おままごとみたいな恋をした

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もっふもふを所望す

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 オルセイン家の皆も帰宅した後、クローディアはまたもベッドの住人と化していた。
 切っ掛けはたった一言。
 「疲れた」と呟いてしまったが故だった。

「失礼しますね」

 一声かけ、ベッドの上で身を起こしたクローディアに手を伸ばすジルベルト。

 胸元、触れるか触れないかの位置で手を止め、眼を伏せる。
 視線が逸らされていることで、男性にしては長い睫毛が頬に影を落とすさま、端正に整った造りの顔をクローディアはじっと眺める。
 大好きだったジルの顔。あの頃の面影を残す優し気で美しい顔はあの頃よりも大人の男性らしさと憂いを帯びた。

 何処か寂しげな憂いを帯びた表情がたまらない、と女性達に大人気なのも納得である。

 彼の手から発せられる光が弱まり、伏せられた瞳がこちらを捉える前にクローディアはさりげなく視線を逃す。

「もう、大丈夫ですのに」

 何度も繰り返した台詞。
 何度も行った遣り取り。
 それでも思わずそう口に出してしまった。

「これは私の自己満足なので。どうか付き合って下さい」

 困ったように笑うジルベルト。

 目覚めた日から、毎夜繰り返される儀式。

 クローディアの傷痕に癒しの魔術を注ぎ込み続けるジルベルトのお蔭で、傷痕は少しずつ薄くなっている。それでも日が経過した傷に魔術の効果は僅かしかないし、割かれる労力と比べて割に合うものではないから必要ないと毎回言っているのに。彼が聞き入れてくれたことはない。

「貴女の為、というよりもこれは私の我儘なので」

 自己満足だ、とそう言われてしまえばクローディアに返せる言葉は何もなくて。
 
 決して消えることはない傷痕へ毎夜行われる儀式。
 自分のしたことだから気にしていないし。第一胸元のぱっくりと開いたドレスはもう着れないけれど、そうでないドレスなら十分に隠せる位置だ。人目に晒されることのない傷痕は正直どうだっていい。

 何より、
 傷痕云々よりも、この儀式がクローディアは苦手だ。

 だって近い。
 互いの位置も、胸元に翳される手も。
 むしろ心臓に悪い気しかしない。

 眼を伏せた彼の顔を、彼の視線を気にせず眺められることだけは唯一の利点だけど。

「いい加減にあの短剣を返して下さいな」

「・・・」

「テオドール様には許可を頂きましたわ」

 黙ってしまった彼をむぅっと睨みつける。

 自傷に使用したあの短剣はジルベルトに没収されたままだった。
 まぁ、当然といえば当然かも知れないが。
 今日料理をする際だって刃物の類を使う際は必ず誰かが眼を光らせていた。正直ちょっと鬱陶しかった。

「あれはわたくしがカイル様に頂いた正当な対価ですのよ」

 その点を大いに主張して本来の正当な持ち主であるテオドールにも短剣を譲り受けることを 強請ねだったのだ。
 その時も難色を示したジルベルトに「別に自傷に使用するつもりはありませんし、そもそもわたくし魔術使えるんだから刃物を遠ざけたって意味なくないですか。その気があれば魔術でさっくりやれますし」と言ったら他方からお叱りを賜った。

 シャーロットに低い声で名を呼ばれ、速攻口を閉じた。
 お口チャック。

「もう二度と、あんなことをなさいませんか?」

「善処しますわ」

「クローディア」

 真剣に覗きこんでくるジルベルトに曖昧な言葉を返せば、咎めるように名を呼ばれる。
 だけどこれは精一杯の回答だ。
 出来ない約束をするつもりはない。
 視線を逸らさずにいればそれが伝わったのか彼が大きく溜息を吐く。

