おままごとみたいな恋をした

文字の大きさ
上 下
25 / 65

自分から名乗ってないからセーフ

しおりを挟む



 そしてクローディアは絡まれていた。



 昨夜、自室へと逃亡を図った翌日。
 クローディアはジルベルトが仕事に出るのを見計らってから部屋を出た。昨日の今日でとても顔を合わせる心の準備が出来ていなかったのだ。
 そして心を落ち着けようと再び繰り出した街でまたしてもクローディアは絡まれた。

 だけどクローディアは学んだのだ。

 絡んでくる男達にあえて令嬢らしく、かつ高圧的に振る舞う。下手をすれば相手を煽る恐れもあるが、声を掛けてくる軽薄な男達は総じて権力に弱く、此方が貴族感を出して毅然と振る舞えば慌てたように逃げていく。

 前回はきっと、何処へ行こうかと初めての街にきょろきょろしていたのが気弱そうに見えたのが敗因だろう。

「貴方達、わたくしが誰かわかっていて声をかけてらっしゃるの?」

 男達を睥睨し小首を傾げて悠然と問いかければ、本日4組目にして6・7人目の招きもしないお客様はご退場。
 因みにクローディアは既に貴族じゃないので令嬢詐欺。
 でも自分から貴族だと名乗っていないからセーフ。勘違い、勘違い。

 そうして戦果を挙げながら散策を続けていると、見知った姿を発見した。

 期待をしていたものの、都合よく会えるかわからないと半分諦めていたクローディアはぱぁっと顔を輝かせた。通りがかった人々が頬を染めて二度見する。

「レイっ!!」

 たたたっと軽快な足音を響かせながら呼びかければ、気づいたレイが眼を丸くしすぐに甘く微笑んだ。

「ディー、久しぶり。偶然だね。今日も一人なの?」

「そうよ。でも今日は一人でちゃんと対応出来たわ。7人にお引き取り願ったもの」

 最後の質問だけ心配を滲ませたレイにクローディアは胸を張って答える。

「いや、物凄い絡まれてるじゃん」

 7人って、呆れた視線を向けられた。

「レイはお買い物中?」

 上目遣いに見上げればレイが苦笑いする。

「そう。今日はこの後に残念ながら仕事が入っているんだけど、二時間ぐらいなら余裕があるから一緒にご飯でもどう?」

「いいのっ!?」

 身を乗り出せば「本当はもっと時間を取ってあげたいんだけどごめんね」と謝られぶんぶんと首を振る。約束していたわけでもないのに付き合ってくれるだけ大歓迎だ。

「どうしよっか、何か食べたい物はある?」

「何でもいいわ。だけど出来ればゆっくり話をしやすいお店がいいわ。もう色々いっぱいいっぱいで話を聞いて欲しいの」

「じゃあ個室のある店とかの方がいいかな」

 うーん、と顎に手を当てて考えていたレイが不意にクローディアを見た。

「それか、どっかで何か買って公園のベンチでも行く?」

 面白そうに見てくる瞳は、前回クローディアが慣れない買い食いに興味を示していたのを知っているからだろう。

「でも、公園じゃテーブルが無いわよ?」

「お皿もフォークも使わないで食べれるような物も沢山売ってるから。包み紙があって手も汚れないようになってるし」

 首を傾げれば楽しそうに教えてくれるレイにクローディアの瞳が輝く。喰いつけば「了解」とレイが笑った。

 食べ物を物色しに行く途中、露店で売っていたアクセサリーに眼が止まった。気づいたレイが「見る?」と聞いてくれるのに首を振る。
 売っていたのは小さなタグのついたネックレスやブレスレット。

「いいの?寄っても構わなかったのに。ディーは知ってる?《星祝祭》の定番アクセサリー。相手の名前を刻印したアクセサリーを好きな相手にプレゼントするんだ」

「知ってるわ。女神のお伽話に由来しているのでしょう」

「そう。恋が叶うってジンクスがあって女の子達に大人気。まぁ、あれに限らず祭りに託けて色々な効果を謳った物がこの時期溢れてるけど」

 変わっているのは自分の名前ではなく相手の名前を刻印するところ。
 自分が身に着ける為の品ではなく、親しい相手に贈る様のアクセサリーなのだ。

 これは名前を持たなかった女神に恋人となった人間の男が名前を刻印したネックレスを送り、女神に名を授けたのが由来だ。

 祝祭を前にした通りは相変わらず賑やかだ。同じようなアクセサリーを扱う露店も幾つも並ぶ。
 不意に前からきた人にぶつかりそうになって、レイに腰を引かれた。
 人を避けてから思わずレイを見上げる。
 じっと観察するように見上げた後でレイの腕に抱き着いた。

「ディー?」

 驚くレイをよそにクローディアはいっそう強く抱き着いたまま頷いた。
 クローディアが何を確認したかったのかわかったのだろう。レイが苦笑いしながら咎めるように名を呼んだ。気を悪くさせたかとおずおずと見上げれば苦笑いしたまま首を振られた。

「別に怒ってないよ。だけど確信があったならともかく、この確認方法はないでしょ。僕が本当に男だったらどうするつもりなの」

「・・・ごめんなさい」

 しゅんと首を垂れれば頭を撫でられる。

 抱き着いた際に腕で触れたレイの胸には柔らかな感触。よくよく見ればレイは喉仏もなかった。最初にあった時から僅かに感じていた違和感。
 触れられても嫌悪感を抱かなかった事から改めてよく観察してみた結果、抱き着いて確かめるという暴挙に出たら怒られた。

 でも 如何どうして?という眼で見上げれば「後で話してあげる」と軽く返された。嫌なら無理に聞く気はなかったがさほど気にしてもいないらしい。

 判明した事実に嬉しくなって、腕に抱き着いたまま歩く。

「でも、嬉しい。実はわたくしちょっと男嫌いなの」

 レイの耳元で ささやくクローディアは気づいていなかった。



 この時、二人の姿を見つめる瞳があったことに。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

人生最後の助言

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

私の旦那に手を出したなんて許さない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,499pt お気に入り:217

【完結】闇落ちした聖女候補は神様に溺愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:230

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:31

処理中です...