28 / 65
手遅れだなんて、最初から知っていた
しおりを挟む予防線の意味も込めて、クローディアはゼロスが興味を示すだろう話題を投げ掛ける。
「シュネールクラインについて割とすぐにわたくしは『出来損ないの聖女』の烙印を押されましたわ。あの国には宝具と呼ばれる物が幾つかあります。その中の一つに聖女の能力を測る物もありますの」
「知ってる!!原理のよくわかんない魔道具みたいのがあるんだよね。超見たいんだけど。クローディアは幾つか見たことあるの?!」
「そのハナシ詳しく!!」と超喰いつかれた。瞳がキラッキラだ。
喰いつくとは思っていたけれど・・・。
「一番有名なのは今お話しした物でしょうか。一見何の変哲もない水晶で手を翳すと能力の大きさによって光ります。強いほど強く、弱ければ弱い光を。以前お話ししたように聖女は髪や瞳の色が変わる者もいればそうでない者もいますし、途中で能力を失う事もありますから。自己申告だけでは本当に聖女なのか偽物なのかわからないですしね」
「貴方もそれを使わされたのですね」
「あの国についてすぐに。その後も諦めきれなかったのか何度も試されました」
「他には、他には?」
「他に有名なのだとかつての聖女が国を覆う結界を張った際に使用したと言われる杖とかかしら。国宝として飾られておりましたわ。実物を見た事あるのは数点ですわね、あとは文献の記述で眼にしたぐらいかしら。持ち出されたり、過去の戦や災害で紛失されたりそれこそ本当にあったか眉唾の伝説の品などもあるようですけど」
「凄く研究したいんだけど!シュネールクライン行ってみたいなー、でもボクあの国キライなんだよね。堅苦しくて面倒臭いし。あーどっかに落ちてナイかなー」
そんな簡単に落ちててたまるか。
シュネールクラインの人間が聞いたら怒りそうな事を散々呟いてゼロスは渋々自分の執務室へと返っていった。
何せゼロスは最近仕事をしていない。自分で持ち掛けた条件だから仕事を手伝う事に不満はないものの、流石にクローディアにはサインや最終判断が必要なものには手を出せない。
ゼロスが去ったあと、クローディアは先程ゼロスにしたように両手をジルベルトへと差し出した。
「手を貸して頂けますか?試したい事がありますの」
何せ先程ゼロスへ実際に能力を使って見せたのはこの為だったりする。
ジルベルトで試してみたいことがあるもののその為には彼に触れる必要がある。以前部屋に逃げ帰って以来若干気まずいままなので屋敷でそのタイミングを見つけるのは難しかった。だからゼロスの話題に乗っかる形で、ここで用を済ませてしまおうと思ったのだ。
乗せられた彼の手を片手で握り俯くようにして額へと誘う。もう片方の手で胸元を強く握った。祈りを込めるように瞳を閉じる。
先程よりもずっと強く、長く。
「クローディア?」
あまりに長いことそうしているからか声を掛けるジルベルトに「もう少し」と囁くように答える。
静寂のまま数分が過ぎた頃、睫毛を震わせてゆっくりとアメジストの瞳が開いた。すっかり温もりの移った手から額をあげてジルベルトの瞳を覗きこむ。
「有難う御座いました。何か変化は感じられて?」
問われてジルベルトは軽く手を握ったり開いたりした後で緩く首を振った。
「いえ、特には。ですがあの時も特段変化を感じ取っていたわけではないので実際魔術を使ってみないとわからないです」
先程のゼロスを真似るように空中に氷の塊を顕在させる。現れた氷の塊はゼロスの作ったものよりは大きいけれど二倍にまではいかない程度。
「属性も関係しているのでしょうか?聖女の能力は他に何か大きく起因する特徴などはあるのですか?」
顎に手を当てて真剣に考察する姿にゼロス程極端ではないけれどやはり彼も専門分野だけに気にかかるのだなと思う。
「願いに起因する部分は大きいですわ。魔術とは違い理を編まなくても発動するのは願いや想いに反応するのでしょうね」
