6 / 65
オルセイン邸
しおりを挟む大きな紫水晶の瞳が此方を窺う。
じっと見詰めて、だけど此方が彼へ視線を向ければ慌てたように兄の後ろへと隠れてしまう。そしてまたぴょこりと顔を覗かせて此方を窺う。その繰り返し。
小動物ような仕草が酷く可愛くて、怖がられないように柔らかな笑顔を心がけてクローディアはゆっくりと屈んだ。
幼い彼らと視線を合わせれば、兄の方は緊張したように背筋を伸ばし、弟の方はやはり兄の背に隠れてしまった。
「初めまして、カイル様にクリストファー様。わたくしはクローディアと申します」
挨拶をすれば、兄のカイルが名を名乗り返し、それから弟を促した。クリストファーはしっかりと兄の衣服を握りしめたままたどたどしく挨拶を返す。
「ご丁寧に有難うございます。立派にご挨拶ができてお二人とも素敵な紳士ですわね」
にっこりと褒め言葉を口にすればクリストファーの表情がぱぁと輝いた。その様子が可愛くて、思わず頭を撫でたくなったけれど逃げられてしまっては悲しいのでぐっと我慢する。
此方に興味津々な瞳を向けてくる姿は、嫌われてはいないようなので人見知りなのかも知れない。
兄のカイルは黒髪に緋色の瞳。8歳という歳の割に随分と落ち着いた利発そうな子供で、弟のクリストファーは5歳で、蜂蜜色の髪に紫水晶の大きな瞳の小動物みたいなふわふわした印象の子供だった。
場所はオルセイン邸。
久々に休みの取れたジルベルトと共に訪れた彼の実家だ。
彼の兄君であり、現オルセイン当主であるテオドールは緩くウェーブのかかったダークブラウンの髪と薄茶の瞳、理知的でありながら温和そうな男性で、彼の妻であるシャーロットはふわふわと柔らかそうな蜂蜜色の髪と瞳のまるで少女の様な可愛らしい雰囲気の女性だった。
兄弟仲は良いらしく、テオドールは義弟であるジルベルトの訪問を歓迎した。共に居たクローディアにはテオドールもシャーロットも思うところがあるだろうに、丁寧に対応してくれる二人に出来た人達だなと思う。
そんな二人との挨拶が終わり、紹介してくれたのが彼らで__
「カイルもクリスも久しぶりだな。クリスは今日は具合は大丈夫なのか?」
甥に対してだからか、砕けた言葉遣いのジルベルトにクリストファーが兄の背から飛び出して抱き着いた。
「ジル叔父様。最近ずっと来てくれなかった」
「お久しぶりです叔父上。クリスは朝までは具合が悪かったけど今は大丈夫みたいです」
嬉しそうに抱き着いた後で拗ねた顔になって不満を述べるクリストファーと、ジルベルトの質問に律儀に答えるカイル。兄弟でも随分性格が違う。兄が父親似で弟が母親似だろうか。
二人の頭を撫でるジルベルトの瞳は、今まで見たことがないくらい柔らかい表情をしていた。
それから暫し、ジルベルトはテオドールに呼ばれ書斎で話を。クローディアはシャーロットとお茶を。
十中八九ジルベルトが呼ばれたのは自分の話をするためだろうと他人事のように思った。むしろ当主としても兄としても気にならない筈がない。クローディアは自分が問題人物だという自覚は十分にあるし、ジルベルトの暴走も見過ごせないのは当然だ。
暴走の理由はおおよそ検討がついてはいたが、今日此処に訪れて確信へと変わった。あとは彼がその現状に対しどの様な手段を取るつもりなのか・・・浮かべた微笑みの下でそんなことを冷静に考える。
シャーロットは本当に少女の様な女性だった。可愛らしい仕草も、趣味も語り口も少女の様でありながら、話題や視線が子供達に向く時彼女は紛れもなく母親の表情をしていた。
話が一段落したところで、女性陣と子供達はクリストファーの部屋へ。
ベッドにちょこんと腰かけたクリストファー。彼が着るシャツの小さなボタンを幾つか外す。
「少し胸を触りますわね。冷たかったらごめんない、少しだけ我慢して下さいね」
ゆっくりと胸に手を当てれば小さな躰がピクリと跳ねた。まだクローディアに慣れていない彼の為に、横ではカイルが同じようにベッドに腰を掛けて小さな手を握っている。
眼を閉じて、ゆっくりと鼓動を確かめる。魔力を通して、神経を研ぎ澄ます。
「次はお口を大きく開けて頂けるかしら」
コクリと頷いた小さな頤に手を掛け、ゆっくりと上向かせて口内を覗き見る。
「ありがとう」と小さな口を閉ざさせてから、様々な可能性を考慮する。正直、この程度の触診でわかることは少ない。それでも幾つかの可能性に思考を没頭させた。
「お姉さんはお医者さまなの?」
先程の遣り取りに慣れているのだろう。小首を傾げて問いかけるクリストファーに「いいえ」と首を振った。
「お医者さまではないけれど、似たようなものかしら?」
「?」
きょとんとする頭を小さく撫でる。
「お咳が出て喉が痛いでしょう?喉が痛くなくなるお茶を用意するから後で飲んで下さるかしら?」
「お茶のお薬なの?苦い?」
「苦くないわ。それにお薬じゃなくてお茶だもの。何だったらクリストファー様だけじゃなくてカイル様やシャーロット様と一緒にお茶をなさって。勿論、お菓子も一緒にね。お茶にお菓子は付き物でしょう?」
苦いのが嫌そうなクリストファーにこそっと最後の言葉をつけ足せば幼い顔がぱぁっと綻び、コクコクと何度も頷いた。
微笑ましくその姿を眺めながら、持参した幾つかのお茶等をシャーロットへと渡す。
「喉が腫れてらっしゃるので後でこれを淹れて差し上げて下さいますか。こちらは躰がだるい時、滋養とリラックス効果がありますの。熱が出た後などはこの結晶を水に溶かして飲ませて差し上げて」
順々に指さして、効能と方法を伝える。
「紙に簡単な説明を書いてありますからそちらをご覧になって。先程申しましたようにお薬ではありませんから薬との併用も出来ますし、皆様で召し上げって頂いて構いませんわ」
「有難う御座います。これ全部、クローディアさんが?」
「ええ、調合などにも手をだすもので。幾つかお土産に持ってきましたの。お薬のように治療に対するものではありませんが、少しでもお身体が楽になれば宜しいのですが」
渡した包みを胸に抱え、深く頭を下げるシャーロットに自分に出来る事を考えた。
1
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私、女王にならなくてもいいの?
gacchi
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる