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たったひとつの運命
しおりを挟む“覚悟”を決めた眼。
あの夜とは違う覚悟。
好ましかった筈のそれは今は酷く厄介だ。
「その話もまたおいおい致しましょう。この場でする話でもすぐに結論が出る話でもないですし。折角安っぽいメロドラマ風に筋書きを持っていったのに、わたくしがこのタイミングで此処を出るのも可笑しな話ですし、取り敢えず半年は恋人として対外的な対面を守って下さいな。対外的以外のは別に要らないので」
最後の一言は結構切実。
「半年後でも怪しまれるんじゃねーの?」
「あら、男と女ですもの。半年もあれば破局したって可笑しくはありませんわ。そもそもアルバート様はその台詞一番言っちゃいけない方じゃありませんの?」
一夜限りの付き合いの男が何を言うのだ。
「もう一個聞いていー?」
半眼で睨みつけた相手はニヤニヤと笑いながら身を前に乗り出した。
細められたローズピンクの瞳にいい予感はしなかったけれど、放たれた質問は案の定歓迎できるものではなかった。
「クローディアちゃんがデートしてた男は何?」
「・・・デートなどした覚えはありませんわ」
「何でもいいけど。街で腕組んで歩いてたっていう男」
ぴくりと片方の眉が上がる。
「・・・・・・友人ですわ」
返す声が遅れたのは、友人という言葉に躊躇いがあったから。
クローディアにとってはそうでも、そういいきっていいのか迷ったから。
だってレイには本当の素性を話ていない。
変化した髪の色を見たらレイはどう思うだろう・・・。会えば今まで黙っていた事情が全て露見してしまう。
レイにもう会えないかも知れないことを考えたら心が重く沈んだ。
そもそも男じゃないし。
勝手に暴露するのも気が引けるから言わないけど。
「下世話な勘ぐりは止めて頂けるかしら?大体先程から国への報告へ必要のない質問ばかりなんですけど、興味本位の質問は現在受け付けておりませんの。他に何か質問はございますか?」
オズワルドとテオドールへ向けて首を傾げる。
人選の理由は言わずがもがな。
「特には」
「報告に必要な事柄が出たらまた伺うことがあるかも知れません」
これ。クローディアが求めていたのはこういう真面目な回答だ。オズワルドの要請に一つ頷いてから息を吐いて背もたれに背を預ける。
「それでは、以上ということで」
すごく疲れた。
精神的な疲労が躰を包み込むようで、糖分を求めて眼の前の皿に手を伸ばした。フォークに刺した林檎の甘酸っぱさと濃厚なクリームの風味が口いっぱいに広がる。
「でも、本当に吃驚したわ。クローディアちゃんとジル君が昔から知り合いだったなんて。それにテオのお義母様が聖女様の宝具を持ってらしたなんてこんな偶然があるものなのね」
頬に手を当て呟いたシャーロットの言葉に誰もが頷く。
「納得っちゃ納得したけど。クローディアちゃんが何考えてるかいまいちわかんなかったけど、昔の恋人だってーんなら理解出来っし」
「正直何でクローディアがジルベルトの演技に付き合ってるか謎だったしね」
頭の後ろで腕を組んだアルバートと、もくもく食べるのを再開させているゼロスの言葉にクローディアはフォークを動かす手を止めた。
「は?」
意図せず口から漏れた声は低い。
「もしかして、ジルベルト様がジルだからわたくしが彼の手を取ったと思ってらっしゃるの?」
「いや、だってそう」
「そんなわけないじゃない」
肯定を返すアルバートの言葉を叩ききる。
荒げたわけでもなく、冷静なその声は場をぴしゃりと打った。
「もう10年も経っているのよ?しかも彼は昔の事を覚えていない。彼にはジルベルトとして生きてきた人生があって、わたくしもあの頃とは違う人生を生きてきた。わたくしの知ってるジルは何処にもいないし、ジルの知ってたディアだって何処にもいないわ」
いくら夢見がちだからって、あの頃に戻れるなんて思っていない。
「では 如何して・・・貴女は私について来て下さったのですか」
「貴方がわたくしを利用しようとしていたから」
我ながら矛盾していることはわかっている。
遠い昔の夢を追い続け、だけど夢の中で生き続ける事さえ出来ない。
綺麗な少女のままでは居られないのに、大人にすら成りきれずに小娘みたいに感傷を抱えたまま。
「あの夜出会ったのが、ジルだったならわたくしは貴方の手を取らなかったわ」
彼が自分の知ってるジルならきっと近づきさえしなかった。
だって・・・クローディアが何よりも逃げ出したかったのは彼からなのだから。
大好きだったからこそ、知られたくなかった。
変わってしまった自分を。
「貴方だったから、自分の望みの為にわたくしを利用しようとしたジルベルト様だったからこそわたくしはその手を取ったの。だけど、そうね。貴方がジルでなかったらというのは嘘になるわね」
あの頃と違う自分には優しかったジルの手を取る権利なんてない。
だけど、たった一つの為に他の何かを犠牲に出来る彼の手ならばと自分に言い訳を付けた。
「貴方はわたくしの運命なの」
陳腐で、安っぽい言葉。
「結ばれるとは思っていないわ。だって、貴方とわたくしは廻り合わせが悪いもの。過去を話す気なんてなかった。その先にある倖せなんて望んでいないの」
不思議に思ったかも知れない。
