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◆ 弐拾玖 ◆
しおりを挟むどうしてあの日、あんなことを言ったのか自分でも不思議だった。
だけど今ならわかる。
あの日、俯いて感情を殺した慎之介を見て弥生は想い出していたんだ。
あの夜、月を見上げて泣いていた美桜を。
必死に自分の中の感情を殺す二人の顔をきっと無意識に重ねていた。
あの火事は、美桜の死とその真相は弥生の心を打ちのめした。
それでも……弥生の心に本当の意味で止めを刺したのは美桜の文に書かれた言葉だった。
幼い頃、弥生はとても不思議なものを見つけた。
それは位牌だった。
戸棚の奥に隠すようにしまわれたそれがなにかは弥生はすぐにわかった。だって三軒となりのお梅ちゃんの家で見たことがある。お梅ちゃんの家の仏壇におかれたそれはおじいちゃんのものだ。
亡くなってしまった人の霊魂が宿る場所なのだとお梅ちゃんのおっかさんは教えてくれた。
だからそれが位牌だというのはわかった。
わからなかったのは_____そこに書かれた名前が弥生の名前だったこと。
その頃の弥生はまだあまり字は得意じゃなかったけど、自分の名前は教えてもらって知っていた。何度見直してもそこにあるのは自分の名前だ。
変なの、わたしはまだ死んでないのに。
位牌っていうのは事前に作っとくものなのかしら?
おっかさんに尋ねたら子どもは触っちゃいけないと言われていた場所を探ったのがバレてしまう。それでも気になって、気になって、弥生は帰ってきたおつたに問い質した。
弥生の手の中のそれを目にした途端、おつたの顔色は紙のようにすうっと白くなった。
何度も何度も問い質す弥生に、疲れた表情でおつたは「あとで」と口にし、むっつりと黙り込んだ。
夜になって、揺れる灯を前に弥生とおつたは膝を突き合わせて座っていた。
ゆらゆらと揺れる灯りは頼りなくて、炎と影が不気味な陰影を描いていた。
「お前はおっかさんの本当の子じゃないんだよ」
押し殺した声でそう言われたとき、弥生はおっかさんは怒っているんだと思った。
悪いことをした子に、言うことを聞かない子に「お前は橋の下で拾った貰われっ子なんだよ」と脅しつけるのはよくあることだから。
だけどいつまでたっても「嘘だよ」とは言ってくれなかったし、辛くて悲しそうなその顔は言いつけを破ったことを怒ってるだけにも見えなかった。
「弥生はおっかさんが生んだ子じゃない。おっかさんが生んだ弥生は生まれてすぐに亡くなっちまったんだ」
押し殺した嗚咽。
ささくれ立った畳のうえにころんと転がった弥生の位牌。
そのことにやっと本当なんだってわかった。
「わたしはおっかさんの子じゃないの?」
ぶるぶる震えて泣き出す弥生をおつたはぎゅっと抱きしめる。
「お前はおっかさんの子だよ。おっかさんが生んだ子じゃないけど、それでも弥生はおっかさんの子だ。弥生にとってもおっかさんはおっかさんだろう?」
抱きしめ合って二人で泣いた。
目が真っ赤になるまで泣き続け、ひどく喉が渇いてお水を飲んだ。
それからおつたは弥生のことを少しだけ話してくれた。
「双子って知ってるかい?」
「双子?」
「一度に二人の子が生まれることだよ。お前みたいに」
吃驚してやよいは目も口も真ん丸にした。
「じゃあわたし兄妹がいるの?」
「同じ年の姉さんがね」
あまりの興奮に頬を真っ赤にして口元をちょっと緩めた弥生と正反対におつたは表情を暗くし俯いて膝のうえをじっと見つめた。
「商家や武家じゃ双子を嫌う傾向があるんだ。身代が割れるとか不吉だとかいう理由でね。ただの迷信だよ。だけど弥生のお婆さまに当たる人は迷信深い人だった。生まれた双子を不吉だと罵って、片方を殺してしまえと言いだしたんだ」
そうして弥生は夢を見ることになった。
おつたから聞いたその話は弥生の頭の中で再現され、夢として繰り返し現れる。
殺されるはずだった弥生をおつたは育てた。
どれだけ聞いても弥生の生家のことをそれ以降話してくれることもなかった。
病で亡くなったとか、事情があって育てることができなかったと誤魔化さずに、赤ん坊だった弥生が殺されるところだったことまで話して聞かせたのは弥生が実の家族を探そうなんて気を起こさせないためでもあっただろう。
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