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手遅れだなんて、最初から知っていた
しおりを挟む予防線の意味も込めて、クローディアはゼロスが興味を示すだろう話題を投げ掛ける。
「シュネールクラインについて割とすぐにわたくしは『出来損ないの聖女』の烙印を押されましたわ。あの国には宝具と呼ばれる物が幾つかあります。その中の一つに聖女の能力を測る物もありますの」
「知ってる!!原理のよくわかんない魔道具みたいのがあるんだよね。超見たいんだけど。クローディアは幾つか見たことあるの?!」
「そのハナシ詳しく!!」と超喰いつかれた。瞳がキラッキラだ。
喰いつくとは思っていたけれど・・・。
「一番有名なのは今お話しした物でしょうか。一見何の変哲もない水晶で手を翳すと能力の大きさによって光ります。強いほど強く、弱ければ弱い光を。以前お話ししたように聖女は髪や瞳の色が変わる者もいればそうでない者もいますし、途中で能力を失う事もありますから。自己申告だけでは本当に聖女なのか偽物なのかわからないですしね」
「貴方もそれを使わされたのですね」
「あの国についてすぐに。その後も諦めきれなかったのか何度も試されました」
「他には、他には?」
「他に有名なのだとかつての聖女が国を覆う結界を張った際に使用したと言われる杖とかかしら。国宝として飾られておりましたわ。実物を見た事あるのは数点ですわね、あとは文献の記述で眼にしたぐらいかしら。持ち出されたり、過去の戦や災害で紛失されたりそれこそ本当にあったか眉唾の伝説の品などもあるようですけど」
「凄く研究したいんだけど!シュネールクライン行ってみたいなー、でもボクあの国キライなんだよね。堅苦しくて面倒臭いし。あーどっかに落ちてナイかなー」
そんな簡単に落ちててたまるか。
シュネールクラインの人間が聞いたら怒りそうな事を散々呟いてゼロスは渋々自分の執務室へと返っていった。
何せゼロスは最近仕事をしていない。自分で持ち掛けた条件だから仕事を手伝う事に不満はないものの、流石にクローディアにはサインや最終判断が必要なものには手を出せない。
ゼロスが去ったあと、クローディアは先程ゼロスにしたように両手をジルベルトへと差し出した。
「手を貸して頂けますか?試したい事がありますの」
何せ先程ゼロスへ実際に能力を使って見せたのはこの為だったりする。
ジルベルトで試してみたいことがあるもののその為には彼に触れる必要がある。以前部屋に逃げ帰って以来若干気まずいままなので屋敷でそのタイミングを見つけるのは難しかった。だからゼロスの話題に乗っかる形で、ここで用を済ませてしまおうと思ったのだ。
乗せられた彼の手を片手で握り俯くようにして額へと誘う。もう片方の手で胸元を強く握った。祈りを込めるように瞳を閉じる。
先程よりもずっと強く、長く。
「クローディア?」
あまりに長いことそうしているからか声を掛けるジルベルトに「もう少し」と囁くように答える。
静寂のまま数分が過ぎた頃、睫毛を震わせてゆっくりとアメジストの瞳が開いた。すっかり温もりの移った手から額をあげてジルベルトの瞳を覗きこむ。
「有難う御座いました。何か変化は感じられて?」
問われてジルベルトは軽く手を握ったり開いたりした後で緩く首を振った。
「いえ、特には。ですがあの時も特段変化を感じ取っていたわけではないので実際魔術を使ってみないとわからないです」
先程のゼロスを真似るように空中に氷の塊を顕在させる。現れた氷の塊はゼロスの作ったものよりは大きいけれど二倍にまではいかない程度。
「属性も関係しているのでしょうか?聖女の能力は他に何か大きく起因する特徴などはあるのですか?」
顎に手を当てて真剣に考察する姿にゼロス程極端ではないけれどやはり彼も専門分野だけに気にかかるのだなと思う。
