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茶番劇にだって覚悟は必要
しおりを挟む「では、建前編に続いて暴露編へ参りましょうか」
真っすぐに伸びていた姿勢を丸め、クローディアはそう言った。
テーブルの上に両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せる。
「先にお断りしておきますわ。長い話になりますわよ。あとわたくし態度も言葉遣いも悪くなると思いますけどそこはお許し下さいね。正直、色々とやってられないので」
可愛い子ぶって微笑んだ後で、片手を上げてクロードを呼んだ。空のワイングラスを掲げる。
「クローディア様」
穏やかに窘める声が掛かったが「いいから頂戴」と酒をねだった。漸くコポコポと注がれた赤ワインを香りを味わうこともなく飲み干す。グラスを更に差し出し、再び満たされた深いボルドーを今度はちゃんと視覚と嗅覚で味わった。
「皆様もどうぞ楽になさって。
如何しようかしら、皆様の質問に答えていった方がいいかしら。それともわたくしが好きに話て宜しいのかしら」
「どちらでも。クローディアの話しやすい方で構いません」
「じゃあ、好きに話させて頂きますわ。質問があればあとで受け付けるという事で」
ただしどれも 碌な話でない。
「まずはシュネールクラインの事からにしようかしら。所詮他国の事だし、他人事なら衝撃も少ないでしょうし」
うん、と一つ頷いて決めた。
「わたくしはフローラ様というご令嬢をいじめ及び階段から突き落とした犯人として婚約者だったレオン殿下に断罪されたのですけど、実はそれ全部冤罪ですの」
「やはり、そうなのですか」
「軽く言ってるケド全然軽くナイよね」
「しかもその日わたくし王都にすら居ませんでしたし。公務だからアリバイもバッチリですの」
「調べもせずにクローディア嬢を断罪したのですか?!」
「信じられない事をしますね」
ジルベルトやゼロスの言葉も、テオドールやオズワルドの驚愕も気に留めずクローディアは更に続ける。
「確証はないんですけれど、多分公爵家の長男がこの件に絡んでそうなんですのよね。あと義姉もなのかしら。」
「黒幕ってこと?」
「いえ、うーん。黒幕っていうほどじゃないんですのよね。実際の犯行には関わっていないしきっと軽く唆した程度かと」
「何故わかるのですか?」
「だって二人とも頭がいいですもの。自分の身を危うくする事に手を染める程愚かな方達でないわ。あの男が関わってると思うのは半分勘だけど、実際あの場で焦ってらっしゃったし、公爵家の長男の方は断罪のすぐ後で慌ててわたくしを追ってきましたしね」
クローディアの言葉にジルベルトはあの夜見かけた神経質そうな男を思い出した。
そう言えば、あの断罪の場でクローディアは会場の何処かへ一瞬、瞳を滑らせていた。その時のことだろうと辺りをつける。
「あの男はわたくしに気があったみたいだから上手く破局すればわたくしが手に入るとでも思ったのかしら。捨てられたわたくしに救いの手を伸ばして下さるつもりだったのかも。そうならなくても公務という確実なアリバイもあるわけだし、殿下を咎め彼の立場を悪くする事も、逆に助けて恩を売る事も出来る」
「自分で仕組んでおいてですか」
「悪くない話でしょう。わたくしに疑いの眼を向けさせるだけで、自らの手を汚すことなくどう転んでも悪い結果にはならないのだから」
手慰みのようにグラスの赤ワインをくるくると廻す。
笑みを浮かべるクローディアの瞳は、酷く冷え切っていた。
「誰一人、大した悪意なんて持っていなかったのでしょうね」
きっと誰もが軽い気持ちだった。
レオンやフローラは真実クローディアの犯行だと信じて、謝罪をさせたいだけだった。
公爵家の長男はどうせ自分が助けに入るのだから結果的に誰にとっても悪くはないと考えた。
