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第4章 天空からの贈り物

78話 再び日常へ

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「───ァ...。」

途切れていた意識が戻ってきた気がした。自分の瞼は閉じているが、外は太陽の光が差し込んで明るいことがわかった。手を誰かが握っている感覚がした。

「──こっ、ここは...?」

「よかった、悠貴目が覚めたのね。」

視界がぼやける中、声がした方へ視線を向ける。

「あぁ、ミラか。ずっと看ててくれてたんだな。ありがとう。」

徐々に目が外の明るさに慣れてきて、ずっと手を握ってくれていたのがミラだとわかった。どうやらここは病室らしい。自分で歩いた記憶がないため、みんなが運んでくれたのだろう。

「お礼を言うのは私のほうだよ。私のためにレイと戦ってくれたってみんなから聞いたよ。ありがとう、悠貴」

ミラはそう言うとベッドで横たわる悠貴の頭を優しく撫でた。
ミラは自分が途中から目覚めており、悠貴が戦っているのを間近で見ていたことを言わず、本当に他のみんなから聞いたかのような口調で話した。

「それにしてもお腹すいたなぁ。俺ってどれぐらい寝てたんだ?」

「そうね、今日で4日目かな。あんまり寝すぎるものだからみんな心配してたよ。」

「そりゃあ心配するのも無理ねぇな。すまん。」

自分が3日も寝てたことに驚きつつ、ご飯を食べるために体を起こそうとする。
しかし、まだ完全に傷が癒えていないのか体に痛みが走る。さらに、久しぶりに体を動かそうとしたため体が思い通りに動かずベッドに倒れてしまう。
ミラに支えてもらってなんとかレグルスは体を起こすことができた。

「あっ、ありがと...」

レグルスは恥ずかしさからミラの方には顔を向けず俯いてそう呟いた。






「───ッ」


突然、左の頬に何か柔らかく、温かいものが当たった気がした。ミラがレグルスの左頬にキスをしたのだ。
レグルスは慌ててミラの方を向く。レグルスの左手はまだ残る温かさを感じるために無意識に頬に触れていた。
ミラは頬を紅潮させていたが、すぐに笑顔を作り、

「レグルス、本当にありがとう。この恩は一生忘れないから」

溶けてしまいそうなほど優しい声でそう言った。ミラの頬に綺麗な涙が伝った。病室には美しい光が差しこみ、その光に照らされたミラはキラキラと輝いているように見える。

「キスをするなら口にしてほしかったなぁ」

「茶化さないの!まぁ、でもそうね今後の悠貴のがんばり次第では口にキスしてあげてもいいかもね。」

レグルスは茶化した口調で返してきたが、ミラの言葉を真面目に受け取ったということがわかったので、ミラも茶化した口調で返した。

「「──プッ」」

思わずふたりは吹き出してしまった。
白一色で統一された寂しい病室は、ミラとレグルスの笑い声で満たされていた。
――――――――――――――――――――――――
「もう行っちゃうのか?」

「はい、いろいろとお世話になりました。」

レグルスが一時的に入院をしている病院の前に一同は集まっていた。
ガブリエルが天空界へ帰ると言うのでみんなでお見送りしているのだ。
今のガブリエルは頭上には天使の輪がきちんと付いており、背中からは立派な純白の天使の翼が生えている。これぞ大天使ガブリエルの名にふさわしい容姿である。
ガブリエルなどの脱落者ドロップは地上でそれ相応の功績を残せば天空界に帰還することが許される。今回の場合は堕天使ミカエルを倒したことで天空界への帰還が許されたのだ。
竜の血であるカンナもガブリエルと同様に天空界への帰還を許されたのだが、

「やはり、カンナ様は地上に残られるのですね?」

「うん、私は今まで通り悠貴たちと地上で暮らすようにするよ。」

天空界に帰還することを拒否したのである。
カンナの決断をしかと受け止めたガブリエルは「わかりました」と小さく呟き、カンナの元へ歩み寄り、片膝を地面につけて、

「これを受け取って下さい。これは天使の笛です。万が一カンナ様の身になにかございましたら、この笛をお吹き下さい。その時は私が直ちに駆け寄り、カンナ様の護衛をいたします。」

