おままごとみたいな恋をした

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決壊

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 ______如何どういうこと?

 ジルベルトの話を聞いても原因がまるで思い当たらない。


 その後、ゼロスとジルベルトに治療を施された傷口は完全に塞がりはしないももの出血を止め、瞳を閉じ、血の気は失せたままながらクローディアの唇からはか細い呼吸が漏れていたとの事。

 その場でいた者で魔獣の残党を討伐し、駆けつけた応援に後の事を任せ戻ってきた王都で更に治療を施された。現場から去る直前に青い顔をしたレオンが近づいて来たが、早くクローディアを医師に診せないとならないからと振り払ってきたことも聞かされた。

 運ばれたって・・・もしかしてまた彼にお姫様抱っこでだろうか。
 今考えるべき事ではないのは百も承知の上でそんな現実逃避みたいな思考が一瞬頭をよぎった。

 呼吸や心音、容体が安定したことで屋敷へと戻ってきたこと。
 三日前に目覚めるまで、一週間以上クローディアが目覚めずにいたこと。
 あの夜の出来事がもの凄く噂になっていること。
 話を聞いたオルセイン家が心配して駆けつけてくれたこと。
 クローディアの容体を尋ねる問い合わせはあったものの、シュネールクラインからはそれ以外の接触がないこと。
 胸の傷痕は何度も治療を重ね掛けしたが傷痕が残ってしまっていること。
 傷痕を薄くする事は出来ても完璧に傷痕が消えることはないかもしれないこと。

 そんな話をジルベルトの口から聞いた。


 一週間も寝てたのかとか、結局クリストファーの誕生日はとうに過ぎてしまったうえ、心配をかけて申し訳ないとか。噂やシュネールクラインの事とかマジ面倒臭いんで勘弁して下さいという切実な願い。傷痕のことは全く気にしていないのに、そんな辛そうな表情をしないで欲しいだとか思うところは色々ある。

 色々あるのだが、
 自分が何故生きているのかという、一番の疑問が解決されないままだ。


 クローディアは服の上から胸元の傷をそっと押さえた。
 薄い寝着の上からでも掌の下に感じる事の出来る傷痕。無意識に能力チカラを使ったのではないかというのがあの場に居た者の総意のようだが、そんな事があるだろうか。 

 聖女の能力チカラの本質は“願い”。

 そして自分は明らかにそれを願っていなかった。
 だからこそ何の躊躇いもなく短剣で胸を貫いた。
 薔薇の意匠と金の縁取りの美しいあの真紅の短剣で。

 ______?!


 そこまで考えたところで何かが頭にひっかかった。


「クローディア?如何どうしました気分でも・・・」

 突如表情を止めたクローディアをジルベルトが心配して覗きこんでくるが、思考に忙しいクローディアは掌を軽く掲げることで彼を留めた。

 何、何がひっかかった?

 鮮やかな真紅の短剣を思い浮かべる。初めて眼にした時から酷く眼を引いた、カイルに貰った短剣。


 


「・・・っ!?」

 ひっかかった何かを思い出してクローディアは反射的に口元を抑えた。

 そう、自分は確かにそれを眼にした事がある。
 現物の短剣ではない、そのを眼にした事があった。

 まさか、と思いつつも瞳を閉じて意識を集中させる。
 取り乱したクローディアの反応にジルベルトが慌てているが、今はそれに構っている余裕がなかった。

「・・・ない。」

 瞳を開いて、呆然と掲げた掌を見つめた。

「聖女の、能力チカラが・・・無くなってる」

 幾ら意識を集中させても、それはもう何処にも感じられなかった。

「聖女の能力チカラがですか?あの時、無理をしすぎたために一時的に無くなっているだけではなくてですか」

 問い掛けにふるふると首を振る。

「違う。消耗しているのではなくて何処にも無いの」

 まるで無くしてしまったモノがそこにあったかのように空っぽの掌をただ見つめた。

 呆然としたままジルベルトを見上げた。
 彼の紺碧の瞳の中に映る、長く白い髪にアメジストの瞳の女。見慣れた姿によく似た、だけど見知らぬ女。
 それを見たら、もう 駄目だった。

 言いようのない痛みと、如何どうしようもない虚無感が胸を襲う。
 痛い。
 自分で胸を刺し貫いたあの時よりも、ずっとずっと鈍くて重い痛みが襲う。

「・・・・・して・・っ」

 何かが胸の中で決壊した。

如何どう、してっ!!何で・・・、私を、助けたりしたのよっ!!」

 憤りをぶつけるように叫び、拳を振り下ろす。
 振り下ろした拳が膝を打つが足りなかった。そんな痛みじゃ全然足りない。

「何でっ!!?如何どうしてっ!!」

「クローディア!落ち着いて下さいっ」

  癇癪かんしゃくを起した子供のように再び振り下ろそうとした両手をジルベルトに掴まれる。だけどそれでも尚その手を振り払おうと暴れた。振り乱した白い髪が揺れる。

「私はっ、助かりたくなんてなかった」

 息を呑んだジルベルトの表情が歪むのがわかった。


「やっと・・・やっと、終われると思ったのに・・・」


 緩んだ彼の手に、握りしめた拳をとんっと彼の胸に叩きつける。
 力の入らない手で、何度も何度も。
 項垂れるように力を失った上体ごとジルベルトに抱きしめられた。思わず顔を上げようとすれば頭ごと抱き留めた彼の手に抑えられる。


「例え貴女が望んで死を選んだのだとしても」

 耳元で響く声。

「私は、貴女が生きていてくれて良かった。失いたくないと願った。あの夜、初めて本気で神に祈り、貴女が目覚めた時、初めて神に感謝しました。クローディア」

 ぎゅっと抱きしめる腕に力が籠る。


「どうか独りで泣かないで」


 一瞬、言葉の意味を理解できずにいた。
 そして気づく。
 頬を流れる熱い液体。顎を伝い零れる雫。ぽとりと手の甲に落ちた雫に、自分が泣いているのだと。愕然と瞳を開いた。頬に触れれば指先に濡れる感触。
 何時から?だって自分は、もうずっと泣けなかった筈なのに・・・。

「っ!」

 気づいた途端に嗚咽が漏れる。
 泣き顔を隠すように、ジルベルトの胸元に顔を押し付けた。彼の服をぎゅっと掴む。

「・・・嘘つきっ」

 ぽたぽたと零れる雫。
 如何どうすればこれを止める事が出来るのかがわからない。

「来て、くれなかった癖に・・・ずっと、・・・ずっと待って、たのにっ・・・一晩中・・・待ってたのに・・・・・・約束、した癖にっ!・・・嘘つきっ!!」

 壊れてしまった涙腺と同じように唇からもぽろぽろと言葉が漏れる。

 言うつもりなんてなかったのに。
 自分の意志とは関係なしに零れる雫と言葉。

 ジルベルトが宥めるように何度も頭や背を撫でるけど、涙は一向に止まってくれる気配を見せない。ぽたぽたぽたぽたと零れる雫は、抱きしめられた腕の中、ただ彼の胸元を濡らし続けた。






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