おままごとみたいな恋をした

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禁忌

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 通い慣れた書庫で本を広げる。

 目的に関する書籍は粗方読みつくした。
 クローディアは机の上に積み上げていた本を戻す為に立ち上がる。両手に何冊もの本を抱えて歩き出し、書架にそれぞれ元の位置に本を収めていく。

 おおよその目途はついた。
 手段も方法もある程度決めてある。

「上手くいくかしら」

 指先でトンッと背表紙を押しながら呟いた声は、僅かな不安が覗いていた。




 クローディアは少しだけ速足で廊下を歩いていた。

 カイル達は待ち草臥れていないだろうか。
 客間にはカイル達を待たせている。今日は珍しく、クローディア達がオルセイン邸を訪れるのではなく、シャーロットとカイルとクリストファーの三人が訪問していた。ジルベルトは最初に挨拶をしたきり席をはずしており、四人で話をしていた時。もうじき行われる《星祝祭》の話になって、クリストファーがクローディアのオーナメントを見たがったのでそれを探していたら思ったよりも時間がかかってしまった。

 《星祝祭》は女神を讃える祝祭だ。

 毎年豊穣の季節に多くの国々で行われる祝祭で、三日の間祝祭は華やかに行われる。中でも一番の見せ場は月の見えない朔日に、紙製のランタンを火種を用いて一斉に空へと放す瞬間だ。無数のランタンが夜空を彩る光景は幻想的の一言に尽きる。

 祭りの間、人々は星を模ったオーナメントを窓辺に吊るし、女神が星々の輝きに包まれるよう祈り込める。

 因みにシュネールクラインは独自の信仰がある為この祝祭は行っていない。
 でもクローディアは生まれ故郷で《星祝祭》に馴染んでいたし、流れの商人が扱っていた品々の中に偶々オーナメントを見つけて購入した事があった。飾る事は出来なかったからずっと箱の中で眠っていたけれど。

 今年は十年に一度の特別な《星祝祭》。

 例年の《星祝祭》より規模も大きく、一層華やかな祝祭となるだろう。
 まだ8歳と5歳の二人は見たことのないそれを今から楽しみにしている。

 指先で支えた紐に繋がる偽物の星が光を浴びてきらりと煌めく。

 美しいそれを眼にして、だけどクローディアの顔色は冴えない。うずく胸を鎮めるように胸元を抑えて足を進めているとガシャンと大きくはないけれど硬質な音が響いた。
 足を止め、今しがた通り過ぎてばかりの扉へと近づく。
 その部屋はジルベルトの書斎だった。クローディアはノックをして、返答がないのを確かめると悪いと思いながらもドアノブに触れた。鍵はかかっていなかったようで扉が開く。

 開け放たれた部屋でまず眼に入るのは当然ながら膨大な量の書物。そして幾何学模様のカーペットの上で煌めく硝子の破片。顔を上げて窓を見ると風通しの為か少しだけ開かれた隙間。風で机の端に置かれていたランプが落ちてしまったようだ。
 灯が入っていなくて良かった、と安堵を覚えながら部屋の中央へと向かったクローディアの視線がある一冊の古びた書物へと止まる。

 何故その書物が眼を引いたのかはわからない。

 だけど引き寄せられるようにして、机の上にオーナメントを置くとその書物を手にしていた。小さな紙片の挟まったページを開いたのは何かの予感だったのだろうか。


 瞳が見開かれるのがわかった。

 眼が、文字を、描かれた図を追う。意味の為さないような記号。古代言語で書かれたそれを、しかしクローディアは読めてしまった。この屋敷で二人だけ。この書物を読める人間。

 クローディアと、そして____

 扉が立てた音にクローディアは振り返った。

 そこに立っていたのはこの書物の持ち主でもあるジルベルトで、クローディアの手元が眼に入った彼は驚愕と悔恨の入り混じった呆然とした表情をしていた。

「勝手に入室してしまってごめんなさい。何かが割れる音がしたから」

 書物を机へと戻しながらクローディアが話しかけても彼は何も言わない。否、言えないでいた。

「・・・っクロー、ディア」

 漸く呼びかける声は酷く掠れて。ごくりと彼の喉が大きく上下する。

「・・・・・・・読んだ、の・・ですか?」

 読めるのか、と問いかける声に「ええ」と頷く。

 先を繋げられずにいるジルベルトの代わりにクローディアが言葉を続けた。


「旦那さまはわたくしを殺す気だったのね。クリストファー様の為に」


 古代言語で書かれた書物の内容は言うなれば禁術で。

 禁じられた魔術。
 巨大故に、危険故に、残酷故に、非道徳的故に 禁じられ、それでも尚書物に残された術式。

「必要なのが能力チカラではなくあくまで贄としての聖女の存在なら、確かにわたくしは贄に相応しいわ。大切なクリストファー様を守る為に、貴方はわたくしを殺すのかしら?」

 歌うように告げて微笑むクローディアを信じられないモノを見る眼でジルベルトは見つめる。

 クローディアは机の上に置いたオーナメントを取り上げ、ジルベルトの方へ扉へ向けて歩き出した。踏みつけた硝子の破片がパキリと音を立てる。
 もう一度、掠れた声で名を呼ばれ、扉の前へ立つジルベルトを見上げた。

「今はカイル様達をお待たせしているの。これ以上遅くなると探しに来られてしまうかも知れないわ。話はまた夜にでも致しましょう。硝子の片づけはわたくしが誰かにお願いしておきますわ」

 ゆっくりと首を傾げて促せば、よろめくように半歩ずれたジルベルトの横を通って再び廊下へと歩を進めた。


 頼りなく指先に支えられた偽物の星は、砕け散った硝子とよく似た輝きを放っていた。



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