすんな、行くぞ」
「え、ちょ、まっ……え?」
『まだ変装してねぇじゃん』って言おうと思ったら、そこにいたのは見知らぬ人だった。
まさか、もう一瞬でアールズ不動産の社員に化けたのか?
オリフィスさん……と思われる人に腕を引かれ歩みだすと、おれは自分が着ている服が変わっていることに気づいた。
「オリフィス……さん……?」
「その名で呼ぶな。とりあえず"先輩"って呼んでくれ」
「先輩、もしかしておれ、いま顔……変わってる?」
「ああ、しっかり別人に仕立て上げた。ビルに入ったら社員になりきるんだ。特別なことはしなくていい。動揺せずに歩いてればそれでいいから」
落ち着く暇もなく、アールズ不動産のビルの前にやってきた。
「行こう」
「うっす」
変装したおれたちは、当たり前のように正面からビルに入った。
受付の社員さんに『お疲れ様です』なんて、それっぽく挨拶して、とりあえず階段で2階に上がることに。
階段を上がる最中に、オリフィスさんはおれも含めてまた顔を変えた。今度は実在しない人物の顔にしたようだ。
「化けた本人に出会ったらおしまいだからな。とりあえずこのまま上の階まで行ってみようか」
ひたすら階段を登っていき、4階から5階に向かおうとした時だった。このフロアにいた社員の人に声をかけられた。
「ちょっと君ら、上に何のようだ。幹部の人間以外、上がったらダメだろうが」
オリフィスさんが言ってたとおりだ。
「ああ、すみません。まだ入社したばっかでそういうの知らなくて。気をつけます」
オリフィスさんがすかさず返答してくれた。見られていては上がることができないので、一旦トイレに避難することに。
ちょっと緊張して尿意も出てきたとこだったから、ついでに用を足した。
それからずっとトイレにいるのも他の社員が入ってきたら怪しまれるから、少し待ってから再び階段へ向かった。
「よし、誰もいない。行くぞ」
音を立てずに走って階段を駆け上がった。
──5階。下までとは打って変わって、空き家のようにがらんとしていた。
細心の注意を払ってフロア全体を調べたけど、基本物置ばかりで人は誰もいなかった。
──6階。階段を登って6階に上がる手前の踊り場で、おれたちは足を止めた。人の声がしたからだ。
「兄貴もなかなか酷《ひで》ぇことしますね。立ち退きさせるのに娘を攫ってくるなんて」
「金積んでも動かねぇやつは大事なもん壊すしかねぇんだよ。あの娘、逃がすんじゃねえぞ」
「へい」
心臓が跳ね上がった。
推測でこのビルにやってきたけど、間違いなくリンちゃんがここにいることがわかった。
「オリフィスさん、あいつら押さえますか?」
「いや、それでリンちゃんの居場所を吐く保証はない。ここはおれに任せてくれ」
今の2人の男はエレベーターへ向かった。兄貴分の方だけがエレベーターに乗り、どうやらさらに上の階へ行ったようだ。
それをまたオリフィスさんは精霊の力を使い、今度はさっきの兄貴分の姿へ変身した。
さすがにここで出ていくわけにはいかないので、しばらくしてオリフィスさんは部屋に入った子分のもとへ向かった。
あの部屋は幹部たちのオフィスってとこか? おれは隠れて出来るだけ部屋の方へ近づき、声を聞いていた。
「あれ、兄貴、上に用があったんじゃないんすか?」
「ああ悪い、例の娘、どこに連れてったんだっけ?」
「それなら10階の物置部屋っすよ。おれらが見ておくから大丈夫っすよ」
10階にいる……! そうと分かれば急いで上まで……!
振り返った途端、何者かに顔面を殴られた。殴ってきたやつは、他の奴らと同じように黒スーツを着たガタイのいい男だった。
「誰だお前、ここで何をしている」
……完全にしくじったわ、これ。
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