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そしてまた、間違いを重ねる
しおりを挟む高らかに鳴り響くファンファーレ。
撒き散らされる色鮮やかな花弁に華やいだ歓声が響く。至る所に飾られた星をモチーフにしたオーナメントが光を受けて本物の星々のように煌めく。
《星祝祭》の開催だ。
人々行き交い喧騒に溢れ華やかに賑わう街とはまったく別種の厳かな空間でジルベルトはそのファンファーレを耳にしていた。国主催の式典。列をなして起立を組み、開催の挨拶を聞くジルベルトの心境はこの場に相応しくなく憂鬱だった。
始まってしまった《星祝祭》。三日間の祝祭の内、初日の今日と目玉である明日の午後までは勤務で各種式典への参加や見回り、通常業務などを慌ただしくこなす。そして明日の夜はクローディアとの約束。明後日は一日休みで、明々後日は招待されたパーティーへの参加。
明日と明々後日を思うと気が重かった。
全てを許すと彼女は言った。否、始めから怒ってすらいないと。
ジルベルトへ償いとして明日の夜一緒に過ごす事を求めた。
明日の夜を迎えれば、クローディアは本当に全てを水に流すつもりなのだろう。
そしてクリストファーの誕生日を迎えれば彼女は何処かへ去ってしまう。
その事を思えば息が詰まった。
全ては自らの愚かな行いが発端で、だけどその愚かな行いこそなければそもそもクローディアと出会う事もなかった。
何が正しくて、何をすべきかもわからない。
わかるのは自分がどうしようもなく間違えてしまったという事だけ。
幻想的なランタンが夜空へと舞い上がるあの美しい光景を、《星祝祭》をきっと自分はいつまでも忌まわしく心へと焼き付けることになる。やがて夜空へと消えていくランタンに何を想うのだろう。
綺麗な想い出になんて、出来る訳がない。
微動だにしないまま視線だけを一人の男へと走らせる。
金髪に蒼い瞳のまさに物語のなかの王子様然とした男。式典に招待されたシュネールクラインの皇太子でクローディアの元婚約者。国賓として華々しく迎えられた彼が自分の前を通るときに蒼い瞳と一瞬はっきりと眼が合った。
彼は明々後日、クローディアに何を語るのだろう。
ジルベルトはぎりっと強く拳を握りしめた。
喰い込む爪の感触にも、思考はまったく晴れないまま。
式典が終わり、人々が大分散り散りになった所でアルバートがよぉと片手を上げて近づいてきた。
「見られてたな、さっき。やっぱ殿下も今の男が気になんのかね、自分が振った女でも」
「彼には新たに婚約者になる女性がいるだろうに」
「でもまだ婚約の話聞かねーよな。クローディアちゃんがお払い箱になってもう随分たつじゃん。あの場で宣言したんだろ」
「アルバート」
険を込めた眼で睨めばアルバートが両手を軽く上げて「悪い」と謝る。
「あの女も明々後日のパーティー出るんだって?」
二人が立ち話をしているのを見て近づいてきたヴィンセントの声と表情には隠しもしない嫌悪が滲んでいた。
腕を組んだままトンッと柱へ背を預ける。ヴィンセントがクローディアの話題を振るのは初めてではない。忠告と共にジルベルトは何度もクローディアと縁を切るべきだと諭された。それは彼があの断罪を実際に眼にしているが故の心配なのだろうとジルベルトもわかってはいる。
「他の男と暮らしてる癖に元婚約者と会おうって神経がわかんないんだけど」
「彼女は嫌がってた。相手は殿下なのだから立場上仕方のない事だろう」
「ヴィンスは相変わらずクローディアちゃん嫌いだな」
「あの女のした事を知ってれば当たり前だろう。ジルベルトがどうかしてるんだ。大体、その事がなくても苦手なんだけどあの女。何考えてるか全然わかんない」
「あー、確かに何考えてるかイマイチわかんないとこはあるわ。嫌がらせだっけ?そんなのしそうに見えないんだけだなー。コソコソしないで真正面から行きそうなタイプだし。でも魔術で大勢の前で危害加えたんだろ。普通そんな事するか?ましてやあの子頭いいのに」
アルバートの疑問はジルベルトもずっと感じていた事だった。
実際、クローディアにも問い質したが明確な答えは得られないまま。
理性を失う程に、後先を考えないほどレオンを愛していたというのだろうか。
「男の事になると見境なくなるんじゃないの」
不機嫌そうなヴィンセントがジルベルトを見て、一瞬言おうか躊躇ったあとで口を開いた。
「この前あの女が男と腕組んで歩いてるの見かけた。べったり腕に抱き着いて、顔寄せて随分親し気だったけど。婚約破棄された当日に見も知らぬ男について行く事決めて、更に他に男作るとかそういう女なんじゃないの」
突然の言葉に声を失う。
「見間違いとかじゃねーの?」アルバートの確認にも「見間違えるような顔じゃないだろ」と迷いなくヴィンセントは答える。
頭が上手く働かなかった。胃の底に重たい何かが落ちる。
もうずっと、沈殿したままのその重さは息苦しさを感じる程に重さを増していた。
祝祭という非日常の中で発生するトラブルは大小合せて途切れる事無く、ジルベルトは仕事に忙殺されていた。今はその忙しさが有り難かった。執務室に訪れる者達に指示を飛ばし、また次の仕事にかかる。その繰り返し。その間は余計な事を考えずに済む。
「副団長っ、失礼致します!!」
新たに訪れた部下の声は緊迫を含んでいた。
告げられた内容は市街のステージが倒壊し、怪我人が数人でたとのこと。幸いにも重傷者はおらず、急ぎ撤去と救助の人員を派遣する。あらかたの指示が済んだところでほっと息をついていた所、困った顔で部下が告げた。
それは先程の事故により住民を庇って怪我をした団員の補充要員について。夜勤の入っていた彼の人員を埋めなければならないが皆手がいっぱいで、また《星祝祭》故に休みの団員も予定が入っているだろうから代わりを見つけるのが大変だと言うものだった。
だから
「ならば私が代わろう。明日は休みだしこのまま業務を続ける」
一瞬の葛藤の後、ジルベルトはそう告げていた。
「えっ!?でも、ご予定とかは大丈夫なんですか?」
驚きと恐縮に狼狽える部下に「仕方がないだろう」と答える。
‘仕方がない’それは何よりも自分へ対する言い訳だったのだろう。
胃の底に溜まった重苦しさに吐き気がした。
クローディアとの約束を果たしたくなくて、眼の前に投げ出された選択肢に安易に飛びついた。その自覚がジルベルトにはあった。
その決断を、一生後悔する事になるとは知らないまま________
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