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それは恋という名の 2

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(サフィア視点)


「何か飲み物でもお取りしますか?寒くはありませんか?」

「いいえ、大丈夫です。寒くもありませんし何もいりませんわ」

 ふふっと控えめな笑みにもう何度も繰り返した小さな鼓動の高鳴り。

 いい加減、自分でも気づいている。

 傍に居るとふわりと暖かなものが胸を満たすこの感覚。

 その笑顔をもっと見たいと、傍に居たいと。
 無意識に願うその衝動。

 初めて覚えたそれがきっと、恋というものだろうということを。


 初めてお眼にかかったはのはもう随分と昔のことだ。
 幼く可愛らしい姫君は、まさに姫君そのもので。
 その時は特に深い感慨もなく、一般的な感覚としてとても美しく可愛らしい姫君だなと思っただけだった。

 それから茶会などで数度言葉を交わし、社交的な性格でないながらも一生懸命な姿に微笑ましさを覚えた。
 
 王侯貴族の茶会といえば、清楚な所作をしつつも如何いかに自分をアピールするかが重視されるのは必然だ。婉曲な嫌味や足のひっぱりあい、笑顔の裏で交わされるそれは日常で。
 だけどシェリル様は人々の自慢話を素直にお聞きになって、素晴らしきを褒め、それでいて誰かがけなされればやんわりとフォローを入れる。

 彼女が出席する茶会は必然穏やかな空気になることが多かった。

 高貴でありながら、驕らず、優しいその人柄を好ましく思った。

 人間的に好ましく思っていたシェリル様を一人の女性として意識したのは割と最近。

 父に付き添い、王城へと訪れていた僕は一人庭を外れた敷地内を散策していた。父が旧友に会い、話し込んでいるのがもう少しかかりそうだったからだ。

 美しく整えられた庭を抜け、さらに奥を散策していたのはきっと誰にも会いたくなかったから。

 別に特別何かがあったわけではなかった。

 ただ少しだけ、疲れていたから。

 そしてシェリル様と出会った。

 小柄な彼女は小さな、だけど精巧な彫像が施された東屋あずまやに一人座り込んでいた。庭や樹々を眺めるでもなく俯いた彼女に具合でも悪いのかと思って近づいた。

「リッセル卿が……帝都を移したのが………で、………が……年…。それから、……」

 ブツブツと何やら呟いていた彼女は足元に翳った僕の影に緩慢に顔を上げ、そしてぴゃっ!と不思議な声を発して飛びのこうとした。
 その拍子に背後の柱に頭をぶつけそうになり、僕は慌てて抱きしめるように頭を押さえ、柱と小さな頭の間に手を差し込んだ。

 今思えば、王家の姫君に対してなんとも不遜だったと思う。

 だけど固い柱に頭をぶつけたりしたら大変だと、あの時はそれしか頭になかった。

「…サ、サフィア様…?」

 お化けでもみたような顔で僕を見上げるシェリル様を離し、慌てて驚かせたことと無礼な行為を詫びた。
 
 途端に体勢に気づいて真っ赤に染まった顔と躰に彼女の体勢を立て直してから手を離す。

 真摯に詫びるつもりはあったけれど、それと同時に一連の彼女の反応がまるで小動物のようだなとそんなことを思っている自分が居た。 
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