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ジーランディア大陸編

【七陸・第四話】ピコルア

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 七つの大陸~異世界転生した勇者の奇妙な人生~


 ……ふと我に返るとタウィリとアロハは何やら話をしている。


「何度も言っているが、夜になると『魔獣』の動きが活発になるから外はとても危険じゃ! さっさと屋敷に入って、ホットなメシでも食おう!

 ……ところでアロハよ、本日のディナーは何じゃ!?」


「も~う、そんなこと言ってぇ、魔獣まじゅうなんてアロハまだ見たことないしぃ、ホントにいるのか怪しいやんか!?」

 眉をしかめて、疑惑にくるまれた顔をタウィリに向けている。


「そりゃ、暗くなる前に家の中に居ればおほかた安心じゃ! まぁ、この屋敷自体が魔獣除けになってるし、アロハは心配しなくても大丈夫じゃよ!」

 腹に一物を隠して、じっと抑え込んでいるような表情のタウィリ。


「心配とかじゃなくて、一度でいいから魔獣に会ってみたいもん!」

 グリーンに染められたぷるっぷるの唇を少し尖らせ、むずがる子供のように地団太を踏む。


〈きっと、好奇心旺盛な年頃なんだろうって、アロハはいくつなんだろ!?

 魔獣とか物騒な単語を発していたような気がするけど……〉

 無邪気なアロハを見ていると、胸に光が射すような感覚に包まれていた。


 タウィリは、胸部まで伸びた髭を梳《と》かしながら困惑した表情をしている。

「……には、何れ会える筈じゃよ! そんなことよりも今宵こよいは小僧ォの歓迎会じゃー!」


「も~う、またはぐらかすぅ…」…アオの面体めんていをチラッとみるアロハ。

「おじいやんの大好物のハ・ン・ギ・だ・よ!

 ……そろそろ蒸し上がるところだから、君もテーブルに座って待っててね!」


「またぁ、ハンギか! 死ぬ前にもう一度だけ、王都の『ビストロ・トヨウケ』のメシを鱈腹たらふく食いたいのう!」

 ……タウィリは寂しそうな表情でうつむき、一つ大きな溜息ためいきをついた。


「そもそもぉ、おじいやんは絶対に死なないし、それにぃ、贅沢は言っちゃ神罰しんばつが下るんだぞ! アロハがアカデミーに遊学ゆうがくした暁には、ビストロ・トヨウケにおじいやんを招待するんだもん! それまでは、ハンギで我慢してね!」

 子供をさとすような優しくあたたかい目のアロハ。


 アロハの言葉を聞いたタウィリの表情が急激に変わった。

 黙っていると最恐さいきょう顔のタウィリの表情が、急激に穏やかな恵比須顔えびすがおに変わった。

「王都で一番のメシかぁー! そうかそうか、今から楽しみじゃ! ワシもまだまだ死ねんのう!」

 嬉しそうなタウィリを見て、愛嬌のある八重歯をみせ、アロハは最高の笑みを浮かべた。


 自分の存在が何者なのか分からないアオ……。

 アロハの光、老人と孫娘の喜劇きげきを見ていると、不安な心を癒しにやって来た流星だと思えた。


 木目の際立つ大き目な玄関扉の取っ手を引き中へと入って行くアロハ。


「ところで、タウィリさん、ハンギって何!?」


「ハンギとは、地面に穴を掘って、焼いた岩石に魚肉や野菜などを蒸し焼きにする、この地方の伝統料理じゃ! ポピュラーな料理なのじゃが、貴様ァは食べたことがないのか!?」


「そりゃー、ローストビーフベジタブルだったら、食べたことがあるっしょ!」
 

「ハンギはじゃな……」

 ここから数分間、ハンギのことを根掘り葉掘りと語り始めたが、話をまとめると何十万食も食し、昔々むかしむかしに食べ飽きたみたいだった。


 ……まるで影のドンような後ろ姿のタウィリに続き、屋敷に入るとひのきかんばしい香りがアオの鼻をかすめる。

 先ず目に飛び込んできたのは、古い映画のセットかと見紛みまがうような、紅赤べにあか絨毯じゅうたんと、北欧から取り寄せたようなアンティークソファと純白に輝いたのローテーブルが一卓。

