おままごとみたいな恋をした

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聖女ギヨティーヌの断罪を

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 辿り着いたテラスではぼんやりと月が輝いていた。


 此方を気にしている者達は何人かいるが、あからさまに近づいてくるような者はいない。様子を窺うことは出来ても声は彼方へ届かないだろう。

 クローディアは月を背負ってレオンを見つめた。
 話があると言って来たのは彼方だ、此方から話を振ってやるつもりは毛頭ない。
 ややあってレオンが口を開いた。

「フローラが襲われて怪我をした」

 その言葉を聞いてクローディアが持った感想は‘やっぱり’というその一言だけ。

「殿下はわたくしが手を回したと思ってらっしゃるの?」

「違う。犯人は既に捕らえてある」

 蒼い瞳が逸らされた。

「犯人はフローラの友人だった。以前お前がフローラを突き落とすのを目撃したと証言した令嬢だ」

「そうですの。フローラ様のお怪我は?」

「・・・・・・っ!足と顔に怪我を負ったが大事ない。だが酷く怯えている」

 淡々としたクローディアの返しにレオンの肩が揺れた。拳が強く握り締められる。

「嫌がらせが続いている。お前が居なくなったあともずっと。それどころか中傷も嫌がらせも強まる一方だ」

 そんな中でフローラを置いてこんな所まで来たのか。
 冷ややかな眼差しでクローディアは思う。こんなくだらない事を聞くためにわざわざ遠い地を訪れた彼は愚かだ。

「お前は本当にあいつを階段から突き落としたのか?嫌がらせはお前が行っていたのか?」

 貫くような強い視線にクローディアは微笑む。

「勿論ですわ」

 慈愛さえ感じさせるような柔らかな微笑み。

「だがっ・・・」

「皇太子殿下がそう仰った。だから犯人はわたくしです」

 否定の言葉を紡ごうとしたレオンを笑みで封じる。

「貴方が大勢の前でそう仰った。わたくしが何を行おうと行うまいと、それでそれは事実となる。フローラ様に嫌がらせを行ったのはわたくしで、フローラ様を突き落としたのもわたくし。貴方が一言声を発するだけで何の身分も持たない女が王妃候補となり、貴方の一言で簡単に人は罪人にも死刑にもなる。貴方は大国シュネールクラインの皇太子殿下です。お立場をお弁え下さいな」

「何を・・・、言って」

「だってあの夜貴方が仰ったんでしょう。フローラ様を害したのはわたくしだって。そうしてわたくしを国外追放にして二度と姿を見せるなと仰った」

「違うっ!あれはお前があの場でフローラに危害を加えたからだ!!俺もフローラもお前が素直に謝りさえすれば事をあんなに荒立てる気なんてなかった!」

「荒立てる気なんてなかった?あんな衆目の面前で晒しあげておいてですか」

 心の底から可笑しくなってついクスクスと笑いが漏れた。
 片手を口元に当て唇を隠すけど笑いはすぐには止みそうもない。


「何にせよ、わたくしは罪人となり国外追放となった。それで終わりで宜しいではないですか」

「いい訳がないだろう。もしお前が本当に罪を犯していないのなら、何故あんな事をしたっ!?」

「お立場をお弁え下さいと申し上げた筈です」

 落とされた声は我ながら氷のように冷たかった。

 何の温度も持たない瞳でレオンを映しながら、そのくせ優し気に微笑んでレオンを見る。
 笑顔は仮面だ。
 鎧で、武器で、下手に激昂するよりも強い効力を持つと他でもない彼の許で過ごした日々で学んだ。

「殿下はフローラ様のことが大切ではありませんの?」

「・・・」

「フローラ様の事が大切なら、この話はこれで終わらせて下さいませ。殿下がつついた藪から出た蛇がフローラ様を殺しておしまいになる前に」

「どういう、意味だ・・・?」

「もしわたくしがフローラ様に嫌がらせをしていなかったら。もしわたくしがフローラ様が突き落とされた日に公務で王都に居なかった事が明らかになったら。わたくしから殿下の婚約者の立場を掠めとるためにフローラ様がわたくしを陥れた事が明らかになったら、殿下もフローラ様もどうなるかお考え下さいませ」

