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◆ 弐拾壱 ◆
しおりを挟む考えるよりも早く弥生は身を翻していた。
燃え盛る火の中へ、紅蓮の怪物の口の中へと飛び込もうとしていた。
「おいっ、なにしてるんだ!」
だけどすぐさま周囲の男たちに取り押さえられる。
「放して!!」
身を捩って弥生は叫んだ。
「中にお嬢さまがっ!!お嬢さまが居るのよ!!」
鎮火は思ったよりも早かった。
火元である柳屋は全焼したが、近隣への被害は最小限にすんだ。
空気が乾ききり、炎の勢いが強かったわりに被害は驚くほどに少ないといっていいだろう。
「あら、平気よ。お店が火事を出す怖さはよぅく知っているから、この屋敷は万が一火が出ても延焼を防げるように造ってあるって聞いたもの」
火が消し止められ、ぷすぷすと薄い煙だけがあがる焼け跡を眺めながら、いつか聞いた美桜の声が頭の中で響いていた。
焼け出された奉公人たちは数か所に分かれて身を寄せていた。
広く商いをしていただけあり、付き合いのある人々が手を差し伸べてくれるのは有り難いことだった。だけどその有り難さを感じるだけの余裕は弥生にはなかった。
火傷を負った者達の世話をしながらも心の中は美桜のことでいっぱいだった。
助かった者達の中に美桜の姿はない。
それだけではなく、柳屋の主人である美桜の父親も、祖母の姿もなかった。
てっきり火の出所は厨か風呂かと思ったのに、火元はそのどちらでもないという。
主人たちが住まう屋敷の奥、火の手はそこから広がったようだ。
灯りが倒れでもしたのだろうか。
気づいたときには火は燃え広がっており、慌てて逃げ出したという奉公人たちは誰も詳しいことを知らなかった。
翌日、かえでを訪ねてみることにした。
彼女が身を寄せている柳屋の親族が営む店は歩いて行ける距離にある。もしかしたらなにか事情を知っているかもしれないし、かえでの怪我も心配だった。
怪我人のさらしを変えたり、粥の支度を手伝い、午後になって出かけた。足取りは重かった。
なにが起きたのか知りたい気持ちと、恐れが相反する。
あのとき、美桜の無事を尋ねた弥生にかえでは首を振った。
美桜の死を、突き付けられるのが怖かった。
考え事をしている内に目的地についた。
一歩が踏み出せず、突っ立っている弥生に同じ年頃の娘が不審そうに声をかけてきた。
「なにか?」
娘はここで働く奉公人のようだ。
反射的に一歩後退りかけて、ぐっと足に力をいれる。
「あの……わたし柳屋の……」
みなまで言い終わぬうちに娘の警戒が解けた。
強張っていた眉のあたりがほぐれ、気の毒そうな表情が浮かぶ。
「大変でしたね。誰かお知り合いが?」
「はい。かえでさんという方がこちらにお世話になっていると聞いて」
思い出そうとするかのようにかえで、かえでと呟きながら娘は小首を傾げ、ああとひとつ手を打った。
「いらっしゃいますよ。どうぞこちらに」
案内してくれる娘の背に続く。
「本当に災難でしたね。あたしも本当に驚いちゃって」
突き当りを曲がった辺りで振り向いた娘は口元に手を当て声を落とした。
「ご主人らは見つかってないんでしょう?」
「……」
「火事の原因ははっきりしているんですか?」
「いいえ。わたしはお使いでお屋敷におりませんでしたので」
なぁんだ、という表情が一瞬だけ浮かんで消えた。野次馬な好奇心を覗かせた娘は取り繕うように「でも火事に巻き込まれずに良かったですね」とお愛想を言ってまた歩き出した。
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