そう言ってカンナに金色に輝く笛を渡した。

「皆さま、大変お世話になりました。このご恩はいつかお返しします。」

「こっちもいろいろありがとな!じゃあな!元気にやれよ!」

レグルスたち一行は手を振りながらガブリエルの旅立ちを見送った。
翼を広げたガブリエルは5メートル程あって迫力があった。
レグルスたちはガブリエルが見えなくなるまで手を振っていた。
レグルスたちのハワイでの出来事はこれにて一件落着である。
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「全然一件落着じゃねぇよ!ほとんどハワイを満喫できてねぇじゃん!俺たちはバカンスに来たんだよ!わざわざハワイに戦いに来たんじゃないんだよ!」

「ギャーギャー、ギャーギャー、うるせェぞ!もう少し静かにしやがれ。」

その日の晩。レグルスとアクセルは一緒にホテルの温泉でジャパニーズ裸の付き合いをしていた。
確かにレグルスの言うとおり彼らのバカンスの描写がほとんどなかったので少し書いていこうと思う。

「明日どこいく?どこか行きたい所ある?」

「あァ?んなもん特にねェよ。てめェらの行きてェ所に着いてくからよ。」

「つまんねぇやつだな。」

レグルスたちに残されたバカンスの時間はあと1日だけ。明日をどのように過ごすか考えようとする。しかしこの2人、ハワイに行くというのになんの予習もしてこなかったため、ハワイに何があるのかすらわかっていない。なので話は女子サイドに移動する。

「ねぇねぇ、明日どこいく?」

「ショッピングモールはどうかな?ハワイでしか買えない服とか買ってみたいし!」

「ロコモコとかも食べてみたい!」

「海!」

一方の女子サイドも現在温泉で戦いの疲れを取っている最中さいちゅうである。女子の4人は予習をしてきているため会話が弾む。
話し合いの結果ショッピングモールに行くことになった。
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「へぇ~、こりゃすげぇ!」

翌日、レグルスたちはハワイにあるショッピングモールに来ていた。ネットなどでかなり大きいとは聞いていたが、実際に見てみるとその迫力は言葉も出てこないほどだ。
興奮したミラとカンナとアルケナはまるで子どものように先に走っていき「早く早く!」と催促する。それに対して「はいはい、ショッピングモールはどこにも逃げないから落ち着いて」と残りの3人が着いていく。
ミラもカンナもアルケナも見た目こそ幼いが、実年齢的にはみんなレグルスよりもはるかに年上なのだが、精神年齢は見た目通りなのだろうか。

「わぁ~!全部英語だぁ~!何書いてるか全くわからな~い!」

中に入るとたくさんの人で賑わっていた。当然ながらモールの中にある店や案内板、ポスターはほとんど全て英語で書かれている。ずっと日本にいたミラたちには英語に囲まれているこの状況が新鮮なのだろう。
実はレグルスも海外に行ったことがないため、内心ではとても興奮している。

「なぁ、亜人って英語しゃべれないの?ほら、日本語はペラペラじゃん。だから英語も...」

「英語は勉強しなきゃしゃべれないよ。亜人が日本語をしゃべれるのは、もともと亜人界の言語の発音と意味が日本語とほとんど同じだからなの。これが『主人公が転生した異世界ではなぜか日本語が通じる』みたいな日本アニメ界で言う『主人公補整』ってやつね。」

「なるほど...。」

レグルスの質問に対して凛がそう答える。
それにしても、

「そんな『主人公補整』とかその例えの話とか、いったいどこで学んだんだ?」

「そっ、それは、その...、アニメ見ている時の悠貴の独り言から......。」

「えっ、俺そんなに独り言を言ってるんだ。恥ずっ!」

凛が顔を紅くしてそう答える。それを聞いたレグルスも顔を紅くする。
なんだか気まずい空気になったので話を進めるとしよう。
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凛が英語を勉強していたため英語がしゃべれるということで、凛の英語力を頼りに一行はショッピングモール内を見て回った。
女子たちは服を買ったり、女子が服を買い終わるのを男子が待ちぼうけていたり。
お昼ごはんには食べたがっていた現地のロコモコを食べた。
午後からはモール内にある映画館で映画を見た。が、上映開始2分で英語がわからないことに気がついた凛以外のメンバーは何を言っているのかわからない映画を2時間満喫した。
そして、今に至る。