義姉が関わっていたとしても、自分を袖にした男や邪魔な義妹に少し恥をかかせようと考えた程度で。
「ただ一つ誤算だったのは殿下が他国の来賓もあるようなあんな公の場で断罪をおっぱじめた事かしら」
きっともっと人の目の少ない場所で穏便に話を終わらせる予定だったのだろう。
動揺と焦燥を露わにした公爵家の長男の表情を見て、クローディアはその瞬間に全ての筋書きを悟った。
レオンがあの場で断罪を始めたのは誰の眼にもクローディアを悪者にする為で。
「ふざけた話でしょう」
あの瞬間、全てが 莫迦らしくなった。
「やってもいない罪を謝罪する気も、冤罪をきせた婚約者の妻になる気も、わたくしを嵌めようとした男に下げ渡されてやる気も毛頭なかった。だから魔術でフローラ様の髪を切り落とし、大衆の面目で言い逃れの出来ない状況を作ってやった。断罪を真実にする為に」
要らないというのなら、こっちから捨てられてやると決めた。
「大っ体、やり方が中途半端なのよ!どいつもこいつも他力本願で。自分達の関係を正当化するのに人を悪者に仕立てたいならアリバイ潰しとくぐらいは基本でしょうに!人を嵌めるつもりならどう転んでも損はないとか後ろ向きな気持ちじゃなくてもっと周到な計画立てなさいよっっ!!」
昂った気持ちのままダンっ!と荒々しくグラスをテーブルへと叩きつければ「そこっ!?」と盛大な突っ込みが。
「一番大事な所じゃない」
「どう考えても可笑しいからね。何で悪事を推奨してんの」
「推奨なんてしてないわ。ただ人に喧嘩売るつもりなら相応の覚悟をするべきじゃない。あっちがその気ならこっちもそれなりの対応をしても良かったけど、あんまりにも 莫迦らしくて売られた喧嘩を買ってやる気すら起きなかったんだもの」
「それであんな事をしたのですか」
「そうよ。誰も大事にする気はなかったみたいだけど、何事もなかったかのように済まされるなんてまっぴら御免だもの」
「貴女はそれで殺されかけたのですよ」
ジルベルトの声が硬い。
だけどそれに怯むことなく、クローディアは真っすぐに彼を見つめた。
「あのまま彼らと茶番劇を演じて生きるぐらいならそれでも構わないと思ったわ。何かを成すつもりなら、誰かを傷つけるつもりなら、それなりの覚悟が必要なの」
「貴方のように」そう続けた言葉に彼の肩が揺れた。
別に責める気なんてないのに。
それでも彼は、ずっと背負っていくのだろう。
「あの夜、わたくしに求婚してきた貴方にはその覚悟があった。わたくしを傷つけ、利用する覚悟も。自らの命すら賭ける覚悟をした人の瞳をしていた。だからわたくしは貴方の手をとったの。どうせ茶番劇を演じるのなら彼らでなく貴方がいいと思ったから」
紺碧の瞳が揺れる。
手をとったのは、たったそれだけの理由。
全てが偽物で、茶番劇だって最初から知っていた。
「それも長くは続かないと知ってたから求婚自体は受けなかったけど。誤解しないでね。貴方の覚悟を軽んじていたわけじゃないの。だけどやっぱり貴方には無理だと思っていた。
縊るべき贄に誠意を示そうとするような優しい人には他人を犠牲にする事なんて向かないわ」
そしてそれは、何よりも誇るべき美徳だ。
「で、殿下が先日わたくしに会いに来たのはフローラ様が襲われて、その犯人が例の件でわたくしが犯人だって証言した方だったから。嫌がらせも続いてるみたいだし。ご自身の判断が不安になったみたい」
きっと犯人が捕まったところで嫌がらせはやまない。
だってそれは一人でなく、むしろ今後は一層酷くなることだろう。
以前はただレオンと仲がいい事に対するやっかみによるもので、彼が婚約者にすると言ったからにはより一層の妬み僻みを受ける事はクローディアは経験から嫌と言うほど知っている。
「犯人は本当にお前だったのか、ですって」
くすくすと漏れるそれは嘲笑で。
「だから言ってやったの。貴方がそう言ったのだからわたくしが犯人だと。もっとご自身の立場を自覚するべきだって。あの方達は悪気がないから本当に厄介なのよね、冤罪だったって知れば素直に謝罪してわたくしの名誉を戻そうと動きかねない」
