51 / 65
白いドレスはいつだって着る時を失う
しおりを挟む「そして最後に、一番の疑問だろうわたくしの聖女の能力のお話しね」
投げやりに言い放つ。
誰にも言わずに墓の中まで持っていくつもりだったのに・・・。
本当にやってられない。
そんな想いを抱きながらクローディアは髪を掻き上げる。視界に映る白髪にはまだ慣れない。ふと視界に入った時や鏡や誰かの瞳に映る自分の姿に、今でもびくりと躰が固まるときがある。
「クロード」
控える彼にグラスを掲げて声を掛ければ、彼が動く前に近づいてきたクレアが先に器を満たした。その先はワイングラスではなく、もう手を付けていなかったティーカップで。
「まだお身体が本調子でないのですから、それ以上のお酒はなりません」
「子供でないのだからワインの二、三杯で酔わないわ」
「そうですね。子供でないのですからお聞き分け下さい」
素晴らしい笑みにクローディアはしぶしぶグラスを下げた。
マリーがケーキや菓子を幾つか皿にとってクローディアの前に置いてくれる。
・・・思いっきり子供扱いなんですけど?
その場から一歩も動かず含み笑いを浮かべて居るクロードに若干イラッとした。
納得いかない気持ちを抱えながら芳しい紅茶に口をつける。
「折角腕を振るったのですから、どうぞ皆様お召し上がりになって下さいな。全然食が進んでおられないと流石に哀しいですわ」
掌で中央に並んだ菓子類を指し示す。並んだそれは最初に取り分けられて以降、あまり減りを見せなかった。重い話の連続に手が進まないのは仕方のないことだけど。
「ボクはめっちゃ食べてるよ?」
若干一名除く。
「知ってますわ。誰も召し上がって下さらないしお好きなだけお召し上がり下さいな。そちらのミートパイは得意料理ですのよ、是非召し上がって。クロード、男性陣にお酒を注いで差し上げて。わたくしでなければ構わないでしょう?」
最後の一言には少しの嫌味を込めて促す。
「お口に合いまして?」
「はい。凄く美味しいです。今まで口にしたパイの中で一番美味しいかも知れません」
パイを口にしたジルベルトを覗きこむように尋ねた。
感嘆の表情を浮かべる彼に、返された言葉はどうやら単なる社交辞令ではないようだとほっと息を吐いて「なら良かった」と微笑む。
小休憩をはかったところで話を本筋へと戻すことにした。
本当は戻したくないけど。
「皆様お聞きになったことがあるでしょうけどわたくしは『出来損ないの聖女』ですの。期待に反して大した能力ももっていなかった聖女がわたくし。事実わたくしの中には微かな能力しかなかった」
「そのような言い方は」
痛まし気に表情を曇らせるジルベルトにクローディアはからりと笑う。
「別に無理して強がっているわけではありませんのよ。はっきり言ってわたくし『出来損ないの聖女』と言う呼び方はとても気に入っておりますの。下手に期待を持たれるよりよほど気楽ですもの」
その言葉に込められた蔑みを知ってはいたけれど、そんなモノ何とも思わなかった。
期待されないことはクローディアにとって何よりも心が安らいだ。
だって自分は聖女になんてなりたくなかった。
出来損ないだと、役立たずだと認めてくれるならそんな嬉しいことはない。
「実際わたくしの中には聖女としての能力も、そして資質も無かった」
何よりも足りなかったのは_____
聖女として誰かを救いたいという、聖女としての資質。
「十年前の事です」
瞳を閉じれば、いつだって昨日のことのように思い出せた。
「恋人の家族と共に旅行に出掛けたの。彼のお父様の仕事の都合で、彼の家族や、結婚の約束もしていて家族同然だったわたくしも一緒に連れて行ってもらった」
「随分早いね。クローディアってその時まだ10と少しデショ?」
「12歳でしたわ。小さい頃から一緒に居て、しかもわたくしは夢見がちでませた子供でしたから。十年前は今年と同じ十年に一度の《星祝祭》だったでしょう。本当はその年に結婚がしたかったのだけど流石に無理だからプロポーズだけしてくれる事になっていましたの。元々家族ぐるみの付き合いもありましたし」
理想の結婚について幼い時から何度も話した。
《星祝祭》の何か月も前から、母親や父親にねだって可愛いワンピースを用意した。
レースの重なった白いワンピース。
幼い頃、教会で見た花嫁のドレスのようだと毎晩引っ張り出して眺めては母親に叱られた。夢見がちな少女の幼い夢に、誰もが付き合ってくれた。彼の家族もクローディアを本当の娘のように可愛がってくれて、彼も時々困った顔を浮かべながらもクローディアの我儘に付き合ってくれた。
おままごとみたいなお嫁さんごっこ。
そしてそれはそう遠くない未来に現実になるのだと信じてた。
だけど
クローディアが白いワンピースを着る日も、憧れていた本物のウェディングドレスを着る日も来ることはなかった。
「事故にあったの。酷い事故だった。最初は何が起きたのかわからなくて、次に身体中に痛みを感じた。だけどそれもすぐにふっとんだわ。わたくしの上に彼が居たの。わたくしを庇って、とても酷い怪我を負っていた。彼を抱きしめた両手が真っ赤に染まってた」
激しい土埃。悲鳴。呻き声。
血の匂いと、沢山の動かない人々。
「如何すればいいかなんてわからなかった。その内雨が降り始めた。冷たい雨に血が流されて、沢山の紅い水溜りが周囲に出来てた。腕の中の躰がどんどん熱を失って、わたくしに出来る事は泣きながら彼の名を呼ぶ事だけだった」
雨が、その声すらも掻き消そうとしていた。
「そんな時 奇跡が起きたの」
10
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる