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圧倒的にときめく
しおりを挟む場所を移して、現在はフレイヤの執務室。
どうやらレイは実家の商談でこの場に訪れていたらしい。
騎士・魔術師団への納品の打ち合わせ。共に居たのは以前お会いしたお姉様の入り婿のお義兄様とレイの従弟だそうだ。
「あんなサービスは要らなかったのに。義兄さんは兎も角、従弟は舞い上がって調子にのるから」
苦笑いを浮かべるレイに「だって」と口を尖らせる。
「レイとお話ししたかったんですもの」
先程、
簡単に紹介を受け、レイが商談を義兄と従弟に任せていいか頼んだ際。
「わたくしからもお願い致します。レイを少しだけお借りしても宜しいでしょうか?」
頼み込んだ二人が恐縮し、真っ赤になっているのを見ていけると踏んだ。
「駄目でしょうか?」
ちょっと瞳をうるうるっとさせて見上げれば「幾らでもどうぞ!!」と快いお返事を貰えた。
おねだり成功に見えないように小さく拳を握りしめれば、アルバートとヴィンセントからは何とも言えない視線を向けられたけれど。
「それに、おねだりが通用しそうな男性って久々だったからつい。だって見たでしょう。一緒に居た男共のあの失礼な反応」
「世の中の大半の男には通用しそうだけど」
「じゃあ生憎その大半から外れた男性ばかりが何の因果かわたくしの周りには溢れてるんだわ」
むぅとむくれれば頭を撫でられて宥められる。
「えっと、セ、セオ様の前ではしないで下さいっ」
スカートを握りしめたまま意を決したように声を発したマリーを思わず無言で眺めた。白い頬がうっすらと色づき、大きな瞳が必死な想いを込めてクローディアを見つめる。
「やだ、この子可愛い」
真顔で呟けば
「初々しいですね」
とクレアも重々しく頷く。
何ていうか、凄く女の子を見た気がする。
「成程、世の男性が求める“女の子”とか“可愛い”が凄くわかった気がするわ」
「自分にないものを痛感させられますね」
しみじみと感じ入っていれば、ぷにっっと頬を摘まれてショコラブランの瞳が甘く覗きこむ。
「ディーだって凄く可愛いよ。いつも言ってるでしょう?僕からしたらそんな事を気にかけれるだけディーもそちらの侍女さんも十分“女の子”なんだけど」
「私もその意見に同感だ」
そしてレイとフレイヤが凄く格好いい。
身近な男性よりも女性陣にときめく今日この頃。
話が大分脱線したが、何故クローディア達がフレイヤの執務室に居るかというと。
レイと話をしたいものの、場所に困った。あの場では注目を浴びすぎるし、だからといってジルベルトやゼロスの執務室もいやだった。
だって恥ずかしい。
クローディアはレイの前で甘えてる自覚がある。
だからといってこの敷地内で部外者の単独行動は許されていない。
そこで救世主の如く通りかかったのがフレイヤだった。
彼女の申し出に甘え、今此処。
「逢えて良かった。街や取引のある貴族様のお屋敷で聖女様の話を聞いて、容姿とかの特徴からもしかしてディーのことなんじゃないかってずっと心配してたんだ」
眉を下げて「連絡する術もないから確認もとれないし」と呟くレイに申し訳なくなって俯いてしまう。
「レイ殿はクローディア嬢の事を何もご存じなかったのかい?」
「詳しい事情は何も。お互い本名すら今日初めて聞きましたし。もっとも聖女様の名前は噂で耳にしてましたし、もしかしてとは思ってましたが」
黒髪も、紫の瞳も多くはないが珍しいという程でもない。
長く艶やかな黒髪に、アメジストの瞳の絶世の美女。
華奢な躰で美しいドレスを身に纏い、自ら剣を手に魔獣に立ち向かった英雄。
癒しと救済を 齎し、その後自らの命を絶とうとした聖女。
数多くの噂話に真っ先に思い浮かんだのはディーだった。
気品のある立ち振る舞いも、一度店に訪れた時に身に着けていたドレスも明らかに平民のものではなかったディー。あれだけの容姿で高位の出てあれば出入りする貴族の屋敷で噂を耳にしていそうなのに該当するような令嬢は居ない。
現場となったパーティーには他国の皇太子が訪れていたという。
そして聖女はその皇太子の元婚約者。
聖女が命を絶とうとしたのは愛する者と引き離されかの国に連れ戻されるのを嘆いたからだと熱狂する噂話で聞いた。
彼女が命を繋ぎ留め、愛する者と共に暮らしていることも。