「はぁ~、面白かった!特にあのシーンは泣けたね!」

「俺たちにはどこのシーンで泣けたのかさっぱりわかりません...。」

「なんで入る前に気づかないかなぁ~?」

ショッピングモールを後にした一行は沈みゆく太陽に照らされて、オレンジ色に染められたビーチを歩いていた。ハワイにいられるのも残りの数時間となってしまった。

「なんか、今回の旅行は疲れたなぁ。また、みんなで来ようぜ。次はしっかりとバカンスを楽しむつもりで。」

「おい、そりャあ死亡フラグか?」

「ちげぇよ!なぁ、みんなで記念写真撮らないか?」

そういえばこの旅行でみんなが写った写真を撮っていないことに気づき、みんなで記念写真を撮った。
ミラとカンナとアルケナはオレンジ色のビーチで楽しそうに遊んでいる。
レグルスは一人、沈みゆく太陽を見て黄昏れていた。

「なぁ、凛。」

「ん?なに?」

「今回の旅行、楽しかったか?」

レグルスが唐突にそんな質問をする。その質問を聞いた凛は、レグルスの隣まで歩いていき、

「楽しかったに決まってるじゃん?悠貴は楽しくなかったの?」

「いや、すげぇ楽しかった。」

今回の旅行のことがふと頭の中で映像となって浮かび上がる。一度がらがらを回しただけで当たったハワイ旅行。その先で出会った大天使。激闘を交わしたレイや、殺されてしまったホムラ。そして、今日のショッピングモールでの記憶が。

「俺さ、凛たちに出会えて本当に良かったと思ってる。そりゃ辛いことや苦しいこともあったけど、それらも全部全部凛たちに出会ったからこその経験だって思うんだ。普段は恥ずかしくて言えないけどさ、こんな時だから言わせて欲しい。いつもありがとう。そして、これからもよろしく。」

レグルスは海に向かってそう言った。
凛はじっとレグルスの方を見つめている。

「───ッ。なっ、なんだよ...。」

「いやぁ、ちゃんと目を見て言ってくれたら100点だったのになぁ、って思ってさ。」

「普通に恥ずかしいんだよ。」

レグルスが照れ隠しのために視線を反らす。太陽に照らされてよく見えないが、おそらく今のレグルスは梅干しのように顔を赤く染めているのだろう。
今度は凛が海に向かって言う。

「でも、そうね。私も悠貴に会えて良かったと思ってるし感謝もしてるよ。いつもありがとうね。そして、これからもよろしくね!」

言い終わると凛はくるっと体を90°回転させてレグルスの方を向き、人差し指を立てて、ウインクをし、

「言っとくけど海を向いてたのは照れ隠しじゃないから。ムード作りのためだからね!」

「それ、言わなかったら100点だったのに。」

凛の言葉にレグルスが呆れ口調でそう言った。

空は次第に暗くなり始めてきた。ハワイでの時間が終わりを迎える。飛行機の時間が迫っているとみんなが走ってビーチを後にする。すると、レグルスは一度立ち止まって

「みんな!本当にまたいつかハワイに来ような!」

「「うん!」」

「わかッてるッて!それより早く行くぞ!」

みんながそれぞれ返事をする。
レグルスは日本に戻るとまた新しい冒険が始まるのだという楽しみを胸に飛行機に乗り、ハワイを飛び立った。
                                 ~完~
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【あとがき】
ここまで読んで頂いたみなさん、ありがとうございます! 作者の覚醒龍神です。
この話で4章が終わりとなります。
この4章が始まったのが2018年4月20日なので終わるまでちょうど8ヵ月ぐらいかかったことになりますね。始めの方の話の内容、みなさん覚えてます?
クリスマスの日には特別番外編を出す予定なのでそちらの方も楽しみにしておいてください。

さて、次のお話からは5章に入るわけなのですが、次の5章からは今までとはスタイルを少し変えて、語り手を三人称(作者)から一人称(レグルス)に変更しようかなと思っています。
なので少し違和感があると思いますがご了承ください。

それではみなさん、これからもよろしくお願いいたします!以上、覚醒龍神でした。

※なお、この物語に出てくるハワイの建造物などは全てフィクションです。
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