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あっさり成立

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拍手や歓声の鳴りやまぬなか、クラレンスは困惑していた。

口を開きかけたところで、急に周囲が静かになった。

使用人たちの暴走にセバスが鋭い視線を周囲に走らせたお陰だった。
素晴らしい効果。やっぱりセバスさんもイザークさんと同じ逆らっちゃいけない属性、とクラレンスは静かに心に刻む。

「ええっと、シルク。一回確認していい?その……婚約?」

コクリと頷いたシルクは一言一句違えず再度口にした。

「私と婚約してください。幸せにすると約束いたします」

……うん。
やっぱ聞き間違えとかじゃなかった。

「突然どうしたの?それに婚約とかこどもの独断じゃ……」

「お父様は説得済みですわ」

衝撃発言に思わず目を見開いた。
侯爵夫人に目をやると、笑顔で頷かれた。

「あの人はちゃんと言い負かせ……納得済みよ。本当は今日も一緒にご挨拶に伺いたかったんだけど……急な仕事で同行できなくなっちゃって」

頬に手をあてて「正式にお礼も言いたかったのに、ごめんなさいね」と眉を下げる侯爵夫人。
侯爵が来れなかったことより、前半の発言が気になるんですけど。
言い負かせてって言いかけましたよね、絶対。

つまりこの逆プロポーズは侯爵家公認?

なんとなく隣のもう一人の侯爵家メンバーに顔を向ければ、
「姉さまと結婚したら、兄さまはほんとうの僕の兄さまになってくれるんでしょ?」と幼い顔に見上げられた。
どうやらこっちも説得済みらしい……。

「もっと時間をかけて、というのも考えたのですけど善は急げと言いますでしょう?もたもたしてて先を越されでもしたら目も当てられませんもの」

なんでも……まだ公に社交の場に出てはいないものの、シルクの顔のアザが消えた件は密かに噂になっており、それにともない再び婚約の話なども舞い込んでいるらしい。

冷めた口調で語るシルク曰く

「例のことがあって周囲と距離を置いていたいまなら、格下の家柄でも我が侯爵家と縁を結べるという打算がおありなのでしょう」とのこと。

もともと求婚してきてた貴族たちが手を引いてるいまがチャンス、ということらしい。

「ふざけた話で私を笑いものにしていた方からのお声もありますのよ。絶対お断りですわ」

「まぁそうだろうね」

それにしてもまだ10歳なのに婚約話が山のようになんてすごい……と他人事のように思っていると瞳を強めたシルクがクラレンスを射抜いた。

「言っておきますけど、面倒な婚約の話をお断りするためにクラレンス様に婚約を申し込んだわけではありませんからね」

……正直、ちょっぴりそうなのかなとか考えていた。

クラレンスの思考は筒抜けだったようだ。

「わ、私がクラレンス様に婚約を申し込んだのは…………」

一瞬前の憮然とした表情から一転、頬を淡く色づけたシルクは俯きながら無駄に指先を組み合わせる。

「……ク、クラレンスさまのことが……すき……だからです、わ」

色づいた頬で瞳を潤ませるシルクはとってもかわいいと思う。

だけど、視界の片隅で真っ赤な顔で声を押し殺したり、エアバンバンしてる外野勢が気になって仕方がないクラレンスだった。

「……すき」

小さく復唱した言葉にぷしゅぅ~と湯気をあげそうなシルクをじっと見る。

目の前の少女をかわいいと思うし、大切だと思う。
好きか嫌いかでいえば当然のように「好き」だと答えるし、年下なのにしっかりしたシルクを尊敬もしている。

「シルクのことは好きだよ」

「……っ///」

「でも、婚約者だとかそういうのは考えたことがなくて」

そこまで言えば泣き出しそうに表情を歪めるシルクを愛しいと思う。
瞳の端から零れてしまいそうな涙を人差し指で拭った。

「シルクが、っていうより恋愛とかそういうの自体を意識したことがなくてね。それにシルクだってすっごく綺麗で可愛いんだし、これからもっと素敵な人に出会ったり」

「私はクラレンス様がいいですっ!!クラレンス様が好きなんですっ……」

クラレンスの言葉を遮るように立ち上がったシルクが叫ぶ。
その必死な様子に一瞬目を丸くし、ついでふにゃりと笑った。

「じゃあ、うん。大切で大事なお友達だと思ってるし、すぐに僕の気持ちがシルクとおんなじそれになるかわわからない。それでも良ければいいよ」

「いい……って?」

「シルクと婚約するのは嫌じゃないよ」

だけど「幸せにする」っていうのはなんだか逆だね、とクラレンスは笑った。
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