何故、もっと早く真実を話さなかったのかと。
話したが最後。きっと彼は自分に縛り付けられることになる。
だから話さないでいようと思ったのに・・・。
知らない方がお互いの為だというのに、全てを知りたがった彼は愚かだ。
「一つだけ、望んでいたことがあったとしたら。
一緒に地獄へ堕ちて欲しかった。そんな酷い願いだけよ」
心から願っていた。
彼が自分を利用してくれることを。
自分と同じように、堕ちてきてくれることを。
なんて酷い願い。
そして、結果は予想通り、ジルと同じく優しいジルベルトは自分の為に誰かを犠牲にすることなんて出来なかった。
だからもう終わり。
「どれだけ綺麗に取り繕ったところでもう過去には戻れない。
無理矢理なハッピーエンドなんて要らないわ」
握りしめたフォークをケーキへと突きたてる。
何度も、何度も。
綺麗に飾られた薔薇は無残に散り果て、皿の上にはボロボロに崩れたタルトとクリームが絡み合う。フォークを皿へ投げ捨てる。カランっ、と音を立て皿の端に転がるフォーク。
手間と時間を掛けて綺麗に飾り付けられた面影はそこにはなく、あるのは無残で甘ったるいケーキの成れの果て。
まるで自分たちのようだと眺める。
覚悟がないとレオンや公爵家の長男を非難したが結局クローディアも同じだ。
たった一時、倖せな夢を見たいと。
裏切られても、何処にもいけないこの心に止めを刺すことが出来ればと。
叶わないと知りながら、結ばれないならせめて一緒に地獄に堕ちて欲しいと。
全てを受け止める覚悟もないままに浅はかにジルベルトの手を取ったが故にこのザマだ。
自分の心すら持て余し、泥沼に嵌った。
「さ、お茶会はお終いですわ。あら?」
視線を逸らしたことで、建物の隙間からぴょこりと覗く頭に気づいた。
「クリスっ、駄目だよ」
クリストファーを咎めるカイルの声。紫水晶の瞳と眼が合う。吃驚したように固まるクリストファーとその脇で彼を止めようとするカイルの姿。
「クリス、カイル。二人ともお部屋で遊んでなさいと言ったでしょう」
困ったように声を掛ける母親にカイルは神妙に謝罪を告げ、一方のクリスは頬を膨らませた。
「あんまり長いからお二人とも退屈なさってしまったのでしょう。話も終わりましたし丁度いいタイミングでしたわ」
クローディアの言葉にぱぁっと顔を輝かせたクリストファーは兄の手を引っ張って駆け寄ってくる。「走っちゃ駄目だよ」兄の声に歩幅が少しだけ緩んだ。
「お話し、終わった?」
「ええ。ケーキやお菓子を沢山作ってありますの。お部屋で是非召し上がって下さいな」
「クローディア様が作られたのですか?」
パチリ、と眼を瞬かせたカイルに問いかけられる。
「自信作ですのよ。クリストファー様?」
黙り込んだまま何かを見つめるクリストファーに呼びかける。大きな瞳の先にあるのは、クローディアの前に置かれた皿で。
「ケーキ・・・ぐちゃぐちゃ」
「クリスっ!!」
呆然と呟く声と、慌てたように制止をかける声。
「こ、これはちょっと失敗してしまっただけで。他のはちゃんとしておりますから問題ありませんわ」
不名誉な疑惑に慌ててクローディアが皿を隠そうとすると、その前に小さな手が伸ばされた。細い指がケーキの成れの果てを救って小さな口へ。紫水晶の瞳が甘く蕩ける。
「美味しい」
お行儀が悪いよと咎めながら甲斐甲斐しく弟の指を布で拭ってやる兄の横で、大きな瞳は真っすぐにクローディアを見上げた。
「失敗しちゃっても、ちゃんと美味しいよ。ディアちゃん」
息を呑む。
少しだけ震える手で、随分下にある小さな頭を撫ぜた。細く柔らかい髪が指を通る。
「ありがとう、ございます」
きっと深い意味などないのだろう。
失敗してしまったクローディアを気遣って、見掛けは悪くても味は美味しいとほめてくれただけ。だけど・・・。
「用意してあるのは味は勿論、見掛けだって完璧ですのよ。お二人には是非そちらを召し上がっていただきたいわ。さ、ご一緒にお部屋へ戻りましょう?シャーロット様もご一緒しましょう」
幼子二人の背を押しながらシャーロットにも声を掛ければ彼女も頷いて立ち上がる。
オズワルド達は仕事に戻る前に話をすることもあるかと後のことはクロードに任せた。テオドールは騎士団・魔術師団とは関わりがないし如何するか問えば男性陣とともに残るとの回答。
そして何故かゼロスがこちらについてきた。
・・・
いや、貴方は残ろうよ。団長じゃん。責任者・・・。
自由な兎さん曰く。
「ハナシは後からオズワルドやジルベルトに聞けばいーし。そもそも報告はオズワルドに任せるしね。そんなコトより、あのコのペンダント見せて貰わなきゃだしボクもお菓子食べたい」
自由。
どこまでも自由。
あとお菓子既に物凄く食べてた筈ですけど。
ブラックホールか。
ペンダントを見せて貰う際は露骨に警戒されていた。
ぎゅっとペンダントを握りしめるクリストファーにクローディアからも「その人が作ってくれたモノだから見せてあげてくれるかしら。万が一壊れてしまった時とかも直して下さるし」と声を掛けて漸くだった。
暫くして兄の服を引っ張ったクリストファーがカイルの耳元でこそっと「兎さんみたい」と呟いてたのに笑った。わかる。
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