自分を振った相手に会わなければならないと言っていたディー。
そして、クローディアという名前。
明らかに訳アリだった彼女と、『ディー』という愛称。
全てが繋がった。
「黙っててごめんなさい」
謝罪は、掻き消えてしまいそうな小さな声だった。
細い指が、隣に座るレイの袖を掴む。叱られるのを待つ子供のように大きな瞳が上目遣いに恐る恐る相手を窺う。
「・・・・・・・・怒ってる・・・?」
眉を下げて泣き出しそうに見上げてくる姿に思わず絆されそうになったレイは寸前のところで踏み止まった。
「怒ってるよ」
「っ!?」
静かに返した声に、細い肩が可哀想なぐらい大きく跳ねる。袖を掴む指が力を帯びる。まるで離れていくのを止めようとするかのように。俯いた顔が白く煌めくプラチナブロンドに隠される。
「・・・ごめんなさい」
震える声に小さく溜息をつけば、それにすら反応する頼りない肩。
「無理はしちゃ駄目だよって、そう言ったのに」
こんなにも華奢な躰で、どれだけの重荷を背負っていたのかを考えれば苛立ちが募った。
それは主に“ディー”に対してではなかったけど。
苛立ちを逃すようにレイは一度だけ瞳を閉じると、両手で俯いてしまったクローディアの小さな顔を持ち上げる。
こつりと額を合わせて揺れるアメジストを覗きこむ。
「怒ってるからただでは赦してあげない。一つだけ、ディーが約束してくれるなら赦してあげてもいいよ」
「・・・約束・・・?」
「噂が落ち着いてからでもいいよ。一緒に街を歩こう。美味しいものを沢山食べさせてあげる。可愛いお店も、綺麗な景色が見れる穴場スポットも、何処へだって連れていってあげる」
予想外の申し出にぱちりと瞬く。
二度と無理をするな、とかもっと全然別の約束を持ち出されると思ってた。
「本当はもっと別の約束を取り付けたいところだけど、ディーはそんな約束出来ないでしょう」
色々とお見通しだったようだ。
無理をするなと言われてもクローディアは頷けない。だってきっとする。自分でもそうわかっている。
「だから、別の約束。
約束、してくれる?」
「・・・・・・」
額を離され、差し出された小指をじっと見つめる。
それでも手を出せずにいるクローディアにレイは仕方ないなと笑う。
「そんなに難しく考える事はないんだよ。ディーが約束が嫌いなのは知ってる。自由奔放そうに見えて本当は凄く生真面目な子なんだって事も」
語りかける声は、幼い子供を相手にするかのように優しい。
「守れなかった時に辛くなっても、それで如何なるわけでもない。それに哀しい事だけじゃないよ。ディーが約束してくれたら僕は凄く嬉しいし、その時を楽しみに出来る。楽しみがその先にあれば嫌な事だって乗り越えられるかも知れない」
覗きこんでくるショコラブラウンはいつだってクローディアを甘やかす。
「守れなかったら“ごめんなさい”って言って、また他の約束をしよう。埋め合わせは必ずするから。そうやって他愛のない“次へ”の約束を重ねてよ。別れる時、“機会があれば”なんて言葉じゃなくて“またね”って笑ってよ」
『約束』は嫌い。
果たされない『約束』があると知ってしまったから。
叶わない『約束』未来があると思い知ってしまったから。
だけど・・・
「・・・・・するっ・・・」
それでも、“次”を望んでいいのなら。
「約束、する」
震える小指。ぎこちなく曲げられたそれにレイの長い指が絡む。
指切りなんてどのくらいぶりだろう。
「何処に行きたい?」
「何処でもっ。一緒なら何処でもいい」
「困ったな。じゃあ、幾つか考えとくから他のはまた別の機会に約束しよう?」
レイの言葉にこくりと頷く。
「何だか凄く見てはいけないものを見てしまった気がしますね」
頬を染めたままクレアが呟けば、
「クローディア様が凄く可愛いし、レイ様と凄くお似合」
「マリー!」
同じく染まった頬を両手で抑えながらマリーの零した「お似合い」の言葉にクレアから制止が入る。
「気持ちは分かりますが、その言葉はいけません。気持ちはわかりますが」
何せ私たちはジルベルト様の侍女と首を振るクレア。
しかし二度言った。
「ジルベルトはレイ殿が女性で良かったな」
苦笑いするフレイヤに二人して激しく頷いた。
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