おままごとみたいな恋をした

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おままごとをもう少しだけ

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 震える刃を ただ 見つめる事しか出来なかった。

 止まない振動を繰り返すその切っ先に、痛ましさが胸を突いた。




 見舞いに訪れたオルセイン邸。
 その日、クリストファーがまた体調を崩し中々起き上がれないという話を聞きクローディアは一人で見舞いに訪れていた。

 因みにジルベルトは遠征の為に一緒には来れなかった。
 多発している魔獣の討伐。騎士団・魔術団は第四まであり、持ち回りで仕事をしているので長期の遠征は久しぶりだ。
 以前ジルベルトが書類仕事に忙殺されていたのも、ゼロスが仕事をしない事の要因の他に遠征後で書類業務が溜まっていたからでもある。小規模な遠征なら大抵二、三日で終わるのに今日でもう五日。しかも予定よりも期間が延び、あと四日は帰らないとの事。

 この遠征にクローディアは複雑な気持ちを抱いていた。
 表面上は取り繕っているもののぎくしゃくとした関係に、少し間を置くことでほっとした気持ちが少し。
 そして少なくなった残り時間への焦燥と寂しさ。


 腕の中で静かに涙するジルベルトの髪を撫で続けたあの夜。

「お願いがあるの」

 自らの行動に謝罪をし、恥ずかしそうに目線を彷徨わせる彼を見下ろしながらクローディアは言った。
 問い返す彼に指を二本立ててみせる。

「まず一つ目。
 もう少しだけこのおままごとを続けて」

 おままごと、の言葉にジルベルトの表情が苦し気に歪んだ。

「貴方がわたくしを利用する気がない以上、もうわたくしを手元に置く理由はないでしょう?だけど、来月の月末までは今まで通りこのおままごとを続けて欲しいの」

「何故、来月の末までなのですか?」

「今月の始めにクリストファー様にお願いされたじゃない。お誕生日会に一緒に来てって。だからせめて来月の末のクリストファー様の誕生日まではいまのままでいる事を許して下さいな」

 クローディアは守られない約束が嫌いだ。

 わかりましたと頷く彼を見て続ける。

「二つ目。
 もう一度わたくしとデートをして」

 ジルベルトの両頬に手を添えて彼の顔を上向けた。夜空のような紺碧の瞳を覗きこめばそこにクローディアの姿が映りこむ。

「今年は折角の十年に一度の特別な《星祝祭》だもの。それに、わたくしはシュネールクラインに居たから《星祝祭》自体久しぶりなのです。朔の夜空が幻想的な灯で覆われるあの美しい光景を見たいですわ」

 祝祭に合わせて行われる祭典に他国が招待される事もあるが、クローディアはレオンの寵愛があった頃はそれこそ礼儀作法を覚えるのに必死でとても他国の王侯貴族の前に出れる状態でなかったし、その後は関係が悪化の一途を辿るに辺りレオンが出向く際にも同行をする機会もなかった。

 最後にあの光景を眼にしたのは十年も前だ。
 丁度、今年と同じ十年に一度の大規模な《星祝祭》

「その二つを叶えて下さるのなら、貴方がわたくしにしようとした事全て許して差し上げますわ」

「何を言っているのですかっ。私がした事は、しようとした事は決して許されるような事ではないでしょう」

 言い募るようなジルベルトをクローディアは瞳で制する。
 動揺を露わにするジルベルトとは対照的に酷く淡々とした声音で告げた。

「そもそもわたくしは始めから怒っても恨んでもいませんもの。ですから許すという言葉は正しくないかも知れませんわね。これはわたくしの我儘。貴方がもしわたくしに償いたいと思ってらっしゃるのならどうか叶えて下さいな」

 淡々と、単調に。
 だけど、紡がれた言葉には確かに懇願が宿っていた。


「お願い。わたくしの我儘を聞いて」

 静かな、だけど強い懇願の籠った声だった。



 ジルベルトが討伐から帰還する時にはもう月が変わる。
 《星祝祭》が月の後半にあり、《星祝祭》の最後の日から三日後の月末がクリストファーの誕生日。

 ベットの上で苦し気に喘ぐクリストファーの額にから温くなった布を取り上げてクローディアは思う。
 此処にジルベルトが居れば良かったのに。

 布を水を張った盥に入れて軽く泳がせたあときつく絞る。そうしてまた彼の額へ。
 きらきらと輝く紫水晶の瞳はきつく閉ざされ、小さな唇から漏れる息は荒い。布を置いた際に触れた額は高い熱を持っていて、きっと布はすぐにまた温くなってしまうだろう。閉ざされた眦から涙が赤く染まった頬をなぞる。
 ベッドに腰かけたシャーロットが小さな掌をきつく握り締め、カイルはベッドに縋りつき深く項垂れたまま。

 屋敷に訪れてすぐに気休め程度に聖女の能力チカラを使って効果を上げた魔術を使用したけれど、容体は芳しくない。そもそも魔術では生まれつきの欠陥は治せないのだから。せいぜい負担をほんの少し和らげる事ぐらいしか出来ない事が歯がゆかった。


『出来損ないの聖女』であることが______。


 それから少しして、シャーロットの提案でカイルの部屋へと来ていた。

「ずっとおもてなしも出来ずにごめんなさい」と、「この前オーナメントを見せてもらったお返しに貴方のオーナメントも見てもらいなさい」という彼女の言葉に従って。

 シャーロットはクリストファーが手を握ったまま眠ってしまったので動くことが出来ず、それと深く憔悴しているカイルを気遣っての事だろう。
 弟を見守り続けるカイルの顔色は熱を帯びたクリストファーとは対照的に血の気を失くして真っ白だった。

 侍女が置いて行ったお茶とお菓子には手を付けないまま、クローディアは初めて入ったカイルの部屋を見渡す。几帳面に整頓された部屋、シックな色彩の家具やカーテンは8歳の子供には相応しくないようにも思えるけど、落ち着いたカイルにはよく似合っていた。どことなくジルベルトの部屋と似ている。

 部屋の中にはクローディア一人。
 お茶を持ってきてくれた侍女に下がって貰ったあと、カイルは室内のドアで繋がっている隣の部屋へ。

 どうやら普段生活をする部屋と書架や物を置いたりする部屋を分けて使っているらしい。オーナメントを取りに行った彼が戻ってくる前に一人で先に手を付けるのも気が引けて待っていたのだけれど、紅茶が冷める頃になっても彼が戻ってこない。
 先日の自分のように探すのに手間取っている可能性もあるけれど、もしかして一人で泣いているのだろうか。不安になって立ち上がったその時だった。

 ゆっくりと開いた扉にほっとしてカイルの名を呼ぼうとした瞬間。


 クローディアの動きが止まった。



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