おままごとみたいな恋をした

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白いドレスはいつだって着る時を失う

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「そして最後に、一番の疑問だろうわたくしの聖女の能力チカラのお話しね」

 投げやりに言い放つ。
 誰にも言わずに墓の中まで持っていくつもりだったのに・・・。

 本当にやってられない。
 そんな想いを抱きながらクローディアは髪を掻き上げる。視界に映る白髪にはまだ慣れない。ふと視界に入った時や鏡や誰かの瞳に映る自分の姿に、今でもびくりと躰が固まるときがある。

「クロード」

 控える彼にグラスを掲げて声を掛ければ、彼が動く前に近づいてきたクレアが先に器を満たした。その先はワイングラスではなく、もう手を付けていなかったティーカップで。

「まだお身体が本調子でないのですから、それ以上のお酒はなりません」

「子供でないのだからワインの二、三杯で酔わないわ」

「そうですね。子供でないのですからお聞き分け下さい」

 素晴らしい笑みにクローディアはしぶしぶグラスを下げた。
 マリーがケーキや菓子を幾つか皿にとってクローディアの前に置いてくれる。

 ・・・思いっきり子供扱いなんですけど?

 その場から一歩も動かず含み笑いを浮かべて居るクロードに若干イラッとした。
 納得いかない気持ちを抱えながら芳しい紅茶に口をつける。

「折角腕を振るったのですから、どうぞ皆様お召し上がりになって下さいな。全然食が進んでおられないと流石に哀しいですわ」

 掌で中央に並んだ菓子類を指し示す。並んだそれは最初に取り分けられて以降、あまり減りを見せなかった。重い話の連続に手が進まないのは仕方のないことだけど。

「ボクはめっちゃ食べてるよ?」

 若干一名除く。

「知ってますわ。誰も召し上がって下さらないしお好きなだけお召し上がり下さいな。そちらのミートパイは得意料理ですのよ、是非召し上がって。クロード、男性陣にお酒を注いで差し上げて。わたくしでなければ構わないでしょう?」

 最後の一言には少しの嫌味を込めて促す。

「お口に合いまして?」

「はい。凄く美味しいです。今まで口にしたパイの中で一番美味しいかも知れません」

 パイを口にしたジルベルトを覗きこむように尋ねた。
 感嘆の表情を浮かべる彼に、返された言葉はどうやら単なる社交辞令ではないようだとほっと息を吐いて「なら良かった」と微笑む。

 小休憩をはかったところで話を本筋へと戻すことにした。
 本当は戻したくないけど。

「皆様お聞きになったことがあるでしょうけどわたくしは『出来損ないの聖女』ですの。期待に反して大した能力チカラももっていなかった聖女がわたくし。事実わたくしの中には微かな能力チカラしかなかった」

「そのような言い方は」

 痛まし気に表情を曇らせるジルベルトにクローディアはからりと笑う。

「別に無理して強がっているわけではありませんのよ。はっきり言ってわたくし『出来損ないの聖女』と言う呼び方はとても気に入っておりますの。下手に期待を持たれるよりよほど気楽ですもの」

 その言葉に込められた蔑みを知ってはいたけれど、そんなモノ何とも思わなかった。
 期待されないことはクローディアにとって何よりも心が安らいだ。

 だって自分は聖女になんてなりたくなかった。

 出来損ないだと、役立たずだと認めてくれるならそんな嬉しいことはない。

「実際わたくしの中には聖女としての能力チカラも、そして資質も無かった」


 何よりも足りなかったのは_____
 聖女として誰かを救いたいという、聖女としての資質。





「十年前の事です」

 瞳を閉じれば、いつだって昨日のことのように思い出せた。

「恋人の家族と共に旅行に出掛けたの。彼のお父様の仕事の都合で、彼の家族や、結婚の約束もしていて家族同然だったわたくしも一緒に連れて行ってもらった」

「随分早いね。クローディアってその時まだ10と少しデショ?」

「12歳でしたわ。小さい頃から一緒に居て、しかもわたくしは夢見がちでませた子供でしたから。十年前は今年と同じ十年に一度の《星祝祭》だったでしょう。本当はその年に結婚がしたかったのだけど流石に無理だからプロポーズだけしてくれる事になっていましたの。元々家族ぐるみの付き合いもありましたし」

 理想の結婚について幼い時から何度も話した。
 《星祝祭》の何か月も前から、母親や父親にねだって可愛いワンピースを用意した。
 レースの重なった白いワンピース。

 幼い頃、教会で見た花嫁のドレスのようだと毎晩引っ張り出して眺めては母親に叱られた。夢見がちな少女の幼い夢に、誰もが付き合ってくれた。彼の家族もクローディアを本当の娘のように可愛がってくれて、彼も時々困った顔を浮かべながらもクローディアの我儘に付き合ってくれた。

 おままごとみたいなお嫁さんごっこ。

 そしてそれはそう遠くない未来に現実になるのだと信じてた。
 だけど
 クローディアが白いワンピースを着る日も、憧れていた本物のウェディングドレスを着る日も来ることはなかった。

「事故にあったの。酷い事故だった。最初は何が起きたのかわからなくて、次に身体中に痛みを感じた。だけどそれもすぐにふっとんだわ。わたくしの上に彼が居たの。わたくしを庇って、とても酷い怪我を負っていた。彼を抱きしめた両手が真っ赤に染まってた」

 激しい土埃。悲鳴。呻き声。
 血の匂いと、沢山の動かない人々。

如何どうすればいいかなんてわからなかった。その内雨が降り始めた。冷たい雨に血が流されて、沢山の紅い水溜りが周囲に出来てた。腕の中の躰がどんどん熱を失って、わたくしに出来る事は泣きながら彼の名を呼ぶ事だけだった」

 雨が、その声すらも掻き消そうとしていた。



「そんな時 奇跡が起きたの」







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