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ブルームーン
しおりを挟むテラスから戻ったクローディアはジルベルトを探すために会場にざっと視線を走らせた。
彼が言っていたように知っている顔もちらほらと。
最近声を掛けられるセオ曰く脳筋の方々や、時々廊下で此方を拝んでいる顔は見かけるけど名も知らぬ方々。
此方に気づいたアルバートが軽く手を上げれば、隣にいたヴィンセントに思いっきり顔を顰められた。
柱に背を預けもぐもぐと食事をしているゼロスは白い正装を纏っており、いつもの黒い団服よりウサギ度が急上昇中。何とも麗しい外見なのに彼の視線は食べ物にしか向いてなかった。視線を向ける令嬢達が憐れ。
ゼロスと一緒にいるのはオズワルドとフレイヤ。
此方はグラスを片手に時折訪れる者達と談笑を交わしていて、ドレスを纏ったフレイヤの何時もとは異なる凛々しい美しさにクローディアはちょっぴりときめいた。オズワルドと並んだ姿は大人の色気があってもの凄くお似合いだった。向けられる令嬢達の視線にも嫉妬はなく、二人揃って憧れの視線を向けられている。
そしてジルベルトを見つけた。
ジルベルトは数人の令嬢達に囲まれていた。
花のように着飾った少女達は頬を染めて、あるいは上目遣いに彼に熱心に話しかけている。その瞳に浮かぶ感情が何かなんて一目瞭然だった。
クローディアは通りかかったボーイからグラスを受け取り、足を踏み出す。
「こんばんは」
向かったのはジルベルトのもとではなくアルバートやヴィンセントのいる場所だった。
「こんばんは。今日も一段と綺麗だねー。それよりジルんとこ行かなくていーの?」
「だって、お邪魔かと思って」
アルバートの軽い褒め言葉に礼を言ってカクテルグラスを軽く傾ける。
こくりと喉を震わせればスミレやバラの甘い香りが鼻を抜けた。すっきりとした甘さにレモンの酸味が心地いい。口を離したグラスを見た目の美しさも楽しむように微かに揺らせばヴィンセントは露骨に顔を顰めた。
「何それ、皮肉のつもり?」
「それはわたくしの発言に対して?それともカクテル?」
「どっちも」
彼には会う度に顔を顰められるか睨まれているなとぼんやりと思う。
当然か。嫌われているのだから。
「発言については別に皮肉のつもりはないのだけれど」
だけどカクテルについてはなんとも言えない。
カクテルグラスを揺らせば美しい青紫に月をかたどったレモンピールがゆらりと揺れる。
カクテルの名前はブルームーン。
蒼い月の名を関するカクテルの意味は“完全な愛”そして滅多にない稀なものという意味から全く反対の“お断り”としても使われる。
ヴィンセントの言っているのは前者だろう。
自分とジルベルトの仲を“完全な愛”などと言ってるつもりかと。
だけどクローディアが皮肉だと思ったのはそんな意味でなどなくて。
ブルームーンが持つ本来の意味そのままだ。
在り得ないモノだからこそ完全な愛に例えられ、遠回しなお断りとして用いられるようになった。
在り得ないモノ、滅多にないモノ、稀なモノ。
それを人は時に“奇跡”と呼ぶ。
クローディアはグラスを傾けて残りの液体を全て飲み干した。月をかたどったレモンピールごと全て。
「大丈夫なの?それ結構度数強いやつじゃん」
「お酒は強い方ですので平気ですわ。それより意外ですわね、お二人が一緒にいらっしゃるなんて」
「偶に飲むって前に言わなかったっけ」
「お聞きしましたけどアルバート様はこういった場では率先して女性に声を掛けに行かれるのかと。ヴィンセント様はそういった事はお嫌いそうですし」
「こいつは逆にこういう場では自分から行かないよ。すぐ噂になるから相手の女同士が揉めると面倒だし。あっちから声を掛けてきたら乗っかることはあるけど」
「成程。納得しました」
「クローディアちゃん。君、本当に俺に対して辛辣じゃない?!ヴィンスもなんなの?」
「仕方ないじゃないですか。ヴィンセント様はわたくしのことがお嫌いなので会話が弾まないんですもの。会話を弾ませるのには共通の話題、中でも悪口が有効ですのよ。ちょっとした会話の円滑材ですわ」
「僕は事実しか言ってない」
そんな風に話題を弾ませていたところでジルベルトがやって来た。
彼の表情は何処か不満そうだ。
「なかなかお戻りになられないと思っていたら此方にいらしたのですね」
「ごめんなさい。貴方の許へ戻ろうと思ったのだけど、ご令嬢方に囲まれてらっしゃたので気が引けてしまって」
「ならば尚更声を掛けて下されば良かったのに」
彼の言葉は本心なのだろう。
令嬢達の相手をしていたジルベルトの顔には僅かに疲れが覗いている。
「そんな事を仰っては可哀想だわ」
意図しない相手に想われる事を嬉しいとは思わない。だけど、あんなにもあからさまに恋する瞳を見てしまえばそう思わずにはいられない。
切ない気持ちになって苦く笑う。
憧れに手を伸ばしたくなる気持ちはクローディアにもよくわかる。
だからこそ一途にジルベルトを見上げていた少女達に割って入るのは憚られた。
だって自分は彼の恋人でもなんでもない。
「・・・殿下との話は終わられたのですか?」
「ええ、無事に」
一言で返せばジルベルトの眉が寄る。
「つーか、話って何だったの?」
ジルベルトが聞きたかっただろう事をアルバートが問いかけた。
ヴィンセントも興味深そうにこちらを見てる。質問に答えようかどうしようか迷ってクローディアは人差し指を顎に当てる、うーんと迷ってまぁいっかと結論を出して軽く答えた。
「フローラ様が襲われたのですって。その犯人がわたくしがフローラ様に危害を加えたって証言した方だったってお話しですわ」
男三人が思わず声を上げそうになったのを視線と仕草で咎める。
顎に当てていた人差し指を唇へ。
三人の驚きようにクローディアはちょっとした悪戯が成功した気分になる。ふふっと楽し気に笑えば信じられない眼を向けられた。
「それはつまり・・・」
「ただそれだけのお話しです」
ジルベルトが言いかけた言葉を首を振ってクローディアは遮る。
「秘密ですわよ?」
秘密、のポーズのまま瞳を細めれば楽し気なクローディアとは対象に男達は異物を飲み込んでしまった表情になる。
どういうことなのか、問い詰めたいがもし想像通りの答えならばこんな場所で誰かに聞かれでもすれば下手したら国際問題だ。相手は一国の殿下で、例え噂が立つだけでも大参事。
眼を丸くしてクローディアを凝視する事しか出来ない男達には何故彼女がこんな楽しそうに笑っていられるのか理解できなかった。
因みにクローディアが楽し気なのは三人が吃驚したことに、悪戯成功!!な気分だったから。
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