 紡がれた言葉にレオンが息を呑んで一歩、二歩と後ずさる。
 背がテラスの柵に触れた。蒼い瞳が激しく揺れて、持ち上げられた手が口元を抑える。

「違う、違うっ。俺も、フローラもそんな事を考えてなどいなかった!」

「事実が必ずしも事実とはならない事は先程申し上げた筈です」

「アリバイがあったのなら、何故あの時」

「いい加減になさいませ」

 レオンの言葉を切り捨ててクローディアは広げた扇の下で一つ溜息を吐いた。

「確かな確認もせずに私を吊し上げたのは貴方方です。わたくしは殿下に責められる謂れなど御座いません。それとも、あの時申し上げれば宜しかったのかしら。フローラ様に危害を加えずわたくしの無実を明らかにして、これは全てフローラ様の陰謀だと声高らかに。
 フローラ様や殿下にその気がなかろうと無罪の人間を罪に陥れようとした事は変わらない。婚約者を追放してすぐに婚約を宣言した貴方方を皆はどう思われるでしょう?全て勘違いだと、悪気はなかったのだと心から信じて下さるかしら」

 美しい細工の施された扇を閉じる。

「あの時のわたくしは仮にも侯爵令嬢にして次期王妃候補である殿下の婚約者。殿下は兎も角、わたくしより身分の低いフローラ様は無事では済まなかったでしょうね。その罪を考えれば、故意だろうと過失だろうとあの時に落ちていたのはフローラ様の髪ではなくて首だった筈です」

 王家に連なる者を陥れようとしたのだ。
 知らなかった、で済まされる問題ではない。
 きっとフローラの首が落ちるだけでは済まされない。一族郎党が何らかの処罰を受けた筈だ。

 血の気を失ったレオンを眺める。

 別にクローディアはフローラを助けたつもりはない。結果的にそうなる事は知っていたけど。
 だけど結局は全てが莫迦らしくなっただけ。

 要らないというのなら、もうあんな茶番を続けるのはうんざりだった。

「殿下はあの時わたくしを斬り捨てることもお出来になった。だけどわたくしを国外追放することで見逃して下さったわ。それでお終いです。だけどもしこれ以上わたくしに関わられるつもりならそうもいきませんもの。貴方がわたくしに関わるのならわたくしは全てを明らかにしなくてはならない」

 扇を首元へと押し付ける。

 彼の腰に佩かれた剣へと視線を一瞥して、それから深い海のような蒼い瞳をひたりと見つめた。
 逸らすことを許さないように強く、強く。

「フローラ様か、わたくし、どちらかの首が落ちなければなりませんわ。あの日、賽を振られたのは殿下です」

 息を呑む彼に微笑みかける。今までで一番綺麗に見えるように。

「次にお会いする時には、その剣でわたくしの首を刎ねる覚悟を決めてきて下さいませ。お会いできるのを楽しみにしておりますわ」

 言葉も出ない彼に深く一礼して歩き出そうとしたクローディアは数歩進んだ先でふと足を止めた。言う必要はないのかも知れない。そう思いながらも振り返る。

 これが最後となる事を祈って。

「昔、わたくしがシュネールクラインに行ってすぐの頃。殿下はお菓子やお花を持ってよくわたくしに会いにきて下さいましたわ。あの頃、無作法なわたくしは叱責されるのが恐くて、何を食べても味なんてしなかった。
 だけどわたくしを咎めず笑って話を聞いて下さる貴方が、わたくしの為に持ってきて下さったお菓子だけはとても甘くて美味しかった。食べた事がないくらいに。
 いつも形式的で下手くそなお礼しか言えなかったけど、わたくしだけの為を想って選んで下さった贈り物は凄く凄く嬉しかった。長い間、至らないわたくしに眼を掛けて下さったこと、心よりお礼申し上げます。どうか、お幸せに」


 心からの想いを込めて、笑いかける。
 造りものでない笑顔に、せめて偽りのない感謝と祝福が届けばいいと願って。



 それ以上は返事も聞かずに歩き出す。
 もう二度と、振り返る気はなかった。




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補足:タイトルのギヨティーヌはギロチンの呼び名です。
   首を落とすってことにかけてます。
   

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