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ちょっと心が癒された
しおりを挟む・・・・・・死にたい。
眼が醒めて、頭にぐるぐると浮かんだのはそんな言葉だった。
死にたい、消えたい、いっそ埋めて欲しい。
そんな言葉としては深刻なのに莫迦みたいな言葉ばかりがぐるぐると。場所はベッドの上。時刻は朝。聴こえる小鳥の囀りにこんなにも絶望を覚えたのは初めてだった。
まさかの、
子供みたいに泣いて、 癇癪を起して・・・・・・・泣き疲れて寝落ちした。
言うつもりのなかった言葉をぶちまけて、ジルベルトの腕の中で。
如何しよう、もう顔を合わせたくない。
この場に彼が居ない事だけが唯一の救い。
クロードに夜間のジルベルトの回収を頼んでて本当に良かった!その点だけは全力で自分を称賛した。それ以外にはいっそ殺意を覚える。
寝かされたベッドから身を起こしたクローディアは昨日の事を思い出した途端に力なくベッドへと逆戻りし、枕を抱きしめて丸くなる。超死にたい。恥ずかしくて枕に深く顔を埋めた。
もうやだ。何なの。
頭に浮かぶ言葉はそんなバカっぽいことばかり。
被っていた猫も、取り繕っていた仮面も一体何処に落としてきてしまったのか。
枕から顔を上げて若干死んだ眼をしていると、視界に可愛らしい二匹の仔猫が映った。ボフンッと音を立てたように顔が熱を持つのがわかる。
普段はサイドテーブルに置かれている仔猫が何故自分の枕元にあるのか、その答えは一つしかない。
二日前、うっかり仔猫達を抱きしめたまま眠ってしまった姿を仕事から帰ってすぐ部屋に訪れたジルベルトに目撃された。クレア達にも。微笑まし気な視線にその時も死にたいと思った。
クローディアを見守るように枕許に置かれた仔猫は確実に部屋を去る前に彼が置いていったのだろう。
手を伸ばして、愛らしい仔猫達を引き寄せる。
黒い毛並みの黒猫と、白い毛並みの白猫のアメジストの瞳をじっと見つめて、今度は絶対寝る前に元の場所に戻すと決意をしてそっと胸元に抱きしめた。
数日後、オルセイン一家がクローディアの見舞いに訪れた。
もう大丈夫だと言い張ったのに、クローディアの主張は許されずベッドの上での面会。
対面してすぐ、まさかのカイルが泣き出してもの凄く慌てていたら、つられてクリストファーも泣き出した。そしてシャーロットには怒られた。泣き疲れて眠ってしまった二人を他の部屋に移した後、優しい印象の瞳をキッと釣り上げて「如何してあんな事をしたの!!」と涙を零しながら。
「凄く心配したんだからっ」
優しく抱きしめて声を詰まらす彼女に、クローディアは初めて「ごめんなさい」の言葉が漏れた。
いつだったか、ジルベルトに優しいシャーロットだって怒るし、クリストファーが泣いてしまうと語った言葉がまさか自分の身に降りかかってくるなんて思わなかった。
テオドールには深く謝罪をされた。
ジルベルトはどうやら自分が何故クローディアに求婚したのかを彼やゼロス達に話してしまったらしい。なんて馬鹿な人だろうと思う。
大切な義弟の愚行に全て自分の所為だと平伏せんばかりのテオドールを必死に止めながらそんな事を考える。現に起こらなかったことなんだから、何も言わずに隠し通せば良かったのに。
因みにその話をした際、シャーロットはジルベルトに水をひっかけたらしい。
話を聞いて唖然とした。
クローディアの為に怒り、そしてクリストファーの為に心を痛め必死になっていた彼に泣きながら謝り、そして自分の身を顧みようとしなかった彼の事をやっぱり怒ったらしい。
眼が醒めたカイルは少し恥ずかしそうだった。
わかる。その気持ち凄くわかる。
最近の自分を思い出してクローディアは心の中で頷いた。でもカイルはまだ子供だし、可愛らしいから大丈夫。
クリストファーは髪の色の変わったクローディアが気になるのか、ベッドの側からちらちらと見上げてくる。
「ディアちゃんが白いディアちゃんになった」
「吃驚したでしょう?」
「うん。でも可愛い」
こくりと頷く姿は、クリストファーの方がよほど可愛らしい。
「妖精みたいで凄く綺麗です。あ、でも、黒髪も凄くお綺麗でした」
うっすらと頬を染めてそんなことを言ってくれるカイルも凄く可愛らしい。
何処かへ落としてきてしまった猫と仮面の所為で、最近すっかりやさぐれていたクローディアの心は久々に癒された。
クローディアはマリーに頼んで取ってもらった小箱を受け取る。
水色のリボンが結ばれた掌に乗る大きさの小箱をそっとクリストファーへと差し出した。ベッドの上から僅かに身を掲げて自分と同じ色の紫水晶の瞳を覗きこむ。
「約束を守れなくてごめんなさい。お誕生日に間に合わなかったけれど、わたくしとカイル様からのお誕生日プレゼントですわ」
大きな瞳を更に大きくして「うわぁ」と喜色を露わにして小さな手がそれを受け取る。お礼を言って、開けていいか確認してくる姿に微笑んで頷く。隣ではカイルが「僕ですか?」と不思議そうに首を傾げてクローディアを見上げていた。
開かれた箱の中に鎮座していたのは緋色の宝石のペンダント。
輝く瞳でそれを見つめているクリストファーに「付けて差し上げて」とカイルに促した。
いそいそとカイルに背を向けたクリストファーの首にカイルがペンダントをつけると、小さな手で胸元の宝石を摘んで兄の顔へと近づけて嬉しそうな声で告げる。
「お兄様の瞳と同じ色」
「とても綺麗でしょう。お守りだからカイル様の瞳の色がお似合いだと思って」
「お守りなの?」
「ええ、クリストファー様が元気で居られるように。そんな願いを込めて作ったお守りですの。ずっと身に着けて下さいね?」
「うんっ!有難うディアちゃん」
ぎゅうっと抱き着いてくるクリストファーの柔らかな髪を撫でる。
大きく眼を見開いたカイルへそっと唇へ指を一本当てて笑いかけた。躰の両脇で握り締められた手が小さく震え、俯いた顔が黒髪に隠れ見えなくなる。カイルと同じく驚きを露わにしていたテオドールやシャーロットへと瞳を向けた。真剣な眼差しに思わず二人の表情も神妙なものになる。
「力足らずながらこれでもわたくしは聖女です。いえ、でしたが正しいですわね。
ほんの少しでもクリストファー様の体調が改善されるように微力ながら最善を尽くしましたの。出来れば毎日このペンダントを身に付けるようにして差し上げて。入浴や就寝の際は外しても構いませんわ。まだ幼いですし、引っ掛ける危険があるような時も。だけどそれ以外の時はなるべく身に付けるように気をつけて差し上げてください」
「クリスは・・・」
助かるのか、そう聞きたいのだろう。
眉を下げてクローディアは緩く首を振る、彼らの望む言葉を上げられないのが心苦しかった。だけど強い瞳で言葉を続ける。きっと彼を守る為の手助けにはなるはずだと、確信を込めて。
「このお守りは所詮お守りでしかありません。ですが手助けにはなると思います」
深く身を折った両親と、俯いたままの兄をきょとんとした眼でクリストファーが見比べる。小動物のような可愛らしい動作に、幼い彼が、どうか立派な大人になれますように。祈りを込めて緋色の宝石をそっと撫ぜた。
帰り際、クローディアはカイルだけを呼び止めた。
先に部屋を出た面々が不思議そうに振り返る中、クローディアはそっとカイルの耳に唇を寄せる。声は彼にしか聴こえない潜めたもの。
「約束、したでしょう?だからカイル様もあの時のことは秘密ですわよ」
緋色の瞳がじわりと滲む。
「だけど先程も言った通り、あれは所詮お守りです。わたくしに出来るのはこれが精一杯ですの。お守りが例え病からクリストファー様を守ってくれても、全てから守り通すことは出来ませんわ。怪我をするかも知れない。辛いことがあるかも知れない」
噛みしめられた唇をレイにされたみたいにつんっと突いた。
「そんな時にクリストファー様を守って差し上げられるのは傍に居る者だけですわ。だからカイル様はクリストファー様の傍にいて差し上げてね」
「・・・はいっ」
固く握り締められたカイルの両手をそっと包み込んでクローディアは悪戯っぽく笑う。
「約束よ?わたくし、守られない約束って大っ嫌いなの。クリストファー様との約束を破ってしまったわたくしが言うのもなんだけど・・・」
「・・・約束・・・します。絶対、叔父上みたいに強くなって守れるようになるって」
「カイル様は彼に憧れているのだったわね」
涙を一杯に溜めた瞳で、それでも涙を流すまいと強い瞳で真摯に見返してくるカイルの手を離した。代わりに小さな頭を引き寄せた。外の面々に見えないように唇を一瞬だけ小さな額へ。
「必死に弟を守ろうと頑張った勇敢な貴方に敬意を」
真っ赤に染まった耳元にそっと囁く。
「聖女サマの祝福よ?元、だけれど」
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