「あの時あれ程威力が増したのも?」
「それは秘密です」
クローディアがふふっと微笑んで誤魔化せばジルベルトに眉間に皺が寄った。
珍しくも苛立ちを含んだ表情。そして苛立ちよりも尚濃く、焦燥と心配を孕んだ表情だった。
「クローディア、このまま私の許に留まって下さる気はありませんか?貴女がこの話題を避けている事はわかっています。だけど先日の手合わせで多くの者が貴女の能力を眼にしています。貴方はあの国に戻る気はないと言った。ですが彼方がどう思うかはまた別です」
早口で捲し立てるのは以前のようにクローディアに遮られる事を恐れてだろうか。
「あの国だけじゃない、他の者が貴女に眼をつけるかも知れない。貴族でなくなった貴女単身よりも私の許にいる方が少しは防波堤にもなれる筈です。如何しても嫌ならほとぼりが冷めるまででもいい。許して下さらなくて構いません、どうか私を利用して下さい」
「貴方がそんなに必死になる事はないでしょう」
両手で掴まれた肩が痛い。だけどそれ以上に懇願を含んだ真摯な瞳が突き刺さるようで、軽く茶化そうとしても彼の表情は少しも緩んではくれなかった。
「あります。貴女を手放したくない」
夜空のような紺碧に、黒い髪の女が映っている。
「クローディア貴女が好きです」
全てが、遠い世界の出来事のように感じた。
痛いほどに真摯な響きのその言葉は、だけど少しも心へと響きはしなかった。
あの夜、あんなにも恐れ、逃げ出した筈の言葉はただの言葉に過ぎなかった。自分自身で驚く程に。
虚しさと淋しさが胸を包んで、クローディアは力なく微笑んだ。
「嘘よ。貴方は勘違いしているだけだわ。その感情はわたくしに対する罪悪感や後悔から派生したもの。おままごとの相手に情が移って感情移入してしまってるだけだけよ」
「確かに最初は全て偽りでした。贖罪の気持ちも確かにあります。だけどそれだけじゃない」
頬に手を当てられ、逃げ場を奪うように上向かせられる。
ジルベルトの紺碧がクローディアのアメジストを覗き込んだ。僅かな反応も逃さないように。
「おままごと、と貴女は言った。だけどクローディア、貴女は如何なのですか?出会ってすぐの頃からずっと、貴女は私を‘旦那さま’とそう呼んだ。まるでおままごとみたいに。だけど、今は?何時からか貴女は私を自然にそうは呼ばなくなった。貴女にとっては未だ全てがおままごとのままなのですか?」
頬を支える手に視線が逃せないまま喉がヒクリと小さくなった。睫毛がふるりと震える。
それが、答えだった。
「なら尚更よ」
紺碧に映る笑みは泣きだしそうに不格好な笑顔。
「お互いおままごとでいられないのなら、これ以上は泥沼だわ。貴方の中からわたくしへの負い目はきっと一生消えない。薄くなって、他の感情が大ききなってもしこりみたいに心の中にずっと残るの。そして貴方がどれだけ自分の気持ちが本物だって言ってくれても、わたくしはそれを信じ切る事がずっと出来ない。同情や贖罪から傍にいるんだとその気持ちが消えないわ」
きっとずっと お互いが苦しいまま。
「どんなに綺麗に組み上げても、歪な土台の上に立てた砂の城は崩れてしまうもの。ほとぼりが冷めるまでっていつまで?いつまでこの関係を続けるの?積み上げれば積み上げるだけ崩れた時が辛くなるだけだわ。だからもう終わりにしましょう。綺麗な想い出だけを胸に終わらせて」
もう手遅れだって知っているけど____。
もっと早くそうするべきだった。
最初から、憧れに手を伸ばしてはいけなかったのだ。
頬に添えられたままのジルベルトの手をそっと外した。
「もうじきマリーやセオが戻ってくるわ。お茶が冷めてしまったから淹れ直して来ます」
そうしていつだって、逃げ出す事しか出来ないでいる。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる