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砕け散った、偽物の星
しおりを挟む何よりも衝撃だったのは、自分がそんなにもショックを受けたことにだった。
クローディアがその知らせを聞いたのは夕刻だった。
例の如く、気合の入ったクレアに身支度を整えられて一息ついていた頃。
この日の為に用意したドレスを身に纏い、化粧を施し、髪を編んでもらった。
用意したドレスは普段身に纏う事のない純白。繊細なレースが幾重にも重なり可憐な印象のそれは普段クローディアが身に纏う系統とはまた趣が違っている。アクセサリーは全てパールで統一しており、首元には二連のパールネックレス、耳には大粒のパールがゆらゆらと揺れていた。綺麗に編まれた髪を留めるバレッタにも真珠があしらわれており、黒髪に虹色の虹彩を孕んだ真珠の美しさが良く映える。
「クローディア様・・・」
玄関に応対に出ていたクレアが戻ってきた時、その表情を見て既に嫌な予感はしていた。
俯きがちにエプロンを握りしめたクレアが気遣うように上目遣いでクローディアを見る。
「本日、ジルベルト様はお戻りになられないそうです。怪我人が出られて、その関係で本日は夜勤をお勤めになられて明朝お戻りになられるとのことです」
隣でマリーが口元を手で覆う。「そんな」と小さく呟く声。
「そう、わかったわ。旦那さまにお怪我はないのね?」
「はい」
「お仕事なら仕方がないわ。ごめんなさいね、二人とも。折角準備してくれたのに」
首を振るマリーと「いいえ」と答えるクレアの方がクローディアよりもずっと辛そうな顔をしていた。いつも通りの声で、いつも通りの笑顔で平然と笑ってみせるクローディアよりずっと。
「お部屋に戻るわ。今日は夕食もいらない。折角の《星祝祭》なんだから二人もゆっくり過ごしてね」
背を向けて歩き出す。
耳元で揺れるイヤリングが、酷く煩わしかった。
部屋に戻るなりクローディアは鏡の前でイヤリングを外した。ついで、ネックレスの留め具を。最後にバレッタを外して鏡台へと置けば、編まれていた髪が背に流れる。複雑に編まれた髪を解いたことによってところどころウェーブがかかっていた。
あんなにも丁寧に時間を掛けて編んでくれたのに解かれるのはこんな一瞬。
やりきれなくて鏡から顔を逸らす。
ドレスを脱ぐこともせずにそのままベッドへと倒れ込んだ。どうせ皺になったって構わない。眼を覆うように右腕を翳して瞳を閉じた。
ほんの少し眠った後、眼を醒ませば時計の針が示すのは八時すぎ。
どうせなら目覚めたら今日が終わっていれば良かったのに。灯りをつける為に立ち上がったクローディアはドアの隙間に何か挟み込まれている事に気づいた。
カードのようなそれを拾いあげる。
眼を通した後で扉を開ければ、そこには小振りなサンドイッチとココットに盛られたビーフシチュー、それに飲み物の乗ったトレーが置かれていた。屈んでそれを持ち上げるとクローディアはそれを窓際へと置いた。
声を掛けずに廊下に置いてくれたのはきっと気を遣ってくれたのだろう。食欲はなかったが、折角のクレア達の気遣いを無にするのも申し訳なくておしぼりで手を拭う。行儀悪くも出窓に腰かけ、サンドイッチに手を伸ばしながら空を仰ぐ。
月のない空に沢山の星が輝いている。
夜の闇の色はジルベルトの瞳の色と似ていた。
味をかんじないままに義務的に食事を続ける。
そしてその内に夜空に沢山のランタンが浮かび出した。
窓にぺたりと片手を押し当てて、食い入るようにその光景を眺めた。幻想的に揺らめくオレンジの灯りが沢山の人々の祈りを乗せて空へと昇っていく。夜空が鮮やかな色で覆い尽くされ、星も覆い隠される程に。
高く高く昇って、そうして一つづつ見えなくなっていくのを眺め続けた。
最後の灯りが瞳から消えるまでずっと。
そうして夜空には遥か遠くに煌めく星だけが残された。
硝子に背を預け、クローディアはカーテンへと手を伸ばす。
タッセルを掛けるフックに共に掛けられたオーナメントの紐を持ち上げれば指先で支えられた偽物の星がキラキラと揺れる。瞳と同じ高さまで持ち上げ、指を離した。
墜落し、軽やかな音を立てて出窓の上で壊れた星。
壊れた破片の一つへ何気なく伸ばした指に走る痛み。
反射的に引いた人差し指の腹にぷくりと盛り上がる紅い雫をじっと見つめた。やがて雫でいる事に耐えられなくなったそれが指を伝う。
鈍い痛みを訴える指先に唇を寄せて流れ落ちる紅を吸った。
この痛みだって、きっといつかはなくなってしまうのだろう、そんな事を想いながら。
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