37 / 65
戦場は本物の戦場へ
しおりを挟む着替えて戻ってきたフレイヤが合流する。フレイヤが剣を借り受けるのに便乗してクローディアも細身の剣を借り受けた。
「あんた剣も使えるの?」
「嗜み程度に」
外へと向かいながら意外そうに問いかけてくるヴィンセントに簡潔に返す。
森に面した広大な敷地。
視線の先の森は夜の闇を纏い鬱蒼としており、今にもそこかしこから魔獣が飛び出して来そうな気がする。月もあり、まだ辺りが見渡せる程度の暗さだから良いものの、長引いて夜の闇が深まる程に夜目の聞かない人間側が不利になるのは明白だった。
「報告から考えるにあと十分もすれば魔物の群れはこの辺りまで来る。応援が駆けつけられるのは先行部隊でも一時間半はかかる。本格的に到着するとなれば二時間は超えるだろうな」
「森は破壊しても構わないんデショ?オズワルド。屋敷も被害出るだろーケド」
「つーか、駄目とか抜かしたらまともに闘えねぇースけどね」
「構わない。領主には命とどちらを優先するか考えろと伝えさせた」
オズワルドの言葉に好戦的な瞳を剥き出しにしたアルバートが首元のタイをボタンごと引きちぎり、上着を芝生の上に投げ捨てる。引き抜いた剣と同じに瞳がギラギラと光ってる。
「魔術に長けてらっしゃる方はどれくらいいらっしゃるの?ゼロス様達以外にも団長・副団長クラスの方はいらっしゃるのかしら?」
「魔術師は数名おりますが、役職持ちはあと彼方の第四の副団長ぐらいでしょうか」
「存じ上げない方なので呼んで来て頂いても宜しいですかゼロス様」
「何でボク?」
「だって、魔術師の中では一番立場が上でしょう」
「彼に何か用が?」
「わたくしが補助致しますわ。ただ全ての魔術師の効力を上げるのは無理ですので、どうせ上げるのなら能力が高い方のほうが宜しいでしょう。手をお借りしますわね。ヴィンセント様も、お嫌でしょうけど手を貸して下さいな」
クローディアはジルベルトの手をとって、反対側の手をヴィンセントへと差し出した。
一瞬躊躇ったのちに重ねられたヴィンセントの手を握りしめて瞳を閉じる。
力を籠めるようにして数秒、彼の手を離すと今度は戻って来たゼロスと第四魔術師団の副団長だという男性にも同様に。全てが終わった後、クローディアは大きく一つ息を吐いた。
疲労感に僅かに揺れた足に、ジルベルトが慌ててクローディアの背を片手で抑える。
もう片方の手はクローディアが握ったまま。
「大丈夫ですか?」
「ええ、集中するので少し疲れただけですわ。有難う御座います」
礼を言って足元に力を入れて体勢を立て直す。
繋いだままの手を離した。
地響きが聴こえる。
魔獣たちの足音はすぐそこまで迫っていた。暗闇に幾つも光る赤々とした眼。
「これで本当に効果が上がったの?」
半信半疑なヴィンセントにクローディアは獣の群れを指さした。
「わたくしはこれでも聖女ですのよ。試してご覧になればいいわ」
指さした方向へと向かって放たれた風の刃に鮮血の赤が舞う。ごとりと音を立てて落ちた幾つかの首。意図したそれよりも遥かに大きい威力にヴィンセントは驚いてクローディアを見た。
それににっこりと笑いかける。
「信じて頂けたかしら。大分効力を上げてますので魔獣を一斉に屠る際には有効ですけど、人が居らっしゃる方向へ魔術を放つ場合はお気をつけになって」
ヴィンセントだけでなく、ゼロスやジルベルト、名も知らぬ第四魔術師団の副団長に向かってクローディアはそう告げた。
ついで手にしていた剣で徐にドレスのスカート部分を縦に裂いた。
スリットのようになったクリムゾンレッドの鮮やかな色彩から白い脚が覗く。
「何をしてるんですか?!」
慌てるジルベルト達をよそにクローディアはウエスト部分を彩っていた花の飾りをぽいっと投げ捨てる。風の刃を起こして靴のヒールを切り落とせば、ヒールの高さだけストンと躰が下へと降りる。
これで大分闘いやすくなった。
低い靴に、足元の動きやすくなったドレス。本当ならフレイヤのように服を変えたかったところだが、長身の彼女と違って小柄なクローディアでは幾ら小柄な男性の服を借りたところで丈が合わない。下手に裾を踏みつけでもしたら逆に動きにくくなってしまう。
「戦闘開始ですわね」
高らかに夜空へと放たれた咆哮に、ぽつりとひとつ呟いた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
おとぎ話のお姫さまに転生したようですが王子さまの様子が変です
ミズメ
恋愛
修道院で過ごすヘンリエッタには、前世の記憶があった。本を読むのが好きな、日本人の記憶だ。
いばら姫にシンデレラ、人魚姫……たくさんのお姫さまたちが登場するこのおとぎ話のような世界で、彼女はある日気がついた。
「わたし、人魚姫の恋路を邪魔したあの王女ですね」
魔女に人魚に狼に……何でもアリなこの世界ですが、せっかく魔法が使えるので人魚姫の悲恋もわたしが何とかします!そう思っていたのに、ヘンリエッタは何故か王子に追いかけ回されるのだった。
「――へえ。姫は追いかけっこがしたいんだね?」
✳︎アンデルセン、グリム童話、おとぎ話が色々混ざっています。
苦手な方はご注意ください。
✳︎ゆるふわっとした気持ちでご覧ください
✳︎2019.8.24改題、改稿しました。大まかな流れは同じです
✳︎小説家になろうにも掲載中。別名です。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでのこと。
……やっぱり、ダメだったんだ。
周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中
※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる