おままごとみたいな恋をした

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目覚め

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 泣き声が聴こえる。


 昏闇の中でたった独りで泣き続ける人影。
 静寂に心臓が締め付けられるような哀しい声だけが木霊する。


 瞳から零れ落ちる大粒の雫。
 頬を伝い、顎を伝って零れ落ちる。


 綺麗で哀しいその雫を拭いたいのに、


 いつも私の手は届かない。


 零れ落ちる雫はまるで球体のようにぽろぽろと零れ落ちては消えてゆく。








 長い睫毛が震え、ゆっくりと開かれた瞳がぼんやりと映したのは見慣れた天井。
 そして、こちらも見慣れた紺碧の瞳。

「なんて夢よ・・・。」

 力なく呟いて、手を額に かざそうとしたが腕が動かなかった。

「クローディア!!」

「「クローディア様っ!!」

 幾つかの自分を呼ぶ声に頭が痛んで眉を しかめた。バタバタと響く足音。扉の開く音。全てが遠くてうまく現状を把握できない。
 ただ、一つだけ感じたのは。

「・・・喉・・・渇いた・・・」

 酷く喉が渇いていた。
 喉が張り付いてしまったような違和感を感じる。水が欲しい。

 衝動のままに出した声は掠れ、酷く小さかった。
 それでも声は届いたようで、すぐに用意された水に欲求にしたがって身を起こそうとするも上手く力が入らなかった。

「まだ起き上がられては」

「水・・・欲しい」

 掛けられた声を遮り単語を告げ、更に身を起こそうとすれば自分以外の力によって身を起こされ、立てかけた枕に背を預けられた。与えられたグラスを持つ手が覚束なくて、ジルベルトがグラスの底を支えてくれる。

 こくこくと喉を小さく動かせば

「一気にお飲みになられるのは躰によくありません。噎せられては大変ですので」

 クロードの言葉にジルベルトの持つグラスの傾きが遮られて水の供給が一時絶たれた。口内のそれを飲み込んだところで、またゆっくりと傾けられるグラス。その繰り返し。
 もどかしいその動作を何度か繰り返し、喉を冷たい水が通り抜ける感覚に漸く少しずつ思考がクリアになってきた。


 そうして漸く現状を把握する。


「・・・・・・どういう、・・・こと・・・?」


 何故自分は生きている?

 あんまりにも今更過ぎる疑問にぶち当たって愕然とする。

 確かに貫いた筈の胸を確認しようと下を向けば、あまりの急な動作に躰が悲鳴を上げる。「っ!?」小さな呻きを漏らして逆に枕に背を預け上を仰ぐ羽目になった。

「大丈夫ですか!?」

 生理的な涙の滲んだ瞳を開ければ、覗きこんでくる彼の瞳にもうっすらと光るものがあった。
 ベッドの側に立ち尽くすクレアとマリーは手で顔を覆って泣いている。覆った手の指の間からぼたぼたと涙が滴る様子をクローディアは呆然と眺める。


「どうして・・・わたくしは生きているの?」


 だって確かに心臓を一思いに貫いた筈だ。
 呆然とした呟きにジルベルトの表情が歪む。
 それは、怒りだった。


「 如何どうして?!それを聞きたいのは此方の台詞です!何故あんな事をっ!!」

「ジルベルト様、落ち着いて下さい。クローディア様はまだお目覚めになられたばかりです」

 始めて見る激昂に思わず肩を竦ませればクロードが冷静に止めに入る。

  たしめる声にはっと肩を揺らすとジルベルトは顔を背けて「すまない」と短く謝った。だけど握りしめた拳が僅かに震えていて、彼が激情を逃がしきれていない事を物語る。


 クローディアはジルベルトから瞳を逸らせなかった。

 それは彼の怒りに怯えたからではなく、それよりももっと衝撃的な事があったから。
 鋭く此方を睨みつけた彼の紺碧の瞳、その中に映る自分自身の姿。

 そこに映るのは見慣れた自分の姿ではなく____

「髪が・・・白い・・・」

 紺碧に映る自分の髪は見慣れた黒髪ではなくて雪みたいな白髪だった。

 先程の二の舞にならないように、ゆっくりとした動作で首を下ろす。
 震える手で髪を一房掬い上げれば、そこにあるのは白銀の髪。銀に近いゼロスの白銀の髪よりも、もっと白が強い雪のようなプラチナブロンド。
 訳がわからなくて、答えを求めて室内の人間へと瞳を走らす。

「クローディア様、色々お気になることはあると思いますがひとまず後に。お医者様がいらっしゃいます。殿方は一度ご退出願います」

 まだ涙の名残を残したままの瞳で、クレアが毅然と言い放つ。
 それに否と言える者はいなかった。


 ぼんやりと彼らが出ていくのを見送る。

 未だ泣き崩れたままのマリーがベッドの側に膝をついてクローディアの片手を両手で握りしめた。暖かい掌。ぼろぼろと泣き続けるマリーに「泣かないで」と声を掛けてもぶんぶんと首を振られた。嗚咽で言葉も出ない彼女にどうすればいいかわからなくてクローディアはそっとマリーの頭を撫でる。

「ご無事で、何よりでした」

 詰まらせた声でクレアが告げる。
 思わずアイスブルーの瞳を見上げれば、ぽろりと雫を零しながらもクレアがまっすぐにクローディアを見つめる。


 どうすればいいかわからなくて、だけど謝ることすらも出来なくて、潤わせた筈の喉がひくりと痛んだ。







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