「願いに起因する部分は大きいですわ。魔術とは違い理を編まなくても発動するのは願いや想いに反応するのでしょうね」
「あの時あれ程威力が増したのも?」
「それは秘密です」
クローディアがふふっと微笑んで誤魔化せばジルベルトに眉間に皺が寄った。
珍しくも苛立ちを含んだ表情。そして苛立ちよりも尚濃く、焦燥と心配を孕んだ表情だった。
「クローディア、このまま私の許に留まって下さる気はありませんか?貴女がこの話題を避けている事はわかっています。だけど先日の手合わせで多くの者が貴女の能力を眼にしています。貴方はあの国に戻る気はないと言った。ですが彼方がどう思うかはまた別です」
早口で捲し立てるのは以前のようにクローディアに遮られる事を恐れてだろうか。
「あの国だけじゃない、他の者が貴女に眼をつけるかも知れない。貴族でなくなった貴女単身よりも私の許にいる方が少しは防波堤にもなれる筈です。如何しても嫌ならほとぼりが冷めるまででもいい。許して下さらなくて構いません、どうか私を利用して下さい」
「貴方がそんなに必死になる事はないでしょう」
両手で掴まれた肩が痛い。だけどそれ以上に懇願を含んだ真摯な瞳が突き刺さるようで、軽く茶化そうとしても彼の表情は少しも緩んではくれなかった。
「あります。貴女を手放したくない」
夜空のような紺碧に、黒い髪の女が映っている。
「クローディア貴女が好きです」
全てが、遠い世界の出来事のように感じた。
痛いほどに真摯な響きのその言葉は、だけど少しも心へと響きはしなかった。
あの夜、あんなにも恐れ、逃げ出した筈の言葉はただの言葉に過ぎなかった。自分自身で驚く程に。
虚しさと淋しさが胸を包んで、クローディアは力なく微笑んだ。
「嘘よ。貴方は勘違いしているだけだわ。その感情はわたくしに対する罪悪感や後悔から派生したもの。おままごとの相手に情が移って感情移入してしまってるだけだけよ」
「確かに最初は全て偽りでした。贖罪の気持ちも確かにあります。だけどそれだけじゃない」
頬に手を当てられ、逃げ場を奪うように上向かせられる。
ジルベルトの紺碧がクローディアのアメジストを覗き込んだ。僅かな反応も逃さないように。
「おままごと、と貴女は言った。だけどクローディア、貴女は如何なのですか?出会ってすぐの頃からずっと、貴女は私を‘旦那さま’とそう呼んだ。まるでおままごとみたいに。だけど、今は?何時からか貴女は私を自然にそうは呼ばなくなった。貴女にとっては未だ全てがおままごとのままなのですか?」
頬を支える手に視線が逃せないまま喉がヒクリと小さくなった。睫毛がふるりと震える。
それが、答えだった。
「なら尚更よ」
紺碧に映る笑みは泣きだしそうに不格好な笑顔。
「お互いおままごとでいられないのなら、これ以上は泥沼だわ。貴方の中からわたくしへの負い目はきっと一生消えない。薄くなって、他の感情が大ききなってもしこりみたいに心の中にずっと残るの。そして貴方がどれだけ自分の気持ちが本物だって言ってくれても、わたくしはそれを信じ切る事がずっと出来ない。同情や贖罪から傍にいるんだとその気持ちが消えないわ」
きっとずっと お互いが苦しいまま。
「どんなに綺麗に組み上げても、歪な土台の上に立てた砂の城は崩れてしまうもの。ほとぼりが冷めるまでっていつまで?いつまでこの関係を続けるの?積み上げれば積み上げるだけ崩れた時が辛くなるだけだわ。だからもう終わりにしましょう。綺麗な想い出だけを胸に終わらせて」
もう手遅れだって知っているけど____。
もっと早くそうするべきだった。
最初から、憧れに手を伸ばしてはいけなかったのだ。
頬に添えられたままのジルベルトの手をそっと外した。
「もうじきマリーやセオが戻ってくるわ。お茶が冷めてしまったから淹れ直して来ます」
そうしていつだって、逃げ出す事しか出来ないでいる。
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