ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

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甘い誘惑 1

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 甘く立ち込める香り。

 シャカシャカと軽快な音を立てながら小刻みに手を動かす。
 その手が握る先は、泡だて器。

 カイザー・フォン・ルクセンブルク、お菓子作り中である。

 何で公爵家の嫡男が厨房でお菓子作りしてるんだよとか突っ込んではいけない。
 厨房の使用人も幾人か不思議そうに此方こちらを見ているがそんなことは気にしない。

 これには深い理由があるのだ。


 ある日、学園から帰って来たベアトリクスがぷくっと頬を膨らませていた。

如何どうしたんだい?学園で何か嫌な事でもあったのかい?」

 俺が問いかければ慌てて頬を抑えるベアトリクス。
 どうやら無意識であったらしい。
 赤く染めた顔で頬を抑える姿も大変愛らしい。

「あまり仲の宜しくないご令嬢たちが居て」

 その言葉にああ、と頷く。
 何度か話に聞いたことがある。ベアトリクス達からもあと影の報告でも。

「意地悪なことを言われた?」

「そうではないのですが……」

 言い淀む姿におやっと思う。
 いつもの怒りを帯びた様子とは違い、今日の様子は何処か拗ねているようにも見えた。

「シュークリームが食べたくて…」

 頬を染めて視線を逸らしながら小さな声で告げるベアトリクス。

「……シュークリーム」

 呟き、横目でリフを見ればすぐさま返される頼もしい頷き。

「モン・シュクルのシュークリームのことでしょうか?誰か遣いをやりましょうか?」

 リフの言葉にベアトリクスはふるふると首を振る。

「もうないの。限定品で完売済みですの」

 因みに、モン・シュクルは少し前にオープンした話題のシュークリーム店である。
 販売もしてるし、小さなカフェも兼ねている。
 前世のシュークリームと比べて高級だが貴族の間でもブームとなっている店。

 この世界にはちょくちょく前世にもあったものが溢れてる。
 シュークリームとかはまだ洋菓子だし偶然の可能性もあるが、羊羹ようかんとか確実に作成者転生者ですよね?っていうのまで。

 つーか、この世界感に羊羹ようかん……。
 激しく違和感である。

 だが逆にいつか米などの日本食も手に入る日が来るのではと期待もしている俺。

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