あやかし居酒屋「酔」

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◆・◆ お品書き ◆・◆

お出汁しみしみ味しみおでん 1

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寒くなってくると温かいものが嬉しい。

ホカホカと立ち昇る湯気と、仄かに漂う出汁だしの香り。
温かい、ということは時になによりのご馳走ちそうだ。

その日は朝から肌寒かった。
温かい屋内に居た時はまだよかった。
だが、身支度をし、庭へと降り立った瞬間に身を包んだ冷たい風に綾は両腕を抱きしめるように擦った。
そして決めた。

今日はおでんにしよう!と。

そうして綾はいつもより早めに店の厨房に立っていた。
おでんは具材が多いうえに下ごしらえも大変だからだ。

だが、具材が多いほどに様々な食材の味が染み出し出汁に深みを与えるし、じっくり煮込むほどに味が染みる。
なにより、おでんというのはどれを食べるか迷うところも醍醐味だいごみだ。

たすき掛けをしてよしっ!と気合を入れる。

おでんに欠かせない具材といえば、まずは大根。
これがなくてははじまらない。
3センチ幅ぐらいの輪切りにして薄く皮を剥いたら片面に十文字の切り込みを入れる。

たまごは固ゆでにして殻をむく。

コンニャクは格子状の切れ込みをいれ、切ったものを熱湯で2分程度茹でる。

さつま揚げなどの油ものは油分が出過ぎないように熱湯でさっと油抜きをしておき、じゃがいもは崩れないように固めに茹でて、たこの足は串で刺す。

餅巾着もちきんちゃくは油抜きしたお揚げの中にお餅だけでなくちょっぴり豪華に鶏肉や銀杏ぎんなんもつめてかんぴょうで口を縛った。

「お肉系は牛すじと、ウィンナーなんかも入れてみようかな。トマトも食べたことなさそうだよね」

サラダのイメージの多いトマトだが、じゅわっと広がるトマトの酸味が爽やかで意外とおでんの出汁と合ったりする。
ただし煮崩れが怖いので要注意。
皮の湯剥きはささっと済ませ、煮込むのはひと煮立ち程度で!

「よっこいせ、っと」

巨大な鍋を両手で抱える。
おなべは大きめの鍋で作るのが鉄則だ。

具材がしっかり浸るぐらい汁をたっぷりと用意します。
火加減は弱火。
火の通りにく具材から順番にいれ、じっくりコトコト煮込みます。
蓋をしてじっくり、じっくり煮込みながら時々様子をみて新たな具材を足していく。

練りものなんかは味が出やすいので出来上がる少し前に入れるぐらいがいい。
味がでるのは一見いいことだが、せっかくの出汁の風味を消してしまうのはいただけない。

薄く透き通った黄金色の出汁の中、クツクツと煮える具材と仄かに漂う出汁の香り。

小皿に出汁を少しすくって味見をする。

ガツンとパンチのあるような味ではない。
だけど具材と出汁の旨みが混ざり合い、素朴でありながら深みのある味わい。
おでんは優しい、染みわたるという表現が似合う料理だ。

出来栄えに満足しひとつ頷く。

「さぁーて、開店しますか!」

暖簾のれんをかけに、綾は店先へと足を向けた。
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