ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

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 俺へ視線を寄越し小さく頭を下げる彼らに自分の役目を果たすべくクリスティーヌ嬢の躰を放そうとするも、小さな手が俺の胸元を握りしめたまま離さない。

 よっぽど不安だったのだろう、とその手を優しく叩いて請えば「あっ…」と恥ずかし気に頬を染めて躊躇ためらいがちに手を離された。

 剣を何度か振るい、鉄格子を切り裂く。
 その光景にクリスティーヌ嬢は口元を覆って瞳を見開くが影たちは慣れたもので、虎を引きずり檻へと戻し厳重に扉を閉めたり、部屋内に他に重要なモノがないか見回ったりと実に機敏だ。 

 剣をしまい、再びクリスティーヌ嬢へと向き直った。

 手袋を嵌めた手でポケットから取り出したそれをそっと手の中で握りつぶし、彼女へと手を伸ばした。
 頬にほつれた髪を指で払い、撫ぜるように頬から口元へと手を沿わす。

 くらりと漂う甘い香りに瞳が大きく開かれた。ついでとろりと蕩けた瞳と重くなる瞼に彼女が倒れてしまわないようその腰を支えた。

 すがるように胸元を掴む細い指。

「恐い夢はもうお終いです。次に眼が醒めた時には全て終わっていますから」

「えっ…?」

「眩ゆい程のスポットライトに照らされて高らかに歌い、晴れ渡る空の下で自由に在れます。貴女にあんな鳥籠は似合わない」

 子供を寝かしつけるようにそっと瞼を下ろす。
 だけど手袋の下、抗うように長い睫毛が掌を僅かにくすぐる。
 力の入らない手が俺の手を掴んだ。

「あの…貴方の…お、名前は……?」

 もはや呂律ろれつすら怪しい問い掛けと、ずらした俺の手の下からこちらを覗く美しい翠玉。
 何処か必死な色を宿したその瞳にパチクリと瞬き、困ったように笑った。

「名乗るほどの者ではありませんよ」

 俺の答えに抗議のように一瞬手に力が籠り、だけどすぐにその手も力を失った。
 力を失ったその躰を抱き留め、手袋についた眠り薬を払ってから彼女を抱き上げた。


 その後はクリスティーヌ嬢を安全な場所へと寝かせ、影数人を邸宅へと完備したまま俺達は会場へと戻った。そしてソラと合流して不法侵入の俺達は一足先に転移で屋敷へ帰宅。

 後のことは騎士団へお任せ。

 ……と、言っても俺も後日また呼び出し喰らうけど。
 憂鬱ゆううつー。

 何はともあれ、全員救出成功です!

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