おままごとみたいな恋をした

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いざ、戦場へ

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 くしを通す程に艶やかさを増す長い黒髪。

 鏡台の前に腰かけ、身支度を整えられながら鏡の中の女をじっと見つめるれば鏡の中の女もまた此方を見返す。

 身に纏うドレスはクローディアが注文をつけた通りのクリムゾンレッド。
 鮮血のように鮮やかな紅。
 白い肌との対比でより鮮やかに映える紅は大きく開いた胸元と相まって妖艶だ。

 実はドレスの注文をつけた後に、クレアからはもっと淡い色合いのドレスの方がいいのではないかと忠言を受けた。それは如何したって自らを断罪した元婚約者と会う事で見世物になるのを免れないクローディアのことを気遣っての言葉だった。そんな場で派手な装いをすれば周りの眼は一層クローディアへと向く。

 そんな事は百も承知でクローディアはクレアの申し出を断った。

「派手な装いだろうと地味に陰に隠れようとしようとどうせ道化になるのは避けられないわ。ならば精一杯着飾って胸を張りたい。婚約破棄した女に話があるなんてのたまう男やそれを面白がる外野に気を遣うなんてまっぴら御免だもの。わたくしが一番美しく見えるように着飾って」

 挑むように笑いかければアイスブルーの理知的な瞳が強い意志を持って此方を見返す。

「仰せのままに」

 綺麗に腰を折った彼女のその一言は何よりも頼もしかった。

 そうして用意されたドレスは美しかった。
 艶やかな光沢を放つクリムゾンレッドの生地もさることながら大胆に開いた胸元やシンプルなラインを描くウエスト、それはクローディアのスタイルのよさを存分に引き立てるものだった。

 決して下品にならない妖艶さと華やかさ、華奢な身体つきを生かした可憐さと上品さを見事に引き出すデザイン。

 ぴったりと躰に沿う流麗なラインに、既製品で構わないと告げたけどこれは確実に違うなとクレアの手腕に舌を巻く。時間がなかったにも関わらずよく用意できたものだ。
 クレアの本気を垣間見た。

 艶やかな黒髪は敢えて結い上げずに整えて背に垂らす。

 美貌、スタイル、聖女となった証の黒髪、全ての武器を完璧に活かしきってクレアとマリーはクローディアを一部の隙もなく飾り立てた。

 化粧も唇はドレスと同じ色彩を刷き艶やかさを演出しつつ、大きな瞳を彩る長い睫毛は影を作るよう長さを増して勝気な印象の瞳に憂いを醸し出す。涙袋にパールを入れて瞳を潤ませ、頬には自然な色づきを見せるチークを乗せて艶やかさとは相反する庇護欲をそそる雰囲気を演出するなど抜かりがない。
 クレアの本気ハンパない。
 イベント事の度にクローディアは密かに感動する。

 クレアとマリーに一度退出してもらってからクローディアはドレスのスカートを捲り上げた。

 太腿にベルトを結びつける。もう手慣れた動作。何千何万と繰り返してきた。
 鍵付きの鏡台の引き出しを開けて使い慣れた短剣を手に取ろうとしてやめて、何となく眼についた隣にある真紅の短剣を手にする。

 以前カイルから譲り受けた薔薇の意匠と金の縁取りの美しい短剣だ。
 鞘を抜いて刀身を眺めれば銀色に光る刃にクローディアのアメジストが映り込んだ。今日の装いに相応しい気がして、鞘へと戻したそれを太腿のベルトに固定する。スカートを戻せば『お守り』は全くわからない。

 鏡の前でとびっきりの笑顔を。
 鏡の中の黒髪に紫の瞳の女もとびっきりの笑顔をクローディアへと返す。

 まだちゃんと笑えている事を確かめて、美しく武装したクローディアはパーティー戦場へと足を踏み出した。



「一昨日の事を気にしていますの?」

 馬車の中でクローディアはジルベルトへと問いかけた。ずっと表情が重いままの彼の顔を仔猫のような瞳がじっと見つめる。光彩の低い車内では彼女の瞳は本物の猫のように不可思議に煌めいて見えた。

「折角お美しい顔をなさっているのだからもっと毅然となさって下さいな。わたくしは胸を張って決戦に挑む意気込みですのにパートナーがそんな事では心もとないですわ。社交界では笑えなければ笑われるのは自分でしてよ?」

 停車を告げる馬車の振動にクローディアはそっと手を差し出した。

「エスコートして下さる?」

 差し出された彼の掌に淑女を気取って優美に指先を重ねた。



 煌めくシャンデリアの輝きが人々に降り注ぐ。鮮やかなドレスの色彩の海。潮騒のようにさざめくお喋り。誰もが見えない仮面をかぶり、扇の下で嘲笑を隠す。宝石のように権力を着飾り、瞳は互いを値踏みし合う。

 誰もが演者で、観客で、優雅に紳士淑女を演じる道化の群れ。
 演じられる演目は悲劇か、喜劇か。
 華やかで欺瞞に満ちたそこは舞台であり戦場だ。


「お初にお目にかかります。クローディアと申します」

 スカートの裾を広げて姿勢を崩さないように挨拶をする。もう本日何度目だろう。数えるのも馬鹿馬鹿しい。

 さり気なく、無遠慮に、向けられる視線に顔色を変えたりはしない。耳に入る雑音など本当に聞こえていないように眼の前の相手に微笑みかける。そんな事は王妃教育を受けていたクローディアにはたやすいことだった。
 そうして何人かの相手を捌いていた時、密やかに広まる騒めきに相手が自分に近づいてきた事を知る。

 このパーティーの主催者に伴われてやってきたレオンの声掛けを待って、クローディアは一層丁寧に礼をした。

「お久しぶりで御座います。シュネールクラインの皇太子殿下」

 名を呼ばないクローディアにレオンは僅かに表情を歪めた。
 当てつけだと思ったのだろう、知ったことか。婚約を解消した自分達は現に他人だ。
 流石に此処で皮肉を出すのは憚られたのだろうレオンが用件を切り出した。

「久しいなクローディア。お前に話がある」

「何なりと」

「此処では人目がある。何処か別の部屋へ」

「恐れ入りますがそれは何卒ご勘弁を。元婚約者とはいえ今は婚約解消をした身、殿方と二人きりになるのはご遠慮させて下さいませ」

  慇懃いんぎんに頭を下げればレオンの眉がぴくりと上がった。

「お前にとってもこの場ではない方がいいだろう」

「わたくしは一向に構いませんわ。ですが、皇太子殿下が構われるのでしたらお部屋ではなくて彼方のテラスでお話を伺いますわ」

 低く抑えた声にテラスを指し示せば不満気な雰囲気を隠さずにレオンはそちらへと歩み出す。

 クローディアもジルベルトや主催者に一礼して後に続いた。
 好奇を隠した視線が幾つも二人の後を追った。







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