悪い事をしたら謝る。
それはとても正しくて、だけど世界はそんな簡単ではない。
戻らないことも、取り返しのつかないことも世の中にはある。
そして彼は誰よりもそれを理解していなければいけない立場にあるというのに。
「これ以上わたくしに関わるのなら、全てを明らかにしてしまえばフローラ様の首が落ちてしまう事を教えて差し上げたわ。あの場で彼女に攻撃を加えたのはわたくしの優しさだったのだけれど、ちっとも伝わっていなかったみたいだから。次期王妃を貶めようとした罪人として彼女の首が落ちるか、それかわたくしの首を斬り落とす覚悟がないなら関わんなって教えて差し上げたの」
グラスに残った赤ワインを一息に飲み干した。
「と、いう事でレオン殿下とは円満にお別れできたとわたくしは信じたいのだけど。シュネールクラインが接触して来ないのは彼が留めて下さってるのでしょうね。脅しにビビッてらっしゃるのと、あとあの方基本的に善人ですし贖罪の気持ちもあるのかしら」
「円満の意味知ってる?ある意味恫喝より怖いわ」
「キミ何でそんな物騒なの」
「本当に大丈夫なのですか?彼方に非がある以上脅しは有効なのかも知れませんが、正直一連の言動を見るにレオン殿下に貴女に対する配慮があるとは思えなかったのですが・・・」
面識の少ないジルベルトの見解は尤もだ。
調査もせずに断罪が行われた事に驚いていたテオドールやオズワルドも頷いている。他二人の突っ込みは無視。
叩きのめさずにやったんだから充分円満じゃないか。
「周りを抑えきれずに上層部が接触してくる可能性は皆無じゃないですが、どうせわたくしもう聖女じゃないですしね。事を荒立ててまで無理はしてこないでしょう。あと彼、先程も言いましたように基本善人だし優しいんですのよ」
フォローしてやる義理もないが、それは真実そう思う。
「タイプでいうとヴィンセント様みたいな感じかしら」
こんなことを言ったら余計にヴィンセントに嫌われそうだけれど・・・。
「育ちのいい 傲慢さ、っていうのかしら。自分が正しいと思えるからその分、嫌いな相手に苛烈な部分がありますの。だからといって相手を自分から貶めたりはなさらないし、自分が大切にしている者にはとても気を配れる優しさも持ってる。今回の事はフローラ様が害されたのと犯人がわたくしだって信じてたから暴走した面もあるのでしょうね」
共通の知人の名を出したお蔭で何となく納得して頂けたようだ。
テオドールとシャーロットの二人にはわからないだろうけど。
「正直、一国を担う立場としては如何かと思う部分も多々あるのですけれど、人としては優しい方ですのよ。それに嫌われているのはわたくしの自業自得ですし」
最後の言葉に苦く笑う。
「ナニしたの?」
「好意を 無碍にし続けました。望まぬ聖女になった事で割り切れなかったものが沢山ありましたし、第一彼の容姿が苦手で」
「王子様然とした美形じゃん。あーいう顔は好みじゃないの?」
「顔は如何でもいいんですけど、瞳が昔の恋人と同じ色彩だったんですもの。深い海の蒼のような碧眼。失恋を忘れようとしても常に思い出させられるのが苦痛で。それにわたくしが婚約者となったのが実は聖女だからじゃなくて殿下の一目惚れだったって知ってからは腹立たしさもあって余計に」
ネックレスの中央の宝石を指先で撫でる。
ロイヤルブルーカラーのサファイアはまるで海そのものを閉じ込めたみたいな綺麗な蒼。
「聖女になって殿下の婚約者になったからクローディアちゃんは恋人と離れ離れになってしまったの?」
哀し気な瞳をするシャーロットに「いいえ」とはっきり首を横に振った。
「次にわたくしの傷が癒えた事についてお話ししますわね」
宝石を撫でていた指を一本立てて彼へと向ける。
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