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そして世界は二度変わる (シルク)
しおりを挟む鏡の前に座り込み、じっと眺める。
夢中で鏡の中の少女を見つめていれば、ふと自分以外の姿が映り込んだ。
「ミーナ」
ちょっぴり慌てて振り返る。
頬がやんわり赤くなるのが鏡を見なくてもわかります。
別に悪いことをしているわけではないけれど、それでも慌てたのは……こんな姿を見られるのもはじめてではないから。
「ふふっ。お気持ちはわかります」
私の照れを察したミーナが口元を隠して小さく笑う。
その瞳は優し気で、すこしの憂いも含まない笑顔を見るのはずいぶんと久しぶり。
「何度でも鏡を覗きこんでしまうのも無理はありませんわ。お嬢様は本当にお綺麗で可愛らしいですもの。お姿はもちろん、笑顔を取り戻されたお嬢様に敵うレディなどいませんわ」
「クラレンス様にはどれだけ感謝しても足りません」そう続いたその名に胸がドクンと音を立てた。
怪我を負ったあの日、世界は一転した。
瀕死の黒蜘蛛が放った毒液から弟のエルを庇った。
それは反射的な行動だった。
「守らなきゃ」その想いのままに体が動いたし、そう動けたことはいまでも私の誇り。
クラレンス様にもいった通り、あの時の自分の行動を後悔することなんてきっと一生ない。
だけど……。
失ったものはあまりにも大きかった。
鏡を見たときに喉の奥で漏れたのは悲鳴。
自分自身でさえもそうだったのですもの、周囲の反応も無理はありません。
それでも露骨に視線を逸らされるのも、陰口を聞くのも辛かった。
伸ばした前髪や濃い化粧で隠したところでどうしたって完全には隠せない。
いつまも引きこもっているわけにはいかないと、決意と共に足を踏みだした外の世界とも再び距離を置くようになった。
幸いにも、家族や使用人たちは私をとても大切にしてくれた。
変わらず優しく接してくれる彼らが嬉しくもあり、
同時に……その表情を曇らせてしまう自分の存在がひどく申し訳なくもあった。
身支度のときに使用することはあれど、ふいにのぞいてしまわないように布で覆いをかけたドレッサー。手鏡も引き出しに裏返してしまいこんだまま。
なのに今日だけで何度目でしょう。
お風呂上がりのいまも、ドレッサーの前に座り込み覆いをどけた鏡をのぞきこんでいた。
先程まで手にしていたブラシはすでに手になく、鏡台に放置したままじっと鏡をのぞきこんでいた姿を見られてしまうなんて。
ミーナが無断で部屋に入るはずもないので声を掛けたのでしょうが……気づかぬほど夢中で鏡に見入ってしまっていたことが気恥ずかしさに拍車をかけます。
しかもミーナの口から出た名前がトドメとなって赤い頬を隠すように両手で押さえれば、大きくなるクスクス笑いに思わず上目遣いに睨みつけてしまいます。
「真っ赤なお顔も可愛らしいです、お嬢様。」
「もうっ!!ミーナっ!!」
たまらず両手を握って抗議した。
クラレンス様と出会ったのは数カ月前。
お母様の親友でもあるおば様のご子息と会うのは正直すこし憂鬱だった。
おば様は大好きだし、エドワード様やヘンリー様、イリーネ様ともお会いしたことはあり悪印象は少しもない。
まだお会いできていなかったもう一人のご子息も気になってはいたけれど……。
それも全部、あの怪我を負うまでだ。
すっかり引きこもることにも慣れてしまった私は人と会うのが面倒だった。
ううん。違う。きっと本当は怖かった。
またあの瞳を向けられるのが、気まずい想いをすることになるのが。
だけど私を心配してくださるお母様やおば様のお心は嬉しかったしむげにもできなくて、なんでもないことのように了解をした。
そうしてあの日 クラレンス様と出会った。
運命が変わるなんて、思いもせずに________。
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