おままごとみたいな恋をした

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『人魚姫』と夢見がち

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「そーいや昨日は珍しくジルが有給とってたけど何かあったの?クローディアちゃんも居なかったし」

「ジルベルトが有給なんて珍しいよね」

 ソファに座って思い思いに寛ぐ男二人。

「我儘を聞いていただきましたの。デートをしてまいりました」

 そんな彼らに背を向け、壁際の書架に手を伸ばしながら答えたクローディアに「デート」と呟く声。
 何時の間にか隣へ歩み寄っていたオズワルドが「こちらですか?」と本を手に取ってくれ、クローディアが片手に重ねていた本も持ってくれるのに礼を述べる。

「ジルが有給使って女とデート。うわっ、似合わねー」

 大げさに驚くアルバート。
「お腹すいた」とお腹を撫でているゼロス。
 オズワルドに本を机の一角に置いてもらいクローディアもソファに腰掛けた。


 場所はジルベルトに執務室。
 部屋の主は現在居ない。会議中だ。

 最近は食べ物目当てに昼食の時間になるとゼロスやアルバートが偶に訪れる。食堂があるのだからそっちに行けばいいのに。
 例によって訪れた二人は例によって寛いでいる。部屋の主よりよほど我がもの顔で寛ぐ二人に若干の呆れた視線を向けてしまうのは仕方がない事だ。

 因みにオズワルドは除外する。
 彼はゼロスに用があり自室に居なかった為、ここまで足を延ばしただけだ。自分の部屋でもないのにゼロスが「丁度いいから」と食事に誘い、辞退した彼をクローディアも引き留めた。
 折角だからというのもあるし、彼が居た方がジルベルト的に気が楽かも知れないと思ったからだ。

 何せこの空間は自由人率が高い。
 ジルべルトとがアウェイ。

 人数が多くなった為、急遽マリーは食事とお茶の手配に。
 一人で運ぶのは大変なのでセオもマリーに同行している。

 最近あの二人はいい感じだ。素直で真っすぐな気性の二人の遣り取りは初々しくも微笑ましい。クレアも密かに眼を光らせていた。マリーと交代で供につくクレアは二人が一緒にいる姿を直接眼にした事は無い筈なのに鋭い。

 因みにジルベルトから会議の為に今日は昼食が少し遅くなりますと聞いていたので、ゼロスやアルバートが部屋に訪れた時、クローディアは「会議は?」と思ったし実際口にも出した。
 今日の会議は魔術師団だけで、近頃の魔獣多発により第一、第二の団長が遠征で留守の為、団長の会議はまた後日との事。

 正直サボったか忘れてるのかと思った。
 冤罪だった。

「デートかぁ。いーなー、俺忙しくて近頃全然女の子とデートしてねぇわ。夜のお付き合いだけ」

「特定の誰かではなく、しかも夜は別なんですのね」

 冷めた眼を向けるクローディアにアルバートはニッと瞳を細める。

「何処行ったの?」

「観劇をして、カフェでお茶を頂きましたわ。その後に庭園を散策してから中心街のお店を幾つか廻りましたの」

「すげぇ無難」

「ジルベルトっぽいよね」

 散々な二人の言葉にクローディアもオズワルドも小さく笑う。
 無難が悪いとは思わないし「とても楽しかったですわ」と二人に返した言葉は心からの本心だ。

「観劇、と言うと今流行りの『人魚姫』ですか?」

「ええ、オズワルド様もフレイヤ様と行かれまして?」

「いいえ。彼女はああいったものは好まないので。妹が以前話しているのを耳にした事があります」

 フレイヤは第二騎士団の団長だ。
 話をした事はないが、以前演習を見学していた際に顔は眼にした事がある。

 真っすぐな金髪、凛とした目元に長身の彼女が団服を纏う姿は凛々しくも格好いい。女性で騎士団の団長に就いているだけあって、卓越した剣捌きにクローディアも見惚れた。
 他に見学をしていた令嬢達が意中の騎士とは別に彼女にも黄色い声援を送っていたのも頷ける。思わずお姉様と呼びたくなるようなそんな雰囲気の女性で、オズワルドの婚約者。

「あー、あれ。今すっげぇ人気っすよね、女がすげー騒いでる。何、クローディアちゃんもああいうの好きなの?」

「嫌いではないですわ」

「微妙な反応。見た奴ら結構きゃあきゃあ騒いでたけど」

「正直、『人魚姫』のお伽噺ってあんまり好きではないんですのよね。でも、観劇としてはとても素晴らしかったですわ。演技も歌も素敵ですし、見応えがありましたわ」

「ねぇねぇ、『人魚姫』って何?」

 唐突なゼロスの質問に三人が止まる。

「知らないのか?」とオズワルドが問えば「知らない」とゼロスが頷く。
 マーリンは海に面した国だから人魚の伝説も盛んだし、お伽噺としても誰もが知るレベルで有名なのに。