「後日、お返しします。だけどどうか、もう二度とあんなことをしないで下さい。お願いします」

 痛まし気に歪んだ顔で、懇願するように髪を撫でられる。
 卑怯な。何という表情をするんだ。罪悪感を刺激されながら何も返せずにこくりと小さく頷く。

「他に何か欲しい物はありますか?」

 褒めるようにさらりと髪を撫でられ、問いかけられた。
 療養が続き、退屈にしているクローディアを気遣っての質問なのだろう。

 本当に甘い人だなと思う。
 もっと他に聞きたいことなど沢山あるだろうに。
 来客達が帰った後に、「今日は疲れたので詳しい話はまた後日にしてください」と零したクローディアに肯定を返した彼は何も聞いてこない。

 寝たきり生活が長く、人と会うことも久しかった身には疲れたというのは嘘ではなかったけれど。

 ジルもそうだった。いつも自分より他人を気遣って、優しくて穏やかな彼は困ったように笑いながらよくクローディアの我儘を聞いてくれた。

 ジルとジルベルトは違うといいながら、 如何どうしたって思い出してしまう自分が嫌いだ。

「偶にお料理がしたいですわ。あと鍛錬所も貸して頂きたいです」

 困り顔の彼が否定を紡ぐ前にぼふりと掛け布団を叩いてたたみかける。

「これ以上ベッドの生活を続けていたら退屈で死んでしまいますわ」

「それは困りますね」

 男性にしては細く長い指が一つ、二つと眼の前に出される。

「絶対に無理をなさらないこと。刃物を使う時はクレアかマリーをつけること」

 ・・・子供か。
 刃物を使う時は大人と一緒に、そんな小さい頃にされた注意を思い出した。

「わたくしは子供ではありませんわ」

 面白くない気持ちになって上目遣いに睨みつけると、ジルベルトはパチリと長い睫毛を瞬いた。

「別に子供扱いをした気はないのですが・・・。ですがそんな事でムキになる様子は少し子供っぽいですね。クローディアは随分と表情が豊かになった」

 真っ赤になって唇を引き結ぶ。
 背後の枕を一つとって抱きしめる。
 顔を隠せても真っ赤な耳が隠せてないとか知ったこっちゃない。

「悪かったですわねっ。どうせ子供っぽいですわ」

 自覚はしている。
 最初はあんな思わせぶりに取り繕っていたのに。何てザマだ。

「別に悪くはないですよ。凄く可愛らしいですし」

「っ!」

「素の貴女を見られるのは嬉しいです。もっと色々な事を知りたい、昔のことも。それ以外も」

「貴方だってっ!・・・ジルベルト様だって以前と違うんですけどっ」

 甘い言葉も、気障な仕草も、演技ならばいくらだって流せた。
 憤りのままに半分叫べば楽しそうにくすくすと笑う声がする。

「そうですね、自分でも驚いています。だけど、もう遠慮はしないと決めたので。取り敢えず半年の期間の撤回をクローディアにしていただかなくてはいけませんし」

「覚悟しておいてください」そんな不穏な宣言に枕に顔を押し付けたまま口をパクパクとさせる。ぎゅっと抱きしめた手に力が入った。

「もう出てって下さい!!わたくしは今日は疲れたから寝るのですから!」

 結局、返せたのはそんな逃げ台詞で。
 いや、出て行くのは彼だから逃げではないのか。もうわけがわからない。
 つまりは大混乱だ。

「ゆっくりとお休みください」

 伸ばされた手。彼の動きを感じてそぅっと枕から顔を持ち上げれば、慣れたように枕元に置かれる二匹の仔猫と頭を撫でる手。

「・・・・・・枕」

 立ち上がったジルベルトに不貞腐れたように呟く。

「欲しい物。大きくて肌触りが良くてふわふわの枕が欲しいです」

 ぎゅうっと抱きしめすぎた枕は最近少しヘタリ気味だ。
 主に誰かさんの所為で。

 枕の上部から少しだけ顔を覗かせたクローディアを見下ろして、足を止めたジルベルトは少しだけ考えた後で首を傾げる。



「どうせなら大きなぬいぐるみでも買いましょうか?」

「・・・・・・枕でいいです」







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