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あともう少しだけ、と願っていたのに
しおりを挟むはぁはぁと肩で息をする。
こめかみから滴り落ちる汗。頬を伝って顎の先に溜まったそれを腕で雑に拭い去る。
「キリがないですね」
ジルベルトの言葉に誰もが内心で頷く。
充満する血の匂い。
それにすら鼻が馬鹿になって気にならなくなってきた。
「何とか捌いてっけど、あとどんだけ居るのかわかんねーのがキツイな。団長、あれからどんくらい経ってます、応援ってまだなんすか」
血が滴り落ちる剣を掲げたままアルバートがオズワルドに問う。オズワルドは一瞬腕の時計に眼をやったあと表情を歪める。
「まだ一時間も経っていない。漸く半分といったところだな」
その言葉に天を仰ぐ。
「マジか。きっつー」
「負傷者も増えてきたな。このまま持てばいいが」
フレイヤの言うように警備兵の中には負傷する物も大勢出て来た。幸い死者はまだ出ていない。それでも皆大小傷を負い、疲労が滲み出始めている。
「あらかた落ち着いていればいいケド。このまま続けばジリ貧だね」
作業的に敵を屠り続けている時だった。
「ヴィンスっっ!!」
鋭い叫びに反射的に振り向けば二匹の魔獣が勢いよくヴィンセントへと飛びかかろうとするところだった。
咄嗟にヴィンセントが風の魔術を放つ。
だけど刃は蜥蜴のような魔獣の硬質な鱗によって弾かれた。魔術師は魔術を編み上げるまでの瞬間が一番無防備な瞬間。声を上げたアルバートが走り出そうとするが距離があって間に合わない。
彼の一番傍に立っていたクローディアは魔術を編み上げるよりも先に手にした剣で狼型の魔獣を斜めに一刀した。
反動もそのままにもう一匹へ。
刃は先程のヴィンセントと同様に硬い鱗によって止められる。だけど僅かに剣先を鱗の先に喰い込ませたまま、持ち上げた脚で思いっきり魔獣を蹴り飛ばす。
漸く編み上げた魔術を魔獣の口内へ。
蹴り飛ばされた衝撃で吹っ飛んだ魔獣の口内で炎が暴発する。体内から焼かれた魔獣は黒い煙を上げながらぴくぴくと 蠢き、やがて動かなくなった。
「ご無事ですか?」
「・・・ああ、悪い、・・・助かった」
肩で息をしながら問えば、呆然とヴィンセントが頷く。
「前から思ってたケド、キミ見掛けと違って闘い方ワイルドすぎじゃない?」
「クローディアちゃん恰好ぇー!」
「失礼な。緊急事態だったのだから仕方ないでしょう。大体本来ならわたくしもっと大人しい闘い方ですのよ。一番得意なのは暗器の類ですもの」
「何故に暗器・・・」
「剣なんてドレスに隠せられないじゃないですの。魔術じゃ手加減は難しいし。手っ取り早く相手を落とすには暗器が一番楽なんですもの。遠距離攻撃が可能だし、さらに毒や薬を使えば掠っただけで一発ですし傷跡も目立ちませんしね。流石に魔獣には通用致しませんけど」
「ナニこの子コワイ」
「あんた何処目指してんの?」
「クローディアちゃん、入団する?」
反論したら割と失礼な眼を向けられた。理不尽。
因みに言葉こそ発せられなかったけど、ジルベルトとオズワルドにも若干失礼な眼を向けられている。
フレイヤは苦笑い。そんな表情も恰好良かった。
苛立ちを逃すように魔獣の首を刎ねる。
振るいあげた指の先で鮮血の花が咲く。
「大っ体、闘う姿なんて人前で見せないようにしてましたのに!お嫁に行けなくなったらどう責任とってくださるのかしら」
被ってた筈の猫ももうボロボロだ。
「責任もってジルベルトに貰ってもらえばいーじゃん」
能天気なゼロスの発言に鼻息荒く魔術を操る。
鳴り響く地響き。地面が振動で僅かに震える。
ざわざわと騒めく森の木々。振動で揺れる枝が音を立てて葉を震わせる。それはまるで、夜の闇の中、森そのものが一つの意思を持つ化け物と化したかのようだった。
先程よりも昏さを増した夜の闇に、青白い月が静謐に輝く。
地上の騒めきを気にもしないように、青白い月はひっそりと地上を見下ろす。
「・・・冗談だろ」
呟いたのは、誰の声か。
鳴り響く地響きの正体は、魔獣の群れだ。
群れをなして襲い来る集団は先程よりも規模が大きい。音だけでそれがわかる。わかってしまう。
疲弊したこの状況での第二波。応援はまだ来ない。
最悪の状況だった。
暗闇の中から幾つもの赤い瞳が襲いくる。爛々と光る不気味な瞳。
群れをなしたそれを抑えきる事が出来ずに、そこかしこで上がる悲鳴。甲高い硝子の割れる音。捌き損ねた魔獣の数匹が敷地を超えて屋敷へと侵入する。
「まずいですね」
助けに向かいたくとも、此処を離れれば抑えきれなくなった魔獣は全て屋敷へ、更には領内のあちこちへと向かうだろう。
状況は絶望的だった。
肩で息をしながら魔獣を捌く。
魔術で、剣で、魔獣を屠りながら、傷ついた者達を援護する。
魔獣の咆哮が、硝子の割れる甲高い音が、悲鳴が、クローディアを責め立てる。
心臓がバクバクと煩い。
剣ごと強く、拳を握りしめる。噛みしめた唇。
あと、もう少しだったのに_____
そんな想いが如何しても拭えなかった。きつく瞳を閉じる。
魔術を振るい、剣を振るい、鮮やかな鮮血の花を幾つも咲かせる。
襲いくる魔獣を剣で一閃したあと、度重なる返り血にぬるついた掌が剣を取り落とした。
迫りくる赤々とした瞳。魔術を練り上げながらも、間に合わないとそう悟った。
致命傷にならないようにと身を引く準備をしながらも訪れるだろう痛みを覚悟する。
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