『人魚姫』


 深い深い海の底に王様と六人の人魚姫が住んでいました。

 なかでも末の人魚姫はとりわけ美しい容姿をしておりました。

 末の姫は難破した船から沈んだ美しい少年の大理石の像をとても大切にしており、それを見ては海の外の世界に想いをはせていました。

 人魚は15歳になると海の外の人間の世界をみることが出来ます。

 お姉さんたちから外の世界の話を聞いた人魚姫は15歳になるのをとても楽しみにしており、15歳になった人魚姫はついに海の上へ昇りました。

 そこには一隻の船があり、船に乗る美しい人間の王子様に一目で恋に落ちました。

 突然の嵐が船を襲い、人々は海に投げ出されてしまいました。

 人魚姫は王子様を助け、嵐の中を必死に泳いで王子様を岸まで運んで介抱しました。

 するとそこへ人が来たので人魚姫は大急ぎで海へと隠れました。

 深い深い海の底に戻ってからも、人魚姫の心は王子様のことでいっぱいでした。

 会いたい気持ちが募った人魚姫は海の魔女を訪ねました。

「わたしを人間にしてください」

 人魚姫の頼みに魔女はいいます。

「おまえの美しい声と引き換えにならばおまえを人間にしてやろう」

 魔女の言葉に人魚姫は頷きました。

 人間になる薬を渡し、魔女はさらにいいました。

「もしもおまえが王子と結婚出来なければ、そのときはおまえは海の泡となって消えてしまうよ。それにおまえの足は一歩歩くごとにナイフで刺されるような激痛を伴うだろう」

 頷いて人魚姫が薬を飲むと激しい痛みととみに意識を失ってしまいました。

 しばらくして目覚めると、そこは岸の上で尻尾は人間の足へ変わっていました。

 やがて王子様が人魚姫を見つけて声をかけましたが、人魚姫は声がでません。

 王子様は人魚姫を城へと連れ帰り、妹のように面倒をみて可愛がりました。

 やがて王子様に縁談が持ち上がりました。

 王子様はお姫様を人魚姫に紹介しました。

「この人は隣国のお姫様で、僕が海でおぼれたとき助けてくれた恩人なんだ」

 人魚姫は心の中で叫びます。

「違います。違います。あなたを助けたのはわたしです」

 だけどその声は王子様には届きません。

 ある夜、船上で王子様の婚礼のお祝いが行われました。

 人魚姫がひとり海を眺めていると、お姉さんたちがあらわれました。

 お姉さんたちの美しい髪は短く切られており、短剣をさしだしていいました。

「わたちたちの髪と引き換えに魔女と取引をしたの。この短剣で王子様の胸を刺しなさい。その血が足にかかればあなたは人魚に戻れるわ。海の泡にならずにすむのよ」

 人魚姫は短剣を持って王子様が眠る部屋へと忍び込みました。

 だけどどうしても愛する王子様を殺すことはできません。

 人魚姫は短剣を海へと投げ捨てました。

 そうしてもう一度愛する王子様をみて、やがて自分も海へ身を投げました。

 人魚姫のからだは泡になってやがて空へもあがっていきます。

 船の上では王子様とお姫様が人魚姫を探していました。

 哀し気に海を見つめる王子様たちに微笑んで、人魚姫は空へと昇っていきました。


 人魚姫 ハンス・クリスチャン・アンゼルセン作


「細かいところは自信がないですけど、こんな感じのお伽噺ですわ」

 クローディアがおぼろげな記憶を頼りに粗筋を話すと「ふーん」と頷くゼロス。どうやら本当に聞いた事がないらしい。

「最も、今回拝見したのは人魚姫を主軸としたハッピーエンドのラブストーリーでしたけど」

「わざわざハッピーエンドにするなら初めから悲恋モノにしなければいいのにね」

「わかってないっすねーゼロス団長。女はそういうのが好きなんすよ」

「ね」と問いかけられて首を傾げる。

「わたくしはあんまり。ゼロス様に同意だわ、ハッピーエンドは素敵だけど、そうでない話を無理矢理幸せな結末に持っていくのは違和感があるもの。今回のお話しはよく出来ていたけれど」

 つれない答えにアルバートが自身の額を叩きながら「聞く相手間違えたー」と嘆く。

「クローディア嬢は悲恋ものはお好きではないですか?」

「あんまり好きではありませんわね。でも、このお伽噺が好きじゃないのは悲恋ものだからというより悪役が出てこないからかしら。誰も悪くないから恨むことも憎むことも出来ずにただ哀しい」

「魔女いんじゃん」

「魔女は別に悪い事はしてないわ。人間になりたいという人魚姫の願いを叶えた。妹を助ける為に短剣を与えた。その対価を求めるのは悪じゃないもの」

「人の望みに付け込んで法外な取引を持ち掛けるのは如何かと思いますが。想いが叶わなければ命さえ失うというのは割に合わないでしょう」

「でも姫は納得したんでしょう?自分に出来ない事を叶えて貰うんだから仕方なくナイ?あらゆる事象には代償が伴う。何かを成すには対価が必要。犠牲無くして結果は無い、魔術の基本原理だよ」

 交わされる言葉に人間性が出るなと思う。

「そもそも何で姫は王子を刺さなかったの?そしたら全部解決じゃん」

「おまえな」「ゼロス団長」と二人から呆れた視線。

「愛していたからこそ出来なかったのでしょう。それに殺して助かっても後味悪いですしね」

「自分の命の方が大事でしょ。でもそっか、クローディアの言いたいコトも何となくわかった。王子が事実を知らなかったり、姫を可愛がってたから余計なんだろうね。王子が不誠実なら躊躇いはなかったかも知れないし。王子も隣国の姫も悪じゃなかったから姫は短剣を向ける先がなかった」

「クローディアちゃん、俺前半の台詞だけで留めといて貰いたかった。後味が悪くなきゃ殺るの?」

 けらけらと笑うアルバートに瞳を細めて「如何かしら?不誠実さにもよりますわ」と返す。
 大袈裟に怖がったアルバートが降参とばかりに両手を上げた。

「まぁ、女って夢見がちなの好きだよな。クローディアちゃんは違うみたいだけど」

「心外ですわ」

「好きなの?」


「勿論」と答えて艶やかに笑う。



「女は恋に恋する生き物ですもの。夢見がちなの」



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