 笠に包まれたランタンの光は遠くまで伸びず、明かりの質も温かで柔らかい。

 リビングの右奥には、白い長方形のダイニングテーブルがあり、朱色しゅいろのテーブルクロスが掛けられ、マシュマロのような丸椅子が四脚、テーブル上の花瓶には色とりどりの蓮の花が和風調にアレンジメントされている。

 ダイニングの奥には、年季の入った大きな胡桃色くるみいろの石窯があり、アロハが料理の盛り付けをしている。アオがリビングに足を踏み入れるとひのきの香りに交じり、何ともいえないおいしい匂いがしてきた。

 そして、リビングの左奥には磨き上げられた鏡のように光る廊下があり、三部屋の扉が薄っすらと見える。


「……擦り傷を見せてみろ!」

 鬼か獣のような体つきのタウィリは、アオの耳元でドスの効いた声でささやいた。


 肩と腸がビクッと動いてお腹がグーッとなるアオ。

「……あぁ、こんな掠り傷、唾付けとけば治っちゃうよ! タウィリさん心配してくれて、ありがサンクス!」


「はて? ありがサンクス…そうかそうか、そりゃ要らぬ心配じゃったな。

 ……ところで、貴様ァの年はいくつじゃ?」

 タウィリは、記憶をさぐるように首を右にかしげた。


「えっ!? ……18歳だけど、何でそんなことを聞くの!?」

 ……自分の名前は忘れてるのに年齢を覚えている所が不思議。

〈俺のこの曖昧な記憶…正しいのか、間違いなのか、いったいどっちなんだ!?〉


「ゥほッ! 貴様ァは18歳かぁ! じゃったら、ワシと一緒に酒が呑めるのう!」

 タトゥーに覆われた顔を嬉しそうに黒く輝かせ、息を弾ませるタウィリ。


 未成年のアオは、法律上では18歳にならないとアルコールは飲めない……。

 しかし、アオは15歳のころ大事故にあい、大切な人を亡くし自暴自棄になり、恐怖と罪悪感から逃れるためにアルコールに浸かってしまった。

〈あれぇ、俺は何で自暴自棄だったのだろう!?〉

 糸をたぐるように過去の出来事を思い出そうとするが、モヤモヤが現れたので脳を遮断しゃだんした。


「のけ者にしてずるぅーい! アロハもお酒が飲みたすぎるよぉー! ねぇ、おじーやん、チョットだけいいでしょ!?」

 キッチンから飛び出してきたアロハは、両手の掌を顔の前で合わせタウィリにウインクをしている。


〈メチャムチャ可愛すぎる! 俺だったらアロハに飲ませちゃうけどなぁ…タウィリさんって、あんな最恐さいきょう顔のくせして、意外に真面目っしょ!〉


「アロハはまだ15歳じゃから、飲酒できるのは100日後じゃな。

 ……アカデミーに遊学ゆうがくした暁には『幻酒・レワレゴロシ』で乾杯じゃー!」


「おじーやん…絶対に絶対に約束だぞー!」

 喜びを頬に浮かべ、独特なステップでキッチンに吸い込まれていくアロハ。


 ありのままの姿で、かけがえのない存在と思いあっているタウィリとアロハの姿。

 タウィリとアロハの機微きびに触れた気がした。


〈……どうやらこの国では、16歳から飲酒ができるらしい。幻酒・レワレゴロシも密かに気になるけど、アカデミーって学校のことだよな!?〉

 色々な思考が頭脳の中に渦のように描かれるアオ。


「小僧ォ、これは幻酒じゃないが、チェロ芋の酒じゃ!」

 大きな樽を持ったタウィリがキッチンからひょっこり現れて、純白に輝いたローテーブルの上に豪快に置いた。そのタイミングで、アロハがトライバル調にデザインされた木製グラスをテーブルにそっと並べる。

 そして、葡萄色ぶどういろの液体が木製グラスに注がれると甘い香りが広がる。


〈あれぇ!? 芋の酒なのに葡萄色ぶどういろをしているっしょ!?

 これって、どう見てもワイン色だよなぁ…〉

 アオの疑問もそのままに号令がかかる。

「――命と愛が永遠に続くように!!」
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