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不穏の足音
しおりを挟む「わたくしに会いたい?」
声が険を帯びるのが自分でもわかった。
屋敷でジルベルトと共に夕食をとっていた時の事。
難しい顔をした彼が逡巡をした後に切り出した話が《星祝祭》の最終日の翌日、ある貴族の領地で行われるパーティーへの招待だった。
ジルベルトは公私共に稀に参加せざるを得ずに出席する事があるが、クローディアはマーリンに来てから一度もそういった公の場へは出向いていない。何せ絶縁を言い渡されたクローディアは貴族ですらないのだから。
境遇から奇異と好奇の視線を向けられ、ジルベルトと共に参加をという申し出も幾つも受けたが見世物になりにいく趣味はないから全て断っていた。
なのに。
よりにもよってその原因である男がクローディアに会いたいと言ってきたという。
《星祝祭》の式典に招待されているレオンが来国した際クローディアと話ができないかと打診してきたそうだ。
国の式典ではなく、後日行われる知り合いの貴族のパーティーで場を設けようとしただけレオンにしてみれば気を遣ったつもりなのかも知れないがそういう事じゃない。
「二度と姿を見せるなと仰ったのはご自分の癖に、よくそんな戯言が口に出来ますわね」
「私もそう思います」
ステーキを切るナイフにも思わず力が入った。
「でも、わかりましたわ。準備をしておきます」
「・・・参加されるのですか?」
「仮にも一国の殿下の誘いを無碍には出来ませんでしょう?」
「それは、そうですが・・・」
歯切れの悪い彼に首を傾げる。
「わたくしがご一緒する事で貴方にまで要らない視線が向く事はお詫びしますわ。そう言えば、他に誰かわたくしの知ってる方は参加されて?」
「騎士団や魔術師団の顔見知りは大体招待されてると思いますよ。団長はやりたい事があると平気ですっぽかすので微妙ですが。招待客以外でも警護の者達で見知った顔も何人かいるかと」
「なら針の筵にはならずに済みそうですわね。気が重いですけど、ちょうどレオン殿下とお話ししたい事もありましたしいい機会だと思う事にしますわ」
「話したい事、ですか?」
怪訝そうな疑問にはええ、とだけ答えた。
「クレア、ドレス等の準備を急ぎでお願いしていいかしら?」
脇に控えていたクレアに視線をむければ、綺麗に背筋を折って「畏まりました」の声。
「ドレスは何色のものに致しますか?生地や宝飾品も何かご要望があれば」
「デザインも宝飾品も貴女に任せるわ。時間もないし既製品で構わないわ」
ただ、と続ける。
「色は、クリムゾンレッドで。鮮血みたいな鮮やかな紅がいいわ」
瞳を細めて告げれば、若干引かれた。
我ながら物騒な笑顔になっていた自覚はある。
食事を終えた後、部屋を移してジルベルトと話をした。
今回の招待の経緯や、日程・規模など。
シュネールクラインから此方に来るのはレオンやその他数名。フローラは今回同行しないらしい。そもそもフローラとの婚約はまだ成されていないとの事。肝心の話と言うのが何の話なのかはレオンは口にしておらず、ただクローディアと話がしたいという要求だけぶん投げてきたらしい。
嫌な予感しかしない。
頭を抱えたくなるのを抑えて大きく溜息を吐いた。頭が痛い。
「わたくしの立場などあの方には関係ないのでしょうね。いえ、あちらとしては直接呼びつけないだけ気遣ったおつもりなのかも知れませんけど」
王妃となる筈だった女が公衆の面前で婚約破棄と国外追放をされ、元婚約者が他の男と暮らしているのを知っている癖にあろうことか来国した際にわざわざ会いたいと申し出るなど相手の立場を慮ればとても出来る事ではない。
クローディアだけではなく、フローラの立場だって悪くなる一方だろうに。
「断りきる事が出来ず申し訳ありません」
頭を下げるジルベルトに首を振る。悪いのは彼じゃない。考えが足りないあの男だ。
「しかしレオン殿下の話というのは何なんでしょうね」
「わたくしにとって 碌でもない話だというのは確かじゃないかしら」
予想がつかないでもないけど、と心の内だけで続ける。
「先程言っていたクローディアがレオン殿下と話したい話というのは?」
「あら、気になりますの?」
探る視線のジルベルトにわざと瞳を細めて茶化してみせれば、真面目な声と表情で「気になります」と返され肩を竦めた。
「大した話じゃないですわ。今後の事についてです」
「貴女はシュネールクラインに戻られるつもりなのですか?」
問い掛けに眼を丸くする。
「まさか。わたくしは国外追放された身ですのよ」
「ですがレオン殿下はそのことで話があるのかも知れません」
「わたくしはシュネールクラインへ戻る気は毛頭ありませんわ。話というのはレオン殿下にもそのことで釘を刺しておこうと思って。婚約者となられる方がいるのに何かに利用されそうになるのも御免ですもの」
何せその場の勢いで独断で行われた断罪だ。
ジルベルトが示唆したようにレオンの気が変わって処分について話がある可能性もある。そんな簡単な問題ではないというのに。
そしてそれ以上にレオンにその気がなくとも周囲の貴族がクローディアを利用する可能性だってある。聖女としての資質を認められていなくとも、伊達に長年王妃教育を受けていた訳ではない。公務において自分が優秀だった自覚はある。
「それに今回のように今更振り回されるのは心外ですわ」
そう、今更だ。
きっぱりと言い切れば、ジルベルトの肩が下りた。
彼の反応に複雑な思いを抱いていると真剣な眼差しで名を呼ばれた。
「貴女は、これから 如何されるのですか?」
それは奇しくもあの夜、月の下で問われた問いと同じ。
シュネールクラインでの邂逅の際、彼が発した問いだ。
「私が許されない事をしようとしたのはわかっています。ですがもし貴女が」
「わたくしが何だというのです」
続きを聞けなくて言葉を遮った。
軋む胸の内を隠すように、顔を背け無意味に髪を耳に掛けようとあげた手が彼に掴まれる。
「必要だ、と言ったら?」
ひゅっっと喉が鳴った。
「始めて出会った夜、貴女は言いましたね。自分が必要なのかと。そしてあの夜、貴女を殺せないと言った私にもう自分を手元に置く理由はないと」
喉が、カラカラに乾く。
見下ろしてくる紺碧の瞳に、金縛りにあったように躰が動かなかった。
「理由なんてなくとも、貴女が」
「やめてっっ!!」
決壊した恐怖に叫ぶ。
自由を取り戻した躰で彼の腕を払って、耳を塞いで激しく首を振った。聞きたくなかった。もうこれ以上聞いてはいけない。心が激しく警報を鳴らす。
クローディアはジルベルトを睨みつけるとそのまま立ち上がった。縺れる足で自室へと逃げ帰り、バタンと乱暴に扉を閉める。
閉じた扉に背を預けたまま口元を覆ってずるずると座り込んだ。
上手く息が出来なくて苦しい。
「・・・なんだっていうのよ、今更っ」
零した呟きは、誰に届くこともなく消えた。
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